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第四章・興国の王女
371.魔物の行進4
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「……意味わかんねェ。人間ってのはもっと単純で、愚かな存在だったろ」
オレサマが知る人間はいつもそうだった。
供物を用意し、欲望を叶えろと傲慢にもオレサマ達を召喚しては、その強欲さから無様に身を滅ぼす。
他者が持つものへと嫉妬を抱き、自らの手でそれを手に入れようとせずに悪魔に頼るような怠惰で愚鈍な存在。
好きなだけ色欲や贅沢を貪らせてやれば、オレサマ達の手を離れてももう二度と暴食の道からは戻れず塵芥と化す。
その癖、全てをオレサマ達の所為にしてはお門違いの憤怒を向けて来やがる自分勝手な存在。
オレサマ達は契約に則りそれを遂行したまで。寧ろお前達の願いを叶えてやったってのに。
なァ、こんなの酷い仕打ちだと思わねェか?
それが、人間って奴だ。
オレサマの知っている、人間。
どいつもこいつも、結局は自分の欲ってものに忠実で……何よりも自分が可愛い。他者の為に何かをする奴等は、基本的にそんな自分に酔ってるだけの偽善者に過ぎない。
その筈、なのに。
──なんで、お前だけは違うんだよ。
いっつも自分以外の誰かの為に体張って、命懸けて。
死ぬのが怖いんじゃないのか? 運命を否定して、とにかく生き残りたいんじゃないのか?
なんでお前は……ほんの僅かな欲望でさえ、唯一と言っていい程に希薄なそれでさえ、無視してしまうんだ。
もっと欲望に忠実に生きろよ。義務とか責任とか放っておいて淫蕩に耽ればいいだろ! それが人間だ。だから誰もお前を責めたりしない、誰もお前の欲望を否定したりしない!
だから。
「……っ頼むから、オレサマの知らない生き方をしないでくれよ。オレサマを、退屈な世界に置いていくなよ…………!」
独りは嫌だ。あんな空虚な時間は嫌だ。
置いて行かないでくれ。せっかく、数千年振りに面白いと思えるものに出逢えたのに。
オレサマを、ぼくを独りにしないでくれ。
頼むから、お願いだから。
オレサマの所まで堕ちて来てくれよ、なぁ────アミレス。
凍えてしまいそうな恐怖に全身が襲われる。そんな中、遠い先の風に舞う銀色の髪が瞳に焼き付いて離れない。
魔物共の命を次々に刈り取り、辺りを血の海へと変えてゆく女。その口元には鋭い三日月が浮かんでいた。
その姿を見て、誰もが息を呑む。
目を奪っては放してくれない美しさ。
呼吸すらも止めさせるような圧倒的恐怖。
宝石のように輝く銀色の髪と皇家の家紋入りマントを舞わせ、己の半身以上ある長剣を振り回し、躊躇無く確実に魔物共を殺戮する。
返り血を浴びる事も顧みず、恍惚とした表情で愉しげに戦う姿はまさに──氷の血筋の生んだ怪物と形容すべきおぞましさだった。
オレサマからすれば、こっちのが単純明快で接しやすい。
そのまま、人の形をした化け物としてオレサマの所まで堕ちてくればいい。そうでもしなければ、オレサマはお前と一緒にいられないから。
「……ああ。そうか、そういう事だったのか」
心臓が痛い。天使共に腹を貫かれた時のような痛みが、突如として襲ってくる。
あの雨の日から暫くずっと感じていた違和感が、ついに形を得てしまった。
空虚なオレサマには縁遠いものと思っていた。
これに溺れてる悪魔を見ては、何がそんなにいいんだと思っていた。
こんなの、人間共の欲望を狂わせるだけのものだと思っていた。
……今までずっと人間共は愚かだと思ってたが、結局はオレサマも同じだったって事か。
「お前が自分の欲望を無視して、馬鹿みたいに他人の為に頑張るから──……どいつもこいつもその影響を受けて、お前の為に何かしようって思っちまうんだな」
そしてどうやら、それはオレサマも例外ではなかったらしい。
ずっと気付きたくなくて目を逸らしていた。死なれたらツマラナイからなんて言い訳して、必死にその欲望から逃げていた。
だけど、もうずっと前から、アイツが無意識に張った蜘蛛の糸にオレサマは搦め取られていた。
アミレスに興味を持ってしまったその瞬間からアイツの圧倒的な偽善に捕食されてしまい、心も体も何もかも……全てをぐちゃぐちゃに噛み砕かれる。
今まで何度もその光景を見てきた。
アミレスと出会った人間共が次々とアイツに籠絡され心酔していく様を。アイツの持つ圧倒的な求心力に人間共が敗北していく様を。
