天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志

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第90話

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津久見は必死に走った。

城内の階段を何段も飛ばしながら、ある部屋を目指していた。

そして、

「失礼します!!!」

と、ある部屋にたどり着き、戸を開けた。

そこには布団に横たわる大谷吉継の姿があった。

津久見は自分の悩みを解消できるのは、この吉継以外いないと思い駆け付けたのであった。

「ん?治部か?」

「大谷さん!!お久しぶりです!」

「治部。よう来た。」

津久見は起き上がろうとする吉継の背中をそっと支えてあげた。

ひゅー

風が通る。

どうやら戸が開いているようである。

「大谷さん!!開けっ放しじゃないですか!!閉めますよ!」

と、立ち上がろうとした津久見の手を吉継が抑えた。

「良いのじゃ。寒風は刺さるように痛い。痛ければこの我が身が生きている事を実感できる。わしは一日一度数分、戸を開けてもらっておるのじゃ。お主が必死に生きようとしているように、わしも必死にこの命の灯の温かさを寒風を持って感じておるのじゃ。」

「大谷さん…。」

津久見は座りなおした。

「急いでおるのじゃろ。今日は元旦の謁見の日。当家の使いも無事終わったと先程報告があったわ。」

「そうなんですね。私たちは今から何ですが、ちょっと相談があって…。」

「その様子、急を要するな。何じゃ。」

「大谷さん…。私は…。」

津久見はそう言うと下を向いた。

「どうした。言ってみよ。」

「…。」

「時間が無いんじゃろ。何でも言え。わしとお主の間じゃ。」

「はい…。」

津久見は顔を上げた。

「大谷吉継にとって、石田三成とはどんな存在ですか?」

「ん?」

「大谷さんにとって私は…。」

津久見は、悩みの末に変な質問をしてしまった自分を恥じた。

「唯一無二の友じゃ。」

吉継は優しい声で言った。

津久見はもう泣きそうであった。

「太閤様の子飼いの二人じゃ。わしは初めてお主に会った時に自分より優れておる事を瞬時に悟った。だからお主に負けじとわしは頑張った。負けじと頑張る姿を太閤様悦んで下さった。お主は先の戦でわしの命を救った。無謀な戦いと分かっておったが故にな…。」

「…。」

「お主はあの日、わしの命を救ったと思っているかもしれぬが、それよりも何年も前から幾度となくわが命を救っておる。」

「…。」

「この身の病も『宿命』と諦めかけた儂を、お主は『使命』に変えてくれた。『使』。何とも生きた言葉であるか。太閤様の恩に報いるためにこの命を使う事がどれほど嬉しい事か。」

「…。」

「しかもその使命を持った者と一緒に生きていける。こんなに素晴らしい人生はないわ。のう治部よ。」

「ヒック。」

津久見は隠すことなく大粒の涙を流していた。

「友とは『わしの憂いにお主は泣き、お主の悦びに儂は舞う』ような関係じゃな。」

と、言うと津久見の手をポンと叩いた。

病に侵されたその手の力は弱かったが、津久見にはとても心強く感じた。

「申してみよ。友よ。」

「大谷さん…。」


______________________________________

謁見の間に続く廊下はちょっと揉めていた。

「それでは上がれませぬ!!!!」

長束正家が言う。

相手は…

雪まみれの石田家の三人。

「詰所の仕事でございました故…。」

と、左近は言うと

バサバサと、袴に付いた雪を雑に払った。

「わ!!!何を!!!!」

前田玄以が困惑して言う。

「しっかり雪を払わないと、とてもじゃないが謁見の間には通せませんぞ左近殿!」

正家が怒気を込めて言った。

「しからば、払いまする。」

と、左近はまた雪を落した。

「だから!!!ここでするんではなく~!!!」

正家と玄以は声を合わせて言う。

そこへ

「どうされましたか?」

と、騒ぎを聞いた郡《こおり》がやってきた。

「いや、左近殿が…。」

と、正家が事の顛末を郡に伝える。

郡はそれを聞きながら左近に視線をやる。

目が合う。

左近の目は何かを語りそうな目だ。

そんな左近を郡は目を細めて見ていた。

「で、謁見の間に入ろうとするので!」

正家が続ける。

が、郡が遮った。

「確かに左近殿。それでは中に入れませぬ。少し隣の間で雪を払ってからお越しくださいませ。それに…。」

と、郡は正家の方を見ながら続けた。

「それに朝からの謁見に秀頼様少々疲れ気味ですので、一刻休憩にいたすこととします。」

「え??石田家で最後ですぞ?」

「秀頼様のお身体を案じてでございます。」

郡はきっぱりと言った。

「…。」

正家はぐうの音も出ない。

郡はまた視線を左近にやる。

左近は小さく礼をすると、隣の間へ移動した。


一刻ちょうどが過ぎると、隣の間に正家が入って来た。

「袴も十分乾きましたな。では…。」

と、三人を謁見の間へ手で案内する。

(間に合わなかったか…。)

