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最終章
522:援軍
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「ま、なんにしてもとりあえずの用が終わったんだったら私は戻らせてもらうわ」
ケイノアはそう言って座っていたソファから立ち上がったが、帰るってのはどこにだ?
今の状況でこいつが帰るとしたら妹であるシアリスのところだろうけど、なんかニュアンス的に違うような……?
「戻るってどこにだ?」
「そんなの、家に決まってるじゃない」
……あー、やっぱり? さっき感じた違和感は間違っていなかったみたいだな。家ってことは獣人国にある俺たちの家のことだろう。エルフの森に戻るつもりはないだろうし。
だがまあどっちに帰るつもりだったとしても、こいつは自分がどこにいるのか、そして今がどんな状況かを分かっているんだろうか? ……分かってないんだろうなぁ。
「……どうやって?」
「どうやってって、馬車でよ」
「誰が操縦すんだ?」
「は? そんなの…………あれ?」
ケイノアは威勢よくこっちに振り返ったけど、俺の言った言葉の意味に気づくことができたようでキョトンとした顔で首を傾げている。
「シアリス達はここに残るんだろ? だったらお前一人ってことになるけど……お前、馬車の操縦できたのか?」
さっきまで一緒にいたエルフ達はみんなシアリスの方に行ったし、多分あれは全員シアリスの御付きなんだと思う。
ケイノアの力を受け継いだシアリスはれっきとした次期氏族長になったんだから、そんなシアリスと力をなくしたケイノア、魔術至上主義のエルフ達がどっちに人がつくかなんて考えたらそんなのは決まりきってる。シアリスだ。
確かにケイノアのことも守るだろう。だが、それはシアリスと一緒にいるからで、言ってしまえばおまけだ。
実際のところは力をなくしたからってそうすぐに蔑ろにされるわけではなく、ケイノアのことも守ってくれるだろう。だけど、それでも優先順位が変わったのは確かだと思う。
シアリスを守るための数少ない御付きの者達が、ケイノアが家に帰ると言うだけで人を割いてくれるかって言うと……ないだろうな。
「………………どうしよう」
「いや残れよ」
「いやよ。だって、残ったら戦わないといけないじゃない!」
「どうせシアリスだってお前を戦わせる気で連れてきたんだから諦めろ」
力をなくして普通の魔術は大して使えなくなったとはいえ、それでも眠りの魔術はいまだに使える。
であれば、魔族との戦闘には役立たなかったとしてもそいつらが連れてくるかもしれない魔物達には十分に役立つはずだ。
でなければ、いくらなんでもシアリスがケイノアをここに連れてくるはずがない。たとえそれが俺たちのお願いがあったのだとしてもだ。
「うえええぇぇ……いや~、帰りた~い!」
だがそれで納得するほど物分かりがいいはずもなく、ケイノアはボスンとソファに乱暴に座り込んで手足をバタつかせて駄々をこねた。
子供かっ! いや、見た目はまんま子供だけども!
「……ねえ、使って良い部屋ってある?」
どうしようかと悩んでいた俺だが、不意にミアが俺の肩を叩いてそう声をかけてきた。
「部屋? えっと……」
「この廊下にある部屋は全て私たちで使って良いことになっています。使うのでしたら、この部屋の二つ右の部屋が良いかと」
空き部屋はあったのは覚えているがどう答えたものかと悩んでいると、イリンが俺の代わりに答えてくれた。
「それってある意味隔離状態じゃん。ま、今は都合がいいけどね」
ミアはそう言うとこちらに親指を立てて見せてからケイノアの側へと近づいて行った。
隔離状態ってのは、まあ否定しないが……あいつは何をするつもりだ?
