40代(男)アバターで無双する少女

かのよ

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330 逃走

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<自供したな? おっと。『録音したかァ?』『バッチリ!』……ヨォシヨシ。観念するこったな。チームも向かわせたし、PMCも派兵した。アンタの計画はブチコワシ目前だァ>
<さぁ、それはどうかしら? うふふっ>
 イントネーションのせいか、緩い雰囲気の口調でその場にいる美空たちを無視した会話が続いている。何がどうして、と美空の頭はぐるぐる疑問だけが回った。わけがわからない。あの時、ロシアで一緒に敵の手がかりを探していたのはなんだったのか。頼れる探偵だと思っていた。逆に言えば、ただの探偵として雇われた身なのだと軽んじていた。
 まさかそんなことを言うとは思わなかった。通信先の男性の言葉を肯定するような言い回しをしたが、それはつまり久仁子と敵対していることに他ならない。
「な、何がなんだか……えっと、えーっと」
 三橋のベッドにしがみついて頭を隠しながら、美空は必死に考えた。気を落ち着かせるには混乱を止めるしかない。
 久仁子はしっかりと「被害者たちが二度と日本の土を踏めない」と口にし、龍田はそれを否定しなかった。
 男は「ミッドウェーに船を向けており、その船は神戸からダミー船を使ってまで用意周到に奪い取ったものだ」と言い、龍田は「その通りだ」と肯定した。
「龍田、さん?」
 美空をロシアに残らせたのは龍田だ。三橋を奪い返し、北海道に隠し、今まさに船に乗せて「ミッドウェーへ向かおうとしている」のも龍田だ。
 ドローンの甲高いプロペラ音がする。ディミトリたちは逆に龍田と連絡が取れたことを喜んでいるらしい。ディミトリが寄ってきて、美空を庇うような位置にしゃがみ込んできた。
 だが美空は迷う。
「龍田さん、助ける気なんて最初っからなかったの? じゃあ、別の仕事を頼んだっていう佐野さんたちは? 私は?」
 ディミトリが三橋のパイプベッドに手を触れている。黒くてベタベタしたスライムを操って、ロシアのビル地下から運び出した時と同じように動かすつもりなのだろう。
 龍田へ詰め寄る日本人男性と久仁子の声を思い出す。ロシア語で鋭く響くディミトリたちの声を思い出す。龍田の、怪しく笑う声を思い出す。
「う、あう……」
<ミッドウェーにはボスらが急いでる。オレらァ全力でアンタを捕まえる!>
<そんなことより、ここをどうするのぉ? あん、そこの彼が健康なのは我々のオカゲでしょ~?>
<そこは感謝しますの、ベルベット>
<お嬢さん!? 敵だぜ!?>
<それでもプレイヤーであり、他の犯人たちとは違うスタンスの持ち主。そこは履き違えない方がよろしいですの。ねぇベルベット。おじいさんと同じようにでよければ、全額こちら負担で『維持』しますの。引いてもらえません?>
<それはできないわ……そろそろね。Покинуть технику>
 龍田の声が異国のものになった瞬間、ディミトリとその仲間たちが一斉に動き始めた。ドアへ向かっていってドローンやロボットを蹴り飛ばそうとする男もいれば、ディミトリと一緒に三橋のベッドへ張り付いた者もいる。美空はそのすぐ足元に座り込んでいたため、思わず尻を擦って後ろに下がった。
 船を目指すならば、今一緒にベッドへ足をかければいい。人間一人ぐらい増えてもお構いなしだと、ロシア脱出の際に美空は実体験として知っている。
「ミソラ」
 こめかみからケーブルを垂らしたディミトリが美空を振り返った。有線でベッドのパイクへ付けられている。今にもアメーバを使った繊毛運動で自走し始めるだろう。
<こっちだってなァ>
 癖のある男の自信あふれる声が、蹴られて吹き飛んだ四つ足ロボットから聞こえた。
<無策で乗り込んだんじゃねーぞ>
 瞬間、公民館の窓がビシリと音を立てた。咄嗟に美空は、再び頭を守るよう下げながら腕で庇う。
 音は二回、三回と続く。北海道特有の二重サッシだが、お構いなしにガラスを破ろうと何かの圧力がかけられている。異国の言葉でディミトリたちが叫んでいるが、三橋ベッドを操作する手は止まっていない。スライム状の黒い粘性液体がうぞうぞと波み立ち始めたのを見つけ、美空は心を決める。
「……うりゃあああ!」
 ディミトリの有線ケーブルを、美空は渾身のダイブで飛びかかりながら掴んだ。
 簡易的な磁石接続はあっけなく取れた。美空も床に転がってしまったが、同時に窓ガラスが割れて降り注ぐ。三橋のベッドに被害が及ばないよう配慮したのか、ちょうどディミトリたちがいる側の窓ガラスだけが破られ砕け散った。
「うわああ!」
 部屋が暗くなり、小型のものより低いプロペラ音が突然大音量で聞こえた。二重サッシで聞こえなかっただけでずっとホバリングしていたらしい、窓を割った犯人。大型機だ。太陽を遮って美空たちに影を作っている。東京上空は下町エリアの川の上しか飛ばせないサイズで、これほど間近で見るのは美空も初めてだった。
「っ!」
 倒れていた美空は足を滑らせながら急いで立ちあがった。奪ったケーブルを持ったまま部屋を出る方向に走る。ディミトリ一人が接続できない程度では三橋ベッドを止めることなどできないはずだが、時間稼ぎにはなるだろう。
<おねーさん、おねーさん!>
「え?」
 横倒しになっている四足歩行ロボットの脇を通り抜けようとした美空を、また新しい声が呼び止めた。久仁子でも男でもない。
<そのコードちょうだい。多分なんだけど、端子がね、こっちのと合わないかも>
「え、あ、ごめんちょっと急ぐから」
<えー? あ、こっちに投げるだけでいいよー>
 聞こえてくる声が自分より若い女の声だったため、美空は思わず少々投げやりにコードを投げた。カメラの前に投げ捨てられたようなコードは、脱力した蛇のようにそのままにされた。
 立ち上がれず横に倒れているロボットが、そもそも腕も指もないのに紐を拾えるとは思えない。だが結果を見届ける暇など美空にはないのだ。そこそこ逞しい腕っぷしをした男ばかり十何人も集まっている建物から逃げなければならない。三橋は、この際先ほどの自信ありげな日本人男性にでも任せておけばいいだろう。
「むしろ外で運搬用の車盗んで、移動できなくさせた方がいいんじゃない? そうよ、それがいいわ!」
 三橋奪取の時から使っている大型バンだが、美空にでも手動運転ぐらいできるだろう。免許データの読み込みが必要な自動運転はできないが、見よう見まねでハンドルぐらい握ってやる。美空はどこか溜まったフラストレーションのような感情を感じ、急ぐというより踏み抜くような足取りで階段を降りた。
 割れたガラス窓から入ってきた大型ドローンと戦っているのだろう。背後の部屋からは語調の強いロシア語と、鉄パイプで硬いものを叩くような暴力的な音が響いていた。


