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最終章

528:三度目の戦い

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 環とイリンを置き去りにして一人だけ階段を上ってこの城を上へ上へと駆け上がる。

 一人で階段を駆け上がった先に辿り着いたのは、それまでの階層とは違ってそれほど広い部屋ではなく、部屋の中央には下の階にあったような装置は置かれていなかった。

 周りを見回して見ても和風の内装と言うのは変わらないが、特に何か仕掛けがあるようには思えないくらいに何もない。
 強いていうのなら部屋の正面奥には門、だろうか? なんだか少し豪華な感じのする大きめの扉があった。

「ここは……前の階層とは違うのか」
「当然でしょ。そんなことしたら君が進めなくてゲームとして成り立たないじゃないか」

 明らかに様子の違う階層を見て言葉を漏らしたのだが、誰も応えることのないはずだった言葉は、だが部屋の奥にある階段から現れた人物と共に返事がきた。

「やあやあ。一ヶ月ぶりだね。恋人は元気かい?」

 階段から現れたのは、以前俺を殺すために雇われ退けたが、つい一月ほど前にも王女に雇われて俺達と戦った男──ベイロン。
 
「ベイロン? ……逃げたと思ったらこんなところにいたのか」

 王国から逃げたあとはどこに行ったんだと思っていたが、なぜここに?
 一応ここは人間の敵を謳っている魔王の拠点だぞ? 王国で俺たちと戦ってから逃げて、それから魔王の仲間になったってのか?

 しかし、あの時点でベイロンが魔王に接触する方法があったのか? 
 王国から逃げ出したとしても、魔王の本拠地はここじゃない。あくまでもここは今回のために作った仮初の城なんだから、魔王に会いに行くには直接魔族の領域に行かなくちゃならないはずだ。

 なぜ、と思っていると、俺たち以外にもう一人の気配が現れた。

「ついでに僕もいるよ」
「魔王」

 ベイロンと対峙していると突如魔力を感じ、ベイロンから意識を外さないままそちらへと意識を向けると、そこにはこんな馬鹿でかい城を作り、今回の騒動を引き起こした諸悪の根源と言って差し支えない存在──魔王がいた。

「彼は僕がスカウトしたんだよ。なんか楽しそうだからね。ほら、ボスの前には必要なキャラでしょ。ライバルポジション的なやつ」

 ライバル? ……まあ何度か戦ってるからそうともいえないこともないが、それだったら勇者である海斗くんの方が適役だったんじゃないか?

 一緒に召喚されてでも裏切って仲間だったはずの者を殺して自分たちを捨てて逃げた男。
 海斗くんからの視点で見たら俺はそんな存在だ。
 だから、そんな裏切り者の適役としてあてるのなら、ベイロンなんかよりも彼の方がいいはずだ。

 ベイロンを回収したって事は少なくとも俺たちが王国で戦った時にはその様子を見ていたんだろうし、なら王国内にいた海斗くんの様子だって見ることができただろう。

 それどころか、今みたいに自在に転移魔術を使いこなし、今までだって王女と会ってきたんだから城に侵入することも、海斗くんを……いや、彼だけではなく桜ちゃんもか。その勇者の二人を回収することだってできたと思う。

 それをしなかった理由としては……あの時はあの場に二人がいる方が面白いと思ったからか? どうやらこいつはここを漫画やゲームの世界のように思ってるみたいだし。
 いやちょっと違うか。こいつはこの世界をゲームのように思っているわけじゃなくて、現実だと認識した上でゲームとして遊んでいるんだ。

 ……ああ違う。話がそれた。大事なのはなんでベイロンをここに連れてきたのか、だ。

 まあそれはどうでもいいといえばどうでもいいんだけど、魔王なんてのと相対するなら微かな違和感だって見過ごさない方がいい気はする。そこにはそうする必要があったなにがしかの理由があるかもしれないから。

「ちなみに、俺を誘った理由はそれだけじゃなくて、なんか自分に似てるかららしいよ?」
「そうそう。悪事に戸惑いがないところとか、遊びで人を殺すところとかね」
「俺としては魔王に似てるなんて言われる程じゃないと思うんだけど?」
「まあどのみちライバルは必要だったし、その辺は偶然だよ。何人か候補がいてその中で似てる奴がいたからこれにしよう、くらいのどうでも良いやつ」