「まあまあ、とりあえずあっちで休もっか。頭使ってばかりだといい案なんて浮かばないし、甘い物なんかもあればいいんだけど……」
そう言いながらチラリと向けられた視線の意味は「なんか甘いものを寄越せ」と言ったところだろうな。
「これをやる」
「ありがと~!」
ミアは笑いながらそれを受け取ると、ケイノアの前に差し出してから部屋の外へと向かって歩き出した。
「というわけで、ほらほら。おやつにしよ」
「そうね。甘いものを取らないとよね! よし、いきましょう!」
ケイノアはお菓子に釣られてミアのあとをついていき部屋の外へと出て行った。
対応がまんま子供に対するそれだが、それでいいのかケイノアよ。中身も見た目も、年齢以外は実質子供と言ってもいい状態だけどさ。
二人が出て行った後にふと、ミアはなんでケイノアの対処方法を知ってるんだと思ったけど、そういえばミアは孤児院育ちだったんだよな。子供の扱い方は心得ているんだろうな。
そんなこんなでケイノアの駄々をなんとかやり過ごすことに成功した。ミアには後で礼を言っておこう。
そしてケイノアが来てから数日。
シアリス達が頑張ってくれたようで、想定よりも進んでいなかった前線拠点の構築は一気に進み、なんとか完成はした。魔術ってすごい。
今の時点でやっと完成するとか結構やばいが、時間がなさすぎた。完成しただけでも儲け物だと考えるべきだろう。
結局、ケイノアは駄々を捏ねつつも残ってくれている。と言うより、残らざるを得ない状態だな。何せ運んでくれる人なんていないし。
そしてケイノアを宥めて相手をしてくれていたミアだが、あいつはこっちに来てその日のうちに帰っていった。
すぐに帰ったとはいえ襲撃の日までに間に合うのかと思っていたが、どうやら転移魔術を使える者を連れてきていたようで、スッと文字通り消えるように帰っていった。
転移魔術って、やっぱり便利だよな。
「勇者様。お客様がお見えです」
そんな声がかけられながら部屋の扉が叩かれた。
ここに来てから『勇者様』って呼ばれる機会が増えたけど、俺には自分が勇者だなんて気持ちがないんだから正直やめて欲しい。
まあ、そう言って俺たちをもてはやすことで自分たちの自尊心というかアイデンティティを維持してるんだろうけど。
自分たちが召喚した勇者が魔王を倒すんだぞ。主役は自分たちの勇者であって、他の国の奴らじゃないんだ、みたいな感じで。
「通してくれ」
そんなつもりは俺には全くないが、ここで否定しても意味がない。それどころか、ただでさえ今の王国はガタガタなのに、俺が勇者であることを否定すればそれによって崩れてしまうかもしれない。
だから今は気に入らなくても『勇者』としてもてはやされてやろう。
どうせ後少しの間だけだ。今回の魔王のあれこれが終わったら消えればいいんだから……。
「久しい、と言うほどでもないが、来たぞ」
城のメイドの声に返事を返して開かれた扉の先には、冒険者ギルドのトップであるボイエンがいた。
こっちに来たと言うことは、ギルド連合でのやる事は終わったようだ。
「ボイエン。来たってことはもうあっちは良いみたいだな」
「いや、まだまだやることはある。だが、これ以上はな。流石に当日や前日に来て戦うと言うわけにはいかん」
ああ、それもそうか。指揮を取るにしても、前日に来たんじゃロクに指示を出すことも連携をとることもできないよな。
「今日から当日までは環境の確認や連携等の会議などになるが、何かあったら来てくれて構わない。できる限り付き合おう」
「あまり迷惑をかけないようにするつもりだが、何かあったらその時は頼むよ」
本人が言うように予定の日まで時間がないわけだし結構忙しいんだろうが、それでもボイエンと再会してほっとしている自分がいた。
「それにしても、やっぱりそれなりの立場の知り合いがいると安心できるな」
「とはいえ、ここではそちらの方が上だ」
まあ一応『勇者』だしな。そう動くつもりがなく、その意識がなかったとしても、それでも俺達は対魔王への旗頭だ。立場で言ったら上なんだろうな。
「ほとんどお飾りだけどな。実務的なことは、魔王と戦うことくらいしかない」
「それが最も重要なことであるのだ」
「分かってはいるんだがな……」
「指揮を取れと言うわけではないのだ。いつも通り、気にすることなく自由に動けば良い」
いつも通り自由に、ね……。
「さて、私はこれで失礼する。この後もこちらでやることがあるのでな」
ボイエンはそう言うとくるりと背を向け……
「ああそれと、お前の知り合いらしき集団が来ている」
ようとしたところでその動きを止め、ふと思い出したかのようにそう言った。
「俺の知り合い?」
「そうだ。お前の、と言うよりはイリンの、と言った方が正確かもしれんな。緑色の髪をした獣人の集団だ」
「まさか。……え、ウォルフが来たのか?」
イリンの知り合いで緑の髪をしたやつなんてのはそれくらいしか思いつかない。
確かにあいつにも手紙を出していたし、ケイノアとミアがここに来たことを考えればあいつも来てもおかしくない。
……いや待て、集団って言ってたな。だったら、あいつだけじゃなくてウォード達イリンの家族も来てるのか?
