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最終章

529:魔王のいたずら

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 俺に向かって体勢を立て直したベイロンが剣を突き出しくる。
 これが顔面や首という急所を狙ったものではなく、腰の上あたりという避けづらいところを狙ってくるのがいやらしい。

 咄嗟にその部分から盾を取り出して剣を俺の間を遮るように配置する。
 当然ただ取り出しただけでしっかりと握っていない盾は弾かれてしまうが、それでいい。剣を防ぐことができたんなら、それだけで十分に役割は果たした。

 その盾のおかげで時間を稼げた俺は収納魔術を身に纏って、全身を蠢く黒色で覆う。
 これもこの相手には無敵ってわけじゃないけど、それでも使わないとさっきみたいに剣で切られておしまいだ。

 さっきの感覚からして、あの収納対策をしてある剣も直接触って集中すればスキルで収納することはできそうだけど、そもそも触れるような状態で集中するってのが難しい。

 なのでこうして最初からしまえないものとして対応するしかない。

「セアッ!」

 そんな収納の渦を纏った俺にベイロンは上段から振り下ろすが、それを少し首を動かしただけで対処を終わらせる。
 頭を逸らしたとはいえそれは頭には当たらないというだけで、普通に当たってしまう軌道だった。
 だがそれでも収納の渦で弾くことができるんだから構わない。
 多少は衝撃が来るので流石に頭で直接受けることはしたくなかったから頭は逸らしたが、肩ならば食らうと分かっていれば問題ない。

 そうしてベイロンの剣を肩で受け止めた俺は、頭を逸らすと同時にベイロンへと剣を切り上げていた。

 だが、そんな俺の攻撃をベイロンは剣を手放すことで対処した。
 振り下ろした剣を手放し、左手に持っていた盾を無理やり自分と俺の剣の間に割り込ませて後方へと倒れ込むようにして衝撃を殺す。

 そうして俺の剣を盾で受けたベイロンはその衝撃を利用して俺から距離を取り、新たな武器を腰のポーチから取り出した。

 その間に俺は収納から魔術を取り出してベイロンへとはなったが、まあ効かないよな。
 それに加えてベイロンが手放した剣を拾って収納できるか試してみたが、やっぱり魔術具である以上は持ち主が使用していなければ普通にしまうことができた。

 ってことは、あいつの持ってる武器を無効化するには武器を弾き飛ばせばいいってことだ。
 そしてあいつの武器にだって限りはあるだろうし、全ての武器を弾き飛ばして回収すればあいつの攻撃は無力化できるわけだ。……それをできるかは別として。

 魔王の協力があるんだから実際にどれくらい武器があるかわからない以上、全部回収するなんてのは現実的ではない。
 武器を弾き飛ばすにしても、隙を作るために、程度に考えておいた方がいいだろうな。

「まったそれか~。くるとは思ってたけどさ。それ卑怯だし使うのやめない?」
「やめるわけないだろ」
「だよね!」

 そんな軽口を叩くと、ベイロンは先ほど取り出したばかりの少々ごつい剣を空中に軽く放り投げた。
 そして何をするつもりかと警戒しながら見ていると、ベイロンは腰の後ろに差してあった短剣を抜き放ち──投げた。

 何を……。こんなの、俺には効かないってわかってるだろうに……。

「爆ぜろ!」

 爆発した!? でも……

「効かねえよ!」

 ベイロンの言葉によって俺に向かって投げられた短剣は爆発し、炎と短剣の残骸をばらまいた。
 しかしいくら普通の人にとっては脅威であったとしても、空間系の魔術具でないのであれば俺のは意味がない。

「でも目眩しにはなるよね?」

 そんな声と共に炎を突き破って突き出されるのは二本の剣。
 細身のその剣は、二本ともが正確に俺の目を狙って突き出された。

 だが、その二本の剣さえも囮だったのだろう。

「くっ……!?」
「戦場で目を瞑るなんてダメでしょ!」

 反射的に目を閉じてしまった俺はその剣を体を覆った収納の渦で受け止めるが、その直後、目を閉じたままの俺の脇腹を重い何かがぶつかった。

「があっ!」

 目に剣を突き出されてのけぞったことで体幹がしっかりしてなかったってこともあるし、そもそも目を瞑っていたからしっかりと踏ん張ることができなかったってのもある。

 だがそれにしても収納魔術によって守られていてもなお衝撃が来るほどに重い一撃によって俺の体は吹き飛ばされた。

 しかし、言ってしまえば吹き飛ばされただけだ。
 確かに衝撃は来た。痛みもないわけではない。だがそんなのは戦っている以上は当然あるものだし、動けなくなるほどのものではない。

 だから俺は吹き飛ばされてもそのまま倒れることなくすぐに体勢を立て直素ことができた。

「っはああああ~~~~。……やっぱそれ反則臭くないかな? こっちは十分対策したはずなんだけど……流石勇者ってところか。全く、羨ましい限りで」

 そんなことを言っているが、そんなに卑下する必要がないどころか、俺からしたしらお前の方が羨ましくなるほどの強さだ。

「それを言ったらそんな勇者相手に渡り合ってるお前はなんだよ」
「俺? いやいやただの凡人だって。そもそも、対策してるせいで他にろくな付与ができないから装備の選択肢が減ってんだよね。いつもの装備だともうちっとは楽しませてあげられるんだけどね?」

