夢魔

木野恵

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小さな春

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 あの子が一度燃え尽き、魂が再生してからとても穏やかで朗らかで安らかな様子を見せるようになった。

 学年が変わるからなのか、転生したからなのか定かではないけれど、あの子に今灯っている魂の火は穏やかに揺れていて、真っ白で綺麗で見ていて癒されるものなのは確かだった。

 なんて綺麗な光なんだろうか。

 見ているこちらの気分も清々しくなってきて、あたたかくなるようなそんな火。

 僕は君のそんな純粋で綺麗なところが大好きだ。

 新しい先生は安心して任せられそうな先生だった。

 今まで踏み台にされたり沈められて、理不尽にみんなより下の扱いをされていたあの子が差別されることがないようにしてくれていた。それだけでなく、あの子が可哀想だからといって特別扱いはせず、生徒それぞれの成長を促すためのヒントを与え、自分で考える力をつけるために、疑問に思う癖をつけさせるために質問を投げかけていた。

 自分たちで頑張って能力を伸ばしていけるよう、おかしなことに気づけるよう、物事に関するあれこれについて、どうしてなのか、なぜなのかを考えられるよう促してくれていたのが見ていて良いなと思った。

 

 あの子は新しいクラスで優しくしてもらえて、覚えていることもされてきたことも全部忘れて、なかったことにして、知らないふりをして全部気にしないでいようとしていても、僕は決して忘れない。

 君が保育所に行っていた時、まつげが長いことを気持ちが悪いと言われていたこと、歩み寄ろうとしたらいじめるための手段にされたこと……。

 フウセンカズラの名前を当ててたけれど、声が小さくて先生が反応しない間、ストーカーの片割れが大きな声であの子の答えた名前をそのまま答えて先生の褒められていたことを。

 絵が風に飛ばされて慌てて追いかけた時に違う子の紙を踏んでしまった時、お前なんかの絵よりずっと大事な物なのに踏みやがった、わざと踏んだ、謝れという罵詈雑言を受けていたことを。

