4 / 40
第一章――②
しおりを挟む
ついて来いってことは次の仕事かな、と思ったんだけど、彼女の後をついて行った先は塗籠のような窓のない小さな物置のような部屋だった。
ローチェストに載った小型のランプに照らされた室内には、硬そうなベッドとポータブル便器だけが置かれている。
まるで独房……いや、懲罰房だ。
「これより三日間、ここで反省しなさい」
そんな感想を見透かされたかのような発言が飛び出すと、室内に押し込まれてしまう。
「え、ちょっと……!」
反論を遮るように重い音を立ててドアは閉まり、外からガシャンと錠がかかる音がした。
ドアをグーで叩いてみるが、反響音からして結構分厚いので、ちょっとドタバタしたくらいでは外に音は漏れないだろう。
「う、嘘……なにこれ……」
何がなんだか本当に分からない。これが人生最期に見る夢だとするなら最悪だ。
全然状況について行けてない頭を抱え、ペラペラなせんべい布団の敷かれたベッドに身を投げる。
寝転がっただけで腰痛い。この痛みが幻だとは思えないが、あの時日本刀で刺された痛みも嘘ではないはず。
念のため腹部をさするが痛みはないし、傷らしいものもない。
ふと、頭の中に異世界転生という単語がよぎった。
ライトノベルで最近流行っている設定で、事故ったり死んだりした主人公がファンタジー世界に生まれ変わって人生をやり直すというもの。
女性向けでは、ゲームやラノベの世界の悪役令嬢の役に転生するが、バッドエンド回避のために努力を重ね、実は性悪だったヒロインをやり込めてイケメンと結ばれる、という筋書きが人気だ。
私も(不本意ながら)か悪役とみなされているが、記憶を掘り返しても『聖魔の天秤』にそんなキャラもイベントも存在していないし、侍女は全員モブでイベントに絡むことはない。
でも、あの場にいたのはゲームのキャラたちとそっくりだし……ああもう、わけ分かんない!
むくりと起き上がり、もう少しここについて分かるものがないかローチェストの引き出しを漁ってみると、古びた手鏡が出てきた。
鏡面にヒビは入っているが割れてはいない。
おもむろに覗いてみると、そこには私ではない人物が映った。
お団子頭の二十前後の女の人だ。
リアルの私よりほっそりとしたあごのラインと整った目鼻立ちをしている。
化粧っ気がないので地味オーラは出ているが、それなりに着飾れば十分美人の部類だろう。
……失礼な話だけど、この見た目だと私の方がヒロインっぽくない?
リアルもこの体も女子高生とは呼べない歳だから資格はないだろうけど、らしさだけなら絶対今の私だよ。
え? 自意識過剰ですか、そうですか。でもアリサよりは(以下略)。
転生先(仮)がなかなかの優良物件であることに少し気分を持ち直した私は、もっと何かないかと懲罰房の中を観察したが、他に目ぼしいものはなかった。
「ふう……退屈……」
家探しもあっという間に終わり、暇をつぶせるものもないので、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。
これからどうなるんだろう。
謹慎が明けたら、また冤罪を吹っかけられるかもしれない。
何だか常習犯みたいな口ぶりで言われてるし、クビになっちゃうかも。
いや、それどころか不敬罪で本当に首が斬られちゃうなんて事態に……?
うわああ! 嫌だ嫌だ! 死んで転生して速攻死ぬなんて論外でしょう!
チート無双したいなんか思ってないけど、せめて平凡な幸せくらいは保証して!
