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第64話 許された者と許されなかった者
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「力のことなんて知らなかった。
ただナユタが邪魔だった。
だから俺はナユタを殺そうとした。
でも、テラに転移したばっかりのころのミカナも似たようなことしてたよね?」
「ミカナちゃんが? どういうこと?」
ナユタの問いに、そこまで知ってるんだ、とピノアは言った。
「ミカナは、テラに来たときに、タカミといっしょに力を手に入れてたの。
でも、力があることを知らなかったんだ。
異世界転移の体験を小説にしようとしてて、この世界にはない設定とかを考えたりしてた。
ミカナは力に無自覚だったから、ミカナにはそうするつもりは全くなかったけど、エーテルや精霊、救厄聖書、大厄災を生み出したのはミカナだったの。
それだけじゃなく、ダークマターを産み出したのも。この世界をリバーステラの放射性物質のごみ処理場にしたのもそう。
『我々』や『匣』、『アンサー』の存在以外は、全部ミカナがそういうふうに世界の理を変えちゃったんだ。
10番目の世界のマヨリやリサは、世界の理を変える力を持ってなかったから、誰もそれに気付けなかった」
「でも、みんなミカナを許したよね?
それどころか、雨野家の関係者だけの秘密にした。
ミカナのせいで、テラの歴史のすべてが変わった。テラだけじゃない、リバーステラまで巻き込まれて、たくさんの人が死んだ。
でも、俺はナユタを殺そうとしただけだ。殺してない。
でも、誰も許してくれなかった」
「ほっといたら、ムスブは必ずナユタを殺してた。
でも力は止められなかった。
ムスブを殺すことなんてできなかった」
「だから、俺を封印した。
よりによって自分のフィギュアに」
「……わたしは毎日、遊びに行けるわけじゃなかったから。
ムスブもナユタもふたりとも、わたしによくなついてくれてた。
だから、わたしがいない日も、わたしはちゃんといるよってふたりに伝えたかった。
そんなことに使いたくなかった!」
「でも、そのために用意してたんだろ?
別に父さんが集めてる美少女フィギュアでもよかったはずなのにさ。
わざわざ、あの頃リバーステラにあったエーテルを結晶化させて、ほんとならそんなの使えない3Dプリンターを、魔法で使えるようにまでしてさ。
ダイヤモンドなんかよりはるかに硬い、テラにしかないオリハルコンよりもさらに硬く、しかも伸縮性や柔軟性まである、ジパングではヒヒイロカネと呼ばれていた、テラで最高の神の金属だ。
俺を封印するためだけに。
あの世界には封印を解ける者はいなかったけど、万が一壊れたりして封印が解けたりしないようにするためだけに。
そんな素材で、リバーステラとテラ、ふたつの世界の人類の歴史の中で最高の女のフィギュアを作った。
あの、ふたつの世界にたったひとつしかないフィギュアには一体いくらの値がつくんだろうね」
1那由他だったりしてな、と兄は馬鹿にするように笑った。
「ピノアが封印できたのは、俺の身体と記憶や力の一部だけだった。
魂や力のほとんどは、封印されなかった。
俺は封印されたことも知らずに、シックスセンスの主人公みたいに、お前らと暮らしてたんだよ。
ピノアはさ、あのとき、俺を殺しておかなきゃいけなかった。
源氏と平氏の話、知ってるか?
幼いこどもの命を奪うのをためらったために、そのこどもが大人になったときに平氏は滅ぼされた。
ナユタ、ピノアに感謝しろよ。
ピノアが俺を封印しなかったら、お前は俺に殺されてたんだから。
でも、今から殺すけどな」
本当に殺すつもりなんだな、とナユタは改めて思った。
こんな男が自分の兄貴なのかと思うと虫酸が走るほどだった。
だが、憎悪も殺意も何もナユタには芽生えなかった。
「兄さんは、ぼくを殺したら満足できるの?
