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32話 会いたくないもう一人の相手
しおりを挟む空いているテラスを見付け、外に出る。
テラスは私達のように休憩所として使ったり、男女の密会の場として使われることもある。使用しているテラスにはカーテンがされており、礼儀として、使用している間、他の者は立ち入らないことになっている。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気。ちょっと人混みに酔っちゃったみたい」
見たところ顔色は悪くないし、呼吸も安定してる。熱もないようですし、様子見でとりあえずは平気そうですね。
「すぐに水を持ってくるので、少し待っていて下さ――」
「あっれー? そこにいるのは、私の元・お義姉様じゃないですかー?」
聞こえてきた声に、ドクンッと、心臓が大きく高鳴る。
出来ることなら二度と聞きたくなかった声は二つある。ジェイド様の他に、もう一人――――
「ミレイ様……」
ジェイド様の妹である、ミレイ様。
「あはは、相変わらず小間使いしてるんですねぇ。可哀想な人生」
ミレイ様の隣には、見知らぬ男性の姿。どこぞやの貴族の方でしょう。互いに体を密着させていて、その関係がただの知り合いでないことは明白だった。
密会に来たとしても、カーテンは閉めていたんだから、普通は入ってこないはずなのに。
「ソウカさんが入って行くのが見えたので、追いかけてきたんです。宴に相応しくない、その安っぽくて貧相な格好をしていますねぇ。クレオパス子爵令嬢の私には耐えられません! 平民落ちした貴族は惨めですねぇ」
わざわざ私を追いかけてくるなんて、お暇ですね。私が気に食わないなら、永遠に放っておいてくれたらいいのに……それに、私の格好はそんなに酷いでしょうか? どちらかと言うと、クレオパス子爵家にいた時の方が薄汚れた格好をしていたと思うのですが。
今の格好は動きやすいし、綺麗にお洗濯されてるし、何と言っても白衣が薬師っぽいし、気に入っています。
私とミレイ様では、根本的な美的感覚が合わないみたいですね。
「どうせどこかの貴族に拾われて、また家政婦として養われているんでしょう? 折角お兄様が貴女みたいな用なしを迎えに行ってあげたのに、ムキになって拒否するなんて、哀れですねぇ」
「そちらの家を出て行く時に、絶対に戻らないと伝えたはずです」
「どうせ強がりでしょう? ソウカさんみたいに何の価値も無い人間、快く雇って上げるのはうちくらいなものですよぉ? まぁ、お兄様のお嫁さんには死んでも戻れませんけど! あははは」
「……死んでもお断りします」
「は?」
あんな地獄のような場所には、二度と戻りたくない。
戻るくらいなら、死んだ方がいい――本気でそう思うくらい、私は嫌なの。
「たかが平民ごときが、貴族の私に逆らっていいのぉ? もしかして今の雇い主が貴女を守ってくれるとでも思ってるの? ないない! 今の雇い主が誰だか知らないけど、平民落ちの貴族で何の価値もない貴女なんかを守るわけないじゃない。どこに行っても、ソウカさんはただの消耗品、使い走りの家政婦でしか無いんだから。ねぇ、そうですよねぇ? ソウカさんの新しい所有者さん」
ミレイ様は、私の新しい所有者だと思わしき、アンシア様に同意を求めるように声をかけた。
アンシア様はミレイ様のいう小汚い恰好をしておらず、綺麗にドレスアップされていて、私がそんなアンシア様の傍にいたから、アンシア様を私の新しい所有者だと思われたのでしょう。いや、私をまるで物みたいに言うのは止めて頂きたいですけど。
「――さっきから黙って聞いてたら好き勝手言って下さいまして」
アンシア様はテラスの景色を見る形で車椅子に座っており、ミレイ様達には背中を向けていて、ミレイ様も、その密会相手の男性も、顔を見るまで、私の所有者と思わしき人が誰なのかを分かっていなかった。
「ア、アンシア様!?」
「私のお姉様に何か御用ですか!?」
アンシア様の表情や声は怒りに満ちていて、密会相手の男性は、振り向いたアンシア様を見るや否や、青ざめた顔を浮かべた。
「ソウカさんが貴女のお姉様なんですか?」
ただ、ミレイ様はアンシア様がどこの貴族令嬢なのかを分かっていないのか、何も動じておらず、至って平然と会話を続けた。
「そうです! お姉様への暴言は私が許しません!」
「やだ、ソウカさんったら、また無償で扱える家政婦目的の貴族のお嫁さんになったんですか? ほいほい釣られて誰でもいいから嫁になるだなんて、節操が無いんですねぇ」
「違います! 私がソウカさんを慕っているから、お姉様と呼ぶ許可を頂いただけです! まだ本当の義姉じゃないです! 憶測で勝手なこと喋らないで頂けませんか!?」
「アンシア様、そんなに怒ったらお体に障りますので、落ち着いて下さい!」
怒れるアンシア様を何とか宥める。
私の為に怒って下さるのは嬉しいのですが、今、アンシア様は私の患者なんです! 無茶しないで下さい!
「ソウカさんを慕うって、頭大丈夫ですかぁ? と言いますか、アンシア様って、もしかして、セントラル侯爵家の死にかけ令嬢ですか?」
セントラル侯爵令嬢であるアンシア様に向かってなんて失礼な物言い……あり得ない!
密会相手の男性はアンシア様を見た後、余計ないざこざに巻き込まれないためか、さっさとミレイ様を置いてこの場を去ってしまっていて、姿が無かった。
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