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最終章
538:戦いの終わり
しおりを挟む「ふざ、けるな……」
剣が肩に刺さったことで意識を取り戻した魔王は、肩の剣を抜いて放り捨てると俺を睨みつけてきた。
「まだだ。まだ終わっていない! 結界が壊れるまで耐え切れば僕の勝ちだ! 外部との出入りを遮断する以上、この結界があるうちはどうせお前の仲間だって手を出すことはできないはずだ! その間生き残って、結界が解けたら転移すればいい!」
確かに魔王の言うとおり、この部屋にはベイロンの張った結界が残っているので、人の出入りはできない。事実、イリンたちも部屋の扉は壊したものの、一定ラインよりはこっちに来ていない。
「それともそっちの女たちに言って結界を壊すか? 僕はそれでもいいんだぞ? その瞬間に転移してやる。好きな方を選べよ勇者」
そして、これまた魔王の言うとおり、イリンと環が俺を助けようと結界を強引に壊してしまえば、その瞬間に魔王は転移をして逃げるだろう。
なので、状況的にはイリンと環が来る前と大して変わっていないと言える。
「なら……」
だが、そう言った魔王の目には、怒りや憎悪なんかだけじゃなくて、怯えが入っているように感じた。
俺を殺すと言っていた魔王が、結界が壊れるまで生き残る、と言い出したことが何よりの証拠だ。
それに、何も状況が変わっていないわけじゃない。
「結界が解ける前に倒してみせるさ」
すぐそこで二人に見られているんだ。手出しされるなんて情けない戦い、見せるわけにはいかないだろ。
「だから……そんなことはできないって言ってるだろ!」
斬って薙いで突いて叩いて。
受けて弾いて避けて逸らして。
叫ぶと同時に走り出した魔王と俺はろくに魔力を使えず、体も万全とは程遠い中、それでも一撃当たればそれだけで命を落とすであろう戦いを続ける。
「アアアアアア!」
「うおおおおお!」
魔王の大上段からの振り下ろしに、俺は切り上げを持って対応する。
この一撃で、刃ごと、剣ごと敵を叩き斬るつもりで剣を振り上げた。
それは魔王も同じことだろう。この一撃で俺を殺す。そんな意思のこもった一撃。
だが俺たちの振るったその剣は、どちらを傷つけることもなく、金属的な音を立てて砕け散った。
これまでの打ち合いで剣がついて来られなかったんだ。
俺たちの使っていた剣はどちらもがかなりの名品だったはず。魔王のはわからないが少なくとも俺のはそうだった。何せ城の宝物庫の中なんてところに置かれていたものなんだから。
そんなものでさえ、俺たちの戦いによって疲弊し、ついには砕けた。
そして今、お互いに持っていた剣が砕け、その手には何もない。
だが、俺と魔王とでは状況が違う。
魔王も収納を使えるんだろうが、空間系は適正ではないのだろう、武器を取り出すにしてもそれなりに魔力を使っている。
逃走用の転移魔術の分の魔力を残さないといけないので、これ以上の魔力は使えないだろう。使えたとしても、武器を取り出すのには使わないはずだ。
それに対して、俺は収納に限ってはまだわずかばかり魔力に余裕がある。
つまり、魔王は武器がなくて、俺は武器が使えるってことだ。
その状況を理解するや否や、この世界に来て初めて持った武器であり、最も使い慣れた武器である剣を収納から取り出して、魔王を斬りつける。
それを防ぐべく魔王は俺と自身の間に障壁を張るが、遅い。
おそらく魔力を使うべきか温存するべきか悩んだんだろうが、そんな中途半端な造りじゃ脆すぎるって。
「ッアアアアアア!」
防がれた剣に力を乗せ、強引に砕く。
そしてそのまま無防備になっている魔王へと剣を振り下ろし、右腕を跳ね飛ばした。
「ギ、ヤアアアアアアア!」
これまで戦ってきた中で初めてと言っていいほどの大ダメージ。
そして魔王はそれまでとは明らかに態度を変え、必死になって自身の腕を押さえながら魔術を使うが、それでできているのはせいぜい止血程度だ。
よく見ればのろのろとだが腕が治っているのかもしれないが、今はそんなのは効果がないのと変わりない。
「これで、終わりだ……」
「まだだ……ふざけるな! 僕はまだ終わらない! 片腕を切られたところで──」
片腕がなくなり、魔術もろくに使えなくなった魔王に止めを刺すべく追撃のために剣を構える。
だが、いざ剣を振ったその瞬間、この部屋を覆っていた違和感が消えた。
これは……結界がなくなった?