 周りの人間は一時的に言うこと聞いてるだけで、きっと変わることはないだろう。

 君は綺麗で純粋なままでいていいんだよ。僕がきっと守るからね。



 もう大丈夫だろう。

 湖へと飛び込み、暗い湖底をゆっくりと泳いで進む。

 あの子はどのあたりに沈んでいるのだろうか。

 広い湖の中をゆったりゆっくり泳いで進んでいると、魂が光だったお陰で、見つけるのにさほど苦労はしなかった。

 湖面からのぞいても気付かないくらいに、薄ぼんやりとした明かりが目の前に見えてきて、泳いで近寄ればあの子の眠る氷の棺にたどり着いた。

 安らかに目を閉じて眠っているあの子は、背中をついて落としたときの姿のままだった。

 ゆっくりと、一緒に凍りついている湖底の土や石を適当に拾った棒を使ったてこの原理で外しにかかった。

 素手で触れると恐らく指や手がとれてしまうだろうと見込んでいて良かった。

 周りの水は体の芯から震えてくるほど冷たく、とてつもない寒さだった。

 棺の周りの水が溶けては凍り、溶けては凍りの繰り返しで、本の虫にかけてもらった魔法がなければ一緒に凍り付いていてもおかしくなかった。

 底で凍ってくっついている部分をはがし終えると、あの子の入った棺がゆっくりと水面に向かって浮上していった。

 一緒に水面へと浮かび、適当に用意した蔓を巻き付け、本の虫が待っている岸辺へとゆっくり泳いで引っ張っていく。

「……綺麗な氷」

 本の虫が見惚れながら棺を見つめている。

「そうだな。この子の魂みたいだ」

 本の虫の感想を肯定しながら、我ながら綺麗に凍らせたもんだと見惚れてしまったが、凍らせたときの道具が一級品だったからこそなのだろうという自覚はちゃんとあった。

 向こうの景色まで透けて見える氷の表面はオーロラを思わせる7色の色合いで照り輝いていた。

「素手で触れると持ってかれるぞ。気をつけろよ」

「……うん」

 二人で慎重に、ゆっくりと氷を溶かしていく。

 本の虫は風の魔法を、俺は風の道具を使って、氷にひびが入らないように、あの子もろとも砕け散らないように、加減を気にしながらあたためていった。

 そのうち、あの子の本体が溶けてでてきて、本の虫は魔法の行使を中断し、毛布で優しくくるんで抱きかかえていた。

 すー、すーと静かに寝息を立てていてほっと胸を撫でおろす。

 氷漬けになったまま死んでいたら優しいあいつに合わせる顔がなかったが、そんなことにならずにすんで本当に良かった。

 目を覚ますまでの間、本の虫と交代で看病し、二人で優しいあいつのことを見守るのではなく見張っていた。

 あの一件以来様子がおかしいこと、まだ記憶が綴じられたままの状態を保っていられていること、あの子がいじめられていなければいつもの優しくて穏やかなあいつであることを逐一情報交換した。

 どうかあいつが優しいあいつのままでいられるように願いながら。

 その情報交換をするとき、あの子はまだ目覚めないかどうか、どんな状態か、どんな様子だったか、変化はあったかもお互いに伝え合った。

 優しいあいつは人間に近づきすぎてしまったんだ。

 もっと早く止めていたらと後悔してしまった。人間になんか近寄るべきではなかったのだと。

 あいつはあの子の感情に、環境に、記憶に毒されすぎてしまった。やつ自身の記憶を綴じているだけで抑えられるかどうか……。

 だんだん様子がおかしくなってきているからいろいろな心配事が頭に浮かぶ。

 少しだけ先行きが不安だったけれど、春休みの間は少なくとも安心できた。誰からもあの子が意地悪されなかったからだ。

 どうか頼むから大変なことにならないでいてくれるのを願うばかりだった。



 あいつが優しい状態でいられるように、あの子が目覚められるように祈るような気持ちで過ごしていた日々のこと。

 あの子がついに目を開けた。

 魂の繋がりは上手にいっていたのか、どんな状態で目を開けたのか心配になりながら、本の虫を呼び出した。呼ぶとすぐに現れたので、どれだけ心配していたのか伺い知ることができた。

「……おはよう。俺がわかるか? すまなかった……」

 開口一番謝ると、あの子はしばらく瞬きしてからきょとんとした顔をしていた。

「……覚えてないのか?」

 そう聞いてみると、あの子はまた生まれたての雛のようにキョトンとした顔で首を傾げていた。

「……そうか」

 すごく複雑な気分だった。

 謝ることも許されることもない状態。このやり場のない罪悪感はどこへぶつければいいのだろうか。

「……おはよう」

 沈みそうになっていると、本の虫が口の端を少し上げながらあの子へ挨拶していた。

「おはよう! 綺麗なお姉さん」

 あの子はキラキラした目で本の虫に挨拶を返していた。

 明るくて元気で……優しい笑顔。

「俺は優しいあいつのところへ呼び出しに行くよ」

 二人に言い残し、優しいあいつをこの子と引き合わせるためにその場をあとにした。

 ついに本当のことを言う時が来たのだと覚悟を決めながら、本の虫と光のあの子が談笑しているのを背にその場を去った。



 寒くて、暗くて、静かだった。

 ここはどこなのかわからないまま、開かない目でいろいろな物を見ながら眠っていた。

 それはたくさんの夢だった。

 家の二階で徘徊する魔法使いに蜘蛛の巣に閉じ込められたみんなを助けに行く夢、蛇に襲われる夢、すごいパンチをする夢、クマの夢、とにかくたくさんの夢。

 優しい夢、優しい思い出のできた夢、怖い夢、私と似ているけど違う男の子が泣きながら自由になるため、歩み寄るため、自分の意思のままに、助言をほんのちょっともらったこともありながら頑張っている夢、綺麗な絵を、優しい絵を描いている夢……。

 あの男の子は誰だろう?