「お前を探して国境にやってきてな。お前から渡されたと言う手紙を持って味方として加勢に来たと言うことなので、こちらにくる時に一緒にやって来たのだ」
「そうか……それで、そいつらはどこに? ここには来てないみたいだけど……」
一緒に来たと言うが、ボイエンは一人でここに来ている。
まさか獣人であるアイツらだけで城の中で待っているんだろうか?
「街の中には入っていない。いかに亜人が街の中に入れるようになったとはいえ、それでも市民からの蔑視は依然厳しいものだ。彼らはこの街の外……北の前線拠点へと向かった。そこで待っているとの事だ。会うのであればそこに行け」
「わかった。ありがとう」
俺が礼を言うとボイエンは今度こそ俺に背を向けてどこかへと歩きだして行った。
ボイエンと別れた後、俺はイリンと環にそれぞれに与えられた部屋を訪ねて二人に声をかけると、二人とも断ることなく、むしろ嬉々としてついてきた。
「ウォルフ」
ボイエンに教えられた場所に行ってしばらく探していると、テントの立ち並ぶ簡易的な拠点の集まりの中に緑色の頭をした集団がいたのですぐに分かった。
「おう。久しぶりだな。イリン、それとタマキ。お前の親もきてんぞ。行ってやれ」
まるで俺が来るのが分かっていたかのようなウォルフの態度だが、ボイエンに言伝を頼んでたわけだしそれも当然か。
だがその後に続けられた露骨な人ばらいによって俺だけがその場に残されることになった。
そのことが気になるが、まあ悪いことではないだろうとは思う。
「久しぶりだな。だが、なんでここに……」
「なんでも何も、おめえが知らせを寄越したんじゃねえか」
「やっぱりか。だが、あれは……」
やっぱりこいつも手紙を読んでここにきたみたいだ。
だが、俺はあの手紙はこっちに来いって意図を込めて書いたわけじゃない。むしろ逆。ここから逸れた魔族が行くかもしれないからこっちに来ないで警戒していろと言いたかったのだ。
こいつがそれを読み間違えるとは思わないんだが……。
「確かにありゃあ助けを求めるもんじゃなかった。だがよぉ。何が起こるか分かってんのに穴蔵籠もってジッとしてろってのは、ちっと俺たちを舐めてやしねえか?」
「でも里はどうするんだよ。全員できたってわけじゃないんだろ? 残った奴だっているはずだ」
「そうだな。こっちにきたのは全体の三分の一程度だ。だが、それでも役に立つぜ?」
「三分の一? ……そんなに来たのか?」
「こっちはお前に、お前達に恩があるんだ。たとえそれを理解してなくとも、里の奴ら全員な。それに、あんな醜態晒して情けねえ姿を見せて……そのままでいるわけにゃあ、いかねえだろうがよ」
神獣の件か。ウォルフの言う醜態ってのもその時のことだろうが、なんだか何年も前の事のように感じる。
「それによぉ、これも俺の個人的な理由だが……俺は仇を取んなくちゃなんねえ。本当の敵であるこの国の王女は消えたみてえだが、その裏でこそこそ動いてた魔王はまだ生きてんだろ? つかそいつが攻め込もうとしてんだろ? だったら参加しねえわけにゃあいかねえだろうが。たとえ俺が直接殴りにいくことができねえんだとしても、いいようにやられて終わるなんざ、できるわけがねえ」
突然のウォルフの怒りをにじませた獰猛な顔に怯んでしまった俺だが、そんな俺の反応を見てなのか、ウォルフは片手で自分の顔を覆い、その手を下ろした時にはすでにその表情は消えて普段通りのものへと戻っていた。
「ま、そんなわけだから気にすんな」
「……助かる」
なんで来たんだと、そう思わなくもないが、それ以上に来てくれてありがたいと言う気持ちがあった。
実際、感情を抜きにしても仲間が増えると言うのは本当に助かるのも事実だ。
「他の奴らはあっちだ。行ってやんな……ちっとうるせえのもいるがな」
「うるせえの?」
「ああ。言ったろ? イリンの家族も来てんだ。ウォードやイーヴィンはもちろん、イリンの兄弟もな」
「……あー、つまりイーラもいる?」
「おう。まああいつも状況は分かってんだろ。そんな無茶はしねえだろうから、適当にあしらっとけ」
「その適当にってのが、あれなんだが……まあ良い。それじゃあそっちに行くとするよ」