だからこそ、自分が今まで馬鹿にして来たそれに成る事が怖くて目を逸らしていた。
だけど、気づいてしまった。分かってしまったのだ。
「ハハッ、ご愁傷様。精霊だけじゃなくて悪魔にまで好かれるとか……もうまともな人生なんて歩めねェよ、お前」
オレサマは、アミレスに死んで欲しくない。
このオレサマが自らアイツの為に何かしたいと思っている。
アミレスの事を考えると深手を負ったかのように心臓が苦しい。
アイツが関わると何もかも思い通りにいかないのに、それすらも心地よいと感じてしまう。
もっと笑って欲しい。オレサマだけにその笑顔を向けろ。お前に関わる全て、他の誰にも譲りたくない。
あの女の全てを、オレサマのものにしたい。
そんな、悪魔らしい本能が暴れ出す。理性的であろうと思っていたのに、数千年目にしてオレサマも結局はただの魔物だって事が証明されてしまった。
……──悪魔に欲望を与えた責任は大きいぞ、アミレス。
「アイツが堕ちてくるのを待つんじゃなくて、オレサマが、アイツをここまで堕としてやればいいのか」
そうすれば、オレサマは独りにならなくて済む。
ずっとずっと、面白おかしいアイツと一緒にいられる。
精霊共の執着がなんだ。オレサマは悪魔らしく、欲望のままに全てを手に入れたらいいんだ。
「あと四日────その日が楽しみだなァ、アミレス」
六千六百六十六の時を刻み、オレサマは反逆の晩鐘を鳴らす。
早く、早く。
その時が来る事を、鐘の音が境界に鳴り響いたあの日から指折り数えて待ち続けていた。
オレサマの真名を明かした時、アイツがどんな顔をするか…………それが、楽しみで仕方無い。
♢♢
「あっ、お兄様!」
「ローズ、そっちの様子はどうだい?」
「見ての通りです。私も、拡声魔導具を使いつつ休みを挟みながら歌っているのですけど……ほとんど無意味なんじゃってぐらい、アミレスちゃんの勢いが凄くて」
「凄いな、王女殿下は。どうしてあんなに強いんだろう……」
「そりゃあアミレスちゃんですから!」
「なんでローズが誇らしげなのさ」
アミレスちゃんを歌でサポートしていると、遅ればせながらお兄様がやって来た。勿論、私達の帝都生活の護衛を務める紅獅子騎士団の面々と一緒に。
お兄様がこうしてここに来れたって事は、ちゃんと皇太子殿下から許可をいただいて来たんだろう。
流石はお兄様! アミレスちゃんは勿論凄いけど、私のお兄様だって凄いんだから!
お兄様と一緒に、今もなお魔物達と戦っているアミレスちゃんをふと見つめる。
たくさんの鮮血を浴びて、それでも一際輝き冷笑をたたえる姿はまさに氷の血筋と呼ぶべき姿。
普段の物語のお姫様のような幻想的な姿もいいけれど、このついつい触れたくなる氷像の大作のような──触れたその瞬間にこちらまで凍てついてしまいそうな、そんな危うさのある彼女の空気がとても良かった。
有り体に言って、彼女に見蕩れていた。
「あれ。あの人達……イリオーデさんと同じ服を着てるけど、王女殿下の私兵って噂の人達なのかな」
お兄様の視線は、次に魔物達と戦う集団へと向けられていた。
あら、あの方々いつの間に。
アミレスちゃんの為に歌って、アミレスちゃんにずっと見蕩れていたから全然気づかなかったわ。
「あれはアミレスの私兵団じゃ。あやつ直々に雇ったとかでな……イリオーデも元はそこの一人じゃったが、なんか知らぬ間にアミレスの騎士になっておったわい」
ずっと静かにアミレスちゃんを見守っていた不思議な雰囲気の可愛い女の子、ナトラさん。
あのアミレスちゃんに頼りにされる程の子だから、多分、見た目通りの普通の女の子じゃあなくて……その喋り方から察するに、長命種の亜人か何かなのかなと個人的に思っている。
そんなナトラさんが、お兄様の疑問に答えるように口を開いたのだ。
オレサマが知る人間はいつもそうだった。
供物を用意し、欲望を叶えろと傲慢にもオレサマ達を召喚しては、その強欲さから無様に身を滅ぼす。
他者が持つものへと嫉妬を抱き、自らの手でそれを手に入れようとせずに悪魔に頼るような怠惰で愚鈍な存在。
好きなだけ色欲や贅沢を貪らせてやれば、オレサマ達の手を離れてももう二度と暴食の道からは戻れず塵芥と化す。
その癖、全てをオレサマ達の所為にしてはお門違いの憤怒を向けて来やがる自分勝手な存在。
オレサマ達は契約に則りそれを遂行したまで。寧ろお前達の願いを叶えてやったってのに。
なァ、こんなの酷い仕打ちだと思わねェか?
