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第65話 セカイ系兄弟喧嘩
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お互いに殴り合いの喧嘩など人生で一度もしたことがなかった。
だから、お互いの拳や蹴りの威力もわからなければ、その加減もわからない。
もう何時間殴り合いを続けているだろう。
ナユタの身体はすぐに治癒するが、兄の身体はそうではなかった。
兄はもう立っていることさえもままならないというのに、それでも殴りかかってきた。
意識があるのかさえ、もはやわからなかった。
目の前に殺したいほど憎い、いや本気で殺すつもりの相手がいる。
その憎悪と殺意が、自分の命を最優先に考えるはずの脳のリミッターを外して、無理矢理身体を動かしているように見えた。
簡単にかわせてしまうような拳だった。
かわすと、兄はそのままよろめき地面に倒れた。
ピノアはそれをずっと黙って見守っていた。
そして彼女は、あのときムスブに対して封印の魔法を使ってしまったことは、間違いだったと気づいた。
なぜ、思い付かなかったのだろう。
ムスブから憎悪や殺意といったナユタへの負の感情だけを消す魔法を彼女は知っていたというのに。
それは、彼女自身が編み出した魔法であり、17年前にはステラや父・ブライと共にその魔法を使い、カインの子孫たちである「カインズ」とアベルの子孫たちである「アベルズ」の4000年近くに渡る戦争を終わらせただけでなく、憎しみ合い続け決して交わることさえもなかったふたつの人種が手を取り合うことを可能とした。
それは、手のひらにエーテルと、この世界に存在して良いものとならぬ者を仕分け、存在してはならぬ者だけを喰らう「すべてを喰らう者」を集め、「リバーステラの負の遺産」と呼ばれていた「放射性物質」をはじめ、あらゆる「負」を喰らう者へと進化させ、黄金の蝶の形にして手のひらから無数の蝶の群れを生み出す魔法だった。
その魔法の名は、
「ピノアちゃん、悪いけど『ゴールデン・バタフライ・エフェクト』だけは今は使わないで」
ナユタは、なぜかその魔法を知っていた。
世界の理を変える力を使うときには、必ずアカシックレコードにアクセスすることになる。
その際にその魔法を知ったのだろうか。
なぜそれを使うな、と言うのだろうか。
「ピノアちゃんが産み出した魔法を否定するつもりはないよ。
ぼくはこの目で見たことがないけど、素晴らしい魔法だと思う。
カーズウィルスなんて馬鹿げたものを産み出さなくても、漫画みたいに名前を書くだけで人を殺せるようなノートがなくても、世界から犯罪や戦争がなくなるだけじゃなく、いじめやセクハラ、パワハラ、法に触れることなく人を傷つける人たちの心まできれいにできる。
独裁政治に苦しんだり、一部の富裕層だけが私利私欲を肥やす国の人々を救うこともできる。
世界全部が、本当の意味で社会主義になる。
競争することがなくなるから、母さんやミカナちゃんたちみたいな、ゆとりって呼ばれてた世代みたいになるかもだけどね」
ピノアは驚いた。
ナユタは、ゴールデン・バタフライ・エフェクトの唯一の欠点を言い当てたからだった。
あれは、人の文明の発展を止めてしまいかねないだけでなく、国政に携わる者が常に皆が平等に豊かな暮らしをすることを可能とする国政を行う一方で、だったら自分ひとりくらい働かなくてもいいだろうと自堕落な生活を送るものが現れかねないのだ。
自堕落は負だ。
だからその感情も消せる。
だが、そういった者たちは必ず現れ、真似をするものが増えていく。
その者たちを正しく導くためには、ゴールデン・バタフライ・エフェクトを常に発動させていなければならず、この世界のエーテルは数年で枯渇することになってしまう。
そして同時に、正しく導くという大義名分は、人から自分はどのように生きるかという選択の自由を奪う。人を完全に種の保存と豊かな社会の維持のための歯車に変えてしまう。
ユートピアを作るが、同時にディストピアを作る魔法なのだ。
ナユタは、テラという自分にとっては異世界に過ぎない世界だけでなく、その未来まですでに見据えていた。
