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最終章

521:ケイノアとミア

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「後一週間か」

 再び戻って来た王都。その中心に聳え立つ大きく立派な建物。まあ簡単に言ってしまえば城だ。

 つい一ヶ月もしないくらい前に俺たちが制圧した城だが、この街に戻ってきてからは俺たちはその場所で過ごしていた。

 使っている部屋は以前使っていた部屋とは違う場所だ。あの部屋を使ってたら色々と余計なことを思い出しそうだったから。

 現在この城では魔王の襲撃に向けて対策をしているが、元々は結構混乱や反発があった。
 それも当然だろう。つい先日まで自国の王女に操られていた上に、意識を取り戻してみれば手足が折れていたり家族や友人が死んでいたりと信じられないようなことが起きていたのだから。

 しかもだ、魔族の群れが攻めて来るとは言っても、今まで自分達が蔑んでいた獣人達と協力して対処なんてできるはずがないし、そもそもその話を信じてもらえていない。

 なので逆らう者もいたが、そういった者達は全て制圧済みだ。

 武力を持った貴族達やこの国の兵士や騎士。逆らおうとするものは殺しはしないけど、拘束して全員牢屋だ。本来想定されている人数を上回った牢屋なんかもあったみたいだけど、この際そんなことを気にしていられない。
 現在この街を指揮しているのはギルド連合だが、彼らは捕まえたもの達に対して、どうせあと一週間もすればいやでも現実を見なくてはならないのだからそれまで放置する、と言う結論に至ったようだ。

 まあ放置とは言っても食事はしっかりと与えてるみたいだが。

 そして市民達。彼らは表立って逆らいはしないが、それでもやる気のなさが見て取れるほどだった。
 そのせいで前線拠点の作成など本来想定していた作業量には届いておらず、あと一週間だと言うのに遅々として作業が進んでいない。

 まだまだ完成とは程遠い作業を城から眺めていると、不意に部屋の扉が叩かれる音がした。

 誰だろう? イリンと環ならノックなんてしないし、この城のものはあまり俺たちには近寄らない。
 残るはギルド連合の者達だが、彼らは色々と忙しいだろうし、こんなところには来ないだろう。
 そうなると誰が、となるのだが、とりあえず直接会ってみればわかるか。

 そう判断して返事をすると、そこにはこの城のメイドがいた。
 何かあったのかと思ったが、どうやら本命はそのメイドではなくその後ろにいるもの達のようだ。

「……ケイノア? それにシアリスもか。ああ、来てくれたのか」
「お久しぶりです」
「……城から手紙が来たのよ。あんたが送ってきたんでしょ」
「まあ、送ったな。届いたみたいでよかったよ」
「私は届かないほうがよかったわよ」

 メイドの背後についてきたのは金色の髪をした人間……のように見えるエルフのケイノアとシアリスだった。
 人間に見えるのは、魔術を使ってるからだろうな。俺と会ったときも人間に見えるように同じことをしてたし。
 まあこの国は人間主義だからそうしておいた方が余計な諍いもなく済むか。

「魔族の軍勢は流石に放っておくことはできないと判断されましたので、我々はその半数が森の防衛にあたり、残りが魔族の軍勢を相手するために出てきました」
「シアリス。……いいのか? お前はこっちに来ても。次期氏族長になって色々とやることがあったんじゃないのか?」

 俺たちがエルフの森にいたのはほんの数ヶ月前だが、その時に森を出てくる際には結構忙しそうだった。それなのにこんなところに来てもいいんだろうか? 

 いや俺としては助かるけどさ。
 だがそれでもエルフの集団が出張ってきたと言うのなら、シアリスはそっちに行くべきではなかったんだろうか?