それが、人間って奴だ。
オレサマの知っている、人間。
どいつもこいつも、結局は自分の欲ってものに忠実で……何よりも自分が可愛い。他者の為に何かをする奴等は、基本的にそんな自分に酔ってるだけの偽善者に過ぎない。
その筈、なのに。
──なんで、お前だけは違うんだよ。
いっつも自分以外の誰かの為に体張って、命懸けて。
死ぬのが怖いんじゃないのか? 運命を否定して、とにかく生き残りたいんじゃないのか?
なんでお前は……ほんの僅かな欲望でさえ、唯一と言っていい程に希薄なそれでさえ、無視してしまうんだ。
もっと欲望に忠実に生きろよ。義務とか責任とか放っておいて淫蕩に耽ればいいだろ! それが人間だ。だから誰もお前を責めたりしない、誰もお前の欲望を否定したりしない!
だから。
「……っ頼むから、オレサマの知らない生き方をしないでくれよ。オレサマを、退屈な世界に置いていくなよ…………!」
独りは嫌だ。あんな空虚な時間は嫌だ。
置いて行かないでくれ。せっかく、数千年振りに面白いと思えるものに出逢えたのに。
オレサマを、ぼくを独りにしないでくれ。
頼むから、お願いだから。
オレサマの所まで堕ちて来てくれよ、なぁ────アミレス。
凍えてしまいそうな恐怖に全身が襲われる。そんな中、遠い先の風に舞う銀色の髪が瞳に焼き付いて離れない。
魔物共の命を次々に刈り取り、辺りを血の海へと変えてゆく女。その口元には鋭い三日月が浮かんでいた。
その姿を見て、誰もが息を呑む。
目を奪っては放してくれない美しさ。
呼吸すらも止めさせるような圧倒的恐怖。
宝石のように輝く銀色の髪と皇家の家紋入りマントを舞わせ、己の半身以上ある長剣を振り回し、躊躇無く確実に魔物共を殺戮する。
返り血を浴びる事も顧みず、恍惚とした表情で愉しげに戦う姿はまさに──氷の血筋の生んだ怪物と形容すべきおぞましさだった。
オレサマからすれば、こっちのが単純明快で接しやすい。
そのまま、人の形をした化け物としてオレサマの所まで堕ちてくればいい。そうでもしなければ、オレサマはお前と一緒にいられないから。
「……ああ。そうか、そういう事だったのか」
心臓が痛い。天使共に腹を貫かれた時のような痛みが、突如として襲ってくる。
あの雨の日から暫くずっと感じていた違和感が、ついに形を得てしまった。
空虚なオレサマには縁遠いものと思っていた。
これに溺れてる悪魔を見ては、何がそんなにいいんだと思っていた。
こんなの、人間共の欲望を狂わせるだけのものだと思っていた。
……今までずっと人間共は愚かだと思ってたが、結局はオレサマも同じだったって事か。
「お前が自分の欲望を無視して、馬鹿みたいに他人の為に頑張るから──……どいつもこいつもその影響を受けて、お前の為に何かしようって思っちまうんだな」
そしてどうやら、それはオレサマも例外ではなかったらしい。
ずっと気付きたくなくて目を逸らしていた。死なれたらツマラナイからなんて言い訳して、必死にその欲望から逃げていた。
だけど、もうずっと前から、アイツが無意識に張った蜘蛛の糸にオレサマは搦め取られていた。
アミレスに興味を持ってしまったその瞬間からアイツの圧倒的な偽善に捕食されてしまい、心も体も何もかも……全てをぐちゃぐちゃに噛み砕かれる。
今まで何度もその光景を見てきた。
アミレスと出会った人間共が次々とアイツに籠絡され心酔していく様を。アイツの持つ圧倒的な求心力に人間共が敗北していく様を。
だからこそ、自分が今まで馬鹿にして来たそれに成る事が怖くて目を逸らしていた。
だけど、気づいてしまった。分かってしまったのだ。
「ハハッ、ご愁傷様。精霊だけじゃなくて悪魔にまで好かれるとか……もうまともな人生なんて歩めねェよ、お前」