もしかしたらナユタは、聖書のアダムやリリス(あるいはイブ?)が本来なるはずだった「真の父母」となり「王の王」となる存在なのかもしれない。
ピノアはそう思った。
だから、お互いの拳や蹴りの威力もわからなければ、その加減もわからない。
もう何時間殴り合いを続けているだろう。
ナユタの身体はすぐに治癒するが、兄の身体はそうではなかった。
兄はもう立っていることさえもままならないというのに、それでも殴りかかってきた。
意識があるのかさえ、もはやわからなかった。
目の前に殺したいほど憎い、いや本気で殺すつもりの相手がいる。
その憎悪と殺意が、自分の命を最優先に考えるはずの脳のリミッターを外して、無理矢理身体を動かしているように見えた。
簡単にかわせてしまうような拳だった。
かわすと、兄はそのままよろめき地面に倒れた。
ピノアはそれをずっと黙って見守っていた。
そして彼女は、あのときムスブに対して封印の魔法を使ってしまったことは、間違いだったと気づいた。
なぜ、思い付かなかったのだろう。
ムスブから憎悪や殺意といったナユタへの負の感情だけを消す魔法を彼女は知っていたというのに。
それは、彼女自身が編み出した魔法であり、17年前にはステラや父・ブライと共にその魔法を使い、カインの子孫たちである「カインズ」とアベルの子孫たちである「アベルズ」の4000年近くに渡る戦争を終わらせただけでなく、憎しみ合い続け決して交わることさえもなかったふたつの人種が手を取り合うことを可能とした。
それは、手のひらにエーテルと、この世界に存在して良いものとならぬ者を仕分け、存在してはならぬ者だけを喰らう「すべてを喰らう者」を集め、「リバーステラの負の遺産」と呼ばれていた「放射性物質」をはじめ、あらゆる「負」を喰らう者へと進化させ、黄金の蝶の形にして手のひらから無数の蝶の群れを生み出す魔法だった。
その魔法の名は、
「ピノアちゃん、悪いけど『ゴールデン・バタフライ・エフェクト』だけは今は使わないで」
ナユタは、なぜかその魔法を知っていた。
世界の理を変える力を使うときには、必ずアカシックレコードにアクセスすることになる。
その際にその魔法を知ったのだろうか。
なぜそれを使うな、と言うのだろうか。
「ピノアちゃんが産み出した魔法を否定するつもりはないよ。
ぼくはこの目で見たことがないけど、素晴らしい魔法だと思う。
カーズウィルスなんて馬鹿げたものを産み出さなくても、漫画みたいに名前を書くだけで人を殺せるようなノートがなくても、世界から犯罪や戦争がなくなるだけじゃなく、いじめやセクハラ、パワハラ、法に触れることなく人を傷つける人たちの心まできれいにできる。
独裁政治に苦しんだり、一部の富裕層だけが私利私欲を肥やす国の人々を救うこともできる。
世界全部が、本当の意味で社会主義になる。
競争することがなくなるから、母さんやミカナちゃんたちみたいな、ゆとりって呼ばれてた世代みたいになるかもだけどね」
ピノアは驚いた。
ナユタは、ゴールデン・バタフライ・エフェクトの唯一の欠点を言い当てたからだった。
あれは、人の文明の発展を止めてしまいかねないだけでなく、国政に携わる者が常に皆が平等に豊かな暮らしをすることを可能とする国政を行う一方で、だったら自分ひとりくらい働かなくてもいいだろうと自堕落な生活を送るものが現れかねないのだ。
自堕落は負だ。
だからその感情も消せる。
だが、そういった者たちは必ず現れ、真似をするものが増えていく。
その者たちを正しく導くためには、ゴールデン・バタフライ・エフェクトを常に発動させていなければならず、この世界のエーテルは数年で枯渇することになってしまう。
そして同時に、正しく導くという大義名分は、人から自分はどのように生きるかという選択の自由を奪う。人を完全に種の保存と豊かな社会の維持のための歯車に変えてしまう。
ユートピアを作るが、同時にディストピアを作る魔法なのだ。
ナユタは、テラという自分にとっては異世界に過ぎない世界だけでなく、その未来まですでに見据えていた。
もしかしたらナユタは、聖書のアダムやリリス(あるいはイブ?)が本来なるはずだった「真の父母」となり「王の王」となる存在なのかもしれない。
ピノアはそう思った。
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