 自分とよく似ているけれどどこかが違っているあの子。

 優しくて意地っ張りで少し乱暴だけど、心の芯があったかくて、遊び心に溢れていて、暗い闇夜で輝いている月を抱えたような子。



 たくさんの夢に囲まれながら眠って過ごし続け、自然と瞼が開くときが来た。

 目の前にはふくろう……本のお姉さんと、ハスキー……気さくだけど怖いお兄さんがいた。

 お兄さんからは開口一番謝られたけれど、何も知らないふりをした。

 少し残念そうな、悲しそうな様子だったけれど、知らないふりは私なりの優しさのつもりだった。悲しんで欲しくなかっただけだった。

 湖に突き落とされたときに受けた背中の痛みがぶり返していたけれど、顔に出ないよう一生懸命しらばっくれた。

 私は怒ってないし、恨んでないよ。背中が痛いけれど、守ろうとしてくれたからだったんでしょう?

 いろいろと聞きたいことがあったけれど、聞いてしまうと知らないふりをしているのがばれてしまうから我慢することにした。

 夢で見た男の子のこと、たくさん辛い思いをしながらも見守り続けてくれていたあの人のこと、夢の中にまで聞こえてきていたあなたの悩みのこと……。

 本当は話を聞きたかったし、そういういろいろなことについて話したかったけれど、十分悩んで考えて苦しんでいると思って気遣いをしたつもりでいた。

 怖いお兄さんは覚悟を決めたような顔ですぐにどこかへ行ってしまったけれど、本のお姉さんは目をキラキラさせながら話しかけてくれた。

 どんな夢を見ていたのか、今はどんな状態でどんな気分か、片手を握りながら寒くないか気にかけつつ、たくさんお話を聞きたがっていた。

 少しずつゆっくり話をまとめてから、知らないふりがばれない範囲で楽しかったことや幸せだった思い出だけを選んでお話していると、手が冷たかったからなのか、本のお姉さんは優しく抱きしめてくれた上に背中をさすりながら根気強く話の続きを待って聞いてくれていた。

 あったかい。お母さんのような、お姉さんができたような、そんなあったかさ。

 そうこうしていると、気さくなお兄さんが優しいあの人を連れて戻ってきた。



 気さくなやつが真剣な面持ちで話しかけてきたとき、あの子は穏やかなのにどうしたのかと不安な気持ちでいっぱいになっていると、大事な話と、会わせたい、会わせなければならない人がいるということだった。

 会わせたい人って誰のことだろう?

 首を傾げながらついていくと、なんと、見覚えのある子が本の虫と談笑しているではないか。

 いったいこれはどういうことだろう?

 混乱しながらも、思い当たる節がところどころあったことを思い返した。

 気さくなやつの持ち掛けた小説の話、夢は見てくれているけれどこちらへ遊びに来なくなったこと、人格が変わったこと、お酒が苦手だったのに飲めていたこと、いろいろな違和感。

 気さくなやつへゆっくりと顔を向けると、申し訳なさそうに顔を伏せていた。

 しかし、それもほんの少しの間だけで、真剣なまなざしでこちらをまっすぐ見つめてきた。

「お前の願いを叶えようと思って、俺なりにできることをしてみたつもりだったんだ。勝手なことをして、隠していて本当に悪かったと思う。実は……」

 頭が真っ白になりそうになりながら気さくなやつの話を聞いた。

 放心状態になりながら頷いて話を聞いていると、あの子がこちらをじっと見てくれていることに気がついて飛びついてしまいそうなくらい嬉しかった。

 嬉しい気持ちが溢れて止まらない!

 思わず走り寄ってしまったけれど、あの子は血相を変えて走って逃げて行ってしまった。

 ど、どうして!?

