上 下
64 / 123

第64話 許された者と許されなかった者

しおりを挟む
「力のことなんて知らなかった。
 ただナユタが邪魔だった。
 だから俺はナユタを殺そうとした。
 でも、テラに転移したばっかりのころのミカナも似たようなことしてたよね?」

「ミカナちゃんが? どういうこと?」

 ナユタの問いに、そこまで知ってるんだ、とピノアは言った。

「ミカナは、テラに来たときに、タカミといっしょに力を手に入れてたの。
 でも、力があることを知らなかったんだ。
 異世界転移の体験を小説にしようとしてて、この世界にはない設定とかを考えたりしてた。
 ミカナは力に無自覚だったから、ミカナにはそうするつもりは全くなかったけど、エーテルや精霊、救厄聖書、大厄災を生み出したのはミカナだったの。
 それだけじゃなく、ダークマターを産み出したのも。この世界をリバーステラの放射性物質のごみ処理場にしたのもそう。
『我々』や『匣』、『アンサー』の存在以外は、全部ミカナがそういうふうに世界の理を変えちゃったんだ。
 10番目の世界のマヨリやリサは、世界の理を変える力を持ってなかったから、誰もそれに気付けなかった」

「でも、みんなミカナを許したよね?
 それどころか、雨野家の関係者だけの秘密にした。
 ミカナのせいで、テラの歴史のすべてが変わった。テラだけじゃない、リバーステラまで巻き込まれて、たくさんの人が死んだ。
 でも、俺はナユタを殺そうとしただけだ。殺してない。
 でも、誰も許してくれなかった」

「ほっといたら、ムスブは必ずナユタを殺してた。
 でも力は止められなかった。
 ムスブを殺すことなんてできなかった」

「だから、俺を封印した。
 よりによって自分のフィギュアに」

「……わたしは毎日、遊びに行けるわけじゃなかったから。
 ムスブもナユタもふたりとも、わたしによくなついてくれてた。
 だから、わたしがいない日も、わたしはちゃんといるよってふたりに伝えたかった。
 そんなことに使いたくなかった!」

「でも、そのために用意してたんだろ?
 別に父さんが集めてる美少女フィギュアでもよかったはずなのにさ。
 わざわざ、あの頃リバーステラにあったエーテルを結晶化させて、ほんとならそんなの使えない3Dプリンターを、魔法で使えるようにまでしてさ。
 ダイヤモンドなんかよりはるかに硬い、テラにしかないオリハルコンよりもさらに硬く、しかも伸縮性や柔軟性まである、ジパングではヒヒイロカネと呼ばれていた、テラで最高の神の金属だ。
 俺を封印するためだけに。
 あの世界には封印を解ける者はいなかったけど、万が一壊れたりして封印が解けたりしないようにするためだけに。
 そんな素材で、リバーステラとテラ、ふたつの世界の人類の歴史の中で最高の女のフィギュアを作った。
 あの、ふたつの世界にたったひとつしかないフィギュアには一体いくらの値がつくんだろうね」

 1那由他だったりしてな、と兄は馬鹿にするように笑った。


「ピノアが封印できたのは、俺の身体と記憶や力の一部だけだった。
 魂や力のほとんどは、封印されなかった。
 俺は封印されたことも知らずに、シックスセンスの主人公みたいに、お前らと暮らしてたんだよ。
 ピノアはさ、あのとき、俺を殺しておかなきゃいけなかった。
 源氏と平氏の話、知ってるか?
 幼いこどもの命を奪うのをためらったために、そのこどもが大人になったときに平氏は滅ぼされた。
 ナユタ、ピノアに感謝しろよ。
 ピノアが俺を封印しなかったら、お前は俺に殺されてたんだから。
 でも、今から殺すけどな」

 本当に殺すつもりなんだな、とナユタは改めて思った。
 こんな男が自分の兄貴なのかと思うと虫酸が走るほどだった。
 だが、憎悪も殺意も何もナユタには芽生えなかった。

「兄さんは、ぼくを殺したら満足できるの?
 それとも、ピノアちゃんも殺さなきゃだめなの?」

「俺はお前になりたかっただけだ。
 お前さえいなくなれば……」

「兄さんもピノアちゃんが大好きなんだね。
 ぼくを殺したいなら殺せばいいよ。
 体を奪いたければ奪えばいい。
 でも、今の兄さんをピノアちゃんは好きにならないよ」

 きっと兄はそんなこともわからないまま大人になってしまったのだろう。
 これは虫酸が走っているわけではないのだ。
 自分は兄を憐れんでいるのだ。

「じゃあ、ピノアも殺す」

 そして、兄は今、一番大事なことに気づいていない。

「兄さんは魔法とか陰陽道とか使えるの?
 それとも、世界の理を変えるその力だけ?
 今、この世界は、世界の理を変える力の干渉を一切受けないようにしてある。
 それが那由他でも不可思議でも。
 この世界全部が特異点なんだ。
 兄さんがぼくやピノアちゃんを殺すには、剣や槍でめったざしにするとか、拳で死ぬまで殴り続けるとか、そうしないと殺せないよ」

「それがお前の望む殺され方か?」

「そうだね。
 でも、兄さんはぼくを絶対に殺せない。
 世界全体を特異点にする前に、ぼくは自分の体を絶対に死なない身体にしたから。
 たとえ細切れにしても木っ端微塵にしても、ぼくの体はすぐに再生する。
 兄さんが飽きるまで付き合うよ」


 兄は殴りかかってきた。
 拳がナユタの頬に決まり、頬骨にひびが入る音がした。
 口の中が切れて血が出た。
 血をぺっと吐き出すと、歯が折れていたらしく、地面に血にまみれた歯が落ちた。

「不老不死でも痛いだろ?
 痛みを感じなくしておくべきだったんじゃないか?」

 痛かった。ものすごく。
 だが、その傷や折れた歯はすぐに治癒した。

「兄さんが感じてた心の痛みは、もっと痛かったはずだろ?
 こんなもんじゃないはずだ」

「懺悔のつもりか?」

「そんなつもりはないよ。その腐った性根と、五歳から何にも成長してない頭を、ぼくが叩き直してやるつもりだ」

 だから、ナユタは兄に殴り返した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界ハーレム漫遊記

けんもも
ファンタジー
ある日、突然異世界に紛れ込んだ主人公。 異世界の知識が何もないまま、最初に出会った、兎族の美少女と旅をし、成長しながら、異世界転移物のお約束、主人公のチート能力によって、これまたお約束の、ハーレム状態になりながら、転生した異世界の謎を解明していきます。

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。 転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。 それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。 これから零はどうなってしまうのか........。 お気に入り・感想等よろしくお願いします!!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...