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ふたりの初夜

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結果、私はユーリアス殿下と取引をして婚姻することになった。

お父様は最後の最後まで私を心配していたけれど自分の責務を全うしたいだとか、貴族令嬢としての務めを果たしたいだとか耳障りのいい言葉を口にすれば渋々頷いた。
それに、頑なに嫁がせたくないと喚くお父様に痺れを切らしたお母様が扇で頭を叩いたのも大きいかもしれない。

お母様はおっとりとした温和な方だけれど怒ると怖い。

「いつでも戻ってきていいんだぞ!」

「リーデハルト、上手くやるのよ」

上が父で下が母である。これだけでふたりの温度差を感じるというものだが、これは彼らなりの娘への愛情なのだと思うことにして、私は笑顔で頷いた。

婚約期間は実に半年という短スパンで組まれた。その間に私はしっかり堕落しきっていた生活習慣を直し、忘れかけていたダンスを学び直し、マナーもいちから見直した。これでどこに出しても恥ずかしくない令嬢になったはずだ。
あとは夜会や茶会での社交だが、このあたりはユーリアス殿下が上手くやってくれるらしい。私は一般的には病弱だと言われているしあまり参加しなくてもいいとのこと。私が参加する時はユーリアス殿下も参加されるらしいから、槍玉にあげられることはないと思われる。我ながらいい婚約を結んだわ。
しかも今までのように自由にしていていいのですって!ユーリアス殿下は私のことなど好きではないようだし、きっと初夜も執り行われないわ。良かった、昔のように立会人がいるとかじゃなくて。もしそんな制度が未だにあったらごまかせなかったわね。それでなくても閨の儀式を他人に見られるなんて恥ずかしいのに。

私は貴族令嬢にしてはある程度夜のことに関して知識があった。理由は趣味の少女小説だ。あれらは少女小説と謳ってはいるものの、中にはかなり過激な性描写を含むものがある。初めて読んだ時は驚いたが、そういうのも込みで読み始めると止まらなくなっていった。読めば読むほど知識はついていったし、恐らく同年代の令嬢よりは多少耳年増な自覚もある。

怒涛の半年を迎えてようやく婚姻を結んだ今日。
疲労困憊になりながらも寝室へと戻ってきた。ここからは初夜の儀式に移る予定だ。そう、予定では。私たちにそんなのはありはしないけれど。
侍女がせっせと髪飾りや耳飾り、羽衣のような夜着を着せてくれるが、これらは何の意味もなさない。そのことに少し申し訳なさを覚える。

「それでは、私どもはこれで」

「おやすみなさいませ、妃殿下」

「おやすみなさい」

妃殿下と呼ばれることにはまだ少し慣れない。いつか慣れる日が来るのかしら………。
そんなことを思いながらベッドに腰かける。ユーリアス殿下もそろそろこちらに来るだろう。ユーリアス殿下は無理を押して今日の婚姻式に臨んだらしく、最後に会った時には若干顔色が悪く見えた。照明の当たり具合のせいかとも思ったが、多分あれは普通に体調不良なのだろう。寝室に訪れたら一番に休ませて差し上げないと………
そう思いつつユーリアス殿下を待っていた時だった。
扉が二回ノックされ、間をあかず扉が開けられた。現れたのはやはりいつも以上に肌の白いユーリアス殿下だった。

「ごめんね。待たせちゃったかな」

「お、お疲れ様です。殿下、おかけになってください」

慌ててユーリアス殿下の近くに行くと、彼が小さく笑みを浮かべた。しかしその時、彼が短く咳をこぼした。

「ケホッ、ゴホッ、」

「だ、大丈夫ですか?お水を………」

「大丈夫。いつものことだから」

「ですが………お顔色も………」

「…………そうだね。今日は一段と疲れた。リーデにも分かるほど、そんなに顔色は悪い?」

ユーリアス殿下がさりげなく、本当に自然に私の腰に手を回すから思わずそれを受け入れてしまった。いや、夫婦だからそれが当たり前なのだけど。だけど私たちは本当の夫婦ではない。契約によって結ばれた仮初の夫婦だ。
私はあの時ーーー殿下の言葉に頷き、彼と契約を結んだのだから。

『僕と結婚すればあなたの生活は今のままで構わない…………そう言ったら、どうする?』

それは願ってもみない言葉だった。ビバ、堕落生活。私の理想郷がここにある。とは言ってもさすがに昼夜逆転生活を送るわけにもかないから、ただ寝台の上で怠惰を貪るだけなのだけど。だけど何もせず好きな時に寝て、好きな時に少女小説が読めるのである。私の理想郷すぎるわ…………。
そんなことを思っていると、ユーリアス殿下に手を引かれてベッドへと誘導された。

「ユーリアス殿下………?」

「ユーリアスと。あなたは僕の妃になるのだから」

「ですが…………」

「リーデ。僕はあなたのことを愛称で呼んでいる。だからあなたも僕のことを愛称で呼んで欲しいくらいなのだけど?」

ユーリアス殿下は知らないうちに私をリーデ呼びしていた。私のことをリーデと呼ぶものなんて家族くらいしかいなかったからとても驚いたししばらく慣れなかったのよね………。
私は怖々ユーリアス殿下を見た。名前呼びから愛称呼びにハードルがぐっと上がったからである。

「それは………その………おいおいということで」
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