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第四章――③
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今さらだが、聖女様ご一行が拠点とするこの屋敷は、ルカの実家であるベイラート伯爵家が所有する別荘で、ガチの舞踏会が開けるほど広くて豪奢なダンスホールがある。
普段は使われることのないその場所に、今夜は一目『街の危機を救うため侍女の身を借りて降臨した先代聖女』を拝もうと、たくさんの人が詰めかけていた。
人数的にも警備の面でも一般市民はさすがにお断りしたが、役人であったり商工会や自警団の重役だったり街で影響力のある方々が多く集い、客寄せパンダと化している私に群がっている。
「この度はどうお礼を申し上げていいのか……」
「お会いできて光栄です。女神のご加護に感謝します」
「このような奇跡に立ち会えるとは、長生きするものですね」
私は彼らにひたすら無言の笑顔を振りまき、請われるままに握手をする。
ユマの指示を聞いた時は、しゃべらなくていいなら楽勝じゃんって思ったけど……これ、ものすごくきっついわ。
適当なところでユマがあしらってくれるのでボロを出さずにすんでいるが、表情筋がこわばって痙攣起こしそうだし、薄手の手袋をしてるのに手が腫れてくるし、慣れない対応に気疲れしてすでにフラフラだ。
とはいえ、私の代わりに矢面に立ってくれているユマのためにも、弱音を吐いている場合ではない。
笑顔(愛想笑い)は社会人の十八番だ。やればできる、はず。
「……依り代となっているお嬢さんはローベル公爵のご息女に見えるが」
「そういえば、面立ちがお亡くなりになられた奥様によく似ておいでですな」
気合を入れなおしたところで、役人たちの会話が聞こえてきた。
その名前に私は覚えがないが、侍女長が代わりに答えた。
「ええ。偶然アリサ様に見初められ働くようになったのですが、全ては今日のためだったのかもしれませんね」
「そうか。では公爵にもお伝えせねばな」
「聖女の依り代に選ばれたとなれば、あの噂も嘘だと証明されたも同然だ」
あの噂? もしかして婚約破棄されたことに関係することなの?
ハティエットの追憶では具体的なことは何も分からずじまいだったし、あれ以来彼女に関することは何の情報も得られず、なんとなくモヤモヤしていたのだ。
しかし、この場で追及するわけにもいかず、次々と群がる来客たちの対応に追われて夜は更けていった。
ダンスホールでの“お披露目”を終えて客室に戻り、あたりに人気がないのを確認してベッドにダイブした。
もう全身クタクタだ。このまま泥のように眠りたい。
……作戦は始まったばかりだというのに、これではダメだ。
“お飾りのお人形役”もまともにできないようでは、年上の面子に関わる。
ああ、でも眠い。着替えないと衣装がしわしわになるのに、指先一本動かすのも億劫だ。
ベッドに突っ伏し、とろんとまぶたを閉じた時、ノック音がして飛び起きた。
「俺だ。入ってもいいか?」
「ど、どうぞ」
ベッドから飛び降りて直立して出迎えると、ユマは怪訝そうに首を傾げた。
「何かあったのか?」
「いえ、別に」
「……まあいい。時間も遅いし用件だけ伝える。ローベル公爵令嬢の件だが」
ハティエットのことだ。わざわざ調べてくれたのだろうか。
明後日の方向を向いてごまかすのをやめ、じっと聞き入る。
「不貞を疑われて婚約破棄に至ったらしい。本人は否定していたし確たる証拠もなかったが、家が風評被害を受けることを恐れた公爵は娘を追放することにしたらしい」
「そんな!」
家族なら守ってあげるべきじゃないか、と憤りが生まれたが、同時にどこの家族も同じなんだとも納得してしまう自分がいた。
私の両親はオタクに著しい偏見を持っていた。
社会のゴミとか犯罪者予備軍とか、おおよそまともな人間とは認識していなかった。
なのに当時中学生の私がゲームや漫画に傾倒を始めオタクとして目覚めたものだから、初めは烈火のごとく怒り狂い、時には暴力を振るってまで私を『改心』させようとした。
でも、私は生まれつき強情だし、ちょうど反抗期真っただ中で、彼らの言うことなど微塵も効くつもりはなく我が道を貫いた。
そんな折、母が第二子を妊娠したことが発覚すると、二人は私に対する矯正をやめ、いないものとして扱うようになった。やがて、私が高校を卒業すると同時に家を追い出した。
「あんたがいたら、この子まで穢れてしまうわ。消えなさい」
「お前みたいなのは末代までの恥だ。死ぬまでその顔を見せるな」