 困惑しながら、心に針が刺さったような気持ちでいると、あの子は少し怯えた様子で一定の距離をとったまま目を伏せていた。

 どうして……。

 僕は君をこんなにも愛していて、こんなにも再会するのを待っていたのに。

 悲しい気持ちに見舞われながらも、なんとなく避けられても仕方がないような気はしていた。

 だって、君が二人だと気づいてやれなかったのだから、君は男の人が怖いのだから。

 肩を落としていると、気さくなやつがあの子へ声を掛けた。

「あのさ……俺が隠していたんだ。嘘をついて……だから、そんな反応をしないでやってほしいんだ。頼む」

 あいつが土下座するところなんて初めて見た。

 目を丸くしていると、あの子はすごく申し訳ない顔をしながら気さくなやつを見て、僕の方を見てくれた。

「土下座しないで。わかったから」

 そういうと、一定の距離を保つのをやめてくれたけれど、それでも触れるなというオーラを出していて近寄ることはできなかった。

 心にぽっかり穴が開いたような気持ち。

 しょぼくれていると、本の虫とあの子が楽しそうに話している様子が視界の端に映る。

 辛い……。

 消えてなくなりたくなるような気持ちでいると、気さくなやつが隣に並んで謝って提案してくるのだった。

「本当に悪いことをしたと思う。俺は……お前のことを一番守りたかったんだ。これからはもうあの子たちから離れて前の生活に戻らないか?」

 到底受け入れられない提案に迷わず首を横へ振ると、気さくなやつは残念そうな顔で俯いた。

「そうか。そうだよな」

 お互い重たい沈黙に沈み込んでいきそうだったけれど、少しポジティブになれてくるのだった。

「話してくれてありがとう。打ち明けてくれてありがとう。ずっと秘密にしないでいてくれてありがとう。僕のこと気に掛けてくれてありがとう。君に任せたのは僕だもの。文句なんて言えないよ。ただ……」

 続ける言葉に詰まってしまった。

 いったい何をどう話せば良いのだろうか。

 言葉を選ぶ余裕もなく、ストレートに聞いてしまうか……。

「あの子はどちらもあの子なんでしょう? 僕はいったいどうしたらいいの? 二人とも同じように愛したら良いの?」

 自分がどうしたらいいのか、何をどう悩んでいるのか、混乱している頭で考えてもまとまらなくて、ただ聞かれても困るような質問をぶつけてしまった。そんなこと自分で考えなければならないのに。

「……それは」

 再び沈黙が降りてきた。

 頭を抱え込んでいると、気さくなやつが沈黙を破った。

「一人に戻す方法を探してみたいが、それぞれ個々に人生を歩んでしまっているから、もうそれは別の魂といっても違いないだろう。つまり、もう戻すのは難しいと思う。だから、どちらか選んでもらわないといけないと思う」

 気さくなやつの沈痛な面持ちを見ていると、こちらもさらに胸が痛くてたまらなくなるのだった。

「両方はダメなのかな」

 欲張りかなと思いながらも、淡い希望を捨てることなく聞いてみた。

「大変だと思うぞ。二人とも同じくらいの熱量で愛するなんて」

 気さくなやつは心から心配してくれているようなまなざしを向けてくれたけれど、僕にはどちらも同じくらい愛せる自信があった。

「やってみせるよ。嫌われてたらさすがにつらいけど……」

 そう言いながらあの子を見ると視線に気づいてさっと本の虫の陰に隠れてしまった。

「きついかも……」

 そんな僕たちの様子を見た気さくなやつは苦笑していた。

「俺のせいだ」

 へこみそうになっているのを見て、慌てて元気づけようとすると、気さくなやつは首を振って両の頬をパシパシと叩いていた。

「へこんでてもダメだよな。お前のためにできることを考えてみる。それで今度はやる前に相談するよ」

 気さくなやつのそういうところを尊敬しているし、強くて格好良くて羨ましいとも思うのだった。

 そう思いながら見ていて、ふとあの二人をどう呼べばいいのかが気になった。

「あの子たち本人に聞くべきだと思うんだけど、何て呼べばいいんだろう?」

 気さくなやつは眉間にしわを寄せながらうーんと唸っている。

「光の子と闇の子でどうだろう? 本人たちに聞いてみるのが一番無難そうだがな。ああ……ちなみに今本の虫と話している方の子が光で、起きてずっと苦しんでいた方が闇の子だ」

