上 下
119 / 123
【第五部 異世界転移奇譚 NAYUTA 2 - アトランダム -(RENJI 5)】もしもしっくすないんしてる途中で異世界転移しちゃったら。

第119話

しおりを挟む
 ラ・ムー大陸に作られた巨大な城から、秋月リサは黒い雨が降るのを見ていた。

 テレビで核実験の映像を観たことがあったし、歴史の教科書にも写真が載っていたが、本当にキノコ雲が浮かび、その後には本当に黒い雨が降るのだなと思った。
 だが、彼女が映像や写真で観たことがあるのは、一発の核兵器が爆発した後のものだ。
 九頭龍 天禍天詠を撃墜したのは、百をゆうに超える大量破壊兵器だった。
 だからキノコ雲の数もまた百を超えていた。

「お父さんやピノアちゃんが好きなアニメでね、『核の冬が来るぞ』って台詞があったんだよね。
 核の冬って何だろうってずっと思ってたんだ。
 わたしに起こせるなら起こしてみたいなって。
 お兄ちゃんも好きだったよね、そのアニメ。だから、お兄ちゃんも見てみたいよね?」

 リサは、血の鎖で拘束し、血の猿ぐつわを噛ませたレンジに笑いかけた。
 屈託のない子どものような笑顔だった。

 しかし、返事はなかった。
 猿ぐつわを噛まされていたからではなく、レンジは意識を失っていたからだった。

「なーんだ、寝ちゃったの? それとも意識が飛んじゃったのかな?
 わたしやサクラはすぐに魔人になれたし、意識を失ったりしなかったのに、お兄ちゃん案外だらしないんだね」

 救厄の聖者のひとりだったのにね、とくすくす笑った。

 もしかしたら、人の魔人化は、細胞がエーテルを取り込み、エーテル細胞へ変化するまでの時間に個人差があるのかもしれない。
 その個人差の中には、魔人になれる者となれない者がいるのかもしれない。

 17年前にリバーステラの世界中で猛威をふるったカーズウィルスに対し、人類はワクチンを作り出すことはできなかったが、毎年インフルエンザワクチンは数万人にひとりか、数十万人にひとりの確率で、確実に人を死に至らしめている。
 それと同じように、細胞や抗体といったものがエーテルに対し拒絶反応を起こし、死に至る可能性があることは想定の範囲内ではあった。
 むしろ、自ら魔人になるまではその可能性の方が高いと思っていた。
 だが、自分だけではなく、サクラもまた魔人となったことで、リサは安心しきってしまっていた。

「まさかとは思うけど、死んじゃったりはしてないよね?」

 リサは指をレンジの鼻に近づけ、呼吸をしているかを確かめた。
 呼吸はちゃんとしていた。
 彼女の血で作られた鎖に耳を当てると、鎖に彼女の顔半分が埋もれる形になった。彼女の脳からの微弱な電気信号によって一時的に鎖の形状が変化したのだ。
 心臓も確かに動いていた。

 大好きな兄の心臓の鼓動は愛おしかった。

「ま、たとえ死んじゃってても、時の精霊の魔法でお兄ちゃんの身体の時を巻き戻すだけなんだけどね。
 この世界じゃそんなの当たり前のことだし、お兄ちゃんも得意だったんだもんね。
 サタナハマアカに昔言われたんでしょ?
『人の命は尊くて重いものだ』って説教したときに、『軽いじゃないですか』って反論されたんだったよね。魔法で時を巻き戻して、死をなかったことにしてばっかりだったから。
 そんなことしてたら、そりゃ言われちゃうよね。だって、そんなのまるでドラゴンボールだもん」

 あーあ、とリサは残念そうに窓の外を見た。

「核の冬、お兄ちゃんといっしょに見てみたかったんだけどなー。
 どうせすぐにピノアちゃんがゴールデン・バタフライ・エフェクトでどうにかしちゃうんだろうなー」

 リサはまだ、すべてを喰らう者の存在がテラから消滅していることに気づいてはいなかった。
 ダークマターが再びテラに生まれたことも。
 世界の理を変えることはもはやできず、放射能や放射性物質を浄化するすべは失われてしまっていることを。

 アカシック・インパクトが起き、アトランダムをはじめとする伝説上の島や大陸が現れ、アカシックレコードからはデウスエクスマキナの群れが射出された。
 しかし、九頭龍 天禍天詠はアトランダムを滅ぼし、デウスエクスマキナの群れもまたその存在自体が消滅した。おそらくらピノアが大厄災の魔法を使ったのだろう。スーパー・ピノアちゃん・サンドリオンとかいう、ふざけた名前の魔法だ。

 テラと一体化したアカシックレコードには、おそらく核の冬はどうすることもできないだろう。
 だが、本来ならアトランダムと同様に帝国があったはずのラ・ムー大陸にそれがない以上、九頭龍がたとえ太平洋に没したとしても、ピノアならば核の冬はどうにでもできるはずだ。
 リサはそんな風に考えていた。なぜラ・ムー大陸に帝国が存在していないのか、その存在を消したのが誰なのかということを、彼女はちゃんと理解していなかったからだ。

 だから、今度こそテラに終末が訪れようとしていることに彼女は気づいていなかった。

 大厄災の魔法が、人類の歴史をリセットするという意味での大厄災を引き起こすのはテンス・テラだけだ。
 イレブンス・テラでは大厄災の魔法を使うことはできても、人類の歴史のリセットを起こすことはできない。
 それだけではなく、原初のテラからイレブンス・テラまでのすべてのテラは、大厄災が起きない世界に、すでに起きてしまった世界では起きなかったことに、その理が変えられ、すべてのテラは別々の世界に切り離されていた。
 人の歴史が大厄災によってリセットされることはもはやないのだ。

 イレブンス・テラには人の歴史をリセットすることも、核の冬による滅びを免れる術ももはやなかった。

 リサが兄と見たかった核の冬が、この世界を滅ぼすのだ。


「やっと見つけた……」

 そして、リサを滅ぼす者が、ゆらぎから現れた。

「遅いよ、待ちくたびれちゃった」

 リサは、

「お義姉さん」

 ゆらぎから現れた者を、ステラを、そう呼んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

勇者召喚に巻き込まれたおっさんはウォッシュの魔法(必須:ウィッシュのポーズ)しか使えません。~大川大地と女子高校生と行く気ままな放浪生活~

北きつね
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれた”おっさん”は、すぐにステータスを偽装した。  ろくでもない目的で、勇者召喚をしたのだと考えたからだ。  一緒に召喚された、女子高校生と城を抜け出して、王都を脱出する方法を考える。  ダメだ大人と、理不尽ないじめを受けていた女子高校生は、巻き込まれた勇者召喚で知り合った。二人と名字と名前を持つ猫(聖獣)とのスローライフは、いろいろな人を巻き込んでにぎやかになっていく。  おっさんは、日本に居た時と同じ仕事を行い始める。  女子高校生は、隠したスキルを使って、おっさんの仕事を手伝う(手伝っているつもり)。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめて行います。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~

白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた! もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する! とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する! ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか? 過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談 小説家になろうでも連載しています!

処理中です...