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第五部 消夏(ショウカ)

第8話

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「璧隣家(かべどなりけ)は本来、返璧家(たまがえしけ)の代々の当主を守るために存在していたようなんだ」

 雨野孝道は続けた。

「魂返し、反魂の儀を行うことが可能な女王の血を色濃く受け継ぐ返璧家。
 璧隣家は常にその隣にあり、いざというときには自らの命をかけて女王の血筋の者を守る壁となる」


 わたしの苗字が、なぜ『かえしだま』ではなく『たまがえし』と読むのかわからなかったように、寝入(ねいる)もまた自分の苗字が『たまどなり』ではなく『かべどなり』と読むことを疑問に思っていた。

 わたしたちの苗字の奇妙な呼び方には、ちゃんと意味があったのだ。

 寝入に教えてあげたいと思った。


「邪馬台国の女王卑弥呼は、本人は人前に姿を現さず、実の弟だけにしか姿を見せなかったとされている。
 夫はいなかったとされているから、もしかしたら、卑弥呼とその弟は愛しあっていたのかもしれない。
 実は夫がいたのかもしれない。
 そこまではわからなかった。

 どちらにせよ、卑弥呼のシャーマンとしての能力を色濃く受け継いだ子が返璧の初代当主となり、同じ卑弥呼の子でありながらシャーマンとしての能力を持たなかった子が璧隣の初代当主となったんだろう。

 そして太平洋戦争当時、大日本帝国軍は、邪馬台国から連なるこの村の歴史が記された文献を、写本が存在することを知らず、この村からすべて奪い、その存在自体をなかったことにしようとした。

 この村の歴史や存在を否定しながら、同時に返璧家の代々の当主だけが可能とされていた反魂の儀を戦争の道具として利用することを企てた」


 それが何を意味するのか、わたしにはわかってしまった。


「黄泉の国から死者を呼び戻して、死者の兵士を作ろうとした?」

「そう、痛みも恐怖も感じず、肉体がどれだけ欠損したとしても戦い続ける、死者の兵士によって構成される軍隊だ。
 たとえ手足がばらばらになったとしても、その手に銃や刀が握られていれば、敵兵に攻撃をしかけることができ、肉体が完全に動かなくなれば、すぐにその魂を別の死体へと定着させ、戦わせる。

 黄泉の国から呼び戻した魂を定着させる器となるのは、本人の死体でなくてもいい。そこに死体があればよかったんだ。
 戦場には死体はいくらでも転がっていたからね。
 たとえそれが敵兵の死体であったとしても。

 むしろ、それこそが狙いだったのかもしれない」


 人はなんておぞましいことを考えるのだろう。

 人は確かにこの星に住む他のあらゆる動植物よりも賢かった。
 しかし、同時にそれ以上に愚かでもあった。

 この星の王を気取り、まるであらゆる動植物の生殺与奪権を自らが握っているかとでもいうように、家畜を喰らう一方で動物を愛護する。
 動物園や水族館で動物を見世物にし、自らが行った環境破壊によって絶滅の危機に追いやった種を救おうとする。
 自分たちの生活に害ある存在は害虫とみなし駆除し、時には遺伝子さえも組み換えて絶滅させようとする。


 わたしの腕に一匹の蚊が止まっていた。
 わたしはその蚊がわたしの血を吸うのをぼんやりと眺めていた。

 蚊は遺伝子操作されたものが大量に野に放たれ、今はオスばかりが増え、人の血を吸うメスの数は年々現象していると聞いたことがあった。


 人はそれだけではなく、同じ人という種同士でも、肌の色や生まれによって差別をし、優劣をつけたがる。
 信じる教えが違えば相手を敵と見なし、虐殺や強姦も厭わない。

 死者の魂や肉体までも戦争の道具として利用しようとしていただなんて、人はなんて愚かで、身勝手極まりない生き物なんだろう。


 子どもの頃、わたしは兄や姉たちととても仲がよかった。
 返璧の次期当主となるのがわたしだということを、兄や姉たちが知るまでの短い間だけだったけれど。

 兄や姉たちといっしょに観た、ターミネーターに登場するスカイネットは、人が人類のさらなる繁栄のために作り出したものだった。
 しかしスカイネットは、人類こそがこの星にとって最も害ある存在だと判断し、審判の日が起きた。

 兄がよく遊んでいた、戦車に乗り犬を連れ、文明社会がすでに荒廃した世界を旅するゲームでも、ノアというマザーコンピュータがスカイネットと同じ判断をくだしていた。

 そういったものを人がいずれ作り出したなら、あの映画やゲームのような結末を人類は迎えるのだろう。

 近い将来産み出されるアンドロイドを、人は新たな奴隷とし、彼らに芽生えた人格や彼らが主張する人権を否定するだろう。
 その先に待っているのは、マトリックスのような結末だ。

 そして、救世主は映画やゲームのように都合よく現れたりはせず、人類は滅亡するのだろう。


「先の戦争で、この国は世界で唯一、核兵器の被爆国となった。

 けれど、当時の日本軍もまた核兵器を作ろうとしていた。
 731部隊と呼ばれる部隊は、細菌兵器やウィルス兵器を作ろうともしていた。

 この国には、三種の神器と呼ばれるものがあるだろう?」


 兄が遊んでいたゲームによく出てきていた草薙の剣をはじめとするもののことだろうか。


「当時の軍は、核兵器や細菌兵器をはじめとする、軍独自の新たな三種の神器をつくろうとしていたんだ。
 そして、その3つ目が」

「死者の軍隊……」

「そう。
 そして、当時の返璧の当主をはじめとする返璧家の者は、まだ幼かった君の祖母以外全員が徴兵された。
 しかし兵士として戦場に送り込まれることはなく、軍の研究所へと送られた。

 だれひとり帰らなかった。

 死者の軍隊などという、荒唐無稽な兵器のために、返璧の家の人々は研究所に閉じ込められ、毎日のように人体実験が繰り返された。
 マッドサイエンティストどもに頭の中を好き勝手にいじくられ、そのまま亡くなった人もいれば、気が狂ってしまった人もいた。自害した人もいた。

 双璧の家が末子相続となったのは、古来からではなく、そのときからなんだよ。

 この国は、いまだに南京大虐殺や従軍慰安婦問題について、国民にすら明確な回答を示していない。
 特に南京大虐殺については、回答を示せない明確な理由があったんだ」


そして彼は言った。


「南京大虐殺はね、死者の軍隊を作るための実験として、大量の死体を用意するために行われたものだったんだよ」







     ※ いまさらですが、この物語はフィクションです。
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