玄関のドア越しに、顔も見ないで絶縁を言い渡した両親を、私はもはや憎むことも恨むこともできなかった。
家族としての情はとっくになく、むしろそう言われてほっとした部分さえあった。
でも、ハティエットはどうだっただろう。
貴族のご令嬢として大事に育てられただろうに、それを手のひらを返したみたいに切り捨てられて、随分とショックだったろう。
その上アリサの嫌がらせを受けていたのなら、心が壊れてしまって当然だ。
「ハリ、どうした?」
黙りこくってしまった私にユマが声をかける。思い出に浸るなんて女々しいな。
「……なんでもありません。それで、その噂と聖女と何の関係があるんですか?」
「聖女には“清らかな乙女”が選ばれる。不貞行為があればその基準を満たさない。たとえ依り代でしかなくとも、聖女が降りたことで貞操が証明されたとみなされるわけだ」
乙女……処女という意味では私も乙女だな。三十路だけど。
てか、貞操なんて原始的な方法で調べられると思うが(男女の関係を持っても処女の証が失われない場合もあるので一概には言えないが)、貴族にとって大事なのは真実ではなく風評で、噂が立った時点でハティエットは排除せざるを得ない対象になったのだろう。
だが、今回聖女の依り代という名誉を受け、その汚名は返上される可能性は高い。
それがハティエットにとって幸か不幸かは分からないが。
「面倒なものですね、家の体裁というものは」
「そうだな。くだらないとは思うが、選択する守るべきものは人それぞれ違う。その選択が正しいか間違っているかも、受け取る人によって違う。悲しいものだな」
ユマは深くため息をついた。
「話は以上だ。夜分にすまない。ゆっくり休んでくれ」
「はい、おやすみなさい。教えてくれてありがとうございました」
頭を下げる私に、ユマは居心地悪そうに首の後ろをかいた。
「前から言おうと思ってたんだが、畏まった口調はやめてくれ。侍女であってもなくても、あんたに丁寧語でしゃべられると落ち着かないんだ」
「そんなにわざとらしい言葉遣いですか?」
社会人として失礼のない程度に丁寧語はマスターしてると思ったんだけど、本格的な主従関係に慣れたユマには白々しく聞こえるのだろうか。
「そういうわけじゃないが、普通にしゃべってくれる方が気楽でいい」
うーん、そこまで言ってくれるならタメ口でいいか。
「分かったわ。こんな可愛げないしゃべり方でいいなら」
「元からあんたに可愛げは求めてない」
分かってはいたけど、はっきり言われると傷つきます。
ジト目で睨むと、ユマはすっと視線を逸らして逃げるように出て行った。
くそ、挨拶もなしに言い逃げか。
当たり散らすように衣装を脱ぎ捨て、用意されていた寝間着に着替えると、今度こそベッドと一体となり泥と化した。
普段は使われることのないその場所に、今夜は一目『街の危機を救うため侍女の身を借りて降臨した先代聖女』を拝もうと、たくさんの人が詰めかけていた。
人数的にも警備の面でも一般市民はさすがにお断りしたが、役人であったり商工会や自警団の重役だったり街で影響力のある方々が多く集い、客寄せパンダと化している私に群がっている。
「この度はどうお礼を申し上げていいのか……」
「お会いできて光栄です。女神のご加護に感謝します」
「このような奇跡に立ち会えるとは、長生きするものですね」
私は彼らにひたすら無言の笑顔を振りまき、請われるままに握手をする。
ユマの指示を聞いた時は、しゃべらなくていいなら楽勝じゃんって思ったけど……これ、ものすごくきっついわ。
適当なところでユマがあしらってくれるのでボロを出さずにすんでいるが、表情筋がこわばって痙攣起こしそうだし、薄手の手袋をしてるのに手が腫れてくるし、慣れない対応に気疲れしてすでにフラフラだ。
とはいえ、私の代わりに矢面に立ってくれているユマのためにも、弱音を吐いている場合ではない。
笑顔(愛想笑い)は社会人の十八番だ。やればできる、はず。
「……依り代となっているお嬢さんはローベル公爵のご息女に見えるが」
「そういえば、面立ちがお亡くなりになられた奥様によく似ておいでですな」
気合を入れなおしたところで、役人たちの会話が聞こえてきた。
その名前に私は覚えがないが、侍女長が代わりに答えた。
「ええ。偶然アリサ様に見初められ働くようになったのですが、全ては今日のためだったのかもしれませんね」
「そうか。では公爵にもお伝えせねばな」
「聖女の依り代に選ばれたとなれば、あの噂も嘘だと証明されたも同然だ」
あの噂? もしかして婚約破棄されたことに関係することなの?