そんな会話を交わしてからウォルフの示した方へと進んでいくと、緑の髪をした集団の中に一人だけ黒い髪をした少女がいた。あれが環だな。
「おお、アンドー! 助けにきたぞ!」
「ウォード」
見れば環の周りには知った顔が集まっていたのでそっちに近づいて行ったのだが、その途中でイリンの父親であるウォードがこちらに気づいて声をかけ近づいてきた。
「まさかくるとは思っていなかったが……ありがとう」
「気にするな。自分の子供の手助けに来ただけだとでも思え。あの時は手を出せなかったが、今回は違う。直接的な助けになることはできないのだろう。身を挺して守る、などということもできないのだろう。だがそれでも、俺は今度こそ自分の子のために戦うぞ」
家族のために危険なことを恐れず、逃げずに戦う、か……かっこいいな。
強さで言ったら俺の方が強いだろう。だが、カッコよさで言ったら俺なんかよりもよっぽど上だ。
俺は、こんなふうにかっこよくあれるだろうか?
「それに、お前も義理とはいえ、俺の息子だ」
「……それほど歳は離れていないから息子と言われても違和感しかないけどな」
俺は二十七だが、ウォード達は三十後半くらいだったはずだ。十歳くらいしか離れていないのに息子と呼ばれると、なんだかアレな感じがする。
「だが……ありがとう」
そうして一ヶ月と言う短い期間ではあったが準備は着々整っていき、魔王の襲撃まであと僅かではあるがなんとか間に合ったと言える程度には形になった。
あとは実際に戦って……生き残るだけだ。
ケイノアはそう言って座っていたソファから立ち上がったが、帰るってのはどこにだ?
今の状況でこいつが帰るとしたら妹であるシアリスのところだろうけど、なんかニュアンス的に違うような……?
「戻るってどこにだ?」
「そんなの、家に決まってるじゃない」
……あー、やっぱり? さっき感じた違和感は間違っていなかったみたいだな。家ってことは獣人国にある俺たちの家のことだろう。エルフの森に戻るつもりはないだろうし。
だがまあどっちに帰るつもりだったとしても、こいつは自分がどこにいるのか、そして今がどんな状況かを分かっているんだろうか? ……分かってないんだろうなぁ。
「……どうやって?」
「どうやってって、馬車でよ」
「誰が操縦すんだ?」
「は? そんなの…………あれ?」
ケイノアは威勢よくこっちに振り返ったけど、俺の言った言葉の意味に気づくことができたようでキョトンとした顔で首を傾げている。
「シアリス達はここに残るんだろ? だったらお前一人ってことになるけど……お前、馬車の操縦できたのか?」
さっきまで一緒にいたエルフ達はみんなシアリスの方に行ったし、多分あれは全員シアリスの御付きなんだと思う。
ケイノアの力を受け継いだシアリスはれっきとした次期氏族長になったんだから、そんなシアリスと力をなくしたケイノア、魔術至上主義のエルフ達がどっちに人がつくかなんて考えたらそんなのは決まりきってる。シアリスだ。
確かにケイノアのことも守るだろう。だが、それはシアリスと一緒にいるからで、言ってしまえばおまけだ。
実際のところは力をなくしたからってそうすぐに蔑ろにされるわけではなく、ケイノアのことも守ってくれるだろう。だけど、それでも優先順位が変わったのは確かだと思う。
シアリスを守るための数少ない御付きの者達が、ケイノアが家に帰ると言うだけで人を割いてくれるかって言うと……ないだろうな。
「………………どうしよう」
「いや残れよ」
「いやよ。だって、残ったら戦わないといけないじゃない!」
「どうせシアリスだってお前を戦わせる気で連れてきたんだから諦めろ」
力をなくして普通の魔術は大して使えなくなったとはいえ、それでも眠りの魔術はいまだに使える。
であれば、魔族との戦闘には役立たなかったとしてもそいつらが連れてくるかもしれない魔物達には十分に役立つはずだ。
でなければ、いくらなんでもシアリスがケイノアをここに連れてくるはずがない。たとえそれが俺たちのお願いがあったのだとしてもだ。
「うえええぇぇ……いや~、帰りた~い!」
だがそれで納得するほど物分かりがいいはずもなく、ケイノアはボスンとソファに乱暴に座り込んで手足をバタつかせて駄々をこねた。
子供かっ! いや、見た目はまんま子供だけども!
