【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
12 / 29
一章:さようなら、私の初恋

宝石姫は二度死ぬ

しおりを挟む
「──」

カティアは、まともに取り合ってくれなかった。
それが、答えだ。
絶句し、言葉をなくした私の隣に、カティアは座った。まるで、幼い頃のように。よく、泣いていた私は、こうして彼女に何度となく、慰めてもらった。
カティアは、私の乳母の娘でもある。
伯爵家のメイドはほかにも多数いるけど、カティアだけが、特別だった。

「お嬢様は、特別なんです。あなたは、生まれながらに特別で、尊き方。だから、その責務を投げ出してはなりません」

──彼女は、諭す。
まるで、教育係のように。
優しく、それがあたかも正解かのように。
彼女の穏やかな声を聞いていると、それが正しいかのように思えてきてしまう。

(でも……そう。そっか、カティアは……)

彼女は、私の気持ちに寄り添ってくれているわけでは、ないのだ。
それが、分かったからじゅうぶん。
胸が、じんじんとした鈍痛を覚える。それを無視して、顔を上げた。にっこりと、彼女に微笑んでみせる。

「……うん。そうね。私が……間違っていたみたい」

そして、この家での──ステアロン伯爵家での【正解】を口にするのだ。

カティアの持ってきたサンドイッチに、手を伸ばす。正直食欲はなかったが、食べておかないと体が持たない。

そして、夜が深けるのをただ、待った。


壁時計は、深夜三時を示している。
この時間なら、きっと誰もが眠っているだろう。ランドリーメイドもまだ起きていないはず。

どきどきと、心臓が音を立てる。
これから、私はとんでもないことをする。

私は、誰かのために、生きているのではない。
この国のためでも、王族のためでも。

──ステアロン伯爵家のために生きているのでもない。

私は、私のために生きたい。
この命、私は、私のために使いたいと思う。

【宝石姫】として生まれた。生まれてしまった。
それは、今さらどうしようもない事実であり、覆らない真実だ。
宝石姫なら、国に尽くすのがとうぜん。王を支えるのが宝石姫の役割だ、と。
そう言われて育ってきた。

でも、それって。
搾取と、何が違うのだろうか。

少なくとも、私は、私の感情きもちすら無視して、なかったことにして、対価だけを求めるこの国──この家のためになにかしたいとは、思わない。……思えない。

だから。

私は、手燭に点った火を見つめる。
三股の手燭は、ゆらゆらと三つの炎を灯している。

それを──ゆっくり、寝台に傾けた。
途端、炎がシーツに移っていく。舐めるように、炎がじわじわとシーツに広がっていった。
ここからは、時間の勝負だ。
私は、意図してゆっくりと息を吐いた。

そして、部屋の窓を開けた。
途端、強い風がびゅう、と吹き込んでくる。
強風に煽られて、炎が揺らめく。まだ炎はちいさいけれど、いずれ燃え広がるはず。ベッドの周りには、可燃物を出来るだけ集めてきた。ドレス、ショール、タオルケット、ブランケット……。衣装棚の中身をほとんど持ってきたのだ。

そして、待つこと数分。
私の予想通り、火の手は激しくなった。ハンカチで口元を覆っているので煙を吸わずに済んでいるが、この分ではすぐにほかの部屋、廊下にも炎が燃え移ることだろう。

(……さようなら、私の初恋)

あなたは私をいらないと言ったけど、私も、私の人生にあなたは要らない。
ウィリアム様あなたがいなくても、私は生きていける。あなたを、生きる意味に定めなくても、私は、私のために。

ぱちぱち、と炎が爆ぜる音が聞こえる。
シーツはどんどん燃えていく。炎が広がっていく。赤が、視界にちらついた。

だんだん、息苦しくなってくる。
だけど、その息苦しさには覚えがあった。
私は、宝石姫として生まれ、宝石姫として育てられた。私の感情は圧殺され、蔑ろにされ、それがとうぜんだと思って生きてきた。

(……この家に、私の幸せはなかった)

私は一度、ウィリアム様あなたに殺されたけれど。
そんなに、あなたのことを恨んでいない。おかしいだろうか?
私を切り殺し、私の死すらも利用したひとだというのに。

決して、彼に殺されたことを受け入れたのではない。理不尽な悪意を、許したわけでもない。

だけど、あの経験があったからこそ。
私もまた、【宝石姫】としての責務に囚われるのではなく、ほかの道もあることに気がついた。

(……私が、あなたにふたたび想いを寄せることは、もう二度とない)

なぜなら、彼に殺された時、僅かに残っていた恋心もまた、ともに死んだからだ。

だけど──だからこそ思うのだ。
私とウィリアム様。
私たちに未来はなかったけど、交わらない道の先。互いに、幸福であればいいと思う。互いに関わらない、どこか遠くで。
憎しみとは違う感情を、育てられればいい、と思うのだ。

逆に、こうも思う。

(ここまでしたんだから、キャサリン様とは幸せになってもらいたいものだわ)

とも。
いよいよ、本格的に炎が燃え広がっていく。カーテンの先に火がついて、もうもうと煙が上がった。










〔報告〕
深夜未明、ステアロン伯爵家で火災発生。
明け方、鎮火。宝石姫、行方不明。

〔見解〕
その日、ステアロン伯爵邸で火災が起きた。
出火元は、【宝石姫】ことルシア・ステアロンの寝室だと思われる。火事の原因は、手燭の不始末。
その日は、強風だったため、火の広がりが早かった。炎は夜闇を照らすほどにごうごうと燃えたとのこと。

幸い、早くに気がついた邸内の人間が非常用の鐘を鳴らしたため、負傷者は出なかったが──宝石姫ことルシア・ステアロンだけが、見つからなかった。

遺体は見つからず、忽然と彼女だけが姿を消した。血痕でも残っていれば事件性があると見て取れるが、生憎、彼女は血液すらも宝石になってしまう特異体質だ。

王家は総力をあげて彼女を捜索したが、どれほど経っても、彼女を見つけることは出来なかった。

遺体は炎に焼かれ、燃え尽きてしまったのではないか。
欲に目が眩んだ賊に誘拐されたのでは──。

様々な説がまことしやかに社交界で囁かれた。

そして、その日──ルシア・ステアロンという娘は、死んだのである。




【一章 完】
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

公爵令嬢ルチアが幸せになる二つの方法

ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢のルチアは、ある日知ってしまう。 婚約者のブライアンには、妻子がいた。彼は、ルチアの侍女に恋をしていたのだ。 ルチアは長年、婚約者に毒を飲ませられていた。近年の魔力低下は、そのせいだったのだ。 (私は、彼の幸せを邪魔する障害物に過ぎなかったのね) 魔力不足に陥った彼女の余命は、あと一年だという。 それを知った彼女は自身の幸せを探すことにした。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

処理中です...