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王国潜入

517─環:狂人の戦い

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「久しぶりだね、海斗くん!」

 剣を手に走って行った彰人は洗脳の影響で何の表情も見せていない海斗へとそう声をかけた。

「……」
「ぐっ!」

 けど、それに対する海斗の返答はただ無言で剣を振り下ろすことだけ。
 海斗のスキルはさっきみたいな光の剣を作るだけじゃなくて、剣を使う戦闘技能の強化もできる。
 それに、身体強化の魔術だって彰人よりも海斗の方が上。
 だから、二人が打ち合って彰人が力負けするのは当然のことだった。

「……今更かもしれないけど、助けにきたよ」

 でも、鍔迫り合いになった状態で押されながらも彰人は真剣な表情に少し笑顔を混ぜて海斗の剣を弾いた。

 彰人が私やイリンを心配するように、私だって心配してる。
 けど、それでも彰人なら大丈夫だって信じてる。
 だから私は戦ってる二人から視線を外して自分が相手をするべき敵に視線を向けた。

「どれ、わしも手伝うとしようかの」

 それに、任せるって言われたんだからしっかりやらないとよね。

「ぬ──」

 彰人たちの戦いを邪魔しようと魔術の準備をし始めたヒースさ……ヒースに向けて、出の速い魔術を飛ばす。
 これも普通の人なら重傷を負うような攻撃だけど……どうかしらね?

「あなたの相手は、私たちよ」

 そう言って様子を見ていたけど、あんまり効いてない……というよりもそもそも届いていないようね。
 そうだろうなって予想はしていたけど、少しだけ期待してたのも事実だっただけに、思わず顔をしかめてしまった。

「おお、怖い怖い。……だが、流石にその程度では勇者の守りを抜くことはできぬぞ」

 勇者の守り……。ということは、今のは桜がやったのね。
 ならさっきのが届かなかったのも当然ね。あの子のスキルは防御と回復を合わせたものだけど、その比率は防御の方に寄ってる。全力ならまだしも、あんな手抜きじゃ絶対に抜けないでしょうね。

「アレがあなたの友人ですか」
「ええ……桜」

 ヒースを後ろに庇うような位置で立ったままの友人に視線を向けたけど、そこにいる友人は私のことを見ていない。いえ、私だけじゃなくて誰のことも見ていない。

「久しぶり……と言っても、今のあなたはわからないのでしょうね」

 誰でもなく、どこでもない場所に視線を向けている友人に声をかけたけど、やっぱり反応してくれなかった。
 こういう時って、物語では友人の語りかけで意識を取り戻すことがある。だから少し期待したのだけど……そううまくはいかないわよね。

「もう一度聞くけど、あなたが桜と海斗を操ってる、でいいのよね?」

 一度ヒースへと注意を向けたまま軽くため息を吐き出すと、念のための確認をとる。
 この人にはこの世界で生きていくために必要な魔術を教えてもらった。元々この人が召喚しなければ私たちはここにいないわけだけど、それでも教えてもらったこと自体には感謝をしている。

 だから、できることなら、もしこの人自身も操られていたり、やむを得ない事情があってこんなことをしているのなら……

「その通りだの」

 けど、返ってきたのはそんな言葉だった。

「そう。……なら、倒させてもらうわ」

 だから私は、一度深呼吸をしてから杖を構えて宣言した。

「だが、わしを倒したところで洗脳が解けるわけではないぞ? その二人には集中的に術をかけたのでな。それをどうにかするにはわしとて最低でも一月は時間がかかるほど複雑なものだ。他のものではまず洗脳を解くことはできぬだろう。それでもわしを倒すと、そういうのかの?」
「ええ。倒しても治らないかもしれないけど、倒さなければ何も変わらないもの」

 それに、言うつもりはないけど、その治す方法ならもうすでに手に入れてある。

「それも一理ある。が、もしそれでどうにもならなければどうする? おぬしは自身の友を救う機会を一生失うことになるのではないか? 本当にそれで──」
「無駄口を叩いていないで、まともに戦ったらいかがですか?」