左近は観念し、石田家の使いとして謁見の間に繋がる廊下を歩き出した。

謁見の間についた。

「石田家、島左近殿以下二名でございまする。」

正家が仰々しく言うと、襖が開いた。

その先に小さな子供の姿が見える。

豊臣秀頼だ。

左には淀君。

その後ろには郡が。更に横には文官が数名座っている。

左近は背筋を伸ばし

「佐和山城城主石田家、主君三成に代わり三名…。」

と言った所で大きな声がした。

「四名!!!!!」

ズコー!!!っとこけながら津久見が謁見の間に転がり込んで来た。

皆一同顔を見合わせる。

「佐和山城より四名、新年のご挨拶に!」

と、津久見は立ち上がり衣を整えながら言うと、ゆっくりと前へ歩き、秀頼の前に座った。

「新年の~」

と、ありふれた挨拶をする。

諸大名が行《おこな》って来た物と一緒だ。

「以上、佐和山城…」

と、前田玄以が言いかけると、津久見は遮った。

「秀頼様。淀様。」

「これ治部!!!」

玄以が止めようとするが、郡が手で制した。

「先の合戦での和議強行、九州勢説得、堺の町の復興云々全ては豊臣家の為でございまする。」

この期に及んで自分の手柄の発表か!と、皆呆気に取られている。

津久見はジッと秀頼を見つめながら続けた。

「来月一日には天竜川にて、徳川内府と会談の儀、秀頼様に代わって大役を拝し身に余る光栄でございまする。」

「…。」

皆津久見が何を言うのかジッと聞いている。

「十五日にはここ、大坂を出発し、我が城佐和山を経由し、天竜川へ向かう予定にございまする。」

(なんだ?ただの日程の発表か?)

皆怪訝な表情で聞いている。

「つきましては。」

津久見がここで一呼吸入れる。

(ん???)

皆が次の一言を待つ。

「つきましては。大坂出発の際にご挨拶に登城し…」

「…。」

「我が持参の書状にの押印を頂きたく思っておる所存でございまする。」

「なんと!!!??」

正家が立ち上がる。

「治部よ!!何を申しておるのか分かっているのか!!??」

「…。」

「豊家の印はお主が躍起になって求めた朱印状と話が違うぞよ!」

「…。」

「日の本の将軍としての印を、何故お主の書に求めるか!!!?」

正家が叫ぶように言う。

豊家ノ印

秀吉がその権威の象徴の一つとして作られた印。

花押とは違い、の総意が含まれる大変貴重な印であった。

「そうじゃ!豊家ノ印はすなわちこの国の印!南蛮との交渉もこれ一つで決まるものぞ!!お主が一番それを分かっておろう!!」

次に前田玄以が声を荒げる。

すると津久見は静かに言った。

「豊家をお守りする為でござる。」

津久見の視線はジッと秀頼を見ている。

「ざわざわ」

場内がざわつく。

淀君も目を丸めて驚いている様子であった。

一国の大事な印を、一武将の書状に押して欲しいとは前代未聞な要望であった。



が、その中一人の男が立ち上がった。

すると間は静まり返った。

秀頼であった。

ゆっくりとその小さな足を津久見の元へ進めて行く。

津久見は視線を反らさず一心に秀頼の目を見つめている。

八歳の将軍。

だが、その歩みには既に覇気があった。

秀頼は津久見の前に着くと子供ながら努めて重い声で言った。

「豊家の為か!?」

「左様でございまする。」

「治部よ。」

「は!!!」

「わしの父も、母もお主を良く頼ったと聞く。」

「ありがたきお言葉。」

「ならばわしもお主を頼って良いのか?」

「もちろんでございまする。」

「そうか。」

と、秀頼は言うと振り返り郡に向かって言った。

「郡!頼るべき相手が、余を頼って来た時どうする。」

郡は手を床につけ頭を落としていた。

「お主はどう余に教える。」

秀頼が続けた。

「恐れながら…。」

と、郡は顔を上げ

「全力で助けまする。」

と、真剣な顔で言った。

秀頼はそれを聞くと津久見の方に向き直し

「そうじゃな!!でなくては頼る者も頼れない。治部よ!!その件承諾した!豊家の為に奮闘してくれ!」

「はは~!!!」

津久見は深く秀頼に向かって頭を下げ

「ありがとうございます!!!」

と、叫んだ。

「うん!!!」

秀頼は最後に歳相応な返事をして正月の謁見は終了した。
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