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14 生まれて初めて
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ダイヤモンド鉱山から帰ってきて、一週間ほどが過ぎた。
わたしはオディール・ジャニーヌ侯爵令嬢としての溜まっている仕事を片付けて、今はアンドレイ様に送る報告書を作成していたところだ。
本当はすぐに報告作業に取り組みたかったけど、スカイヨン伯爵のお小言がうるさくて、外交官としての仕事を優先することにした。わたしが不在の間、伯爵には心配と迷惑を掛けたことだしね。
アンドレイ様にはレイモンド王太子殿下のあの噂を伝えるべきか迷ったけど、ひとまず保留することにした。
別に隠し立てしたいわけじゃないけど、噂が本当か自身の目で確かめてからにしても遅くはないと思ったのだ。まだ直に王太子と接触できていないし……。
噂というものは恐ろしい。自然と生まれて直後に親を離れて独り歩きをして、気が付くと取り返しのつかない場所にまで進んでいる。
特に貴族社会では噂は命取りだ。何人もの貴族たちが無責任な与太話に振り回されて、失脚したか分からない。
逆に、嘘の噂を流して自身の派閥を有利にする狡猾な者もいる。
「とりあえず……鉱山に関する資料を送って、あとは今後の方針、かしら……?」
そんな風に考えながらペンを走らせていると、
「ピィーッ!」
部屋の窓辺からヴェルが騒がしげに入って来た。かなり暴れ回ったようで、体中に葉っぱを引っ付けている。
「もう! どこに行っていたの? こんなに汚して。大使館から出たら駄目だって言っているでしょう?」と叱りながら、わたしは彼の体を綺麗にする。
ヴェルはわたしと離れ離れになっている間に悪い遊びを覚えたみたいで、今では平然と一人で大使館を飛び出してどこか遠くまで出掛けていた。
危ないから止めなさいって何度も叱っているのだけれど、従うつもりは全くないらしい。
「オディール オディール」
ヴェルは興奮気味にバタバタと羽を動かして、自慢の鶏冠を威嚇するようにピンと立てていた。
「どうしたの? まだ遊び足りない? でも、今日はもうおしま――」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「そうね……えっ………………?」
わたしは目を見開いて、彼を見る。急にあたりがしんと静まり返って、ざわざわと風で葉が揺れる音だけが鳴っていた。
今、とんでもない言葉を聞いた気がする。
信じられないような、夢でも見ているような……。
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
夢なんかじゃない。本当に、目の前のヴェルが言っている。
真面目で、努力家って……。
わたしが……?
「オディール マジメ ドリョク、カ?」ヴェルはくるんと首を傾げながらまた言った。「ソレダケガトリエサ!」
わたしは少しのあいだ茫然自失としていたが、自然とポロポロと涙が溢れ出てきた。
生まれて初めて褒められた……!
アンドレイ様の婚約者になったときから、わたしには厳しいお妃教育が始まった。
出来て当たり前、出来ないなんて絶対に許されない。アンドレイ様に恥じないように、必死に頑張っても誰も認めてくれなかった。
だって、それは「当然」のことだったから。
だから、アンドレイ様からもお父様からも家庭教師たちからも褒められるなんて決してなかったし、むしろ出来なくて叱責されることのほうが多かった。
ヴェルの言葉に自然と頬が緩む。
温かい気持ちで胸がいっぱいになった。
ヴェルは涙を流しているわたしを気遣ってか、コツンと腕にくっついて頬ずりをしてきた。ふわふわした彼の体が心地いい。
褒められるって、こんなに嬉しいことなのね!
「ねぇ、ヴェル。もう一回言って! お願い!」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「っ……!」
嬉しさが大波のように、ますます押し寄せてくる。
わたしが真面目な努力家ですって! 一体、どなたがそう思って下さっているのかしら?
やっぱり、大使館の人たち? わたしのこと、見ていてくれていたのね。
すっごく嬉しい……!