「そうですね。ですが、あちらにはお父様もお母様もいますし、他の氏族も出てきています。私がいたところで大した違いはないでしょう。それに、ここに来たのは私たち二人と、他何名かだけです。本人達の意識はどうあれ一応エルフの所属は獣人国と言うことになっていますから、他に出てきた者たちは獣人国の陣へと向かいました」
「それでも助かるよ。何せ、どれくらいの数がくるのかなんてわからないんだから、味方の数が多いに越したことはない」

 まともに味方として数えることができない市民達……足手纏い達が大勢いる状況では、たった数人であっても信用できる味方がいるのはありがたい。

「魔族への対処、という理由はありますが、個人的にあなた方には感謝しています。その御恩を返すために、全力を尽くさせていただきます」

 ……よかった。
 あの時は余計なことをしたんじゃないかって思いもあった。
 俺たちが関わったのは良いことだったのか悪いことだったのか、実際にはどうなのかわからない。俺としては良いことだと思うけど、エルフ側としては余計なことだったかもしれない。
 けど、あれは無駄なことじゃなかった。

 俺はシアリスの言葉を聞いて笑うと今度はケイノアへと視線を向けた。

「で、ケイノア。早速だが……」

 ケイノアには魔族への対応だけではなく、以前から頼んでいた勇者の二人を助け出した際の治療のことも手紙に書いておいた。
 彼女らは本来であれば獣人国の集まりの方に行くはずだ。エルフの森の所属的に一応はあの国に所属してるからな。
 だと言うのに二人がこっちにきたと言うことは、治療してくれると言うことだろう。

「待ってよ! ちょっとくらい休ませてってば。私ここに来たばかりなのよ? ちょっとくらい休ませてくれたっていいじゃない!」

 だから俺は善は急げとばかりに助けた勇者達二人のところへケイノアを案内しようとしたのだが、その動きは叫んだケイノアの声によって止まった。

「……すまん。そうだな。お前がここまで来てくれたんだから、それくらいは慮るべきだっ──」
「ちなみにですが、お姉さまはご自身に眠りの魔術をかけてここまでこられたので、先ほど起きたばかりです」
「おい?」

 疲れていると言う言葉はなんだったのか……いやまあ、ケイノアは怠けたいだけなのはわかってるけど。

「では私はこの後やることがありますのでお姉さまはそちらにお預けいたしますが、よろしくお願いします」
「あ、ちょっ! まって! よろしくさせないで!」

 シアリスはそう言って部屋を出ていくと、その後ろ姿に手を伸ばしながら叫んでいるケイノアがいる。
 ……なんだか二人の関係が少し変わった気がするな。

「まあそんなわけだ。さっきまで寝てたらしいケイノアさん。しっかりと働け。約束だろ?」
「ああ~~~!」

 それはそれとして、シアリスの後を追おうとしているケイノアを掴んで子供を抱くようにして持った。
 最初は脇に抱えようとしたのだが、あれ、結構疲れるんだよ。

 そうして抱き上げた幼女なケイノアを連れて海斗くん達の眠っている部屋へと歩いて行った。



 助け出した勇者の二人……海斗くんとさくらちゃんが寝ている部屋にたどり着くと、そこにはイリンと環が居た。

 精神が壊れて白痴になった王女はついてこようと駄々をこねたが、ボイエンに人を手配してもらってギルド連合に置いてきた。
 いくら記憶をなくしてるからって、洗脳騒ぎの犯人であるあいつをこっちに連れてくることなんてできないからな。

「……うっわぁ……何よこれ……」
「やっぱりひどいのか?」
「酷いっていうか……ん~……」

 そんな部屋の中で寝かされていた二人の様子を見たケイノアの反応だが、芳しいものではない。
 それどころか、不安になるようなくしてるからってものだった。

「……治せないのか?」
「微妙ね。これ、洗脳だけじゃないでしょ。あの変異者と似た感じだけど、もっと深くまで弄られてる。変異者よりは安定してるし人の形を保ってるからどっちかだけならなんとかなったかもしれないけど、二つが歪に絡まり合ってるとなると、力をなくしてなかったとしても私じゃ難しいわ。道具を揃えて時間をかけてやって……四……いえ三割成功率があればいい方ね」
「そんなにか……」
「……専門家がいるんでしょ? それがどういう方法をやるのがわかんないからなんとも言えないけど、これを絶対に治せるとは言い切れないんじゃない? 思いつく限りの準備だけで何年もかかるわよ」

 専門家……ミアか。
 ……そうだな。元々はミアが主導でケイノアは補助だった。だから、ミアに見せればきっと大丈夫だ。
 道具類の準備だって、何年もかかると言っていたが、それは逆に言えば時間さえあれば揃えられると言うこと。この魔王関係が終われば揃えることはできるはずだ。

「それは平気です。聖域は使えるので、場所や道具の問題はありません。あとは純粋な技量のみとなります」
「……。……ミア!?」

 そう考えていると、突然背後から大人しげな声が聞こえた。
 俺が考え事をしていたのもあるけど、自然に会話に入ってきたので一瞬気づけなかったその声に違和感を感じて振り返ると、そこにはちょうど話題に出てきた聖女であるミアが立っていて優しく微笑んでいた。

 ……え? なんでこいつがここにいんの? 本物?