 だがそんなふうに悩んでいた俺に対して、ベイロン達はなんでもないことかのように簡単に話していった。

 候補が何人かいたって事は、やっぱり海斗くんがここに来る可能性もあったってことか?
 その場合は城で助け出した時よりももっとひどいことになっていたかもしれないから、俺としてはあの場で助けられたことに安堵するしかない。

 ある意味でベイロンに助けられたというのだろうか?
 こいつは俺を襲ってきたり王国で邪魔をしてきたり、それ以外にもいろんなところで悪事を働いてきたらしいが、それでもこいつがいたからこそ勇者達はあの時助け出すことができたと言える。
 ……まあ、それはこいつが意図したことじゃないだろうし、意図したことだったとしても感謝なんてする気は起こらないけど。

「もうちょっと話をしても良いんじゃないかなって思うんだけど、どうかな? ライバル戦前には会話イベとかムービーシーンは必須でしょ」

 和やかな様子で話している二人を無視して収納から剣を取り出して構えると、魔王は少し呆れた様子で肩を竦めてそんなことを言ったが、そんな妄言に付き合う必要は俺にはない。

「下で二人が戦ってるんでな。スキップさせてもらう」

 そうだ。こうして話をしている間もイリンと環は下の階で戦っている。
 俺は約束したんだ。さっさと魔王を倒して終わらせるって。だからそれまで耐えてくれって。

 二人はそんな俺にも安心しろなんて言っていた。しかし二人を信頼しないわけではないが、それでもじゃあゆっくりしようなんて思えるはずがない。
 人を弄ぶこの魔王が、そう簡単に安心できる程度の敵を用意しておくわけがないんだから。

 それ以外にも魔物達の進軍を止めるべく戦っているもの達がいる。
 そんな彼らのためにも、俺はさっさとこいつを倒してこの馬鹿げた騒ぎを終わらせないといけないんだ。
 彼らのためにだとか世界の平和のためにじゃなくて、何よりも自分の……自分たちのために。

「……まあいっか」

 そんな俺の言葉をそれまでの笑いとも呆れとも違う、全くの無へと表情を変えてつまらなそうにそう言った。

 そして俺に背を向けるとパチンと指を鳴らしたのだが、その音がすると同時にベイロンがやってきた階段へと続いている門は音を立てることなく閉じられた。

「それじゃあ、僕はこの上の階で戦ってあげるから、戦いたいなら上に来な。その扉はベイロンの心臓と連動してるから、殺せば開くよ」

 魔王はこちらに背を向けながら顔だけ振り返ってそう言うとその言葉を最後に、現れた時と同じように唐突にパッとその場から姿を消した。

 こうして改めて魔王とあったわけだが、やっぱり結構きついかもしれないな。
 空間系統の魔術は難しいずだ。それをあんなに簡単にやるとは……。

 流石に使用時に漏れる魔力を全て感じさせないようにするってのは無理みたいだけど、それでも漏れ出た魔力はごくわずか。今みたいな警戒状態じゃなく街中だとかだったらたとえ背後に転移されてもすぐに気付くことなんてできないだろう。

「──というわけで、先に進みたかったら俺を倒してからに……いや、殺してからにしなってことだ。おわかり?」

 ……まあいい。いかに魔王が危険な相手だったとしても、そんなことは前もって分かっていたことだ。
 だから俺が今気にするべきは、消えた魔王のことじゃなくて、今俺の前に立ちはだかり先に進むための道を阻んでいるベイロンだ。

「さてさて、前にあった時から一ヶ月程度か。体感ではもっと短いような気もするけど、まあそんなもんかね」

 まるで友達とでも話すかのように気楽な様子ではなしかけてきながら近づいてくるベイロン。
 だが、俺はお前の話に付き合うつもりはないんだ。

 だから、俺はこいつを倒すために……殺すためにベイロンの頭上に収納魔術の渦を作り出して剣を射出する。

「っと!」

 だが、できることならその一撃で終わって欲しいと思いながら放った奇襲攻撃だったが、同時にこれでは終わらないだろうとも思っていた。
 そしてそれは事実その通りで、頭上から放ったはずの奇襲は容易に防がれてしまった。