 弱体化しててこれかよ。そう呆れるしかない。

「まあ無い物ねだりしてもしょうがないし……というわけで、目眩し第二段!」

 その言葉と共にベイロンは首飾りを千切ると俺へとベイロンの間へと叩きつけるように投げた。
 そしてその首飾りが地面に触れると同時に盛大に煙を発生させた。

 毒か? 煙に毒ってのは言ってしまえば定番だ。こいつの今までの戦い方を見ると、この煙に毒があってもおかしくないと思える。
 一応警戒しておくか。解毒の魔術具は……ああ、ちゃんとあるな。

「安心しなよ。毒はないからさあっ!」

 煙によって伸ばした自分の手の先すら見えないほどに深い煙の中、正面からベイロンの声が聞こえる。

 と思った直後、ベイロンはどうにかして俺の居場所を知る方法でもあるのか、煙の中を突っ切って姿を現した。

 ベイロンは姿を見せると同時に剣を振るってきたがその一撃はそれまでのものとは違い、なんというか随分と大雑把なものだった。

 なんだ? こんなあてに来ただけのような緩い攻撃は。攻撃する意思はありそうだけど、本当に当てに来ただけ?
 だとしたら場所がわかると言っても大雑把なものなのか?

 とりあえず受けないってのはナシだ。反撃を……。

 だが、その瞬間ガクッと足から力が抜けるようなそんな感覚と共に体勢を崩すこととなった。

「どうしたどうした? そんなにフラついたりして。もしかして、毒でも食らったのかなあ?」

 そんな言葉に、俺のこの状態がベイロンにとっては想定どおりのことなんだと理解した。

 くそ、やっぱり毒なんじゃねえか! 毒なんてないって言ったのは誰だよ!

 解毒の魔術具は使っていたはずだが、それでも効果があるってことは引っかからないような特殊なものか。効果を考えれば薬とも取れるような微妙なやつ。
 薬でも毒でも、どっちにしても油断したな。一応対策はしたしベイロンも毒はないって言ってたからすっかり安心してた。

 この毒をどうにかしたいが、魔術具では解除できず、やるのなら体内の毒を収納するという方法が必要だ。
 だが、あれは結構集中力がいる。こんなにひっつかれた状態だととてもではないが、実行なんてできない。まずはこいつを離さないと。

 できることならば周囲を収納でもして落とし穴を作りたいが、ここは魔王の制御下にあるから収納できない。
 だがこのままじゃダメだ。一旦距離を取らないと。となると……。

「? っ! うおあ!?」

 煙に混じったと思われる毒の影響で動きの鈍った中、ベイロンを引き離すために頭上からいつだったか前にしまった瓦礫を取り出してベイロンを押しつぶす。

「っぶないなぁ……そかそか、収納魔術の応用だってんなら、取り出せるんだったね。そういやさっきまでもやってたっけ。そんだけ大量にってのは初めて見たけど」

 煙によって視界が効かない中でのそんな攻撃に、だがそれでもベイロンはしっかりと気がついたようで俺から距離をとって回避していた。

 今ので怪我なしとは些か不本意というか、できればなんらかの怪我をしていて欲しかったが、距離を取るという目的は果たせたのだからひとまずは良しだ。

 ベイロンが離れている間に体内の毒を収納して取り除き、胃のなかに直接回復薬と取り出すことで毒の影響を癒す。

 そして同時に収納から風系の魔術を取り出して辺りにばら撒き、周囲の煙をまき散らす。

「……毒がないって言ってなかったかよ?」
「ん? 誰が? 俺が? そんなこと言ったっけ?」

 そのための時間稼ぎとして話しかけたのだが、ベイロンから返ってきたのはそんなとぼけた返事だった。

「でもまあ、もし言ったとしても、敵の言葉を信じる奴なんているわけないよね? もし信じた奴がいたら、それはそいつが馬鹿だってだけの話だろ?」

 そう言いながら俺を馬鹿にするようにケラケラと笑いながら信じてしまった俺としては全くもって耳のいたい話だ。

「相変わらず、卑怯な手を使う奴だな」
「そりゃあね。俺みたいな凡人が勇者なんてものに勝とうとしたら卑怯にならざるを得ないだろ?」

 凡人ね……。どうも前回から思ってたが、こいつは自分のことを卑下するな。
 俺からしたら、俺なんてただ宝くじが当たったようなだけなのに。
 まあ、それを『もってる者』と言われればそれまでだが、それでも中身は凡人だ。
 こいつみたいに努力して強くなった方がすごいと思う。

