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二人の邂逅 3

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 黒くて艷やかな髪は、室内灯に当たって柔らかな光を湛えている。影の部分からは紺の色合いも感じられて宵闇のように幻想的だ。
 顎の付近で緩く切られた髪は片耳にかけられ、肌の白さが映える。曝け出された耳から顎のラインに色気を感じ、通った鼻筋、薄い唇の形も魅力的だった。
 極めつけは、繊細な銀フレームの眼鏡越しに見える美しい瞳。暖かい夕日色のそれは、角度によって夜になり始めたばかりの空の色に変わるようで、星のようにも月のようにも煌めいて見えた。見惚れていれば、長い睫毛とともに二度瞬いた。
 背が高く細い体を包むのは、白いシャツと黒のベストに茶のエプロン、ズボンは黒のスラックス、足元は磨かれた焦げ茶の革靴。シンプル故に、本人の美しさが際立つ装いだ。

 その黒髪の店員に見惚れてしまったバースィルは、固まったまま彼を一心に見つめた。
 琥珀の双眸は見開かれ、三角の耳はピーンと立って相手の方に向けられている。ついでに口も半開きだ。横でエミルが「あーあ」と零したが、バースィルの耳に届けども頭にはまったく入ってこなかった。
 シュジャーウがありがとうと朗らか返せば、黒髪の店員は柔らかに綻んで、

「お待たせしました。ライスとピクルスはおかわりできますから、お気軽に」

と言ってテーブルから離れていく。
 少し低くて落ち着いた声が、バースィルの耳に心地よく残った。

「あ、マスター、私にもピクルスを頼めますか」

 ケヴィンの声に、マスターと呼ばれた彼は振り返り、承りましたとまた微笑んだ。
 その笑みで更に固まって動かないバースィルの目の前で、エミルはひらひらと手を動かす。

「……だめだねぇ」
「マスターに会うと、何人かに一人はこうなるよね」

 エミルの呆れた声にラースが苦笑いをしながら言葉を続ける。「まぁ、マスター、美人だもんね」とエミルが返せば、ハンネスもだなぁと笑いながら肯いた。

 惚けたままのバースィルを放ったらかしに、五人は祈りを捧げて食事に手を付けた。
 とろりと溢れた卵にエミルが感嘆していると、マスターと呼ばれた先程の店員が再度やってくる。

「ケヴィンさん、ピクルスです」
「あぁ、ありがとう。ここのピクルスは、優しい味で美味しいですね。歯ごたえもいいし」
「ありがとうございます。丁寧に漬けてますから」

 ケヴィンが絶賛するピクルスは、どうやらこのマスターが漬けているもののようだ。ケヴィンは、受け取った小皿をニコニコとしながらトレイに並べた。

 思わず立ち上がったバースィルは、そっと手を伸ばす。
 カタフニアであれば、抱きしめるくらいしたであろう。気候と同じく、情熱的で開放的なお国柄だ。初対面で口づける者だっている。その後、自身の頬が赤くなることの方が多いのだが。それでもまかり通るのがカタフニア、炎のように熱い情熱と愛の国だ。
 しかしここは祖国ではない。遥か遠く、ヴォールファルトという少々古風な国。
 バースィルは、努めて慎重に用心深く行動した。こんなことは初めてだ。

 戻りきる前に捕らえることができたのは、細く長く嫋やかな指先で、爪は丁寧に整えられていた。よい触り心地に、思わず指がすりすりと動く。
 優しい色の瞳には、バースィルが映っていた。自分だけを見てくれている。たったそれだけで心が騒ぎ出すのが分かった。体の中の炎が吹き上がり、血のすべてが沸き立って、毛という毛が逆立つようだった。

 無意識に額を指先へと寄せた。これは西方の愛を乞う仕草の一つで、元々は手を捧げ、膝を突き、頭を垂れ、首を晒して、相手に忠誠を誓うものだったが、繰り返される軍拡で一人ひとり相手にやっておれんと王が大陸中央の作法に変更した。今では恋人に愛を乞い願う時に用いられるようになったものだ。
 故郷ではたっぷりとモテてそれなりに恋多き男であったバースィルだが、こんな衝動は初めてだった。この仕草は求愛も求愛、むしろプロポーズに近い。相手の感情も心情も鑑みずにこんなことをするなんて。
 自分の行動に驚くバースィルであったが、あることに思い至る。

 ――そうか、これが一目惚れ、これが最愛というやつか。

 己の中の灯火が、大きく膨れ上がったような気がした。いつも自分を導いてくれる焔の如き熱い思い。その炎が大きく揺らめき、想いという想いが溢れ出てくるのだ。
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