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チューリップの花言葉

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「すっかり花の影が無くなっていますね」

  病院の診察日、前回と同じようにレントゲン画像を前にした医者せんせいは感心するように言った。
 
「廣田さん、あなたが吐いていたのは白と黄色のチューリップでしたよね」
「はい。でも、一番最近……というか、最後に吐いたのは血の色みたいに赤いチューリップでした」
「なるほど。花吐き病の方でチューリップを吐く方は、白か黄色しか吐かないものなんです。あなたもそうおっしゃっていたので、同じ症例だと思ってお話していたのですが」

 医者はそう言いながら、パソコンを検索画面にして、「チューリップ 花言葉」と入力した。

「実はね、本来チューリップの花言葉は良いイメージのものなんです。そして色によっても意味が違うんです」
「そうなんですか?」
「こちら、ご覧下さい」

 医者が見せてくれた画面に、チューリップの花言葉一覧が表示される。

 ────チューリップの花言葉は

 全般的には思いやり。そして色別には、白は「失われた愛」、黄色は「叶わない恋」。どちらも悲恋を示す言葉だ。けれど俺が最後に吐いた赤は。

「愛の告白……真実の、愛……」 

 俺は自分で花言葉を調べたことがなかったから、色により花言葉が違うなんて知らず、吐いた花の色も気にしていなかった。
 一般的にも「チューリップの花吐き患者は予後が悪い」と言われていて、多くの人が俺と同じ感覚だろうと思う。

「そうです。あなたが最後に吐いた花が赤。血の色のように濃い色だったとしたら、なにかそこであなたの中で毒性を排出する変化があったのではないでしょうか。今まで叶わなかった思いを覆すような強い思いがチューリップの毒性と一緒に吐き出されたと言いますか、それこそ決死の思いで体の中に溜めていたものを告白して吐き出した。だから体質も変わった……あくまでも憶測ですが、花吐き病はメンタル的な影響が多いのでね」

 先生の言葉がすとん、と胸に落ちる。
 そう、俺はあのとき、死を覚悟していたからできたんだ。兄の恋人を誘惑しようなんて、それもビッチのふりをしようなんて、それが正しいか間違っているかは別として、普段じゃ考えることもできなかっただろう。

 結局、決死のビッチ作戦は不成功に終わったけれど、だからこそ俺は、真実の気持ちを告白することができた。黙って死んでいこうと思っていたけれど、伝えることができた。

「病気が治っているということは片恋が終わったことを示していますが、廣田さんの状況から察するに、お相手への気持ちが離れたのではなく気持ちが通じたようですね。お相手は思いやりのある誠実な方なのでしょう。チューリップの花に憑かれて、ここまで後遺症がないのは珍しいんですよ。お相手の気持ちが一番の治療薬ですから、愛情の深さが見て取れます。おめでとうございます」

 胸がいっぱいだ。医者も看護師さんもにこやかに送り出してくれて、俺はただただ頭を下げることしかできず、地に足がついていないような感覚で病院を出た。



「真生? 病院の結果、心配なことがあった? やっぱりついて行けばよかった」

 診察が終わったあと、待ち合わせをして久しぶりに郁実君に会えたのに、俺はぼんやりとしていたようだ。
 病気が完治した安心と、郁実君が本当に俺の恋人になったんだという夢みたいな現実に、席に座ってからもまだふわふわ浮いているような感じだった。

「ううん。忙しいのに、こうして昼間に時間を作ってくれてありがとう」

 郁実君は、プログレスしごとがエンジェル投資家と呼ばれる個人投資家や、ベンチャーキャピタルからも注目され始めていて、今とても忙しくしているんだ。

「病気、後遺症の心配もないって。でね、それは……」

 両手を口の横に立て、耳元に顔を寄せた。

「恋人の愛情が深いからなんだって」

 だからきっと、告白する前でもそばにいるだけで症状が和らいでいたんだろう。郁実君がずっと俺を思っていてくれたから、一番の薬になっていたんだ。
 
 顔が勝手に、にへら、と緩んでしまう。

 すると郁実君は、ん~~と小さく呻いて顔を覆った。

「可愛すぎる……真生への愛情には自信があるけど、そんなに可愛く言われたら、いつまで理性を保っていられるか自信がなくなる」
「ふぇ……」

 他の人が聞いたら眉をひそめられそうな言葉も、俺には甘い甘い愛情の言葉だ。瞬間で顔が赤くなってしまう。

 思いが通じた日、郁実君が「もう我慢しないから」と言ってくれて、たくさんキスを重ねた俺たちだけれど、まだそれ以上には進んでいない。

 郁実君が、悠生のことが落ち着いてから両親に挨拶をして、付き合いを認めてもらってからにしようと力説したからだ。
 
 郁実君って、本当に誠実で紳士……でも俺の方は、根はビッチなのかも。
 そんなのとっぱらって、すぐにでもひとつになりたかったな。

 でも……それで認めてもらえたら、郁実君のマンションで一緒に暮らそうと言ってくれたから、機会を待ってる今日この頃。

「一生大事にしたい子だから、ちゃんと筋を通したいんだ」

 テーブルの下で俺の手を取って、ぎゅ、と握ってくれる。これが当たり前になった今がとても嬉しい。
 こんな幸せを、これからたくさん重ねていけますように。

「あのさ……それなんだけど、病気も完治したし、悠生の件も落ち着いたんだ。だから週末ならいつ来ても、もう大丈夫だよ?」
「そうなの?」
「うん。悠生は、お父さん側のおじいちゃんのところで働くことになってね」

 実家に連れ戻された悠生は、両親にたくさんの悪事を暴かれる羽目になった。大学のこともだし、郁実君以外にも「付き合っている形」の人が男女問わず複数いたり、ゲーム配信を顔出しでやって個人情報を流していたり、果てはママ活まで……両親は頭を抱え、俺も聞いてびっくりしてしまった。

 それと、俺の花吐き病のことま両親には伝えなかった。郁実君と気持ちが通じたことで、治るという確信があったからだ。だから悠生ともあの日以降、病気の話はしていない。
 でもきっと。悠生でも、人の生死を左右するのはさすがに怖かったんだろう。だからあんなにあっさり引き下がったんだと思う。

 これに懲りて、これからは嘘を付かないでいてくれるといいけれど……。
 いや、大自然の中で、少しは変わってくれるだろう。

 今、悠生は、とても厳格で昔気質のおじいちゃんが住む遠い田舎に預けられ、おじいちゃんと叔父がやっている養鶏を手伝っている。スマートフォンも取り上げられて、朝から晩までおじいちゃんとニワトリに追いかけられ、つつかれているんだとお父さんが言っていた。

「そうなんだね。……じゃあ、いつにしようか」
「えーと……」

 俺たちはお互いのスマートフォンを開いてスケジュールを確認し、その日を決めた。



 カフェから出ると、気温が随分と上がっていることに気づく。
 本格的な春の到来だ。
 入るときはぼんやりしていて見えていなかったけれど、カフェの外にプランターが置いてあって、春の花が植えられている。

 デイジー、ヒヤシンス、フリージア。
 そして、赤のチューリップ。

「知ってる? 赤のチューリップの花言葉は"愛の告白、真実の愛"なんだって」

 俺は、チューリップが消えてすっかり軽くなったお腹とは別に、胸の中には赤いチューリップが咲いているような気持ちになりながら、知ったばかりの知識を恋人に披露するのだった。



  (HAPPYEND)
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