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王国潜入

519:因縁を終えて次へ

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 魔王がいなくなった後、俺たちはどうするかと話し合った結果この場に残らずにギルド連合へと戻って報告するべきだろうと言う結論に至った。

 この場所についても、まあまあ重要ではあるし洗脳が解けた後の対処も必要ではある。
 だがそれは、この国中のどこでも同じことだし、言ってしまえば魔王の襲撃への対処の方が大事だ。

 そう言うわけで俺たちはこの国の首都を抜け出そうとしたのだが、ここで重要になってきたのが助け出した海斗くんたちだ。
 桜ちゃんは動こうとしなかったので海斗くんと同じように俺が結界を収納して無力化しイリンが肉塊を切り取ると言う事で意識を失ったが、だが気を失った人間を運ぶと言うのはなかなか大変だ。
 その2人以外にも運ばなくてはならない奴がいるし歩いていくのは難しいだろうと言うことで、馬を探して馬車で帰ることになった。

 馬車は収納の中に入っていたからいいけど、馬は入れられないので探さないといなかったのだが、洗脳が馬まで及んでいなくてよかった。

 撤収する際に城の状態を確認したり操られていた人たちの様子を見たりしていたのだが、やはりと言うべきか、俺の時と同じようにすぐに洗脳が解ける事はなく、しばらくの間は俺たちを見ると襲いかかってきた。
 そしてそれは街の中でも同じ。一応この国での戦いは終わったはずなのに何人か殺すことになってしまったが、それでも俺たちは止まる事はできない。止まってしまえば、今まで以上に犠牲が出てしまうのだから。




「お疲れさん」

 馬に魔術具を装備して魔術をかけて、出来る限り早く国境へと戻ろうとしていた俺たちに、そんなふうに声をかけながら空から降ってきた存在がいた。

「エルミナ? どうしてここに?」

 空から降りてきたのは、国境の戦いにおいて俺たちを先に進ませるために敵の足止めを買ってでてくれたエルミナだった。
 どうやら無事のようだな。良かった。

「私だけじゃなくてニナとネーレもいるよ」

 一旦馬車を止めて外に出た俺だが、エルミナの指差した方向を見ると確かに少し離れた場所からこっちに向かってきている者が見えた。

 待っているだけではまだ時間がかかりそうなのでこっちからも向こうに向かって進んでいくと、距離が近づきはっきりと姿が見えるようになったそこにはエルミナの言った通りにニナとネーレがいた。
 だが、2人の他にもう一頭誰も乗っていない馬が見えるんだが、あれはなんだ? ニナが手綱を引いているが、ここまであの状態で走って来たの……いや、エルミナか。
 さっきは空から降ってきたが、ずっとここまでそれできたってわけでもないと思う。
 多分だが、エルミナは空を跳び回ることができるらしいし、それを利用して先の様子を眺めたりしていたんだろう。
 そして前方に何か見えたから確認にきたら俺たちだった。そんなところじゃないだろうか。

「久しぶりだな。アンドー。こんな状況だが、あえて嬉しいよ」
「ああ、こっちもだ。久しぶりだな、ニナ、ネーレ」

 馬車を止めて降りると、数ヶ月ぶりに会った友人と挨拶を交わしてから本題に入った。

「それで? 三人はどうしてここに?」
「向こうの首都で待機してたのだが、どうにも状況が動いたようだから国境まで見に行ったのだ。そこでエルミナとあってな」

 状況が動いたってのは、俺たちが洗脳を解除したからきたのか?
 だがそれにしては早すぎる気がする。
 国境の街で洗脳が解けたのを確認してから首都まで連絡を送り、それからこっちに来るとなると数日では足りないような気がする。

「私は洗脳が解けたみたいだったから様子を見るためにこっちに来ようとしてたんだけど、ちょうどそこで遭遇したから一緒にって感じだね」

 転移魔術……は、どうだろう? あの国にそんな使い手がいたのか? まああの国の全てを知ってるってわけじゃないし、いてもおかしくはない国だからあり得ない、とは言い切れないけど。

 転移抜きで考えるとしたら、俺たちが洗脳を解除しにいくために王国に入ったあたり……いや、入ることが決まった時くらいか。その時に首都の方に連絡がいって、それから国境に向かった、そんなところだろうか?

