40代(男)アバターで無双する少女

かのよ

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43 年齢を感じさせない立ち振舞い

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 アクセルを強く踏み込む。目視確認もそこそこに車線変更をひたすら繰り返し、完全に違法な速度で愛車を走らせた。ステアリングを握る手がかさつき、動きが鈍くなっているのがわかる。
 焦りを押さえ、心を穏やかにするよう意識する。冷静たれ、もしくは客観的になれ。そう唱えてやれば、男は自身を後頭部の少し後ろから見ているかのような幽体離脱の視野を持てた。
 しかし歯がゆいことに連休の混雑で道は塞がっていた。到着まで二桁のレベルで時間がかかる。悠長に車を走らせていた間に暴行未遂の事件が収束し始めていることも聞いたが、壮年の男の表情は険しいままだ。
 目元のシワが頬の動きに合わせ、深く刻まれてゆく。苦々しい顔が剥がれない。
 「いっそのことフライト中止に……」
 そう独り言を呟く。そうはならないことも、女からの通信で知り得ていた。

 
 「閣下、平気?」
 「……ああ」
 騒ぎは急速に沈静化した。阿国の雇った私的な警備の集団と、空港側の制服警備員が何事かやり取りをしながら黒づくめの男を取り押さえている。ガルドには、それから先のオレンジカウチの動きはわからない。
 ボートウィグに強く抱え込まれていたということに、当の本人は少し経ってから気付いた。暗闇だと思ったそれはグレーのパーカーでおおわれた肩だったらしい。腕のようなものは、やはり腕で間違いなかったようだ。
 強制的に視界を封じられたガルドは、幾分冷静さを取り戻すことが出来た。影武者が首を、つまり命を狙われているらしいシーンをこの目で見てしまったこと。それはガルドにとって大きな衝撃だった。
 「さすがの筋肉ですね。あいつ触れもしなかった……大丈夫、悪いのは全部あいつですから」
 「……ああ」
 「あ、『そもそもの原因は自分ガルドだ』とか考えないでくださいね。悪いのはあいつであって、閣下には落ち度一つ無いんですから」
 「……ああ」
 「閣下……」
 ボートウィグは、ガルドが必要以上にダメージを負っていることを知った。表情は曇り、いつも以上に人形かと思うほど陶器のように固まったままだった。
 心配そうな彼の声に、ガルドは逆に気丈に振る舞う気力を得た。そうしなければさらに彼を心配させることになる。
 「だいじょうぶ、もう行くから」
 振り絞った声は、尚更小さく弱かった。喉が乾燥していてうまく発声ができない。痛みはない。ささくれた心がガルドを襲っているだけであり、物理的に痛みなど無いはずだった。
 そう考え否定する見えない傷を、ボートウィグは彼女自身より正確に把握出来ていた。
 「あの! 榎本さんを、もっと頼ってください……僕は肝心なときに、あなたの側を離れざるを得ない。だから僕の分まで、あの人があなたを守ってくれますから」
 静かに、いつもとはまるで別人のように語りかける。その彼の気持ちと言葉が、がさがさに乾燥した心に染み込んでくる。
 「……ん」
 それはまるでお湯で粉を溶かして作る、いつもの即席ポタージュのようだった。自分の都合の良いときに用意できる、手軽であたたかいスープ。
 目線を上にあげる。ボートウィグとガルドの視線が、ぱちりと何秒か混じり合った。
 一瞬のようで長く暖かい感覚がガルドの視界を覆い、恐ろしい景色を覆い隠した。
 ガルドは一つ息を長く吐いた。ほっとする。先程感じていた喉の乾きも薄れてきていた。
 「僕はエコノミーなので、飛行機じゃ合流できないですね。残念ですが、次はハワイで会いましょう!」
 そう手を振って離れるボートウィグの背中に、ガルドは唐突に彼を困らせたくなった。例えば頭突きとか、服を引っ張るとかをしてやりたい。
 困らせてもきっと自分に都合の良い反応しかしないはずだ。非難はしない。文句も言わない。そういう男だ。
