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2章 病院編

28話

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 それは数週間前の出来事……

 地下フロアの一番奥の部屋、それはこの総合病院で一部の人間にしか知られていない医学的な実験を行う研究室であった。

 日々仕事をこなして行っていたある日、この総合病院の院長から話があると言われ院長室に呼び出された。

「十川君、君にもそろそろ私達が行っている研究に携わってもらおうと考えている」
「研究……ですか?」

 僕は17年以上この病院で働き続けており、数々の実績による貢献度から特別にこの研究室で行なっている研究について教えてもらった。

「身体的障害を抱えている人の身体を改善する為の細菌を……?」
「そう、素晴らしいと思わないかい?人間に対して基本的に害となる細菌を、敢えて意図的に取り込む事で人間に新たな機能を加える」
「新たな機能?」

 人間に新たな機能?そんな事が可能なのか?

 そう訝しげに思ったために、つい質問をするように口から溢れてしまう。それを興味を持ったのだと勘違いしたのか笑みを深めて意気揚々と院長は語り始める。

「そう!それがPysic-type bacteria 通称P-tB!脳からの情報伝達を中枢神経と同じ働きをする無数もの細菌が受けとり身体を操作する。つまり人間の核はこのP-tB になるんだ!これで身体が不自由な人々が自分の意思で身体を動かす事が可能になる!」
「す、凄いですねそれは……」

 正直僕は専門的な分野では無かったため、その細菌の素晴らしさを完璧に理解する事は難しかった。

 しかし身体的障害の人の身体を改善。

 そんな事ができれば間違いなく医学界において革命的な出来事になるはずである。

 私はその革命的な出来事をこの目で一番早く見られることに胸が躍ったのだ。

「どうだね?十川君も見てみたくは無いか?」
「はい!是非!」

 僕にできる事は少ないけど、客観的な意見が欲しいという事で僕は何度もその研究室に訪れた。

 最初は週一程度であったが昼食休みや診察の合間の時間でもその研究室を訪れるようになった。

 自分もその革新的な実験に携われている事にやりがいを感じていたからだ。

 みるみると完成に近づいて行く……

 そして遂に今日、身体的障害を解消する事ができる革新的医療用細菌P-tBが完成した。

 多くの研究員やそれに携わってきた一部の医師達も完成に歓喜していた。

 そしていよいよそれをモルモットに注射する。そのモルモットは元々両足が不自由な生き物であった。そのP-tBが入った注射器で注射をしてP-tBを投与する事でモルモットの足がピクピクと動き始める。

「……おお」

 そして震えながらも足が動き始めて少しずつ前に進み始めるモルモット。

「……おお!」

 遂には完全に歩く事に成功したモルモット。その劇的な瞬間を見て僕達は喜びのあまり歓声を上げる。

「やったぁ!P-tBが完成したぞー!」

 僕は横にいる院長が感動で涙を流している所を見て声を掛ける。

「良かったですね」
「ああ……この功績は十川君のおかげでもある。本当にありがとう」
「いえ……僕の功績など院長に比べたら……」
「ありがとう……ありがとう……」

 60歳を超える院長は涙を隠す事もせず私の肩にもたれ掛かりながら大粒の涙を流す。僕はしばらくそのままにして置いた

 ……そんな時に悪い出来事が起きた。

「ピギャぁッ……!?」
「え?」

 モルモットは悲痛のような声をあげて仰向けになって体を硬直させていた。

「な、何が起きている!?」

 するとしばらくした後何事も無かったようなモルモットは起き上がり再び歩き始めた。

「大丈夫……なのか?今のは一体何だったんだ?」
「今の挙動は明らかに無視できない気が……」
「ピギャアッ!」
「!?」

 なんとガラスケースの中に入っているモルモットは先程の悲痛な声とは違った声を荒げながら跳躍をしてガラスケースの壁に体当たりをする。

「な、何だ!?急にどうしたんだ?」

 体当たりをした後地面に落ちたモルモットは再び跳躍をして壁に体当たりをする。

 すると……このガラスケースの壁にヒビが入る。

「ば、馬鹿な!?ただのガラスケースでは無いぞ?」

 そう、このガラスケースはただのガラスではなく、普通のよりも頑丈に作られている強化ガラスであった。

 そのガラスをたった二発の体当たりでヒビを入れる。そんな異常事態を僕達は目の当たりにしていた。

「ピギャア……!!」

 威嚇をし出すモルモット。あの攻撃が人間の体に当たれば人間の骨など簡単にヒビが入るのではないか?

 そう思わずにはいられなかった。

「出すなぁ!絶対にそいつを出すな!」

 先程まで泣いていた院長は血眼な目をして大きな声を出して指示を出す。

「はいっ!」

 そして危機一髪な状況でモルモットを出さずに成功し、そのモルモットは殺処分された。

 その後しばらくの重い沈黙が流れる。完全に落胆と絶望の空気であった。

 そんな中第一声を上げたのは院長であった。

「一体何なのだあれは……?」

 震える声でそう言う院長。

 あれは僕達が理想としていた効果では無かった。僕達の理想は身体の不自由を解消する効果。確かに身体の不自由は解消されていたようにも見えた。

 しかし……生み出してはいけない新たな機能までもがそのモルモットには加えられていた。

 突然の異常なまでの荒い気性。あり得ないほどの身体能力の向上。予想していなかった現象が起きていた。

「この研究は……」
「そうだね……これは世に出てはいけない物だ。処分するべき対象である」

 同情するほか無かった。少しの間しか携わっていない自分でも悔しいのだ。院長はもっと悔しいはずだ。

「え……?」

 しかし院長の顔には苦渋の色が見えなかった。それよりもどこか喜んでいるような……そう思わされる顔であった。

「処分は私がしとく。皆はもう上がっていいぞ……」

 僕達は手伝うと言えるほどの気力が無かったため、言われた通りそのまま研究室から掃ける事になった。

 院長ただ一人を置いて……
 



 


 

 
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