ハティエットの追憶では具体的なことは何も分からずじまいだったし、あれ以来彼女に関することは何の情報も得られず、なんとなくモヤモヤしていたのだ。
しかし、この場で追及するわけにもいかず、次々と群がる来客たちの対応に追われて夜は更けていった。
ダンスホールでの“お披露目”を終えて客室に戻り、あたりに人気がないのを確認してベッドにダイブした。
もう全身クタクタだ。このまま泥のように眠りたい。
……作戦は始まったばかりだというのに、これではダメだ。
“お飾りのお人形役”もまともにできないようでは、年上の面子に関わる。
ああ、でも眠い。着替えないと衣装がしわしわになるのに、指先一本動かすのも億劫だ。
ベッドに突っ伏し、とろんとまぶたを閉じた時、ノック音がして飛び起きた。
「俺だ。入ってもいいか?」
「ど、どうぞ」
ベッドから飛び降りて直立して出迎えると、ユマは怪訝そうに首を傾げた。
「何かあったのか?」
「いえ、別に」
「……まあいい。時間も遅いし用件だけ伝える。ローベル公爵令嬢の件だが」
ハティエットのことだ。わざわざ調べてくれたのだろうか。
明後日の方向を向いてごまかすのをやめ、じっと聞き入る。
「不貞を疑われて婚約破棄に至ったらしい。本人は否定していたし確たる証拠もなかったが、家が風評被害を受けることを恐れた公爵は娘を追放することにしたらしい」
「そんな!」
家族なら守ってあげるべきじゃないか、と憤りが生まれたが、同時にどこの家族も同じなんだとも納得してしまう自分がいた。
私の両親はオタクに著しい偏見を持っていた。
社会のゴミとか犯罪者予備軍とか、おおよそまともな人間とは認識していなかった。
なのに当時中学生の私がゲームや漫画に傾倒を始めオタクとして目覚めたものだから、初めは烈火のごとく怒り狂い、時には暴力を振るってまで私を『改心』させようとした。
でも、私は生まれつき強情だし、ちょうど反抗期真っただ中で、彼らの言うことなど微塵も効くつもりはなく我が道を貫いた。
そんな折、母が第二子を妊娠したことが発覚すると、二人は私に対する矯正をやめ、いないものとして扱うようになった。やがて、私が高校を卒業すると同時に家を追い出した。
「あんたがいたら、この子まで穢れてしまうわ。消えなさい」
「お前みたいなのは末代までの恥だ。死ぬまでその顔を見せるな」
玄関のドア越しに、顔も見ないで絶縁を言い渡した両親を、私はもはや憎むことも恨むこともできなかった。
家族としての情はとっくになく、むしろそう言われてほっとした部分さえあった。
でも、ハティエットはどうだっただろう。
貴族のご令嬢として大事に育てられただろうに、それを手のひらを返したみたいに切り捨てられて、随分とショックだったろう。
その上アリサの嫌がらせを受けていたのなら、心が壊れてしまって当然だ。
「ハリ、どうした?」
黙りこくってしまった私にユマが声をかける。思い出に浸るなんて女々しいな。
「……なんでもありません。それで、その噂と聖女と何の関係があるんですか?」
「聖女には“清らかな乙女”が選ばれる。不貞行為があればその基準を満たさない。たとえ依り代でしかなくとも、聖女が降りたことで貞操が証明されたとみなされるわけだ」
乙女……処女という意味では私も乙女だな。三十路だけど。
てか、貞操なんて原始的な方法で調べられると思うが(男女の関係を持っても処女の証が失われない場合もあるので一概には言えないが)、貴族にとって大事なのは真実ではなく風評で、噂が立った時点でハティエットは排除せざるを得ない対象になったのだろう。
だが、今回聖女の依り代という名誉を受け、その汚名は返上される可能性は高い。
それがハティエットにとって幸か不幸かは分からないが。
「面倒なものですね、家の体裁というものは」
「そうだな。くだらないとは思うが、選択する守るべきものは人それぞれ違う。その選択が正しいか間違っているかも、受け取る人によって違う。悲しいものだな」
ユマは深くため息をついた。
「話は以上だ。夜分にすまない。ゆっくり休んでくれ」
「はい、おやすみなさい。教えてくれてありがとうございました」
頭を下げる私に、ユマは居心地悪そうに首の後ろをかいた。
「前から言おうと思ってたんだが、畏まった口調はやめてくれ。侍女であってもなくても、あんたに丁寧語でしゃべられると落ち着かないんだ」
「そんなにわざとらしい言葉遣いですか?」
社会人として失礼のない程度に丁寧語はマスターしてると思ったんだけど、本格的な主従関係に慣れたユマには白々しく聞こえるのだろうか。
「そういうわけじゃないが、普通にしゃべってくれる方が気楽でいい」
うーん、そこまで言ってくれるならタメ口でいいか。
「分かったわ。こんな可愛げないしゃべり方でいいなら」
「元からあんたに可愛げは求めてない」
分かってはいたけど、はっきり言われると傷つきます。
ジト目で睨むと、ユマはすっと視線を逸らして逃げるように出て行った。
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