「あぶないじゃ──」
「悪いが、先に進ませてもらう。さっきも言ったが、下で戦ってるんでな」

 しかしそれ自体は想定内だ。むしろ防がれる確率の方が高いだろうとさえ思っていた。
 伊達に何度も戦ってはいないのだ、その程度は容易に予想できた。

「……そうかい。ま、じゃあやるとしようか。今度こそ邪魔が入らない戦いだ。今までみたいに勝てるだなんて思うなよ?」

 そう言いながら腰に帯びていた剣を抜き放ったベイロンは、いくつかの……いや、いくつもの魔術具を起動させると走り出した。

 このままいけば数秒とたたずに接触することになるだろう。
 なら、俺のやることと言ったら……。

「くんなっ!」
「あはははっ! 今更その程度は効かないって! 俺が誰の下についたと思ってんのさ!」

 近づいてくるベイロンに向けて手のひらを向け、そこから武器や魔術問わずに収納から取り出してはなったのだが、その全てはベイロンに当たる直前に後方へと弾かれていった。
 あれは弾いていると言うよりも、逸らしているって感じか。

 本人がやってるわけじゃなさそうだし、魔術具か。
 以前はあんなものを持っていなかった。この短期間にあれだけの攻撃を防げるような高性能なものが普通の手段で手に入るとは思えないし、ベイロンの言葉からしておそらくは魔王からもらったもの、もしくはもう本人が作ったものだと思う。
 それならば今の高性能ぶりにも納得だ。……が、それを喜べるかと言ったら喜べるわけがない。

「それっ! まずはお互いの動きを確認しようじゃないか!」

 まずは小手調べってか。
 だが、振り下ろされたベイロンの剣を受け止めると、前回よりも攻撃が重い。この短期間にこれほどはっきりと成長するとは思えないし、これも魔王の力のおかげってところだろう。

 剣を受け止めた状態で俺は収納を使って顔から剣を射出する。
 絵面的には顔から剣が飛び出ると言うおかしなことになっているが、そもそも収納は俺の体からならどこだってしようすることができるんだ。それはしまう時だけではなく、こうして取り出す時にだって使える。

 ベイロンはそんな突然現れた剣を避けだが、その時の表情は目を見開いて驚きをあらわにしていた。

 鍔迫り合いの戦いをしている最中に目からビームが出てくるみたいなものだ。驚くのも無理はない。それよりも驚きとしては上かもしれないけど。

 だがそんなベイロンの驚きは置いておくとして、防げないのか、防げるけど反射的に避けたのかはわからないけど、それでも今確実にベイロンの体勢は崩れている。チャンスだ。

「フッ、ハアアアッ!」

 剣を避けて体勢を崩したベイロンの剣を押し込んで弾きさらに体勢を崩させると、そんなベイロンに向かって袈裟斬りを振り下ろす。

 だが、避けられないと思ったその一撃を、ベイロンはまるで意図せずに転んでしまったかのようにわざと足を空中に放り出して自分から地面に転んだことによって回避した。

「君も転んどきな!」

 転んだベイロンは、自身が体勢を立て直す前に俺への攻撃を優先したようで、地面に倒れたままの状態で俺の足に向かって剣を薙ぎ払った。

 普通の武器での攻撃であれば俺の体に触れた瞬間に収納されるはずだ。
 だが、ベイロンの武器は特別なもので、触れただけでは収納することができない。
 以前は収納魔術の渦を纏うことで防いでいたが、そんな剣が渦の防御なしに当たったらどうなるか。

「イ゛ッ……!」

 答えは普通に斬られることになる、だ。

 とはいえ、俺だって自分の体に魔術をかけている。他の勇者達に比べればショッボイ魔術だが、それでもこの世界の一般の冒険者達よりは強い強化。
 だからこそ痛みはあるけど怪我はしなくて済んだ。

 しかし痛みによって動きを止めてしまったのは事実だ。

「止まってる暇なんてないよ!」
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