「……ねえ、使って良い部屋ってある?」
どうしようかと悩んでいた俺だが、不意にミアが俺の肩を叩いてそう声をかけてきた。
「部屋? えっと……」
「この廊下にある部屋は全て私たちで使って良いことになっています。使うのでしたら、この部屋の二つ右の部屋が良いかと」
空き部屋はあったのは覚えているがどう答えたものかと悩んでいると、イリンが俺の代わりに答えてくれた。
「それってある意味隔離状態じゃん。ま、今は都合がいいけどね」
ミアはそう言うとこちらに親指を立てて見せてからケイノアの側へと近づいて行った。
隔離状態ってのは、まあ否定しないが……あいつは何をするつもりだ?
「まあまあ、とりあえずあっちで休もっか。頭使ってばかりだといい案なんて浮かばないし、甘い物なんかもあればいいんだけど……」
そう言いながらチラリと向けられた視線の意味は「なんか甘いものを寄越せ」と言ったところだろうな。
「これをやる」
「ありがと~!」
ミアは笑いながらそれを受け取ると、ケイノアの前に差し出してから部屋の外へと向かって歩き出した。
「というわけで、ほらほら。おやつにしよ」
「そうね。甘いものを取らないとよね! よし、いきましょう!」
ケイノアはお菓子に釣られてミアのあとをついていき部屋の外へと出て行った。
対応がまんま子供に対するそれだが、それでいいのかケイノアよ。中身も見た目も、年齢以外は実質子供と言ってもいい状態だけどさ。
二人が出て行った後にふと、ミアはなんでケイノアの対処方法を知ってるんだと思ったけど、そういえばミアは孤児院育ちだったんだよな。子供の扱い方は心得ているんだろうな。
そんなこんなでケイノアの駄々をなんとかやり過ごすことに成功した。ミアには後で礼を言っておこう。
そしてケイノアが来てから数日。
シアリス達が頑張ってくれたようで、想定よりも進んでいなかった前線拠点の構築は一気に進み、なんとか完成はした。魔術ってすごい。
今の時点でやっと完成するとか結構やばいが、時間がなさすぎた。完成しただけでも儲け物だと考えるべきだろう。
結局、ケイノアは駄々を捏ねつつも残ってくれている。と言うより、残らざるを得ない状態だな。何せ運んでくれる人なんていないし。
そしてケイノアを宥めて相手をしてくれていたミアだが、あいつはこっちに来てその日のうちに帰っていった。
すぐに帰ったとはいえ襲撃の日までに間に合うのかと思っていたが、どうやら転移魔術を使える者を連れてきていたようで、スッと文字通り消えるように帰っていった。
転移魔術って、やっぱり便利だよな。
「勇者様。お客様がお見えです」
そんな声がかけられながら部屋の扉が叩かれた。
ここに来てから『勇者様』って呼ばれる機会が増えたけど、俺には自分が勇者だなんて気持ちがないんだから正直やめて欲しい。
まあ、そう言って俺たちをもてはやすことで自分たちの自尊心というかアイデンティティを維持してるんだろうけど。
自分たちが召喚した勇者が魔王を倒すんだぞ。主役は自分たちの勇者であって、他の国の奴らじゃないんだ、みたいな感じで。
「通してくれ」
そんなつもりは俺には全くないが、ここで否定しても意味がない。それどころか、ただでさえ今の王国はガタガタなのに、俺が勇者であることを否定すればそれによって崩れてしまうかもしれない。
だから今は気に入らなくても『勇者』としてもてはやされてやろう。
どうせ後少しの間だけだ。今回の魔王のあれこれが終わったら消えればいいんだから……。
「久しい、と言うほどでもないが、来たぞ」
城のメイドの声に返事を返して開かれた扉の先には、冒険者ギルドのトップであるボイエンがいた。
こっちに来たと言うことは、ギルド連合でのやる事は終わったようだ。
「ボイエン。来たってことはもうあっちは良いみたいだな」
「いや、まだまだやることはある。だが、これ以上はな。流石に当日や前日に来て戦うと言うわけにはいかん」