「えっ!? 全然闇って感じがしないよあの子。気づけなかったな」

「元が優しすぎたからか、どちらも優しく育ったみたいだな。それに、闇だからって……魂を燃やす炎だからといって悪いとは限らないってことだ」

「確かに。闇が善だから光が悪ってことはないようにね」

「ああ、その通りだ」

 気さくなやつと楽しく話しながらあの子を見ると、またしても目が合い、すぐに逸らされてしまった。

 いや、本当に何で?! どうして!?

 落ち込みながら俯いていると、気さくなやつは慌てた様子で慰めようとしてくれた。

「お前が格好良いから照れ隠しをしてるんだよきっと」

 なんか様子を見た感じ違うように思えるのだけれど……。

 傷つきながらも、そんなに冷たくされても、放っておけないし二人とも大切にしたい気持ちと覚悟に揺らぎはなかった。



 気さくな人が優しかったあの人を連れて帰ってきたときはどんな顔をして良いのかわからなかった。

 自分でものを考えるのをやめてしまった人、仕方がないとはいえ、私が分裂してるのに気付いてくれなかった人、熱量が、愛が重すぎて怖い人。ストーカー。

 知らんフリしようとしたけれど距離をおかずにいられなかった。態度に思いっきり出してしまったけれど、いろいろなことを知っていることがばれずにすんだ上になんとかなったらしい。

 気さくだけど怖いお兄さんが土下座をして謝ることなかったのに、謝ってくれてから雰囲気が悪くなりすぎずにすんで、それぞれ気を遣ってくれたおかげで、優しかったあの人に抱きしめられたりせずにすんで胸を撫で下ろした。

 ずっと全部見てた。

 自分に似た男の子の受けた仕打ちだけでなく、優しかったあの人が男の子のこと大切にあやして、大切に大切に守りながら悲しみ、憤ってきたことを。

 少し離れたところで気さくなお兄さんと優しかったお兄さんの二人が話している内容が聞こえてきて確信した。

 あの男の子は私だ。私の片割れだったんだと。

 だったら私がその愛を受けるのは妥当ではない。それに両方とか、頭ごなしにもほどがある。

 愛されて大切にされるべきは頑張ってきたあっちだ。私はこの湖底で寝て、見ていただけ。不本意だけれど、頑張れなかったわけではなかったけど、くじけたつもりはなかったけれど、機会を奪われてしまったけれど、私がもらうべきものじゃない。

 それになんだ。

 今までうじうじ気さくなお兄さんに泣きついておいて、人を頼ってばっかりで、確かに繰り返さないよう気を付けていたし、大切にそばに寄り添い続けていたけれどそれがなんだというのだ。

 愛されるべきは私じゃなく頑張ってきたあいつだと、もう一度心のなかで訴えかけた。

 知らないふりをしたから直接言えないけれど、冷たい態度をとってそのうち諦めさせようと心のなかでひっそりと思った。

 それにしても……。

 頑張る機会も何もかも奪われてから目を覚ましたのが悔しくてたまらないのだった。

 悔しさで拳を握りしめながらも、少しだけ心の奥底がひんやりと冷たく、すうっと怒りが引いて頭が冷えてくるのを感じた。

 怒ったところで時間は戻らない。

 本気で死のうと思ってしまって、本気で心配かけさせてしまったからこうなったのだ。

 だから今度はどんな手を使っても生き抜く覚悟で生きてやる。

 意地とプライドと負けず嫌いな自分に嘘をつけなくて、知らないフリもできない感情だった。

 生きて生きて生き抜いてみせる。
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