 自分の「将軍の呼称」を模したニックネームを呼び、少し困ったような照れたような、眉尻を下げた顔をするくらいだろう。不安と恐怖に溺れて苦しんだ自分を軽々と掬い上げたボートウィグの姿に、ガルドは小さくショックを受けていた。
 今まで彼を軽んじていたのかもしれない。
 自身に都合の良いことしかしない、悪く言えば、それ以上は自分に影響を与えない男だと思っていた。
 そしてそれは間違いだった。彼は一人の男であり、アバターのガルドはともかく、現実のみずきよりもずっと年上だ。くたびれているせいで老けて見える三十代の社会人。
 自立し、一人でフルダイブ機を買える程度の経済力がある。親のおこぼれである自分とは雲泥の差だ。
 それを自分は、まるで自分より意思が弱いかのように扱っていた。彼もまたそれを甘んじて受けていた。
 「細いけど、強い」
 その腕を思い出す。取り乱した自分を引き上げたその腕は、しっかりした大人の腕だった。
 そしてふわりと舞った鉄の向こうに、かぎなれない煙草のくすぶった香りを知った。


 騒動があったエリアをそっと知らぬ振りをして通りすぎる。実際は客同士の喧嘩だと思われたらしく、それほど大きな混乱は見られなかった。
 通常運転の丁寧な審査を終えると、ファーストクラス専用のラウンジに直通で通される。荷物を預け身軽になったガルドが一転シックな雰囲気へと様相を変えたフロアを進んでいると、ひと足先に入っていた仲間たちが客を掻き分け近づいてきた。
 向こうからはガルドがよく見える。大人か上等な家族連ればかりのその空間で、ガルドの年頃が一人で来るのはやはり目立った。
 「ガルド、だいじょうぶだった?」
 そう不安げに声をかけたメロのゆらりと揺れるボリュームをたたえた茶髪は、見慣れたあの鮮やかな青ではない。腕に装着している市販のカラフルなバングルが、ちゃららと軽やかな音色を奏でている。
 いつものメロがそこにいた。それだけで、いつのまにか固まっていたらしい顔の口元だけがぴくりと動き始めた。
 しかし口角は望む方とは逆に、下がっていった。意図せずなにかしらの感情をこらえるような、食い縛るような顔になった。
 これはまずい。ガルドは必死に頬の筋肉を上へ上へと引き締めた。
 「連絡、来たぞ。騒いではいるが、薬物の疑いで空港内の警備部に連行された。怪我人ゼロ、目撃者がちりじりに散っていて、被害報告も阿国の警備からのみ」
 マグナの事務的な報告が今はシンプルでありがたかった。感情の入れ込む隙がないその言葉に、混乱して理解が追い付いていなかった状況が正しく把握できる。そして、阿国の迅速な行動も嬉しかった。
 「……そうか」
 「被害が直々に犯人を縛り上げたらしい。大丈夫だ、むしろあいつはいい仕事をした」
 「ガルド、無事でよかった~」
 「うむ!」
 「だな。よかったよかった」
 口々に安堵を伝えてくれた仲間たちに、ガルドは申し訳ない気持ちを抱いた。
 そう思わせてしまった、根本的な原因を思い出す。
 「だいじょうぶ……奴はこっちには気付かなかった。それにボートウィグもいた。でも、そもそも、」
 「ガルド」
 割るように榎本が口を開く。
 「奴がお前を狙ったのは、お前のせいじゃない」
 いつになく真顔でガルドの両肩を掴みながら話す榎本に、またガルドの心が掻き乱された。
 「そうだぞ、奴がお前を標的にしたのは、お前の優しさに甘えて付け入っているからだ。お前程優しくない俺たちには見向きもしないのがその証拠だ」
 「あいつ、無個性なのに目立ちたがり屋だったよな。おおかた動画に映って炎上してさ~、とにかく有名になりたい、とかじゃない?」
 「ベルベットを狙ったやつらはそうだったな!」
 「そうそう、そうだよ。ガルドが悪いなんてこと言い出したら、あいつなんか諸悪の権化じゃん。今日は一人だったけど、あのときは続々と来たんだよ~? 何人だか結局教えてくれなかったし!」