することがなくなると、嫌なことばかり考えてしまう。
こんな時スマホがあればなぁ。くだらない動画でケラケラ笑ってた昨日の自分が懐かしい。
じわりと涙がにじんでくるが、それを袖口でこすってベッドに横たわる。
起きているから変なことを考える。それならいっそ眠ってしまえばいい。
次に目覚める時は本当にあの世だったらいいのに、なんて思いながら目を閉じた。
******
その日、私は夢を見た。
横山羽里としての私ではなく、この体の本来の主である侍女の追憶の夢。
彼女の名はハティエット。
さる高貴な貴族のご令嬢で、十代半ばまでは何不自由ないお嬢様生活を送っていたが、いわれのない誹謗中傷を受けて婚約破棄された挙句家を追放された。
意図的なのか偶然なのか、その辺の記憶を見せてもらえなかったので経緯は不明だが、何をしたにしろ女の子を身一つで追放はひどすぎる。
それからハティエットは数年の間大店の商会の使用人として働いていたが、ここもまた不当解雇されて路頭に迷うことになる。
ちょうどその時、異世界より召喚された聖女アリサに拾われて、彼女の住まう屋敷の侍女として働けることになったようだ。
ハティエットは恩返しのため真面目に頑張っていた。
しかし、そんな彼女をアリサは自分の引き立て役――というかサンドバッグとして使った。
服を破いたり、ベッドに虫を入れたり、実に低俗な嫌がらせ(おそらくすべて自作自演)を彼女がやったように見せかけ、周りの同情を買いながらも彼女を許すことで聖女としての格を上げ、自身の地位を確固たるものにした。
冤罪を何度も何度も押し付けられたハティエットは、過去のトラウマとアリサの横暴により、心を壊してしまった。
だが、文字通り魂の抜け殻と化しながらも、ハティエットは生きたいと願っていた。
だからだろうか。
刺されて死んだと思われる私の魂が、彼女の体に入り込んだみたいなのだ。たとえるならスマホの予備バッテリーみたいな感じだ。
つまり、今の私は完全に異世界に転生した存在ではなく、あくまで仮住まい状態なのだろうと推測される。
もしも彼女の心が蘇れば、私は本当に死んでしまうのだろう。
彼女の境遇には同情するけど、あんな悪女にお仕えするなんて無理難題もいいところだ。
かといって、自殺して全部終わりにできるほどの勇気はない。
一度死んだとはいえやっぱり死ぬのは怖いし、こちらの都合でハティエットの生存願望を破壊すれば永遠に彼女に恨まれるだろう。
自己愛が強い小心者である私は、仕方なく現状維持を続ける決意をした。
ローチェストに載った小型のランプに照らされた室内には、硬そうなベッドとポータブル便器だけが置かれている。
まるで独房……いや、懲罰房だ。
「これより三日間、ここで反省しなさい」
そんな感想を見透かされたかのような発言が飛び出すと、室内に押し込まれてしまう。
「え、ちょっと……!」
反論を遮るように重い音を立ててドアは閉まり、外からガシャンと錠がかかる音がした。
ドアをグーで叩いてみるが、反響音からして結構分厚いので、ちょっとドタバタしたくらいでは外に音は漏れないだろう。
「う、嘘……なにこれ……」
何がなんだか本当に分からない。これが人生最期に見る夢だとするなら最悪だ。
全然状況について行けてない頭を抱え、ペラペラなせんべい布団の敷かれたベッドに身を投げる。
寝転がっただけで腰痛い。この痛みが幻だとは思えないが、あの時日本刀で刺された痛みも嘘ではないはず。
念のため腹部をさするが痛みはないし、傷らしいものもない。
ふと、頭の中に異世界転生という単語がよぎった。
ライトノベルで最近流行っている設定で、事故ったり死んだりした主人公がファンタジー世界に生まれ変わって人生をやり直すというもの。
女性向けでは、ゲームやラノベの世界の悪役令嬢の役に転生するが、バッドエンド回避のために努力を重ね、実は性悪だったヒロインをやり込めてイケメンと結ばれる、という筋書きが人気だ。
私も(不本意ながら)か悪役とみなされているが、記憶を掘り返しても『聖魔の天秤』にそんなキャラもイベントも存在していないし、侍女は全員モブでイベントに絡むことはない。
でも、あの場にいたのはゲームのキャラたちとそっくりだし……ああもう、わけ分かんない!
むくりと起き上がり、もう少しここについて分かるものがないかローチェストの引き出しを漁ってみると、古びた手鏡が出てきた。
鏡面にヒビは入っているが割れてはいない。
おもむろに覗いてみると、そこには私ではない人物が映った。
お団子頭の二十前後の女の人だ。
リアルの私よりほっそりとしたあごのラインと整った目鼻立ちをしている。
化粧っ気がないので地味オーラは出ているが、それなりに着飾れば十分美人の部類だろう。
……失礼な話だけど、この見た目だと私の方がヒロインっぽくない?
