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第三章――①

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 ピッ、ピッ、ピッ……

 規則正しい電子音が遠くで響く。

 どこかで聞いたことがあるような……ああそうだ。病院にあるバイタルサインの音だ。
 ドラマで観たことがあるという程度で、現物は見たことないけど。

 でも、なんでそんな音がしてるんだろう。
 あの世界にデジタル機器があるとは思えないから、これは夢なのかな。

 ぼんやりとした頭で考えながら体を動かそうとしたが、その場に縫い留められてるみたいにピクリとも動かない。
 手足だけじゃなくまぶたの開閉もできなくて、まるで寝たきりみたいな感じだ。
 悪夢にありがちな体の自由が利かないシチュエーションだが……まあ、別に夢ならいいや。そのうち目が覚めるだろう。

「……ご家族の方には連絡はついたの?」
「うん。病状を聞かれて『意識はまだ戻らないけど命に別状はありません』って話したら、『死亡確認が済んでから連絡をくれ』って怒られちゃったわ」
「ええ? 実の娘さんなのに、それはひどいわ。意識さえ戻れば大丈夫だって言ってるのに」

「でしょ。心配すらしてないなんて信じられない」
「日帰りでお見舞いに来れる距離にお住まいなのよ。顔くらい見に来たっていいわよね」
「ホントよね……」

 看護師さん同士の会話だろうか。
 それにしても、『死亡確認が済んでから』なんて、うちの親が言いかねない台詞だ。

 オタクにまったく理解のない両親は、私を家族と認識していない節がある。
 美人で出来のいいリア充の妹がいるからなおさらだ。
 しかも十年以上音信不通だったから、今さら親子の情を訴えるのも不毛だ。私も彼らと再会する時は最低でも介護の時だと決めているし、向こうは向こうで私などアテにしていないだろう。

 そういえば、私は元の世界じゃ死んだはずよね。
 あの人たちは私の死体を見て、何を思っただろう。迷惑な死に方だって文句言ってるかな。ちょっとくらい泣いたかな。いや、ひょっとしたら遺体も遺骨も引き取り拒否して、今頃無縁仏と化してたりして。

 ……うーん、ありえそうな想像で怖い。考えないようにしよう。

「あ、そろそろ“例の人”が来るはずよ」
「やばい。メイク直さないと」
「もう。患者さんのカレシにがっつかないでよ」

 弾んだ声色と足取りを残し、彼女たちは去って行った。
 しばしの間、静寂の中に電子音だけが響く。

 それからどれくらい経ったのか。ふと、耳元で名前を呼ばれたような気がした。
 呼ばれてる? もしかして寝坊? ああ、起きて仕事をしないと――
 
 急に体の自由が戻って目を開くと、眼前にユマのドアップがあった。

「ひやぅお!?」

 謎の悲鳴を発し、ワタワタしているうちにベッドの上から転がり落ちそうになる。
 しかし、床にダイブするまえにユマが腕を引っ張って阻止してくれた。

「……大丈夫か?」
「は、はあ、まあ……」

 両手で赤くなった顔を覆いながら、こくこくとうなずく。
 寝起きにイケメン(しかも大大大推しキャラ)とは実に心臓に悪い。

 というか、いつからいたの? 寝顔見られたってこと?
 いくらハティエットの顔だっていっても、恥ずかしいものは恥ずかしい!
 よだれ食ってたり変な寝言とか言ってないよね?

「体調がいいならすぐに着替えてくれ。頼みたいことがある」
「……仕事ですか?」

 熱が引いてきた顔を上げると、ユマはどこか差し迫った口調で言う。
 掃除や洗濯を頼むような声色ではない。自然と緊張感が高まる。

「仕事といえば仕事だが、本来はあんたに任せるべき役じゃない。だが、あんたにしかできないことなんだ。急いでくれ」
「か、かしこまりました」

 よく分からないが、ユマにはいつも助けられているし、「あんたにしかできない」と頼まれて断るなんて選択肢、小市民感覚の私にはない。

 それに、なんだか嫌な予感がする。まるでボヤ未遂のあった夜みたいな、形容しがたい感情が胸に渦巻いている。

 ベッドを出ると、サイドテーブルの上に畳まれた着替えが置いてあった。
 だが、それはいつも着ている侍女の制服ではない。聖女の衣装だった。

「ちょっ、着替えるってこれじゃないですよね? 制服はどこですか?」
「あんたが着るのはそれで間違いない。時間がない、早くしろ」

 それだけ言い置いて、ユマはさっさと部屋を出て行ってしまった。
 ええー……全然事態が呑み込めないんですが……?

 しばし衣装とにらめっこしていたが、観念して袖を通す。
 まるできっちり採寸したようにハティエットの体にぴったりと合うサイズで、着心地は快適なのにスーツを着た時みたいに気が引き締まる。

 この服だといつものお団子頭じゃ変かな。ヒロインはストレートに髪を下ろしてたけど――などと悩んでいると、遠くから悲鳴や破壊音が聞こえてきた。

 慌てて廊下に飛び出すと、ユマが待ってましたとばかりに出迎えて、私に棒状の物体を握らせる。
 見間違うはずもない。聖女の杖だ。

「えっ?」
「街を魔物が襲撃している。自警団だけでは対処できない。あんたの力が必要だ」
「え、ええ? でも、これはアリサ様の……」
「それは予備の杖だ。それに今、この屋敷にはアリサも騎士たちもいない。あんたが寝てる間に魔王側に動きがあり、アリサたちは被害のあった山岳地帯の村へ遠征に行っている。この場で頼りになるのはあんただけだ」

 必死にフリーズしそうな頭を再起動させ、四天王の一人が山中で仲間割れを誘いヒロインを一人する罠を張るイベントを思い出した。

 だが、それは日付の上ではもう少し後の話だった気がする。四天王との対決の前に、魔物が街を襲撃して――って、今まさにこの状況じゃない!

「ど、どうしてですか? こ、こんなの……」

 シナリオと違う、と言いかけて飲み込んだ。
 ここはゲームじゃなくて現実だ。想定外のことが起きたってなんの不思議もない。

「説明は後回しだ。行くぞ」
「でも、私は……」

 聖女じゃない、と続けようとしたところで、ユマが杖を握る私の手を包み込んだ。

「リュイの暴走を止めたのはあんたの力だ。まぐれでも奇跡でもない。その服と杖を身に着ける資格を持つ聖女だ。あんたなら街を救えると、俺は信じている」

 本当に何がなんだか分からないが、こう言い切る彼の信頼を裏切るわけにはいかない。
 緊張でカラカラの喉に唾を送り込みながらうなずくと、ユマについて街へと向かった。
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