 そんな俺の混乱を無視してミアはゆったりとした動作で扉を閉めると、再びこちらを向き直ってそれまでとは違う快活な笑みを見せて笑った。

「やあやあ皆の衆、久しぶりだね!」

 あ、本物だわこれ。偽物を用意するんだったらもっと大人しいちゃんとした聖女を用意するもんな。

「誰よこいつ?」

 俺だけではなく環とイリンも驚いている中で、ミアのことを知らないケイノアは訝しげな声を出した。

「聖女? これが?」
「うんうん」

 事情を説明すると、ケイノアは疑わしそうな視線とともに指を向けた。
 ミアはそんなケイノアの態度に気にした様子はなく笑顔のまま笑っているが、まあケイノアの気持ちはわかる。部屋に入ってきた瞬間は別だが、さっきの挨拶を聞いた限りじゃ聖女らしくないもんな。

 ケイノアは笑いながら頷いたミアの様子を観察した後に、腰に手を当てて顔を顰めた。

「……はんっ! いくら私が世間を知らないからってね、馬鹿にしないでちょうだい。こんなのが聖女なわけないじゃない。そんなの、私にだってわかるわよ!」
「うん、まあ……感想としては間違ってないんだけどな?」

 いやほんと、その気持ちはよくわかるんだけどな? これ、聖女なんだよ。

「酷い!」
「残念ながら、まごうことなき聖女なんだよ、これ」
「残念ながらって何さ!」
「でも、それ人間じゃないでしょ? なんで人間の宗教のトップが人間じゃないのよ」

 俺とミアが漫才のような会話を繰り広げていると、顔をしかめたままのケイノアがそう言って俺たちの会話をぶった切ってきた。

「……へぇ? わかるんだ?」

 その瞬間、ミアはそれまでの態度を変えて真剣な様子でそう言ったケイノアを見定めるように視線を向けた。

「あったりまえでしょ! 私を誰だと思ってんのよ!」
「うんうん。天才ってのは本当みたいだね」
「そうよ。私は天才なの! すごいのよ!」
「そうだね~、すごいね~。さすが天才! 頼りにしてるよ!」
「あんたなかなか話がわかる奴じゃない! あんた達もこいつを見習いなさい!」

 ……なんだろうな。途中までは結構シリアスな雰囲気を醸し出していた気がするんだが、途中からおかしな感じになったぞ?
 原因はケイノアが調子に乗ったことと、ミアがさらにそれに乗ったことだとはっきりしてるけど。

「それで、お前はなんでここにいるんだ?」

 来てくれたのはありがたいけど、そもそもなんでこいつがいるのかわからない。
 確かにこいつにも手紙は送ったさ。だが、こいつはシアリスやケイノアとは違って次期じゃなくて本物の現役の聖女だ。つまり指揮官。
 そんな奴がここにくるなんて、思っていなかったから状況を伝えるために送ったに過ぎない。しかもそれだってボイエンの方から知らされていただろうから一応送っただけと言う意味合いが強い。

 本当にこんなところにいてもいいのか?