それとも、ピノアちゃんも殺さなきゃだめなの?」
「俺はお前になりたかっただけだ。
お前さえいなくなれば……」
「兄さんもピノアちゃんが大好きなんだね。
ぼくを殺したいなら殺せばいいよ。
体を奪いたければ奪えばいい。
でも、今の兄さんをピノアちゃんは好きにならないよ」
きっと兄はそんなこともわからないまま大人になってしまったのだろう。
これは虫酸が走っているわけではないのだ。
自分は兄を憐れんでいるのだ。
「じゃあ、ピノアも殺す」
そして、兄は今、一番大事なことに気づいていない。
「兄さんは魔法とか陰陽道とか使えるの?
それとも、世界の理を変えるその力だけ?
今、この世界は、世界の理を変える力の干渉を一切受けないようにしてある。
それが那由他でも不可思議でも。
この世界全部が特異点なんだ。
兄さんがぼくやピノアちゃんを殺すには、剣や槍でめったざしにするとか、拳で死ぬまで殴り続けるとか、そうしないと殺せないよ」
「それがお前の望む殺され方か?」
「そうだね。
でも、兄さんはぼくを絶対に殺せない。
世界全体を特異点にする前に、ぼくは自分の体を絶対に死なない身体にしたから。
たとえ細切れにしても木っ端微塵にしても、ぼくの体はすぐに再生する。
兄さんが飽きるまで付き合うよ」
兄は殴りかかってきた。
拳がナユタの頬に決まり、頬骨にひびが入る音がした。
口の中が切れて血が出た。
血をぺっと吐き出すと、歯が折れていたらしく、地面に血にまみれた歯が落ちた。
「不老不死でも痛いだろ?
痛みを感じなくしておくべきだったんじゃないか?」
痛かった。ものすごく。
だが、その傷や折れた歯はすぐに治癒した。
「兄さんが感じてた心の痛みは、もっと痛かったはずだろ?
こんなもんじゃないはずだ」
「懺悔のつもりか?」
「そんなつもりはないよ。その腐った性根と、五歳から何にも成長してない頭を、ぼくが叩き直してやるつもりだ」
だから、ナユタは兄に殴り返した。
ただナユタが邪魔だった。
だから俺はナユタを殺そうとした。
でも、テラに転移したばっかりのころのミカナも似たようなことしてたよね?」
「ミカナちゃんが? どういうこと?」
ナユタの問いに、そこまで知ってるんだ、とピノアは言った。
「ミカナは、テラに来たときに、タカミといっしょに力を手に入れてたの。
でも、力があることを知らなかったんだ。
異世界転移の体験を小説にしようとしてて、この世界にはない設定とかを考えたりしてた。
ミカナは力に無自覚だったから、ミカナにはそうするつもりは全くなかったけど、エーテルや精霊、救厄聖書、大厄災を生み出したのはミカナだったの。
それだけじゃなく、ダークマターを産み出したのも。この世界をリバーステラの放射性物質のごみ処理場にしたのもそう。
『我々』や『匣』、『アンサー』の存在以外は、全部ミカナがそういうふうに世界の理を変えちゃったんだ。
10番目の世界のマヨリやリサは、世界の理を変える力を持ってなかったから、誰もそれに気付けなかった」
「でも、みんなミカナを許したよね?
それどころか、雨野家の関係者だけの秘密にした。
ミカナのせいで、テラの歴史のすべてが変わった。テラだけじゃない、リバーステラまで巻き込まれて、たくさんの人が死んだ。
でも、俺はナユタを殺そうとしただけだ。殺してない。
でも、誰も許してくれなかった」
「ほっといたら、ムスブは必ずナユタを殺してた。
でも力は止められなかった。
ムスブを殺すことなんてできなかった」
「だから、俺を封印した。
よりによって自分のフィギュアに」
「……わたしは毎日、遊びに行けるわけじゃなかったから。
ムスブもナユタもふたりとも、わたしによくなついてくれてた。
だから、わたしがいない日も、わたしはちゃんといるよってふたりに伝えたかった。
そんなことに使いたくなかった!」
「でも、そのために用意してたんだろ?
