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回想③

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「……既読、着いた!」

 夕食前くらいの時間になりようやく既読がついて、続けてコール音が鳴った。相手は郁実君だ。
 寝そべっていたベッドから跳ね起きた。

「もしもし。郁実君!」
「返事が遅くなってごめんね。合格おめでとう、真生」
「うん、郁実君のおかげだよ。ありがとう。それで、合格したら遊びに連れて行ってくれるって話だけど、俺はいつでもいいから」

 どきどきと高鳴る胸に強く手を当て、郁実君との約束を持ち出す。
 いつでもいいというのは、気持ち的には今からでもいい、会えるならすぐに行く、という思いがあった。声は上ずっていたと思う。

 反して、郁実君は低く重い声で返事をした。

「ごめん、約束、駄目になったんだ」
「……どうして? 体調、悪い? 先になっても待つよ?」
「いや。それが……実は」

 郁実君が言葉を濁しながらも言葉を続けようとしたときだった。
 ガサゴソと音がして、郁実君が「ちょっと待って」かなにか小声で言ったのが聞こえた。
 
 そのあとだ。

「真生、俺、わかる?」

 ど、くんっ。

 心臓が変なリズムで跳ねた。

「……悠生?」

 どうして? どうして悠生が、郁実君の電話から話してるんだ?
 どうして郁実君と外で一緒にいるんだ? 
 どうして、合格発表の特別な日に、郁実君と二人でいて、郁実君の電話で……。

 頭をどこかにぶつけたよう。ぐわんぐわんして、思考がままならない。

「あのさ、今日から郁実君、俺の彼氏なんだ。詳しいことは帰ったら話すから、今は二人にしてくれる?」

 ────え? え? え……? ……彼氏?

 混乱のまま通話が切れて、俺はスマートフォンを耳に当てて座ったままで、長い時間を過ごしていた。



「真生がさ、郁実君のこと、"そういう目"で見てたのわかってたんだけど、ごめんね?」

 電話が切れてから約一時間後、家に戻って来た悠生は言った。
 電話口ではどこか思いつめたようにも聞こえる声だったけれど、目の前の悠生は「ごめんね」と言いながらも満面の笑みで、謝っている顔じゃない。まるで勝ち誇っているようだった。

「じゃあ、どうして……」

 意味のない質問をしてしまう。答えなんてわかりきっているのに。

「なんでって、俺も好きだからに決まってるじゃん」
「違う! 悠生の好きは俺と同じ好きじゃないだろ!?」
「ええ~? 好きに決まってるじゃん。あそこまでスペックが高い優良物件だよ? 絶対に欲しいじゃん」

 やっぱり! 悠生は自分の価値を高める郁実君が欲しいだけなんだ。たとえ兄弟や友人が大事に思っていても関係ない。欲しいものは必ず手に入れる。

「……郁実君は物じゃない!」
「関係ないよ。俺が気に入ったんだもん。それに、真生はどうせ行動できないでしょ? 性別とかつまんないこと気にして、"友達でいいから"とかぬるいこと思ってたんでしょ。受ける」

 くくくっと悠生が笑う。それから嫌味たっぷりに微笑んだ。

「ま、郁実君はソッコーで俺を選んだんだから、真生が告白してたとしても、思いは叶わなかったけどね」
「……!」

 核心を突かれてなにも言い返せなくなる。
 
 俺がどう言おうと悠生の本音がどうだろうと、悠生と付き合うことを決めたのは郁実君本人だ。
 
 双子なのに、俺と違って積極的で:溌剌(はつらつ)としている悠生。
 外見にも気を配り、やれば勉強もできる。学校でも人気があって友達も多い。

 ……そうだよな。誰だって悠生を選ぶ。

「そんなわけだから、郁実君を好きな真生には郁実君の周りをうろちょろしてほしくないわけ。カテキョも終わったし、俺の知らないところで会うとか電話やメッセもやめてね。じゃ、おやすみ~」

 悠生は鼻歌を歌いながら出ていった。流行りの恋愛ソングの鼻歌はサビになると歌声に変わり、壁を通して耳に入ってくる。

「う……」

 涙とともにひどい咳が止まらなかった。そのときは痣はまだなかったけれど、思えばこれが発症の日だったのかもしれない。
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