オレサマは、アミレスに死んで欲しくない。
このオレサマが自らアイツの為に何かしたいと思っている。
アミレスの事を考えると深手を負ったかのように心臓が苦しい。
アイツが関わると何もかも思い通りにいかないのに、それすらも心地よいと感じてしまう。
もっと笑って欲しい。オレサマだけにその笑顔を向けろ。お前に関わる全て、他の誰にも譲りたくない。
あの女の全てを、オレサマのものにしたい。
そんな、悪魔らしい本能が暴れ出す。理性的であろうと思っていたのに、数千年目にしてオレサマも結局はただの魔物だって事が証明されてしまった。
……──悪魔に欲望を与えた責任は大きいぞ、アミレス。
「アイツが堕ちてくるのを待つんじゃなくて、オレサマが、アイツをここまで堕としてやればいいのか」
そうすれば、オレサマは独りにならなくて済む。
ずっとずっと、面白おかしいアイツと一緒にいられる。
精霊共の執着がなんだ。オレサマは悪魔らしく、欲望のままに全てを手に入れたらいいんだ。
「あと四日────その日が楽しみだなァ、アミレス」
六千六百六十六の時を刻み、オレサマは反逆の晩鐘を鳴らす。
早く、早く。
その時が来る事を、鐘の音が境界に鳴り響いたあの日から指折り数えて待ち続けていた。
オレサマの真名を明かした時、アイツがどんな顔をするか…………それが、楽しみで仕方無い。
♢♢
「あっ、お兄様!」
「ローズ、そっちの様子はどうだい?」
「見ての通りです。私も、拡声魔導具を使いつつ休みを挟みながら歌っているのですけど……ほとんど無意味なんじゃってぐらい、アミレスちゃんの勢いが凄くて」
「凄いな、王女殿下は。どうしてあんなに強いんだろう……」
「そりゃあアミレスちゃんですから!」
「なんでローズが誇らしげなのさ」
アミレスちゃんを歌でサポートしていると、遅ればせながらお兄様がやって来た。勿論、私達の帝都生活の護衛を務める紅獅子騎士団の面々と一緒に。
お兄様がこうしてここに来れたって事は、ちゃんと皇太子殿下から許可をいただいて来たんだろう。
流石はお兄様! アミレスちゃんは勿論凄いけど、私のお兄様だって凄いんだから!
お兄様と一緒に、今もなお魔物達と戦っているアミレスちゃんをふと見つめる。
たくさんの鮮血を浴びて、それでも一際輝き冷笑をたたえる姿はまさに氷の血筋と呼ぶべき姿。
普段の物語のお姫様のような幻想的な姿もいいけれど、このついつい触れたくなる氷像の大作のような──触れたその瞬間にこちらまで凍てついてしまいそうな、そんな危うさのある彼女の空気がとても良かった。
有り体に言って、彼女に見蕩れていた。
「あれ。あの人達……イリオーデさんと同じ服を着てるけど、王女殿下の私兵って噂の人達なのかな」
お兄様の視線は、次に魔物達と戦う集団へと向けられていた。
あら、あの方々いつの間に。
アミレスちゃんの為に歌って、アミレスちゃんにずっと見蕩れていたから全然気づかなかったわ。
「あれはアミレスの私兵団じゃ。あやつ直々に雇ったとかでな……イリオーデも元はそこの一人じゃったが、なんか知らぬ間にアミレスの騎士になっておったわい」
ずっと静かにアミレスちゃんを見守っていた不思議な雰囲気の可愛い女の子、ナトラさん。
あのアミレスちゃんに頼りにされる程の子だから、多分、見た目通りの普通の女の子じゃあなくて……その喋り方から察するに、長命種の亜人か何かなのかなと個人的に思っている。
そんなナトラさんが、お兄様の疑問に答えるように口を開いたのだ。
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