わたしはヴェルをぎゅっと抱き締めて、
「ねぇ、もう一回! もう一回!」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「きゃぁっ! ヴェル、もう一回……お願い!」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「っつつ~~~……!」
いけないわ。嬉しすぎてヘラヘラと顔の筋肉が緩んでしまう。こんな侯爵令嬢にあるまじき姿、誰にも見せられない。
……本当に、頑張ってきて良かった。
「ねぇ、ヴェル。もう一回、ね?」
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「………………そうね」
わたしはオディール・ジャニーヌ侯爵令嬢としての溜まっている仕事を片付けて、今はアンドレイ様に送る報告書を作成していたところだ。
本当はすぐに報告作業に取り組みたかったけど、スカイヨン伯爵のお小言がうるさくて、外交官としての仕事を優先することにした。わたしが不在の間、伯爵には心配と迷惑を掛けたことだしね。
アンドレイ様にはレイモンド王太子殿下のあの噂を伝えるべきか迷ったけど、ひとまず保留することにした。
別に隠し立てしたいわけじゃないけど、噂が本当か自身の目で確かめてからにしても遅くはないと思ったのだ。まだ直に王太子と接触できていないし……。
噂というものは恐ろしい。自然と生まれて直後に親を離れて独り歩きをして、気が付くと取り返しのつかない場所にまで進んでいる。
特に貴族社会では噂は命取りだ。何人もの貴族たちが無責任な与太話に振り回されて、失脚したか分からない。
逆に、嘘の噂を流して自身の派閥を有利にする狡猾な者もいる。
「とりあえず……鉱山に関する資料を送って、あとは今後の方針、かしら……?」
そんな風に考えながらペンを走らせていると、
「ピィーッ!」
部屋の窓辺からヴェルが騒がしげに入って来た。かなり暴れ回ったようで、体中に葉っぱを引っ付けている。
「もう! どこに行っていたの? こんなに汚して。大使館から出たら駄目だって言っているでしょう?」と叱りながら、わたしは彼の体を綺麗にする。
ヴェルはわたしと離れ離れになっている間に悪い遊びを覚えたみたいで、今では平然と一人で大使館を飛び出してどこか遠くまで出掛けていた。
危ないから止めなさいって何度も叱っているのだけれど、従うつもりは全くないらしい。
「オディール オディール」
ヴェルは興奮気味にバタバタと羽を動かして、自慢の鶏冠を威嚇するようにピンと立てていた。
「どうしたの? まだ遊び足りない? でも、今日はもうおしま――」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「そうね……えっ………………?」
わたしは目を見開いて、彼を見る。急にあたりがしんと静まり返って、ざわざわと風で葉が揺れる音だけが鳴っていた。
今、とんでもない言葉を聞いた気がする。
信じられないような、夢でも見ているような……。
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
夢なんかじゃない。本当に、目の前のヴェルが言っている。
真面目で、努力家って……。
わたしが……?
「オディール マジメ ドリョク、カ?」ヴェルはくるんと首を傾げながらまた言った。「ソレダケガトリエサ!」
わたしは少しのあいだ茫然自失としていたが、自然とポロポロと涙が溢れ出てきた。
生まれて初めて褒められた……!
アンドレイ様の婚約者になったときから、わたしには厳しいお妃教育が始まった。
出来て当たり前、出来ないなんて絶対に許されない。アンドレイ様に恥じないように、必死に頑張っても誰も認めてくれなかった。
だって、それは「当然」のことだったから。
だから、アンドレイ様からもお父様からも家庭教師たちからも褒められるなんて決してなかったし、むしろ出来なくて叱責されることのほうが多かった。
ヴェルの言葉に自然と頬が緩む。
温かい気持ちで胸がいっぱいになった。
ヴェルは涙を流しているわたしを気遣ってか、コツンと腕にくっついて頬ずりをしてきた。ふわふわした彼の体が心地いい。
褒められるって、こんなに嬉しいことなのね!
「ねぇ、ヴェル。もう一回言って! お願い!」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「っ……!」
嬉しさが大波のように、ますます押し寄せてくる。
わたしが真面目な努力家ですって! 一体、どなたがそう思って下さっているのかしら?
やっぱり、大使館の人たち? わたしのこと、見ていてくれていたのね。
すっごく嬉しい……!
わたしはヴェルをぎゅっと抱き締めて、
「ねぇ、もう一回! もう一回!」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「きゃぁっ! ヴェル、もう一回……お願い!」
「オディール・ジャニーヌ ハ マジメデドリョクカ ソレダケガトリエサ」
「っつつ~~~……!」
いけないわ。嬉しすぎてヘラヘラと顔の筋肉が緩んでしまう。こんな侯爵令嬢にあるまじき姿、誰にも見せられない。
……本当に、頑張ってきて良かった。
「ねぇ、ヴェル。もう一回、ね?」
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「………………そうね」
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