 まあ、ここにいるって事実は変わらないしどっちでもいいか。

「ところで、その三人はどうしたんだ? 確か目的の相手は二人だったはずだろ?」

 そう言われて後ろを振り向くと馬車の扉が開けっ放しにしてあり、そこから中の様子を見ることができた。
 そして其処にはニナの言った通り三人の姿があり、そのうち1人は馬車から出てはいないものの俺たちのことをじっと見ていた。

「それに、一人だけ妙に見覚えのある顔がいるね。着てるものもそれっぽいし」

 エルミナが表情を険しくして若干トゲのある声でそう言ってきたが、それも仕方がない。
 何せ、馬車の中からこっちを見ている1人は俺たちが敵だと定めていたはずの王女だったのだから。

「そいつは、この国の王女だろ? 今回の馬鹿げた騒ぎの原因のはずだ。……まさかとは思うけど、絆されたりしたって訳じゃないだろうね?」

 自国の民を操って他国を襲わせるなんてことをしていた犯人である王女を倒しに行ったはずなのに、怪我もなく拘束もせずに連れて帰ってきたらそう思われても仕方がないか。

 だがそれは違う。別にこいつのことが好きになったとかそんなんじゃない。

「それはない。ないんだが……おい」

 ……いや、ある意味ではそうなのかもしれない。
 こいつのことは今でも恨んでいるが、それでもこいつの様子を見ていたら殺すのが躊躇われてしまった。

 しかしそれをどう説明していいのかわからず、俺は口での説明を諦めて実際に見せるために、王女へを顔を向けて呼びかけることにした。

「あ~、あい~」

 だが、帰ってきたのは普段のはっきりとした返事でも、怒り狂った罵声でも、感情の抜けた虚な声でもなく、どこか楽しげで間の抜けた声だった。

「……どう言う訳だい?」

 そんな様子にエルミナはそれまでとは違った意味で表情を険しくしたが、それは彼女だけではなくそばにいたニナとネーレも同じだった。

「色々と事情があるんだが……」

 そうして俺は王女を連れてくる経緯を話すことにしたのだが……端的に言えば、王女は壊れた。

 魔王が去った後、王女はしばらくの間ぶつぶつと呟いていたのだが、突如椅子から滑り落ちるように床に座り込んだ。
 そうして突き飛ばした姉の死体の元へと四つん這いで進んでいき、姉のそばに辿り着くとその隣で眠るように気を失った。

 そして起きたらこの様子だった。
 まるで生まれたての赤ん坊のように何を話しかけてもあーうーとしか返事をせず、ずっと俺たちの後ろをついてくる。

 一度剣を向けてみたのだが、それがどう言うものかすらわかっていないのか興味深そうに手を伸ばしてペタペタと刃の部分を含めて触り始めたので、若干慌てながら剣を引いたのだが本人は何もわかっていなさそうだった。

 最後に眠る瞬間に王女が自身に何か魔法を使っていた感じがしたので、多分だが記憶を消しさったんじゃないだろうかと思ってる。
 まあ、自然に記憶がなくなったんでも魔術によって消えたんでも、結果としては変わらない。

「……大変なことになったようだね」

 俺たちが城についてからの話を聞いたエルミナはハアッとため息を吐いた後にそう言いながら王女へと視線を向けたが、その視線はそれまでの憤りの視線ではなかった。
 もちろんそれもあるのだろう。だが、それだけではなく悔しさや哀れみの混じった複雑なものだった。

「それにしても……魔王か。まさかお伽話が出張ってくるとはな」

 御伽噺だと? 魔王がいることはいろんな国で知られていたはずだが……。

 とニナの言葉を聞いてそう思ったが、魔王自体はその存在を知られていたがあまり本人は動くことはなく基本的に魔族ばかりが動いていた。
 だから、俺たちみたいに魔王を倒せ、なんて言われている奴ら以外はニナの言ったようにお伽話の存在という印象が強いのかもしれないな。

「一ヶ月後か……」
「どうにかなると思うか?」
「さてね……でも、するしかないんだろ?」

 そうだ。一ヶ月の間に対策を練り、迫り来る魔族をどうにかしなければもはや国同士の戦いだとか言っている余裕なんてなくなる。
 それこそこの大陸にいる『人』と言う存在の未来に関わってくる。

 ……まったく。勇者召喚なんてことに遭遇すること自体大概な出来事だが、どうしてよりにもよってこんな状況遭遇するようなタイミングで呼び出されたんだ、俺は。今までの勇者たちの時は魔族の侵攻なんてなかったはずだろうに。