「来た!」
そして、魔王は受け身も取らずに無様な様子で体を投げ出して俺の剣を避けながらも、それを待っていたかのようにそう叫んだ。
まずい。逃げるつもりか!
魔王の言葉と態度からして、やっぱり今のは結界がなくなった感触だったのだろう。
それは、外部との行き来を遮断する結界がなくなったことで、魔王は逃げられるようになってしまったことを意味する。
だがここまで来て逃すわけにはいかない。なんとしても止めないと。
そう思って剣を振るうが、魔王の張った障壁によって防がれる。
一応その障壁を壊すことはできたのだが、代わりに、魔力不足や疲労の影響であまり力の入らない状態で剣を振っていたために、剣は弾かれて飛んで行ってしまった。
「ぐっ、でも! 結界は壊れた! これで……」
剣を取り出している暇なんてない。なら……!
できるかできないかなんて関係なく咄嗟に判断し、魔王が転移する前に手を伸ばし……掴んだ。
「……は? な、なんで! なんで転移できない!」
魔王は転移をして逃げようとしたのだろう。
だがそれは許さない。
「お前がさっき教えてくれたことだろ魔王。空間系の魔術は、他者の空間系の魔力を流し込まれてると使うことができないって。お前は他人の魔力を流しこまれて魔術の邪魔をされたことはあるか? その対策をしたことはあるか?」
しっかりと思考したわけじゃない。ほとんど無意識というか、本当に咄嗟の閃きのようなものだ。練習したことがあったわけじゃないし、できるという確信があったというわけでもない。
それでも俺は魔王の転移を防ぐことができた。
そんな俺の言葉を聞いた魔王はこれでもかと言わんばかりに目を見開き、呼吸を荒くして震えるほど小さく首を振っている。
「ない、みたいだな。なら、お前はもう……逃げられない」
「ま、待て。待てよ! おいおい、君はそれで良いのか!? この世界は間違ってる! それは君もわかるだろ!? こんな世界があるから僕は辛い目に合った。それは君だって変わらないはずだ! 世界は一度きれいにするべきだ。そうは思わないか!?」
もう逃げられないと悟ったからか、魔王は命乞いをしてきたのだが、なんだかすごく負け犬感が溢れる感じになってる。
「だからどうした」
「どうしたって……」
「同じようなことを言ったと思うが、正直世界の平和だとか、間違ってるだとかに興味はないんだよ。だが、お前が俺たちの平穏を壊すっていうんなら——」
「ごぶっ……!」
魔王の腹に収納から取り出した短剣を突き立てると、もう本当に力が残っていないようで防御も回復も発動していない。
「——俺はお前を殺す」
「ふざ、けるなっ。できる、ものなら、やってみろっ……!」
魔王はそう言うと、俺に腕を掴まれ、腹を刺されながらもなんらかの魔術を俺たちの間に作り出した。
さっきまで魔力がなさそうな様子だったのにこれってことは、おそらくは転移に使う分の魔力を回したのだろうが、状況から判断するに……。
「……自爆か?」
「そうだ。僕を殺したら、そこにいる恋人もろとも死ぬことになるぞ。平穏が大事なんだろ? なら退けよ。僕を離せ。そうすれば、君たちをもう狙わない。君たちは平穏に暮らすことができるんだ。だから、さあ離せえっ!」
二人を死なせたくなかったら自分を見逃せって?
とことんまで負け犬ムーヴしてるな。魔王の威厳や余裕はどこへ消えたよ。
「……ここで命乞いだなんて、かっこ悪すぎるだろ。化けの皮が剥がれてるぞ。今までの余裕ぶった態度はどこに行った?」
「化けの皮? それが、どうした。生き残るために全力を尽くすのは、当たり前だ。僕は死にたくない。死なないために生きてきたんだ! かっこいいかどうかなんて、そんなの知ったことか!」
「まあ、そうだな。それは正しいよ」
生きるために全力を尽くすことを、俺は否定しない。
でも死ね。
「ふざけっ——ゴホッゴホッ! ……わかって、いるのか? 僕が死ねばお前たちも死ぬんだぞ!?」
血を吐き、咳込みながらも紡がれる魔王の言葉を無視して、俺は短剣から手を離すと新たに剣を取り出して構えた。
そんな俺を見て、魔王は慌てたように言葉を紡いでいくが、すでに俺の覚悟は決まっている。
「死なば諸共がかっこいいとでも思ってるのか!? 平穏はどうした。その恋人たちが大切なんじゃないのか!?」
「安心しろ。俺は死なないし、イリンと環も死なせたりなんてしない」
真っ直ぐに魔王のことを見据えていった俺の言葉で、俺が本気だと理解したのか魔王は暴れだすが、離すまいと全力を込めて掴む。
「くそっ! 離せっ! 離せよ死に損ないが! 僕はお前の先輩だぞ! 年上を敬えよ!」
今更何を言ってるんだこいつは。だからどうした。この状況でそんなことを言われたところで、止まるわけがないだろ。
「それじゃあ、これで終わりだ──魔王。……ああそれと……」
そうだ、最後に言ってやりたいことがあったんだった。
「イリンと環は、恋人じゃなくて妻だよ」
そう言い終えると、俺は剣で魔王の首を貫いた。
目を見開いて自身の喉に突き立つ剣を見た魔王は口から血を吐き出して、体から力を抜いた。
……だが、それで終わりじゃない。
魔王の言葉に嘘はなかったようで、魔王が死んだ直後には目の前にある魔術が起動し、自身の体を巻き込んで爆発——しなかった。
魔王の命をかけた自爆魔術。本来ならそれは音だけで空間を震わせ、その音はここから離れた街にさえも届く物だったのだろう。
そして衝撃は周囲にある全てを蹂躙して一切合切を吹き飛ばし、炎は触れる全てを塵へと変えるだろうほどの、まさに死の炎と呼ぶにふさわしいものになるはずだっただろう。
だがそれでも……すまんな。俺には意味がないんだ。
だって、それが生き物でないのなら、俺はなんだってしまってみせる。それが俺の『収納』の能力なんだからな。
音でも衝撃でも炎でも、そしてそれがたとえ自身の命をかけた自爆魔術であっても、全ては意味がない。
もし仮にあの魔術が発動してたところで、俺には意味がなかったんだよ。
魔王と勇者の戦い、物語の終わりとしては少々あっけない終わり方。
「お前の人生なんて、こんなもんだよ。お前にもいろいろあったんだろうが、全部ここで終わりだ」
だがそれでも、俺は生きていて、後ろにいるイリンと環の二人も生きている。
なら、なんの問題もない。
「……終わった、な」
正直、魔力不足や疲労で意識がはっきりしない。
慣れている行動とはいえ、そんな不安定な状況では失敗する可能性は十分にあった。
だが、二人が後ろで見てるんだ。失敗するわけにはいかないだろ。
それに、俺は二人と約束したんだから。
生きて帰ろうって。
振り返るとそこには俺を見て笑いかけてくれているイリンと環の二人がいて、俺は最後まで見守ってくれていた二人に笑いを返して口を開いた。
「帰ろうか」
「はい!」
「ええ!」
が、あまりにも疲れすぎていて、気が抜けたせいか、俺はその場でぶっ倒れてしまった。
まったく……しまらないな。
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