 ヒースの話の途中でキイイン、と硬質で、どこか澄んだような音が聞こえてきて、それと同時にヒースのいる方からイリンの声が聞こえた。

 さっきまですぐそばにいたはずなのにいつの間に、と思ったけど、よく考えてみればいつものことだったわ。

 ヒースに向かって短剣を向けたまま動かない様子を見ると、背後に回って攻撃したけど桜の結界で防がれたってところでしょうね。

「ほっ、凄まじい威力。よほど恵まれた才を持っておるようじゃな。……が、勇者のスキルは貫けぬよ」
「ではこれはどうでしょう?」

 ヒースの言葉を聞くや否やイリンは新しく取り出した短剣を投げつけた。

「どこを──」

 けどそれはヒースに当たることはなく素通りしていき、そして背後で先ほどと同じような澄んだ音が響いた。

 ヒースは気づかなかったでしょうけど、少し離れた場所から見ていたわたしにはイリンが何をしたのかわかった。
 イリンは初めからヒースを狙ったのではなく、その後ろにいたハンナ王女を狙っていたみたい。

「小癪な。王女殿下を狙って勇者の意識を逸らすつもりか? だがその程度でだし抜けるほど、わしの改造した勇者は弱くはないぞ」

 その事に気がついたヒースは一瞬忌々しげな顔をしたけど、すぐに余裕な笑みへと戻利、私たちの本格的な戦いが始まった。




 そうしてしばらくの間はヒースの魔術を私が打ち落として、生み出した炎鬼とイリンが桜とヒース、それから時々ハンナ王女を狙って攻撃してるけど、桜の守りは一向に抜くことができずにいた。

 まだイリンは神獣化も使ってないし、私だって全力の魔術は放っていない。

 けど私が全力で魔術を放つと発動まで時間がかかるし、そうでなくてもこの城ごと巻き込む形になるから彰人たちの邪魔をする事になってしまうから使えない。
 多分イリンも同じようなことを考えているんだと思う。あの子も本気で戦うと周囲への被害が凄いから。

 でもそんなちょっと手詰まり感がしてきたその時、まるで見えない何かに拘束されたようにヒースを攻撃しようとしていたイリンの動きが止まった。なんで!?

「それ。これで終いじゃ」

 それは一瞬のことだったけど、その一瞬でヒースは予めそうなることがわかっていたかのようにイリンの頭に向かって手を伸ばしていた。

 なんでイリンの動きが止まっているのかわからない。
 けどそんなことよりも、今はイリンを助けないと!

 そう思って魔術を放ったのだけど、桜の結界によって弾かれてしまう。

 そしてヒースの伸ばした手がイリンの頭に置かれ、そこから強い魔力が放たれた。

「イリン!?」

 なんらかの魔術を使われた様子のイリンに慌てて声をかけるけど、イリンは返事をすることなくただその場で立っているだけだった。

「無駄じゃよ。この娘は洗脳した。魔術具で対策をしたのか、どういうわけかお主らは洗脳の影響があまり出ていないようではあるが、それは広範囲にかける術であった故。直接触れて術をかければ魔術具程度の守りでは簡単に抜ける。甘くみすぎたようだのぅ」

 洗脳? イリンが? まさか。そんなわけないでしょ?

「さて、ではどうする勇者よ。こちらは三人、そちらは一人。今なら大人しく駒となれば下手な扱いはせんと約束しよう。何せ貴重な──ごっ!?」

 イリンが洗脳なんかにかかるわけがない。そんなふうに思っていたけど、やっぱりかかっていなかったようで、ヒースはもう終わったと油断していたところにイリンの一撃を受けて吹き飛んでいったわ。

 そして飛んで行った先で壁に激突するとその影響で煙が舞う。
 魔術でその煙を吹き飛ばすと、そこには頭から血を流しながら床に座り込んで壁に寄り掛かっているヒースの姿があった。

 ……攻撃が通ったのはいい事だけど、桜の結界はどうなったのかしら? 常に結界を張ってるわけじゃなくて、一々命令を出していた?