ああ、それもそうか。指揮を取るにしても、前日に来たんじゃロクに指示を出すことも連携をとることもできないよな。
「今日から当日までは環境の確認や連携等の会議などになるが、何かあったら来てくれて構わない。できる限り付き合おう」
「あまり迷惑をかけないようにするつもりだが、何かあったらその時は頼むよ」
本人が言うように予定の日まで時間がないわけだし結構忙しいんだろうが、それでもボイエンと再会してほっとしている自分がいた。
「それにしても、やっぱりそれなりの立場の知り合いがいると安心できるな」
「とはいえ、ここではそちらの方が上だ」
まあ一応『勇者』だしな。そう動くつもりがなく、その意識がなかったとしても、それでも俺達は対魔王への旗頭だ。立場で言ったら上なんだろうな。
「ほとんどお飾りだけどな。実務的なことは、魔王と戦うことくらいしかない」
「それが最も重要なことであるのだ」
「分かってはいるんだがな……」
「指揮を取れと言うわけではないのだ。いつも通り、気にすることなく自由に動けば良い」
いつも通り自由に、ね……。
「さて、私はこれで失礼する。この後もこちらでやることがあるのでな」
ボイエンはそう言うとくるりと背を向け……
「ああそれと、お前の知り合いらしき集団が来ている」
ようとしたところでその動きを止め、ふと思い出したかのようにそう言った。
「俺の知り合い?」
「そうだ。お前の、と言うよりはイリンの、と言った方が正確かもしれんな。緑色の髪をした獣人の集団だ」
「まさか。……え、ウォルフが来たのか?」
イリンの知り合いで緑の髪をしたやつなんてのはそれくらいしか思いつかない。
確かにあいつにも手紙を出していたし、ケイノアとミアがここに来たことを考えればあいつも来てもおかしくない。
……いや待て、集団って言ってたな。だったら、あいつだけじゃなくてウォード達イリンの家族も来てるのか?
「お前を探して国境にやってきてな。お前から渡されたと言う手紙を持って味方として加勢に来たと言うことなので、こちらにくる時に一緒にやって来たのだ」
「そうか……それで、そいつらはどこに? ここには来てないみたいだけど……」
一緒に来たと言うが、ボイエンは一人でここに来ている。
まさか獣人であるアイツらだけで城の中で待っているんだろうか?
「街の中には入っていない。いかに亜人が街の中に入れるようになったとはいえ、それでも市民からの蔑視は依然厳しいものだ。彼らはこの街の外……北の前線拠点へと向かった。そこで待っているとの事だ。会うのであればそこに行け」
「わかった。ありがとう」
俺が礼を言うとボイエンは今度こそ俺に背を向けてどこかへと歩きだして行った。
ボイエンと別れた後、俺はイリンと環にそれぞれに与えられた部屋を訪ねて二人に声をかけると、二人とも断ることなく、むしろ嬉々としてついてきた。
「ウォルフ」
ボイエンに教えられた場所に行ってしばらく探していると、テントの立ち並ぶ簡易的な拠点の集まりの中に緑色の頭をした集団がいたのですぐに分かった。
「おう。久しぶりだな。イリン、それとタマキ。お前の親もきてんぞ。行ってやれ」
まるで俺が来るのが分かっていたかのようなウォルフの態度だが、ボイエンに言伝を頼んでたわけだしそれも当然か。
だがその後に続けられた露骨な人ばらいによって俺だけがその場に残されることになった。
そのことが気になるが、まあ悪いことではないだろうとは思う。
「久しぶりだな。だが、なんでここに……」
「なんでも何も、おめえが知らせを寄越したんじゃねえか」
「やっぱりか。だが、あれは……」
やっぱりこいつも手紙を読んでここにきたみたいだ。
だが、俺はあの手紙はこっちに来いって意図を込めて書いたわけじゃない。むしろ逆。ここから逸れた魔族が行くかもしれないからこっちに来ないで警戒していろと言いたかったのだ。
