イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

文字の大きさ
33 / 191
第三章

北極星(ポラリス)・1

しおりを挟む
◆◇◆

 海を、見ていた。
 浜辺が人でごった返すのにはまだ早い季節、初夏の緩やかな風に水面が凪いでいる。その時期になってもここは穴場で、芋洗う、みたいにはならないけどね、と光は笑ったが。

 ゴールデンウイーク明けのこの日、旅行に行ってみないかと誘われたのはわりと突然だった。
「釈君がね、バイク貸してくれるんだって。せっかくだから海にでも行ってみない?」
 大型連休中は、カフェ「sweet smack」でのバイトも書き入れ時だ。春の桜以外には取り立てて観光名所があるわけではない桜街だが、それでも休暇のひとときを公園やカフェでゆったりと過ごす者は多い。連日満席状態の時間帯も多く、まだ新米の域を出ない俺もほぼフル出勤で働いた。
 とはいえ。他人様が休日の最中、自分が働いていることに別段不満があったわけではない。
 というより、旅行、などというものをどんな時期だろうとしたいと思ったことがなかった。子どもの頃からそうだった。レジャーとしてどこかへ行きたい、という欲求を覚えた試しがない。
 それどころか集団行動そのものが苦痛だった俺は、学校行事などでさえ極力参加を拒んだ。小、中学校の修学旅行はなにかと理由をつけてバスや宿に居残り、高校では仮病を押し通して欠席した。大勢で風呂に入ったり食事したり、が億劫で、宿泊先での時間もじっと身を潜めるようにして過ごしていた、と思う。すでによく覚えてはいないが。周囲は訝しみもしたけれど、最終的に「あいつは孤児だから」の一言で片付けられた。それは都合良くもあり、「所詮そんなもんだ」という諦めも生じさせた。
 多分「どこへ行こうが何も変わらない」と思っていたのだ。

 そんな俺に、旅行へ行こうと誘う、光。なりゆきから始めた「兄弟ごっこ」における兄であり、今は「俺を俺として」見てくれる、相手。

◆◇◆

 和がこの家を出て、慈玄の寺で居候を始めてから一ヶ月余りが経つ。
 俺と光の関係を目撃して、結果的に、とはいえ長年共に暮らしてきた兄を「奪う」ような真似をしてしまったのに、荷物を取りに一旦帰宅した和の目には、戸惑いも侮蔑もなかった。逆に、凛とした決意さえ見えた。
 しばらく寺で過ごせば良い、というのが慈玄の入れ知恵であるのは明らかだが、もはや自分で決めたこととして受け入れているようだった。
「たまには帰ってくるし。俺の家には変わりないもんな!」
 決して強がりなど滲ませていない明るい声。うんうん、と頷く光を後目に、俺はなんだかこの「弟」が空恐ろしくなった。
 いつかは兄であった存在は妻を娶り、子を為し、「兄弟」とは別の家族を築くことは覚悟していただろう。しかし、俺は男であり、その上和当人が「兄」としてこの家に招き入れた存在だ。血は繋がらずとも、心で信頼関係を積み重ねてきた「長兄」を、同じ様に受け入れようとした「次兄」に盗られ、自分の知らない秘密を作られ。和の想いは、おおいに踏みにじられたはずだ。おまけに、正式な「宮城家の嫡男」である和が、結局ひとり家を出る羽目になっている。
 こんなに躊躇せず、顔を合わせられるものだろうか?何の罵倒も嫌味もなく、言葉を交わせるものだろうか?
 慈玄と和の間に、どんなやりとりがあったかは知らない。が、出会ってからですらまだ半年足らず、数度行き来をしていたとはいえ、それだけの関係である慈玄に、和が完全に心を開いているとは考えにくい。いくら俺よりずっと、順応性が高いであろうことは分かっていても。
 身寄りもちゃんとした家もなかった俺とは違う。ただ単に、「俺達を気遣って」和は子どもの頃から慣れ親しんだこの家を去ったのだ。それも、快く。
 俺には全然理解ができない。「お前なんか出て行け」と一喝された方がよほど腑に落ちる。
 これも、和が光を信用しているからと言われればそうかもしれない。だとしても、負の感情が微塵も見えない和は、自分とはまったく別の世界の人間に思えた。

 そして、俺と光は二人の生活を始めることになった。
 それまで和の存在があったために保たれていた自制は、簡単に失せた。請われれば押し切られるままに身体を許し、リビングだろうが風呂場だろうが、ところ構わず行為に至る。
「……っく、ぅ、ふぁ、ぁあっっ!!」
 声は必死で堪えても、漏れ聞こえる淫靡な水音は耳に届く。壁に押しつけられ、片足を高く持ち上げられた状態で、恥部の奥に熱く滾った肉棒を突き入れられる。最初は痛みを伴ったが、回数を重ねるごとにそれも快感へと変わった。
 同性間のセックスは、光も初めてではなかったようだ。
 何度か肌を重ねると、俺が「感受しやすい」場所を探り当てた。ソコを重点的に責められるようになると、体幹から全ての力が抜け落ちてしまうような気がした。羞恥や自己嫌悪は相変わらずだったが、頭に渦巻く思考はお構いなしに、身体はよがり、やがて絶頂を迎える。
 己自身の先端からだらしなく粘液が零れ落ちるのが、薄く開いた視界に飛び込む。
 爛れている、とはこういうことかもしれない。
 俺達はそれぞれの中にある空虚な部分を埋めるように、獣みたいに交わった。こうなったら和の事も、今置かれている状況も、何もかも消し飛んでしまえばいい。そうとすら、俺は思った。
 吐き出される精と一緒に、現実感が抜け落ちていく感覚。男同士での情交自体も異常なら、いままで存在そのものが希薄だった俺が、こんなふうに誰かに貪欲に求められることも異常だ。
 だとしたら。この瞬間そのものも、夢か幻なのだろうか。それならそれで良い。
 延々と重ねていた唇を解いて、覗き込む瞳。いつか見た翳りが見える。離れないで、傍にいてと、言葉でもその視線でも繰り返される。足元も覚束ないようなふわふわした意識の中で、光の懇願ともとれる「想い」だけが、苦痛を抑える麻薬のように、また反対に身体を蝕むウィルスのようにじわじわと染み渡る。そうしてより甘美な堕落の中に、なされるがまま沈み込んでいった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

普通のβだった俺は

りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話 凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。 書き殴り状態なので少しずつ修正するつもりですです…。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...