別に父さんが集めてる美少女フィギュアでもよかったはずなのにさ。
わざわざ、あの頃リバーステラにあったエーテルを結晶化させて、ほんとならそんなの使えない3Dプリンターを、魔法で使えるようにまでしてさ。
ダイヤモンドなんかよりはるかに硬い、テラにしかないオリハルコンよりもさらに硬く、しかも伸縮性や柔軟性まである、ジパングではヒヒイロカネと呼ばれていた、テラで最高の神の金属だ。
俺を封印するためだけに。
あの世界には封印を解ける者はいなかったけど、万が一壊れたりして封印が解けたりしないようにするためだけに。
そんな素材で、リバーステラとテラ、ふたつの世界の人類の歴史の中で最高の女のフィギュアを作った。
あの、ふたつの世界にたったひとつしかないフィギュアには一体いくらの値がつくんだろうね」
1那由他だったりしてな、と兄は馬鹿にするように笑った。
「ピノアが封印できたのは、俺の身体と記憶や力の一部だけだった。
魂や力のほとんどは、封印されなかった。
俺は封印されたことも知らずに、シックスセンスの主人公みたいに、お前らと暮らしてたんだよ。
ピノアはさ、あのとき、俺を殺しておかなきゃいけなかった。
源氏と平氏の話、知ってるか?
幼いこどもの命を奪うのをためらったために、そのこどもが大人になったときに平氏は滅ぼされた。
ナユタ、ピノアに感謝しろよ。
ピノアが俺を封印しなかったら、お前は俺に殺されてたんだから。
でも、今から殺すけどな」
本当に殺すつもりなんだな、とナユタは改めて思った。
こんな男が自分の兄貴なのかと思うと虫酸が走るほどだった。
だが、憎悪も殺意も何もナユタには芽生えなかった。
「兄さんは、ぼくを殺したら満足できるの?
それとも、ピノアちゃんも殺さなきゃだめなの?」
「俺はお前になりたかっただけだ。
お前さえいなくなれば……」
「兄さんもピノアちゃんが大好きなんだね。
ぼくを殺したいなら殺せばいいよ。
体を奪いたければ奪えばいい。
でも、今の兄さんをピノアちゃんは好きにならないよ」
きっと兄はそんなこともわからないまま大人になってしまったのだろう。
これは虫酸が走っているわけではないのだ。
自分は兄を憐れんでいるのだ。
「じゃあ、ピノアも殺す」
そして、兄は今、一番大事なことに気づいていない。
「兄さんは魔法とか陰陽道とか使えるの?
それとも、世界の理を変えるその力だけ?
今、この世界は、世界の理を変える力の干渉を一切受けないようにしてある。
それが那由他でも不可思議でも。
この世界全部が特異点なんだ。
兄さんがぼくやピノアちゃんを殺すには、剣や槍でめったざしにするとか、拳で死ぬまで殴り続けるとか、そうしないと殺せないよ」
「それがお前の望む殺され方か?」
「そうだね。
でも、兄さんはぼくを絶対に殺せない。
世界全体を特異点にする前に、ぼくは自分の体を絶対に死なない身体にしたから。
たとえ細切れにしても木っ端微塵にしても、ぼくの体はすぐに再生する。
兄さんが飽きるまで付き合うよ」
兄は殴りかかってきた。
拳がナユタの頬に決まり、頬骨にひびが入る音がした。
口の中が切れて血が出た。
血をぺっと吐き出すと、歯が折れていたらしく、地面に血にまみれた歯が落ちた。
「不老不死でも痛いだろ?
痛みを感じなくしておくべきだったんじゃないか?」
痛かった。ものすごく。
だが、その傷や折れた歯はすぐに治癒した。
「兄さんが感じてた心の痛みは、もっと痛かったはずだろ?
こんなもんじゃないはずだ」
「懺悔のつもりか?」
「そんなつもりはないよ。その腐った性根と、五歳から何にも成長してない頭を、ぼくが叩き直してやるつもりだ」
だから、ナユタは兄に殴り返した。
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