「……なぜ、そうも自由に動ける? わしは確かに術をかけた。失敗などしなかったはずだった。それに結界は……なぜ……」

 結界がなかった事にはヒースも驚いているみたいだから一々命令をしていたってわけじゃなさそうね。でも、だったらなんで?

「結界についてはわかりません。そちらの不手際では?」

 イリンは顔を背ける事なく話しているけど、私はなんとなく桜の方へと視線を向けた。

 すると、そこには先ほどから何も様子が変わっていないはずなのに、どこか悲しげに見える桜の姿があった。
 もしかして……すごく、都合がいい希望的な考えだけど……もしかして……洗脳が解けかけている?
 もし仮にそこまでいかなかったとしても、緩んでるんじゃ……。

「そして洗脳についてですが……洗脳などというものでこの想いを操れると思っているのであれば、それは思い違いも甚だしいですね。それは子供が炭でドラゴンの鱗を貫こうと考えるほどに愚かなことです。汚れはしますが、不快なだけで鱗そのものが傷つく事はありません」

 そんなことを考えていたけどイリンたちの話が進んだことで、ハッとして意識をそっちに向ける。

「……それはそのためならば自身の命すらも捨てられるほどでなければ成り立たん理屈じゃな。それほどの想いとやらがあるというのか」

 当然。

 私じゃなくてイリンにかけられた言葉だったけど、それでも私は迷う事なくヒースの言葉に心の中で答えた。
 それは特に答えようと考えたわけではなかったのだけど……ほとんど、と言うよりもはや条件反射と言っていいほどすんなりと思い浮かんだ『あたりまえ』だったってだけ。

「当然です。自身の命など、とうに私のものではありません」

 そしてそれはイリンも同じで、一瞬の間を作ることもなく即答を返し、その事にヒースは目を丸くし、悔しげに顔を歪めた。

「ほっ……お主も大概……狂っておるのぉ」
「ええ、自覚はしていますよ。ですが、だからどうしたというのです? あの人が幸せで、私も幸せで……それ以外に何が必要だというのですか?」

 本当は独占したいけど、それでも彰人が笑っていて、私たちも笑っていられるならそれでいい。
 それ以外も多少は頓着するけど、究極的にはどうでもいい。笑っていられない未来ならそんなものはいらず、他の全てを捨ててもいい。

 それが私の、私達の考え。それを狂っていると言うのならそれでも構わない。だってそんなのはどうでもいい些事だから。

 ヒースの問いに答えたイリンがトドメを刺そうと攻撃をしたけど、今度は桜の結界が復活して弾かれたみたい。

 洗脳が緩んだとしても、完全に解けたわけではない、んでしょうね。

 攻撃を弾かれたイリンはチラリと部屋中を見回すと、すぐにヒースへと視線を戻してその場で腰を落として構えをとった。多分全力で攻撃するつもりなんでしょうけど……。

「ガアアアアアッ!」

 最初に燃やしたはずの鎧の人が突然起き上がり、叫びを上げながらイリンへと襲い掛かった。

「イリンッ!」

 起き上がった鎧に背を向けているイリンに咄嗟に呼びかけながら鎧に向かってもう一度魔術を放つけど、それがいけなかった。

「隙を見せてはならぬと教えられていたはずではないか?」

 突然背後から聞こえた言葉でとっさに振り向くけど、そこにはいつのまにか私の後ろに立っていたヒースがいて、イリンみたいに身体能力のそれほど高くない私は避けることができずに頭を掴まれた。

 ヒースの手が私の頭に置かれた瞬間、先ほどイリンの時のように私の頭上で魔術が発動した。

「さて、これならばどうだ? おぬしは効果がなかったようだが、二人とも、というわけでもあるまい。そのような狂人はそうそうおらぬからな」

 ヒースはどこか安堵したような様子で宣言してる。

 ……けど、これ、どうすればいいのかしら?

