オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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二人の邂逅 4

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 咄嗟に相手を伺うように見やった。驚いてはいるようだが、嫌悪は感じられない。もしかしたら作法の意味が分かっていないのかもしれないが、それなら殊更都合が良い。
 目を瞠った相手が口を開こうとする前に、バースィルは慌てて切り出した。

「あの、名前……、名前を教えてほしい……!」

 焦るな焦るなと、心の中で自分に言い聞かせる。全然気の利いたことは言えないが、名前だけでも聞いて帰りたい、その一心だった。
 マスターは驚きはしたようだが、目を細めてふふふと笑ったあと名前を教えてくれた。

「ウィアルと申します」
「ウィアル……、さん……」

 噛みしめるように口の中で繰り返す。

「あの……」

 恐る恐るといった様子で声がかけられた。

「ああ、何か」

 窺うような様子に、言葉の続きが気になって催促をしてしまう。僅かばかりだが、握る手に力がこもる。
 急いた気持ちを落ち着け相手を見つめるバースィルだったが、かけられた言葉は望んだものとは全く違っていた。

「お食事、冷めてしまいますよ」

 カフェのマスターことウィアルの返しに、シュジャーウが吹き出しそうになってむせた。隣に座るハンネスが背中をさすってやっている。

「ありがと、ハンネス。……そうだよね、こんなに美味しいんだから、バースィルもさっさと食べちゃいなよ」

 呼吸を整えたシュジャーウは、ウィアルの手に縋るバースィルの指を一つ一つ解いていく。彼の動きは手慣れたもので、班員たちも感心する手際だった。
 解放されウィアルの手が離れようとする。バースィルが名残惜しげに見つめれば、カウンターから声がかかった。

「その肉焼いてんのは、マスターだ。恋しいんなら、まずは飯を平らげてから愛を歌うんだな。残すんじゃねえぞ」

 柔らかな色味の金髪はふわふわとしていて幼く見え、草原を思わせる緑の瞳は大きくつぶらなのだろう。今は呆れたような大人びた笑みで、可愛さなど感じさせなかったが。
 カウンターに上半身を乗り出して頬杖をついているのは、小柄な少年のようなコックコートの男、彼が例のシェフだと察せられる。

「愛を歌えとは、相変わらず素敵ですね」

 ケヴィンが微笑ましく言葉をかければ、シェフは首を振る。

「当たり前だろ、俺たち小人族は、歌って愛を伝え、歌って喜び合い、歌って祝う種族なんだ。俺が目を光らせてる内は、愛の歌も歌えないようなヤツにマスターはやれんな」

 外見や声音からは想像がつかない口調で、シェフは呆れたように言い捨てた。そして、ウィアルへ一瞬視線を送った後、胡乱な目でバースィルを見やる。

「何でだ?」
「彼は火の魔力が強いようですね」
「なるほどな。そりゃお前とは相性が悪いな」

 ウィアルの返答に対し、つまらんといった様子で鼻を鳴らしたシェフは、カウンターに載っていた料理をずるずると押し出した。マスターは騎士たちに一礼すると、カウンターの料理を手に他の客の元へと去ってしまった。
 その様子を見ながら、バースィルはシェフの言葉を反芻する。

「……相性が、悪い……?」

 ショックだった。まだ何も始まっていないのに、相性が悪いと言われるなんて。

「マスターは、ライバルが多いからやめときなよ。君より結構お兄さんだしさ」

 エミルが皆からもらった人参のピクルスをかじりながら、衝撃のあまり固まっているバースィルを鋭い言葉で切り捨てる。それから不満げに見返してきたバースィルの口へ、フォークに刺した角切りステーキを素早く突っ込んだ。その肉は柔らかく、塩胡椒の味付けで食べやすかった。
 バースィルが口をモグモグする様を眺めながら、エミルはため息をつく。

「マスターって言い寄られるのに疲れたから、あんな地味な恰好をしてるんだよ。察してあげなよ」
「地味? あれでか?」

 ただいるだけで美しく、着こなしもあんなに似合っていて、地味……だと……?

 バースィルは、エミルの言い分に目を眇める。世界の真理の摩訶不思議さに直面している気分だった。
 西方の基準からしたら確かに地味だと感じるが、何より本人が美しいのだ。華美な装飾など不要だろう。
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