 だがそれをすごいと思うかどうか、誇れるかどうかはその人次第なわけで、こいつはそんな自分の努力なんてものに価値を見出していないんだろう。

「ってことで、とりあえず死んどけって」

 そう言いながらベイロンは俺へと仕掛けるために俺の取り出した瓦礫の上を走るが、いざ俺へと斬りかかろうと踏み込んだところで、その体勢を崩すこととなった。

「──っ! 足場が!?」

 なんでか。そんなのは俺がやったからに決まっている。

 ベイロンが最後に踏み込んだ足場はそれなりに大きく安定したものだった。まさに踏み込むにはちょうどいい、そんな足場。

 だがそれは俺の足に触れていた。
 となれば後は話は簡単だ。ベイロンが踏み込む瞬間に収納スキルを使って足場を消してしまう。それだけでこうして体勢を崩すこととなる。

「避けられないだろ?」

 ベイロンが俺に斬りかかろうとしたってことは、ベイロンはすでに俺に斬りかかれる程度の距離まで来ていたってことで、それはつまり、俺からもベイロンに斬りかかれる距離まで来ているってことだ。

「ぐがああっ!」

 体勢を崩し、空中で身動きの取れないベイロンに向かって、いつだったかにも使ったことのある大きさの変わる斧を取り出してなぎ払う。

 魔王から与えられた魔術具だか力だかわからないけどなんらかの守りがある以上は、ヘタに炎だ雷だと特殊な効果のある武器を使うよりはこっちの方がいいと思ったのだ。重量は何よりの武器だろう。
 それに何より、ダメージが通ってなくても体の上に重量物があれば動きを阻害する程度はできるはずだ。

 本当は頭上から叩きつけたかったが、いかんせんそれをするには天井の高さが足りなかった。

「……はっ。卑怯なのはどっちだって話だよ」
「俺は勇者として呼ばれたはいいが、生憎と才能がなくてね。生き残ろうと思ったら卑怯にならざるを得ないだろ?」

 だがそれでも役割は十分に果たしたようで巨大化した斧はベイロンを殺すことはできていなくても、その身と壁にベイロンを挟むことでその動きを押さえていた。

「これで、終わりだ」
「あー、みたいだね。今度こそ俺の負けかぁ」

 いまだ武器に挟まれていることで動けないベイロンだが、そんな状態であっても油断することなく近づいていき、絶対に対応できるという距離で立ち止まる。

 そんな俺を見てベイロンが笑いかけてきた。
 なぜだ? これから自分を殺すって相手を見て笑った? まだ何かをするってのか?

「あ、最後に一つだけいいことを教えてあげるよ」

 だがそんな俺の考えを嘲笑うかのようにベイロンはそう言ってのける。
 良いことだと? 今更なんのつもりだ? 時間稼ぎ? もしくは俺の注意を逸らすためか?

「魔王の秘密なんだけど……知りたくない?」

 かと思ってベイロンのことを警戒していたのだが、そうしてベイロンはそう言って俺の答えを無視して話し始めた。
 それを聞くか聞くまいか戸惑ってしまう。魔王を倒すためにさっさと前に進みたいが、ベイロンの話の内容も魔王の秘密となれば気になる。

 だが、そんなベイロンの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

「じつ、ば──」

 ベイロンの胸から赤く染まった腕が突き出されたからだ。
 どういうことだ? 胸から腕だと? あの背後は壁で、人がいるような隙間はないはずだ。

「……ゴフッ。……ま、おう」
「負けを認めたならさっさと退場するべきだろ。余計なことを喋るなんて、それは蛇足ってもんだよ」

 背後から声が聞こえ振り返ってみると、そこには右腕の先がない状態の魔王が立っていた。
 どうしてこいつがここにいる。上で待ってるんじゃなかったのか?
 それにベイロンをなぜ殺した? 殺す必要なんてなかっただろうに。

「どうだい? ライバルを自分の手で討てないで横からかっさらわれた気分は。魔王からのちょっとした悪戯だよ」

 そう言った魔王の表情は楽しげに笑っていて、それが本心からのものだというのが嫌でもわかった。

「まあ始まる前とかになんだかんだ色々言ったけど、実のところこれだけのために彼にはここにきてもらったんだよね。彼も所詮は一般のその他大勢の一人だ。魔族の住処の見学とか、本物の魔王の城の見学をできただけでも良い思い出として納得して欲しいね。勇者一行以外であの城にこれた人間なんていないんだからさ」

 魔王の言葉を聞いていると背後のベイロンから咳き込むような声と呻く声が聞こえ、振り向くとそこには胸から突き出された腕が動き、徐々に短くなっていた。短く、というか引き抜かれているのか。

 そうして完全に腕が引き抜かれるとベイロンはその胸に開いた穴から血を流してがくりと体を傾けさせると何も言わなくなった。

 ……ああ。確かに魔王の狙ったとおり、今俺はなんとも言えない気分になっている。
 これが目的だと言うのなら、まんまとやられたよ。くそ。

「というわけで、ほら。上にきなよ。ラスボス戦だ。勝てばハッピーエンドで、負ければゲームオーバー。単純だろ? まあ、セーブ機能なんてないからやり直しはできないけどね」

 魔王はそう言い残して消えると、その場には胸を貫かれて死んだベイロンと、なんとも言えない後味の悪さを感じた俺だけが残った。
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