 今更こっちの世界にこなければ良かったとか言うつもりはないけど、それでもこの状況を呪わずにはいられない。
 まあ、今までの俺の行動が原因の一つとなってるのかもしれないけど。

「一ヶ月ではまともな軍を一箇所に揃えるなんて難しい。だから戦うにしてもある程度ばらけて戦うことになると思うよ。具体的にはギルド連合、獣人国、教国、あとは王国だけど……これは今の状態としてはあまり期待できないと思うから、実質三国がそれぞれの陣を敷いて魔族の侵攻を押さえることになるんじゃないかな?」

 まあそうだろうな。情報を伝えるだけでも何日とか何週間とか長い時間がかかるこの世界で、一ヶ月で話をまとめて全部の国が足並みを揃えて迎え撃つ、なんてのは不可能だ。
 ネーレの言った通り一ヶ月程度ではせいぜいがそれぞれの国に呼びかけてそれぞれに対処してもらうくらいしかできないだろうな。

「流石に今回ばかりは竜級冒険者も参加するだろうから連合の方は大丈夫だとして、獣人国は……」
「あそこも大丈夫だろう。私はあそこの王女殿下と戦ったことがあるが、両手が揃っていてもキツかった」

 ニナ……お前、王女と戦ったことあるのかよ。いや俺もあるけどさ。だってあの王女様、王女らしくない行動とるし、普通に大会とか出てくるし。

 まあそれはともかくとして、今の片腕のニナだってそれなり……と言うかかなりやる。
 それなのに両腕揃っていて今よりも強かったであろう状態であってもきついって言うんだから相当だな。
 まあそれは直接戦ったことがあるから分かってはいたけど、竜級冒険者からのお墨付きをもらえたんなら問題はないだろう。
 それにあいつ以外にも実力者はいるし、あの国は戦力的には問題はないか。

 後は教国だが……教国はなぁ。
 この間騒ぎがあったばかりだし、ある程度は落ち着いただろうけどまだ立て直している最中のはずだ。

 それに、あの国は突出した戦力ってのはミアくらいしか思いつかない。
 元聖女候補のミーティアも一応戦えるしミアの護衛騎士も当然ながら戦えるが、だからと言ってそれが一騎当千の実力者かって言われると疑問だ。ミアだって前線に出られるわけじゃないだろうし……。

「教国は、あの国単体ではそれほど戦力はないけど、その背後にいる国々の力を借りれば、まあなんとかなるかな。教国が落ちたら次は自分たちの番なんだから。問題は、交渉をするにしても一ヶ月しかないからどうなるかって感じかな」

 ……援軍か。そうだな。何も一国だけ対処する必要なんてないんだったな。
 ある程度の数を揃えて陣を張っておけば、対処できないこともない、か?

「なら、一応は大丈夫ってことになるのか」
「とは言っても、そこまで楽観できるような状況でもないだろ?」
「そうだね。それぞれ魔族と戦えるし倒せるけど、それは戦い続けられることとも倒し続けられることとも違う。いつかは限界が来る」
「そのためには魔王を倒さなくてはならないわけだが……過去の勇者たちが倒しきれなかったほどの存在を相手に、果たして勝つことができるのかと、それが問題だな」

 そう言われると、確かに確実に勝てるあてなんてない。

「……」

 だが、それでも行かなくちゃならないんだ。

「あんたたちはいくのかい?」
「行きたくないがな。来なければ2人を拐って未来を壊すとまで言われたら、行かないわけにはいかないだろ。今回逃げたところで、どうせ狙ってくるに決まってる」

 好きな人を危険な場所に連れていくことに忌避感はあるし、俺自身危険な場所に行くことに迷いはある。

 だがもう俺たちはあいつの標的として……いや、おもちゃとして目をつけられている。
 ここで隠れたところで大陸が魔族で溢れてしまえばいつかは見つかるし、穏やかな暮らしなんてできない。仮に別の大陸に逃げたところで襲ってくるだろう。

 だったら、今周辺の国を巻き込んで味方にできているときに戦った方が可能性としては高いはずだ。
 だから……。

「やるしかないんだ」

 そして、からなず勝って、生き残ってやる。あんな奴のおもちゃになんて、なってたまるか。

「……そうかい。ま、いろいろ考える必要はあるけど、そう言うのは後にしな。今まで動き続けて来たんだ。後一ヶ月って言っても、今日くらいはゆっくり休んでも誰も文句は言いやしないよ」

 そうして話を打ち切ると、俺たちは再びこの国とギルド連合を繋ぐ国境の町へと進み始めた。
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