こいつがそれを読み間違えるとは思わないんだが……。
「確かにありゃあ助けを求めるもんじゃなかった。だがよぉ。何が起こるか分かってんのに穴蔵籠もってジッとしてろってのは、ちっと俺たちを舐めてやしねえか?」
「でも里はどうするんだよ。全員できたってわけじゃないんだろ? 残った奴だっているはずだ」
「そうだな。こっちにきたのは全体の三分の一程度だ。だが、それでも役に立つぜ?」
「三分の一? ……そんなに来たのか?」
「こっちはお前に、お前達に恩があるんだ。たとえそれを理解してなくとも、里の奴ら全員な。それに、あんな醜態晒して情けねえ姿を見せて……そのままでいるわけにゃあ、いかねえだろうがよ」
神獣の件か。ウォルフの言う醜態ってのもその時のことだろうが、なんだか何年も前の事のように感じる。
「それによぉ、これも俺の個人的な理由だが……俺は仇を取んなくちゃなんねえ。本当の敵であるこの国の王女は消えたみてえだが、その裏でこそこそ動いてた魔王はまだ生きてんだろ? つかそいつが攻め込もうとしてんだろ? だったら参加しねえわけにゃあいかねえだろうが。たとえ俺が直接殴りにいくことができねえんだとしても、いいようにやられて終わるなんざ、できるわけがねえ」
突然のウォルフの怒りをにじませた獰猛な顔に怯んでしまった俺だが、そんな俺の反応を見てなのか、ウォルフは片手で自分の顔を覆い、その手を下ろした時にはすでにその表情は消えて普段通りのものへと戻っていた。
「ま、そんなわけだから気にすんな」
「……助かる」
なんで来たんだと、そう思わなくもないが、それ以上に来てくれてありがたいと言う気持ちがあった。
実際、感情を抜きにしても仲間が増えると言うのは本当に助かるのも事実だ。
「他の奴らはあっちだ。行ってやんな……ちっとうるせえのもいるがな」
「うるせえの?」
「ああ。言ったろ? イリンの家族も来てんだ。ウォードやイーヴィンはもちろん、イリンの兄弟もな」
「……あー、つまりイーラもいる?」
「おう。まああいつも状況は分かってんだろ。そんな無茶はしねえだろうから、適当にあしらっとけ」
「その適当にってのが、あれなんだが……まあ良い。それじゃあそっちに行くとするよ」
そんな会話を交わしてからウォルフの示した方へと進んでいくと、緑の髪をした集団の中に一人だけ黒い髪をした少女がいた。あれが環だな。
「おお、アンドー! 助けにきたぞ!」
「ウォード」
見れば環の周りには知った顔が集まっていたのでそっちに近づいて行ったのだが、その途中でイリンの父親であるウォードがこちらに気づいて声をかけ近づいてきた。
「まさかくるとは思っていなかったが……ありがとう」
「気にするな。自分の子供の手助けに来ただけだとでも思え。あの時は手を出せなかったが、今回は違う。直接的な助けになることはできないのだろう。身を挺して守る、などということもできないのだろう。だがそれでも、俺は今度こそ自分の子のために戦うぞ」
家族のために危険なことを恐れず、逃げずに戦う、か……かっこいいな。
強さで言ったら俺の方が強いだろう。だが、カッコよさで言ったら俺なんかよりもよっぽど上だ。
俺は、こんなふうにかっこよくあれるだろうか?
「それに、お前も義理とはいえ、俺の息子だ」
「……それほど歳は離れていないから息子と言われても違和感しかないけどな」
俺は二十七だが、ウォード達は三十後半くらいだったはずだ。十歳くらいしか離れていないのに息子と呼ばれると、なんだかアレな感じがする。
「だが……ありがとう」
そうして一ヶ月と言う短い期間ではあったが準備は着々整っていき、魔王の襲撃まであと僅かではあるがなんとか間に合ったと言える程度には形になった。
あとは実際に戦って……生き残るだけだ。
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