 階段を駆け降り公民館の出入り口から飛び出し、すぐ目の前に横付けされたバン数台の中から荷台に医療用モニターがついたものへ回り込む。運転手はいない。バンの後方で見覚えのある亡命者が一人、点滴のパックを手に後ろを向いていた。中の騒動を知ってか知らずか、少し悠長に備品をチェックしている。
 そっと近づいて蹴飛ばせば、あるいは。美空はアドレナリンの過剰分泌を自覚しながら生唾を飲む。いや、すぐにエンジンが掛かるか自信がない。ここは脳天を角材か何かで打って足止めをした方がいい。その隙にしっかりと逃げられる。
 とにかくそっと、静かに。美空が一歩踏み出した瞬間。
 電話の着信音が自分の右尻ポケットから流れた。
「あちゃあ」
 気付かれた。驚いて顔を上げてこちらを見ようとする男に、美空は勢いよく飛びかかった。何か大声で喚きながら男は美空を突き飛ばそうとするが、負けじと服の襟を掴んで引っ張り首ごと体を引き剥がした。うっかり首が締まっているように見えるのは気のせいだろう。
「この、くそっ」
 酸素不足で息切れした男の隙をつき、両手でドンと突き飛ばして床に転がす。すぐにリアハッチを閉めて運転席側に回り込んだ。
 乗り込んでドアを閉めると静かになった。遠くでガラスが割れる音、ドローンのプロペラ音がする。後ろからバンバンと車体を叩く音もしてくる。先ほど突き飛ばした男だろう。頭が真っ白になりながらドアのキーロックを必要以上に押して、挙動不審になりながら美空は目の前の運転席のギミックを目でさらった。エンジンがどこか一瞬では分からない。自動運転車に慣れていて、まずブレーキを踏んでから鍵を回すのだと思い至るのに少し時間がかかった。
「あーそうだ、そうそう、これこれ!」
 エンジンをかける。
 アクセルを踏む。とりあえず離れなければならない。ロシア人亡命者たちは銃器を持っている。
「どうしよう、どうしようどうしよう」
 北海道の田舎町とはいえ監視カメラやパブリックシギント・ドローンは飛んでいる。公民館での騒ぎの方がよっぽど大騒ぎだが、美空もクルマを盗んだ現行犯だ。逃げたい。とにかくどこか人目のつかない場所、むしろ逆に北海道から逃げて人混みに隠れてしまいたい。
 手汗が止まらずハンドルが濡れる。ずっと鳴り続けている着信音にイライラする。
「あーもううるさい! ハイもしもし!?」
 誰からの着信なのか碌に見ないままハンズフリーで電話に出ると、つい先ほど聞いた声が音量大きめに車内へ響く。
<おぅねーちゃん、そのまま直進で頼むぜェ!>
「は?」
<進むと112号線に出るからぁ、そこを右折して繁華街方面へ抜けろ! 道なり行ったら曲がるところ指示すっからナァ、lucasって看板のある場所に行け!>
「誰なのアンタ!」
<いま忙しいンだってェ。あの大学にゃー知り合いがいてな、協力してくれんだわ。車の処理とか頼んどいたゼェ>
「あーそう、どーも! 公民館の方はどうなの!? アンタあれよね? さっき説明してくれた……」
<オレぁ八木だ! 三橋の回収は諦めた! 田岡より先に、あの場で今から強制ログアウトさせる!>
「えっ」
<そのためにゃーやるっきゃないだろがァ>
 電話口で別の声が響く。
<ギャンさん! だめだ、ドローンじゃ拘束できない!>
<現地のおねぇさんのお陰で三橋はしばらく釘付けにできたが、このままじゃガイシャが人質にして逃走を計る可能性も……>
<もっと制圧力の高い無人機はないのか!?>
<稚内だぞ!? これだけありゃマシってもんだ!>
「……大丈夫なの?」
<あー……この際ロシア人はいいだろ。問題はベルなんとか氏と三橋だァ。アッチも脳波コン使い。やられる可能性で考えりゃ、オレらが飛ばしてる無人機のクラッキング合戦だなァ!>
「大戦争じゃん」
 口では文句を言いながら、美空は心強い味方の存在に落ち着きを取り戻していた。
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