 「ベルベットは逆に奴等を早めに誘いだし、どこかに釘付けにしたんだ。その場所は俺たちも知らされなかった……」
 「ヤツは想像以上にヤバかったけど、なんにしろ無事で何よりだね」
 次々と聞こえる仲間たちの言葉に胸が熱くなる。阿国が護衛を買って出てくれたという話を聞いてから、ガルドがずっと抱えてきた見えない鎖がやっと紐解かれていった。
 「お前はそのままでいろ」
 そう言いきった榎本に、皆頷きながらガルドに笑いかけた。
 「アイツみたいなのが居たって、ガルドが気に病むことも、その優しいところを止めることもないさ」
 「そうだぞ、お前が居るから奴は今までフロキリの世界でいられたわけだ。奴にとっては救いだったはずだな!」
 「もしかしたら狙われたの、夜叉彦だったかもしれないしね~」
 「え?」
 「女性ファンを統制してるMISIAのお陰で、暴走せずに今までこれてるけど」
 メロが話題を明るく変えてゆく。
 「正論だな。厄介なプレイヤーや粘着系の量で言えば、四年目のガルドより一年目のお前の方が増加率は高い」
 「え、そうかな……みんないい子達だってば」
 「あ”ぁ?」
 「あれが?」
 「……MISIAが凄い、夜叉彦は罪作り」
 「ちょお、ガルドまで!」
 その奇妙な悲鳴と榎本のチンピラのような顔芸が、痛みさえ感じたガルドをそっと優しく引き上げる。沈んでいた空港の景色が、少しずつ前感じた開放的な世界へと変わってきていた。


 「おお、いたいたー」
 寄り添うようにガルドを囲んでいた一団に、女がそう声をかけてきた。
 上品であるはずの上位ラウンジで、連休という時期的なこともあり想像よりも騒がしいのだが、さらに一際大きな女性の声だった。年長のメロやジャスティンより一回り年上の、そろそろ定年かと思わせるような壮年の女性である。
 お祖母ちゃん子だったガルドは再度顔に力をいれた。今度は目尻だ。
 ただでさえ仲間達の言葉と直前の事件に混乱しているところに、祖母ほどの年の女性だ。感動と悲しみと懐かしい思い出が意図せず押し寄せ、ガルドの涙腺を攻撃する。
 「やっほー」
 しかし口調が若い。程よく涙が引っ込んだ。
 「ええと……どなたで?」
 「え、わかんない?」
 ぽかんとした表情の女性は、ミルキーホワイトが上品なワンピースと、仕立ての良い揃いのジャケットを一寸の隙もなく着こなしていた。頬のシワがきれいに刻まれており、美しく年を重ねた女性ならではの優雅さをまとっている。
 それ故砕けた若々しい口調が目立つ。
 「……関係者か?」
 榎本が鋭い視線を浴びせ、直前のことを気にしてガルドを背中側に隠した。その大きな体躯に遮られ、女性の平均身長を越えるはずのガルドがすっぽりと隠れる。不安無くガルドは一歩下がり様子を見守った。
 「うんうん、警戒するのは正しい反応。でも私のことが初見でわからないとは悲しいじゃない?」
 「随分マイペースなバアさんだな」
 自身もギルド最年長で五十代であることを棚に上げ、ジャスティンがデリカシーの無い一言を発した。
 「ちょっと! そーいうとこがゲテモノオヤジだって言ってんのぉ!」
 「……ああ、ぷっとんか?」
 洞察力が良いマグナが、その話し方とジャスティンへ切り返した内容でそうジャッジを下した。
 幼女の姿をしたアバターとは似ても似つかない。ガルドを除きメンバーが愕然とした。
 「え、女?」
 「えっ、ネカマかと思ってたのに……」
 「夜叉彦……アンタまで……」
 「ええっ、俺だけじゃないよ、みんなそう思ってたって!」
 「だって、なあ?」
 「ツインテールとかピンクの夢可愛い系な装備とか、絶対【女を楽しんでる男】だと……」
 名指しされた夜叉彦を筆頭に、榎本とジャスティンが揃ってネカマ説の信憑性を高める要因を上げていく。しかしガルドは信じていた通りの女らしいぷっとんに嬉しくなった。
 ぐぬぬと顔に力を入れて声をかける。思いもよらぬ彼女の正体にまた目尻が熱くなった。
 「ぷっとん」
 「大変だったね、ガルド。もう大丈夫だよ、おばさんがついてるから」
