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巣ごもりオメガと運命の騎妃

13.歓待の夜と不敬

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 十数本もの白亜の円柱に周囲を囲まれた円状の広場は、着飾った人々とそこかしこに取り付けられた灯りやふんだんに飾られた花々たちにより、陽が落ちても華やかかつ活気に満ちている。

 ミシュアルたちがドマルサーニに到着して数時間後に始まった夜宴は盛況だった。

 サマネヤッド同盟に加盟している国は八つあり、そのすべてから王侯貴族や要人たちがドマルサーニに来ているため、ナハルベルカで開いたハイダルとサリムを歓迎するためだけの夜宴よりも規模が大きい。さらにはイズディハールが婚約をしたことを各国へ通達していたために、要人に会うたびに自己紹介をしなければならず、ミシュアルはあっという間に人いきれに酔ってしまった。 

「ミシュアル、少し休むか?」
「いえ……」

 どうにか首を振るものの、食事をする気にも、酒で口を潤す気にもなれない。
 けれどナハルベルカ王の婚約者であり、大国の名家であるアブズマール家の末子であると紹介されたミシュアルに話しかけようと視線を送ってくるものは多い。ひとりで立っていれば、あっという間に声をかけてくるだろう。

 人見知りを自覚しているだけに、イズディハールの傍について周っていた方が幾分もいいと思っていたミシュアルだったが、ふと顔を上げた先にこの人波の中でも唯一イズディハール以外に話しかけることができる人物を見つけた。

「イズディハール様、サリム殿のところで少し休んできてもいいですか?」

 皇太子であるハイダルは、一段高く設置された壇上に座るシラージュ帝の代わりに会場中を移動してはあちらこちらで挨拶をしているが、サリムは人酔いでもしているのか、会場の端の円柱の傍にぽつんとひとりで立っている。ミシュアルの視線に気づくと、小さく頭を下げてくれた。

「ああ、それがいいな。あそこなら、むやみやたらと声をかけてくる者もいないだろう。もし何かあれば、これを護衛に渡してくれ。すぐに行く」
「はい」

 まさか王侯貴族が集まる場に不届き物は現れないだろうが、イズディハールの心配はありがたい。差し出された腕輪を手首に嵌め、いそいそとサリムの方へ歩き出したミシュアルは、ふと聞こえた声に歩みを遅めた。

「……でも、皇太子妃様もいらっしゃるのに」
「気にすることはない。所詮、運命で据えられただけの側妃だ。今の皇妃だってそうだろう。正妃は別に迎えられる、お前にもチャンスはあるんだ」

 周囲に気を配ることなく話をしているのは、めかしこんだ若い少女と、その父と思しき男だった。
 どうやら皇太子であるハイダルに挨拶をしてこいと言っている父親に反して、娘は腰が引けているらしい。それもそのはず、ハイダルの周囲には若い娘や青年が群がっていた。

 この光景は、名家で育つミシュアルにも見覚えがあった。

(兄上も、義兄にいさんと結婚するまでよく囲まれてたな……)

 良家に生まれたアルファは引く手あまただ。アブズマール家の長兄であるジュードもバドルと結婚するまでは宴や集まりのたびに囲まれていた。

 しかし、ハイダルはすでに結婚している。サリムは皇太子妃として名が知られているはずなのに、こんなにも堂々と周囲から言い寄られるのかと驚いていると、サリムの方から歩いてきた。

「あっ、あ、さっ」

 このままではあの父娘おやこの会話が聞かれてしまう。どうにか止めなければと思ったが、もたついている間にもサリムは皇太子妃の存在に気付かずに話をしている父娘の傍を通った。
 驚いたらしい娘がきゃっと悲鳴をあげると、サリムは失礼しますと静かに言い、こともなげにミシュアルの前に立った。

「お休みになられるのでしたら、こちらへ。椅子を運ばせましょう」
「いえ、あの……」

 娘はともかく、父は声が大きかった。さすがにふたりとも人波に紛れるように早足で去ってしまったが、あの会話はサリムにも聞こえたはずだ。
 なんと言えばいいかとミシュアルが口ごもると、サリムは困ったように眉を寄せた。

「申し訳ありません、我が国の民がお耳汚しを……お気になさらないでください」

 サリムは深々と頭を下げた。その様子に怒りや戸惑いはなく、その様子が逆にミシュアルの胸をざわつかせた。

「汚すなんて……むしろ、サリム殿に対して不敬ではありませんか」

 父娘は逃げていったが、周囲にも声は聞こえていたはずだ。それなのに誰も止めようとはしなかった。むしろサリムが来たことでそれとなく離れていった者も数名いて、彼らがあの父と同じような考えをしていることは明白だった。

 憤るミシュアルに、サリムは少し笑った。

「……少し、話をしましょう」

 サリムはこちらへどうぞと柱の方へ歩き出す。その華奢な背中の後を追ったミシュアルは、柱の傍に立つと振り返って会場を見渡した。探すのはイズディハールだ。彼は離れた場所にいて要人たちに囲まれていたが、ミシュアルの方をちらりと見ると軽く手をあげてくれた。その手に応えて自分も手を振り返す。けれど、ミシュアルの視界に入ったのはイズディハールだけではない。

 父母を連れた若い男女に群がられ、彼らと談笑するハイダルと、それを壇上から微笑ましげに見守る皇妃。

 サリムは、ゆっくりと口を開いた。

「……あの父娘の会話は、確かに不敬でした。でも、私は怒ることができません。私は運命だから迎えられただけの、お飾りの妃なんです」

 ハイダルの斜め前へ、あの娘が歩いていく。その少し背を、そわそわした様子のあの父親が見守っている。娘に声をかけられて、ハイダルは笑顔で応じていた。

 それを見つめるサリムの美しい金色の双眸は、どこか遠くを見ているようにも、目の前の現実をただ映すだけの宝石にも見えた。
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