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エリザベス嬢の突撃

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「リーデハルト・エンネ・ザットビアハーネ!あなたにはユーリアス殿下と結婚してもらうわ!!」

夜分遅くに邸宅内に侵入、あろうことか部屋までやってきた赤毛の令嬢はとても自信満々にそう言い切った。リーデハルト・エンネ・ザットビアハーネこと私は、突然窓から現れた令嬢を見ながら思わず呟いてしまった。

「逞しすぎないかしら…………レアード公爵家の令嬢よね…………?」


***

私ことリーデハルト・エンネ・ザットビアハーネは公爵家の長女として生を受けた。ただし、妹はおらずいるのは三人のお兄様のみ。
このお兄様たちは大層私に甘くて、大抵のお願い事は何でも叶えてくれた。
私は幼い頃からずっと考えていたことがあった。それは…………

多分私は、貴族社会にものすごく向かないであろうということを。

お茶会と銘打った腹の探り合いとマウント合戦と皮肉と嫌味のオンパレードには茶器をひっくり返してしまいそうなほどストレスを感じるし、夜会での誰が何をしているかと逐一確認してくる周りの体勢には靴を脱ぎすぎててバルコニーから飛び降りてそのまま帰りたくなってしまう。広間のガラス細工が美しいシャンデリアより、森の中でこんこんと沸き立つ泉の方が圧倒的に美しい。
見た目だけは妖精姫のように儚げなのに口を開くととんだじゃじゃ馬姫だ、とは真ん中の兄の言葉である。ひどい言われようである。

社交界デビューしてから半年は我慢した。
好きでもない男性に鳥肌がたつようなセリフをまくし立てられ距離を縮めようとも決してその手を振り払おうとはしなかったし、どこぞの国の王女様に遠回しに可哀想なお胸だ事!と言われようともグラスのワインはぶっかけなかった。
山の頂に座るのは誰かを選ぶような猿のマウント合戦を繰り広げる令嬢に巻き込まれても「金自慢とかみっともない」なんて言わなかったし婚約者のいない私に対して「婚約者がいないなんて性格に難がある」と言われたときでさえテーブルクロスを引っ張って一芸見せるようなことはしなかった。そう、私は耐え忍んだのである。
しかしこの話を一番上の兄であるフリークスお兄様にすると苦笑いをされ「リーデは素直な性格なんだね」と言われ、真ん中の兄であるレイヴォルトお兄様に話すと「お前は野生児か」と笑われる始末。その頃には私が貴族社会に馴染めていないことには気がついていた。
しばらくは我慢した。しかし私の胃は素直なものでだんだんストレスにしくしくと痛むようになってきたので、わたしは一案生み出した。それは仮病。そう、仮病である。
病弱のふりをして社交界とは距離をおこう。幸い社交界で真ん中のお兄様に言われるような野生児っぷりは見せていないので、その案はとても魅力的に思えた。良かったわ。いくら嫌味と嫌味と皮肉と遠回しの自慢と嫌味と嫌味でミルフィーユされた会話を繰り出されても勢い余ってバルコニーから飛び降りて逃げ出さなくて。本当に思い出すだけで胃が痛いわ……………。凄いわよ。令嬢の観察眼と言ったら。ひとたび紳士と話すことがあれば次の日には広まっているのだから。少し夜会で話したくらいで次の日には「ご結婚なさるの?」って。なわけないでしょーが!話しただけで婚姻の運びになったら世の中は夫婦だらけだわ。

そして、社交界デビューしてから一年もしたあたりでーーー私は完全な引きこもりになった。なんだかんだ私に甘い両親とお兄様に駄々を捏ねて泣き落として、ようやく掴んだ権利だ。

引きこもり生活は最高だった。
朝に寝て、夜に起きる生活。体重管理だけには気をつけて、夜の静かな時間をひとり楽しむ。引きこもり生活は私をものすごく堕落させた。
煩わしい嫌味合戦に参加しなくていいのかと思うと天にも昇る気持ちだった。そう、ついこの間までは。

発端は突然、エリザベス・リアライズ・レアード公爵令嬢が先触れを出したことだった。社交界で見かけたことはあれど、話したことは無いエリザベス嬢。第二王子のカール・アールソン殿下の許嫁で第一皇子のユーリアス殿下の従姉妹。血筋はこれ以上ないほどよく、容姿も申し分ないほどの美形っぷり。赤金色の髪は長く、腰元までカールを描いている。目元はいささかキツめの顔立ちだが総評して美人である。胸元もささやかな私とは正反対の成熟っぷり。社交界では薔薇の花だと言われていたわね…………。

そんなエリザベス嬢が突然訪れるというのだ。我が家はパニック。しかも宛先は私になっていたので昼夜逆転しきっていた私は根気で次の日朝起きた。久しぶりに見た朝焼けである………。
午前中にエリザベス嬢はやってくると言うので朝から支度で私は早起き。屋敷はかなり忙しなかった。
そして訪れたエリザベス嬢は朝とは思えないほどいつも通りだった。眠そうでもないわ………さすが公爵令嬢………。いや私も公爵令嬢だけど、はりぼての私とは大違いだわ。
人払いをしたエリザベス嬢にあわや何を言われるかと思ったが、思ってもみないことだった。

「ユーリアス殿下とご婚約してください」

顎が外れるとはまさにこの事かと思ったわ。
ユーリアス殿下は第一王子でこの国の王太子殿下である。なんちゃって公爵令嬢の私とは住む世界が文字通り違う方。名前は知ってるしお顔立ちももちろん見たことはあるけれどーーー如何せんユーリアス殿下は病弱である。夜会よりもベッドで休まれていることが多い方で、顔を見たことがあるのもたった数回程度。お顔立ちは繊細で、陛下よりも王妃様似のユーリアス殿下は、遠目にも気品とか高貴とかそういうものをばしばし感じた。
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