リアルもこの体も女子高生とは呼べない歳だから資格はないだろうけど、らしさだけなら絶対今の私だよ。
え? 自意識過剰ですか、そうですか。でもアリサよりは(以下略)。
転生先(仮)がなかなかの優良物件であることに少し気分を持ち直した私は、もっと何かないかと懲罰房の中を観察したが、他に目ぼしいものはなかった。
「ふう……退屈……」
家探しもあっという間に終わり、暇をつぶせるものもないので、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。
これからどうなるんだろう。
謹慎が明けたら、また冤罪を吹っかけられるかもしれない。
何だか常習犯みたいな口ぶりで言われてるし、クビになっちゃうかも。
いや、それどころか不敬罪で本当に首が斬られちゃうなんて事態に……?
うわああ! 嫌だ嫌だ! 死んで転生して速攻死ぬなんて論外でしょう!
チート無双したいなんか思ってないけど、せめて平凡な幸せくらいは保証して!
することがなくなると、嫌なことばかり考えてしまう。
こんな時スマホがあればなぁ。くだらない動画でケラケラ笑ってた昨日の自分が懐かしい。
じわりと涙がにじんでくるが、それを袖口でこすってベッドに横たわる。
起きているから変なことを考える。それならいっそ眠ってしまえばいい。
次に目覚める時は本当にあの世だったらいいのに、なんて思いながら目を閉じた。
******
その日、私は夢を見た。
横山羽里としての私ではなく、この体の本来の主である侍女の追憶の夢。
彼女の名はハティエット。
さる高貴な貴族のご令嬢で、十代半ばまでは何不自由ないお嬢様生活を送っていたが、いわれのない誹謗中傷を受けて婚約破棄された挙句家を追放された。
意図的なのか偶然なのか、その辺の記憶を見せてもらえなかったので経緯は不明だが、何をしたにしろ女の子を身一つで追放はひどすぎる。
それからハティエットは数年の間大店の商会の使用人として働いていたが、ここもまた不当解雇されて路頭に迷うことになる。
ちょうどその時、異世界より召喚された聖女アリサに拾われて、彼女の住まう屋敷の侍女として働けることになったようだ。
ハティエットは恩返しのため真面目に頑張っていた。
しかし、そんな彼女をアリサは自分の引き立て役――というかサンドバッグとして使った。
服を破いたり、ベッドに虫を入れたり、実に低俗な嫌がらせ(おそらくすべて自作自演)を彼女がやったように見せかけ、周りの同情を買いながらも彼女を許すことで聖女としての格を上げ、自身の地位を確固たるものにした。
冤罪を何度も何度も押し付けられたハティエットは、過去のトラウマとアリサの横暴により、心を壊してしまった。
だが、文字通り魂の抜け殻と化しながらも、ハティエットは生きたいと願っていた。
だからだろうか。
刺されて死んだと思われる私の魂が、彼女の体に入り込んだみたいなのだ。たとえるならスマホの予備バッテリーみたいな感じだ。
つまり、今の私は完全に異世界に転生した存在ではなく、あくまで仮住まい状態なのだろうと推測される。
もしも彼女の心が蘇れば、私は本当に死んでしまうのだろう。
彼女の境遇には同情するけど、あんな悪女にお仕えするなんて無理難題もいいところだ。
かといって、自殺して全部終わりにできるほどの勇気はない。
一度死んだとはいえやっぱり死ぬのは怖いし、こちらの都合でハティエットの生存願望を破壊すれば永遠に彼女に恨まれるだろう。
自己愛が強い小心者である私は、仕方なく現状維持を続ける決意をした。
0
お気に入りに追加
479
あなたにおすすめの小説
死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~
白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた!
もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する!
とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する!
ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか?
過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談
小説家になろうでも連載しています!
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。
すてられた令嬢は、傷心の魔法騎士に溺愛される
みみぢあん
恋愛
一方的に婚約解消されたソレイユは、自分を嫌う義母に新たな結婚相手を言い渡される。
意地悪な義母を信じられず、不安をかかえたままソレイユは、魔獣との戦いで傷を負い、王立魔法騎士団を辞めたペイサージュ伯爵アンバレに会いに王都へと向かう。
魔獣の呪毒(じゅどく)に侵されたアンバレは性悪な聖女に浄化をこばまれ、呪毒のけがれに苦しみ続け自殺を考えるほど追い詰められていた。
※ファンタジー強めのお話です。
※諸事情により、別アカで未完のままだった作品を、大きく修正し再投稿して完結させました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる