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最終章

534:凡人の目指す先

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「は? ……なんで君がいるのかなあ? 幽霊?」
「はっはっは。不思議そうな理由もわかるし確かに一回死んだけど、アンデットになった覚えはないねぇ」
「ベイ、ロン?」

 現れたのはここより一つ下の階で死んだはずのベイロンだ。
 だが、その魔王に胸を貫かれて死んだはずのベイロンはどういうわけか生きて魔王と談笑している。
 しかしどうして……。

「死んだ、ね……うん、確かに殺したはずだよね」
「だね。やー、殺されたよ、うん。盛大に裏切られてサクッとね」

 魔王も魔王で、なんでベイロンが生きているのかわかっていないようで戸惑いが見て取れる。

「でも、言ったろ? 俺とあんたは似てるって。それは魔王、あんた自身が認めたじゃないか」

 ベイロンはそう言いながら部屋の入り口付近から俺たちへと近づき、ちょうど俺たち三人が正三角形の頂点となるような位置で止まった。

「あの場面だと思っていた訳じゃないけど、どこかで必ず裏切ると思った。だって俺ならそうするから。俺があんたの立場なら絶対に裏切ってた。だからあんたもそうすると思ったし、対策をしてた。それだけだよ」

 魔王が最初から裏切ると思ってた? ならなんでこいつは魔王の配下なんかに……いや断ったら殺されるからか?
 だとしても、今ここで出てくる必要なんてないはずだ。生き残るために対策をしてたんなら、そのまま逃げればいいだけのはず。なのにどうしてこんなところにきた?

「まあ対策をしたって言っても痛かったし、治るのに時間がかかったけどね」
「それで? 何をしにきたんだい? 逃げないってことは、まさかとは思うけど戦うつもりかい? 勇者でも英雄でもない凡人風情が?」

 魔王もなんでベイロンがここにきたのかわかっていないようだ。となると、人質とかベイロンが反抗できないような何かを魔王が持っているとかの線はないな。
 だがそうなると本当にわからない。なんでベイロンはここにきた?

「凡人ね……。そうだよ。そうそう。だから俺は君たちと戦いにきたんだ」

 ベイロンは魔王の言葉に一瞬だけ不快感のこもった表情を見せてからいつものように笑顔になりそう言った。

「戦い? 僕とかい? 君程度に倒せるほど甘くないつもりなんだが……舐められたものだね」
「いやいや、舐めてなんていないって。いくら傷つけてもすぐに治ってしまい、何千年も生き続ける不老不死。そんなのを倒すだなんて、俺みたいな凡人には無理ってもんだよ」
「わかってるなら消えろよ。今僕は楽しんで──」
「けどさ、完璧な不老不死なんて、あり得るのかな?」
「……ありえるから僕はここにいるんじゃないか」
「ほんとに~?」
「何が言いたい」

 ベイロンの勿体ぶった言い方が気に入らないのか、その言葉に何か思うところでもあるのか、魔王はさっきまでの笑みを崩してベイロンへと鋭い視線を向けて問いただした。

「ん~、まあ結論から言うとだね……」

 やけにゆったりと、まるで時間を稼いでいるかのように話すベイロン。
 なんだ? 勿体ぶってる、ってわけじゃない感じだが……本当に時間を稼いでいる?

「早く言──ガアアアアアッ!?」
「っ!?」

 そんな考えは正しかったようで、ベイロンが魔王の話の途中でニヤリと笑うと突然魔王が叫び出した。

 ベイロンが何かをしたのは確実だが、何かしたようには見えなかった。いったいこいつは何をしたんだ?

「魔王さま。あんたの核、壊させてもらったよ」
「核?」

 なんだそれは……核ってことは……ああそうか。魔王の核ね。つまりは心臓か。
 命の核を切り離してどこか別の場所に保管することによって不死性を手に入れる。よくある方法だ。それを魔王は実行していたってことか。

 そしてベイロンはそれを壊した。

「グッ、ギイイイイ……バ、カな……どうやってだ。あれはここにはない……それに隠していたはずだ」
「うんうんそうだね。隠されてたよ。正直、それがどこにあるのか俺だってわかんなかったもん」
「ならどうやって……」

 心臓を握り潰されたようなものだと言うのに、それでも魔王は胸を押さえて苦しげにするだけでまだしっかりと生きている。

 だが、そんな苦しそうな魔王の問いに答えることなく、ベイロンは俺へと視線を向けると徐ろに話し始めた。

「……にしてもさぁ、こいつもひどいよねぇ。こんなところで戦ってるのに、命はここから離れた場所に保管しておくんだから」
「それは不死身の原因のことか?」
「そうそう。あれ? もしかしてわかってた? この魔王はね、自分の命の核を切り離して魔族の領域にある根城の奥の奥に大切に保管してたんだよ。ここでなにがあっても死なないようにね。まあ命の核って言っても、正確には命を維持するタメの魔術の触媒だけど」

 やっぱりそんな感じか。
 けど、それじゃあいくらやったところで倒せなかったな。何度か怪我を負わせることができたがそれがすぐに治ってしまうし、違和感は感じていた。

 ここが決戦の地だ、みたいなことを言ってたくせに、一人だけ安全地帯から参加してたってか。随分と卑怯な……いや、相手は魔王なんだし、今更か。
 むしろその考えに思いつかなかった俺の方が悪いな。これは戦争で、負けたら終わりなんだから、その可能性も考えておくべきだった。

「けど、それじゃあつまんないでしょ。死ぬかもしれないからこそ楽しいんじゃないか。死ぬかもしてないからこそ、死ぬ覚悟を持って踏み出した奴が奇跡的な未来を掴みとれる」

 そう言ったベイロンは楽しそうにしているが……なんだ。こいつの考えが読めない。
 魔王と戦うため、戦いたいってのはわかったが、どうにもこいつは戦闘狂って感じはしない……。

 ベイロンのおかげで魔王の不死性を消せたんだから助かってんだけど、どうにも不気味だ。
 こいつは本当に魔王と戦うためにやってるのか? そう思えて仕方がない。

「……で、魔王。さっきの質問の答えだけど、どこにあるかは分からなくても、どの辺にあるかならわかる。……ならさぁ、あたり一帯をまとめて吹っ飛ばせば良くない?」

 あたり一帯をだと? ……言っていることはわからないでもないが……なるほどな、とは言えない。

 というか、主人がいないとは言っても、仮にも魔王の領域だろ? そんな一帯を吹き飛ばすなんてこと、どうやって……。

「向こうの城に集まってた魔族。全部爆弾にさせてもらいました! いやー、あれだけの魔力の塊が言うことを聞いてくれるっていいよね?」

 魔族を爆弾に? 確かに魔族は魔術で出来てる擬似生命体だから、ある意味では魔力の塊だ。そんな奴らを使えば燃料の確保はできるだろうが……色々とぶっ飛んでるな。

「あの辺は盛大に吹き飛ばしたから、今からでも外を見れば煙でも見えるんじゃないかな?」
「くっ……!」

 ベイロンの言葉に悔しげに呻き声を出した魔王は魔術を展開し発動出せるが……何も起こらない。

「跳べない? なんで……うぐっ!」
「あ、もしかして今気づいた? 空間転移はできないよ。この城は封鎖した。半日どころか数時間ももたないようなものだけど、今だけは誰もここには入ってこれないし、出ることもできないよ」

 その言葉が本当なら、魔王は不死性をなくしただけじゃなく、ここから逃げ出すこともできなくなったってことだ。
 なら、ベイロンの行動原理というか何を考えているのかわからない不気味さに不安を感じているが、今はこの好機を逃すわけにはいかない

「さあ、そんなわけだ。始めようか」

 そしていざ魔王を、と思ったのだが、ベイロンはそう言うと剣と盾ではなく、二本の剣を両手に持ってそれぞれを魔王と俺の二人に向けて構えた。

「助けに来たんじゃ……」
「いやいや。いやいやいやいや。なにバカなこと言ってんのさ。助ける? 君を? 俺が? あっははは、なに言ってんのさ。んなわけないじゃん」

 ベイロンは一瞬キョトンとした顔になるとそう言って笑い、すぐに真剣な表情へと変わって鋭い眼差しを俺へと向けた。

「俺の目的は魔王の命。……それと、勇者の命──つまりは君たち二人の命だ」
「なんでそんなことを……」
「俺はさ、前にも言ったろ? 大抵のことはそれなりにできるけど、所詮は凡人。どこまで行ってもその他大勢でしかない。けど、けどさ、そんな俺でもせっかく生まれたんだったら劇的な人生を歩んでみたいって思うんだ。当然だろ? 誰だって同じようなことは思うはずだ」

 そんなことを言っているベイロンは新底楽しげで、まるでおもちゃをもらった子供のようなはしゃいでいるものだ。

「で、だ。今の状況を考えてみなよ。魔王が魔族の軍勢を率いて世界を滅ぼしに来た。そしてそれに対応するために勇者が戦いを挑んだ。つまりは魔王と勇者がいるってことだ。これがどれほどのことかわかるか?」

 ベイロンの考えは分からなくもない。誰だって有名になりたいと思ったことはあるはずだ。お話のような世界を生きてみたいと思ったはずだ。
 お姫様やお姫様を助けるような英雄。そんな存在への憧れは、俺にだってなかったわけじゃない。
 だから劇的な人生を送りたいってのはわかる。

 だが、勇者の仲間として魔王を倒すっていうんならまだしも、魔王と勇者を相手にする理由がわからない。

「わかんないよな。そう。君たち『持ってるやつ』には分かんないことだ。魔王だよ? 勇者だよ? ただの悪事をなした魔族がいるわけでも、どこぞの戦いで活躍した英雄がいるわけでもない。マジモンの伝説が目の前にいるんだ。そんなのと戦える奴なんてこの世界のどこにいる?」

 両手を広げて演説でもするかのようにベイロンは語っていく。

 勇者と魔王。確かにどっちも御伽話になるような存在だ。それも一地方だけの民話や伝承ではなく、世界的なもの。誰だって知ってるような物語。

 そんな存在と戦える奴か……どっちかならあるかもしれないけど、両方ってのはなかなかいないだろうな。

 しかし……。

「あまつさえ、そいつらを殺すことができたなら、それはどれほどのことだと思う? ただの凡人でしかなかった俺が、背景に紛れて死んでいくだけの存在だったはずの俺が! 伝説の存在を相手に勝つことができる。それは十分に劇的だって言えるだろ? 勇者と魔王を殺した男として歴史に名を刻むことができるんだ。俺の人生は無駄じゃなかった。確かに生きていたんだ。素晴らしいものだったんだって、そう言えるだろ?」

 ベイロンは楽しげに言っているが、しかしそれは、とてもではないが常人の考えとは言えないようなものだ。

「……狂人め」

 先ほどまでよりは声に力があるが、いまだに胸を押さえながら苦しげにしている魔王のそんな言葉を聞くなり、ベイロンは広げていた両手をだらりと下げて魔王のことを鼻で笑った。

「どうも。……やっぱりあんたには分かんないか。いいよなぁ、なにもしなくても歴史に名を刻むことのできる奴は」
「なにもしなくてもだと?」

 だがそんなベイロンの言葉に、今度は魔王が反応した。

「そうだろ? だってあんたは魔王になる前は勇者としてこの世界に呼ばれたんだ。どう考えたってそれは劇的な人生だ」
「……ふざけるなよ、凡人。僕がどれほどの思いをしてきたと思っている。勇者として呼ばれた? ふざけるな! 僕があそこでどんな扱いをされたと思っている!」
「でも劇的だ。たとえ呼び出された先でどんな扱いをされたとしても、異世界に呼び出されるなんて、俺みたいな平凡とは程遠い人生だ。羨ましいよ」

 そう言うとベイロンは心底羨ましげに魔王を、それから俺を見た。

「それに、狂ってるのはあんたもだろ、魔王。何千年も前の恨み辛みを引きずって今でもそうやって
 遊びと称して人を殺す。何年も、何千年も続く恨みなんてのは、単なる狂気だ」

 そう言うと、ベイロンは今度は俺の方を向いた。

「加えていえば君もだよ、勇者くん。君も狂ってる。狂人だ」

 俺も狂ってる、か……。

「こんなところにたった一人で来るなんて、頭がおかしいやつだけだ。好きな人のため? 自分を信じてくれているみんなのため? バカ言っちゃいけないよ。人間が大事なものはいつだって自分だ。自分を犠牲にしてまで何かをなしたいなんて思うのは頭がイカレてる証拠だ。普通のやつはこんなところにこない。そもそも元の世界に帰る方法を探してさっさと帰ってるはずだ。今は見つかっていなかったから逃げられなかったんだとしても、こんな戦いに挑まないで逃げて時間を稼いで、そして元の世界に逃げればよかった。だってのにそれをしないってことは——君も十分に狂ってるよ」

 ……まあ、わかってるさそんなこと。
 多分俺はあの時、仲間だった少年を殺して城から抜け出した時に、もう壊れてた。
 その後イリンや環と一緒にいることで一見普通に見えるようになったが、それでも俺の心の核みたいなものはどこか歪んだものになっているのだろう。

「この場には初めっから狂ってる奴しかいないんだ。だったら、なにを気にする必要がある?」

 まあそれがどうしたって感じだがな。
 俺は今の自分が嫌いじゃないし、頭のおかしなところがあるのも自覚している。

 だが、もう一度言うが、それがどうした。

 ベイロンの言った通りここには俺たち以外はいないんだし、何も気にする必要はない。
 いや、そもそも誰かがいたところで、何かを言われたところで気にする必要はない。俺はただ自分のことを好きでいてくれる二人にだけ好かれる自分でいられればそれでいいんだから。

 狂人? 大いに結構。ベイロンっていう乱入があったからややこしくなったが、俺のやるべきことは最初から何も変わっていない。
 俺はさっさと魔王を倒してイリンと環を迎えにいく。それだけだった。そこにベイロンという追加があったが、ならそれも倒していけばいいだけ。それだけのことだ。

 魔王の不死性を消してくれたのは助かった。転移を封じてくれたのも助かった。これで俺は魔王を殺せるよ。

 でもお前も殺す。邪魔をしないんだったらありがとうで終わったけど、邪魔をするんだろ? だから、今度こそこの手で殺してやるよ。

 イリンと環がかっこいいところを見せたんだ。
 二人にいいところを見せるためにも、俺がこんなところで止まるわけにはいかないんでね。

「さあ、構えなよ伝説。凡人代表、『首狩り』のベイロンが、勇者と魔王を殺してあげるよ」

 そうして俺と魔王、それにベイロンを加えた三つ巴の戦いが始まった。
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