 「オバチャン一人追加してもなぁ」
 「ガルドにはおばちゃん呼びされてもいいけど、あんた達は許さないよ? とりあえず退けよ」
 「理不尽!」
 「当たり前でしょ」
 若干ガルドより低いくらいのぷっとんは、壮年の女性にしては背が高い。しかし足元を見ると、十七センチはあるであろうモダンなピンクのハイヒールを履いていた。実身長はそれほどではない。
 その彼女がカツカツと音をたてて歩き、榎本を邪魔と言わんばかりに押し退けてガルドを優しく抱き締める。
 「おっさん達も呆れるくらい頼りにならないよね、マグナの嫁も離れちゃったし、こっからはぷっとんさんがついてるからね!」
 つい先程のボートウィグとは違う、柔らかい感触と甘く懐かしい香りがした。そして再び、大好きだった祖母の顔が現れ四散する。
 「うん」
 「うーん、写真見たときから思ってたけど、ガルド可愛いね~」
 抱き締めている本人はよこしまな思いでそこにいた。真の目的はリアルのガルドを愛でることである。お人形さんのような顔立ちの、自分より大分背の高い少女をぎゅっと抱き締め堪能した。
 清楚な石鹸の香りがふわりとして、身じろぎひとつしないガルドに相変わらずだと心の中でニヤリと笑った。
 この子は自分に対する他者の感情に無頓着だ。されるがままというより「向けられる感情を意に介していない」といった印象が、図体のデカイあのアバターガルドとピタリ合致する。
 ふと、他のロンド・ベルベットメンバーが羨ましそうに見てくる視線を感じた。
 おっさん共よ、これが同性にのみ許された愛情表現だ。そう言いふらすような表情をあからさまに浮かべ優越感を満たした。各々の視線はどれもズルいの一言だが、榎本だけ様子がおかしい。
 「ちっ」
 舌打ちが一つ、思わずこぼれ落ちた。
 ぷっとんの能天気な発言と突然の抱擁に、榎本は怒りに近い感情に襲われていた。元々いけ好かないプレイヤーだとは思っていたのだ。ガルドがソロの頃から親密で、今なおこの様子である。
 推定六十代あたりの女は榎本のキザスイッチ対象外だ。口調は通常通りどころか、やや辛辣に攻撃的だった。
 「ロリ偽装して楽しむババアじゃねーか」
 「ふふん、悔しい?」
 「ぷっとんは可愛い」
 「やだガルドったら、イケメンっ!」
 「ババアのどこが可愛いんだよ、お前以外中身男だと思ったくらい、わざと女をやってるやつだぞ」
 「女が女演じて何が悪いの。楽しいのにぃ」
 「勝手にやってろ、こいつガルドを巻き込むな」
 以前ボートウィグにしてみせたように、やや強引にぷっとんを引き剥がした。どちらかというとガルドを引っ張り、そしてガルドもその榎本の手に身を委ねる。
 榎本を頼れとボートウィグは言った。ガルドは今まで彼に指示をする側だったが、今回初めて「ボートウィグの指示に従う」形になる。ゲーム上のお遊びの主従、敬語は砕けすぎて運動部の先輩後輩のようだった二人の関係は、こうして少しずつ変化していく。
 それはガルドが女だとバレてから急速に起こった変化であった。だからこそ、ガルドは流されるままではいけないと決意を新たにする。
 彼が「閣下」と呼ぶにふさわしい理想の将軍でありたい。
 「あーせっかくのガルドが~」
 「るっせぇ、なんで分かった!」
 「逆に聞くけど、ぷっとん様にガルドのリアルが分かんないと思う?」
 「がああ! ババアこのやろー!」
 「ふふん、まだまだ甘いね~!」
 ぷっとんと榎本が子供っぽい舌戦を繰り広げている。ガルドが向こうで見た妖精の姿と今の様子がぴったりと合致した。
 望む姿に近付くために「演じる」という手法は手っ取り早いだろう。目の前のぷっとんを見ていてそう思い至った。
 この時ガルドは初めて、ロールプレイヤーの気持ちがほんの少し理解できた。
 今まで素のままで欠片もしてこなかったガルドが、初めて「中年男のロールプレイ遊び演技」に興味をもった瞬間であった。
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