「あっ、ひっどいなぁ~。せっかくそっちの二人の様子を見るために来てあげたのに」
「それはありがたいが……軍の指揮の方はいいのか? 一応あっちの旗頭はお前だろ?」
「まあそうなんだけどね? ほら、私聖女でしょ? で、ここには勇者がいる。そうなると、ね? 色々と面倒なんだよ。具体的には勇者と一緒に魔王のところに突撃しろって人たちが」
「あー……狂信者的なやつか」

 元々過去の聖女と勇者を称えて作られた宗教だし、こんな状況じゃ勇者とともに行動しろ、なんて言う奴が出てもおかしくはないか。

「そこまではいかないけど、まあ一度くらいは開戦前に勇者に会いにこないとまずいんだよね。一度会っちゃえば残る人たちを心配して聖女を人々の守りに残した、って言い訳ができる。それで納得するかは別としても、理由があればそれでいいんだ」
「相変わらずめんどくさいな宗教って……いや、宗教だけじゃないか」
「そうだね。人が集まれば大抵めんどくさいことになるよ。……ま、めんどくさくても見捨てる気はないけどね」

 そんなふうにお互いに軽くため息を吐きながら状況確認を込めて話してたのだが、そこで部屋の中に吐いたけど今まで黙っていた環が声を出した。

「ねえ……それで、二人は治るのかしら?」
「ん? ああそうだったね。ちょっとよく見させてもらうよっと」

 そう言ってミアが取り出したのは以前俺が渡した錫杖。
 王国の宝物庫に保管されていたそれは、俺が持ち出したことでミアに渡っていたが、どうやらしっかりと盗まれずに持っているようだ。

 そして取り出した杖を掲げて魔術を使うミアだが、しばらくするとその表情は徐々にしかめられていった。

「こりゃ酷い……ぐっちゃぐちゃになってるじゃん」
「そうなのよ。その首の裏のキモいやつが肉体に根を張って魂の方まで侵してるの」

 誰に言うでもなくつぶやかれたはずのミアの言葉だが、ケイノアはその言葉に反応して答えた。

「けど、まあどうにかできないこともないんじゃないかな?」
「はあ? なんでそんなに自信持って言えんのよ。ここまでいくと、絶対なんて言い切れないでしょ?」
「まあ、絶対とは言わないよ。けど、混ざってる程度なら……元の魂がわかる程度ならまだなんとなかなると思うんだよね」
「……方法は?」
「術者を基準にして術者の魂とは違う『余計なもの』を大まかに除去しちゃえば、あとは細々としたのを何回かに分けて取り除いて行けばいいんだよね」
「……そっか。私は一気に終わらせたけど、時間はあるんだから一度にやり切る必要はないのよね。……でもそれだと術を解除したらまた侵食が進むんじゃない? これ、末端からでも再生するわよ? 現に今も再生してるし。こまめに除去してけば再生仕切るよりも早く削れるかもしれないけど、その場合はこいつらの肉体が持たないでしょ」

 そしてそこから始まったのは専門家と天才による話し合い。
 もしかしたら二人の馬が合わない可能性も考えたけど、少なくとも今のところは大丈夫なようだ。
 多分ミアがケイノアの扱いが上手いだけだと思うけど……まあなんにしてもうまくいきそうでよかった。

「そうだね。だから術は解除しない。ずっと維持したままでちまちまーってね」
「そんなの維持するだけでも結構な面倒よ?」
「大丈夫。それは維持するための儀式場があるから」
「そんなのあんの? これ、かなり特殊な状態よ? そんなもののために儀式場?」
「本来は神獣の力を移譲するための場所なんだけどね。その人に根付いた『余計なもの』を取り除いて移植するって部分はあってるでしょ?」
「ふ~ん。……まあるならなんでもいいわ。私ほどじゃないけど、こいつがいれば案外簡単に終わりそうね。……あんた、聖女なんて名乗るだけあってなかなかやるじゃない」
「お褒めに預かり光栄です」

 ミアはそう言うと大仰に一礼をして見せた。どうやらひとまず話は終わりのようだな。

「結局のところ、なんとかなる……で、いいんだよな?」
「うん。まあ時間がかかるからこの戦いが終わってからになるけどね」
「そうか。よかった……」

 ミアの頷きを聞いて、環は安心したように息を吐き出しているが、俺も同じ気持ちだ。助かりそうでよかったよ。

「にしても、ケイノアでもわからなかったんだな。お前も魂について研究してたのに」
「私の場合は取り除くってよりも切り離すって感じだったから、参考にはなっても目的が全然違うものよ」

 なんとなくのニュアンスはわかっても詳しくどの辺が違うのかよくわからないが、本人が言うならそう言うもんなんだろう。
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