 ええ。正直に言うと、私も洗脳なんてかかっていないわ。

 術を受ける前から確信があった。
 だって想いの強さが強ければ、それを塗りつぶせない程度の術では洗脳できないってイリンが証明したもの。想いの強さで負ける気はしないし、なら洗脳なんて受ける道理もない。

 けど……ここで攻撃するのはまずいわよね?
 いえ、攻撃する事自体はいいのだけど、多分攻撃しても通らないような気がするのよ。ヒースだってさっきのイリンのことがあって警戒しているでしょうし、桜の洗脳が緩む事に期待するのもいいてだとは言えない。

「勇者タキヤよ。あの娘を殺せ」
「環っ!」

 とりあえず攻撃しておきましょうか。攻撃して、私が操られていると気を緩めたところで反撃。これでいきましょう。

 どうせ攻撃したところでイリンなら避けられるでしょうし、当たったところで大したダメージにはならないもの。もちろん大技なんて使わないけど。

「ほほっ、今度は効いたようじゃな。やはりおぬしのような例外がそうそういるはずがないのだ。どれ、わしも加わるとしようか……」

 あ、なんだか今ならいけそうね。

「ガアアアア!?」

 イリンを攻撃するかのように見せかけてヒースと桜の間に炎の壁を作り出した私は、イリンに向けたはずの魔術のうちの一つをヒースへと向けて放った。

 ヒースの姿が見えていないのなら結界もない、もしくは遅れるんじゃないかって思ったけど、その通りになってよかったわ。
 それとも、これも桜が洗脳に抗ってくれたおかげかしら? ……そうだったらいいわね。

「なぜ……まさか、おぬしもだというのか……」

 全身を炎に焼かれ、それでもまだ生きているヒースは自分自身に治癒の魔術をかけているけど、それはあくまでも命を引き伸ばしているだけでしかない。

「ええ、イリンを攻撃したのは演技。一度イリンに失敗して警戒してたみたいだったから、ちょっと小細工をさせてもらったわ」
「あの人のそばで私と張り合おうとする者ですよ。洗脳など効くはずがないではありませんか」

 ある程度回復したところで、意味がないと悟ったのかヒースはそれ以上魔術を使うことをやめて私たちを見上げた。

「おぬしのいう『あの人』とは、あの勇者のなり損ないのことであろう?」

 なり損ない。その言葉を聞いた瞬間、イリンから感じる威圧感が僅かながら強くなったように感じられた。
 でもそれも仕方がない事。だって好きな人を馬鹿にされて黙っていられるわけがないもの。

「ふっ、おぬしらが狂っているのは理解したが、アレも大変であろうな。……まあ、アレもアレでどこか狂っているがな」

 ヒースはそう言うと仰向けに倒れながらゆっくりと顔を動かして部屋中を見回すと、真上の天井を見上げて目を閉じた。

「周りを見回してもどこか頭のおかしな奴しか写らんか。お前らもアレも、そしてわしも……。ククッ、人生の最期の場だというに、狂人しかおらぬとはな……」

 狂人、ね……。それは嫌味なのでしょうけど、私にとっては特になんともない言葉ね。

 むしろ、喜ばしくさえ思えるかもしれない。
 だって、私が何かに狂ってる狂人なんだとしたら、それは愛に狂ってるから。

 狂人と呼ばれるってことはそんな私の愛が他人にも認められたってことで、それは喜びこそすれ、不満に思うことではないことだものね。

「この中で一番まともなのがわしだとは……全く、人生とはわからぬものよな」
「残念ですが、一番まともなのは私のご主人様ですよ」

 イリンはそう口にするとヒースの心臓に剣を突き立てたけど、その時には桜の結界は発動しなかった。
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