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王国潜入

516:今までの結果

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 先ほどまでは静かに俺の知っている王女様然とした姿で話していたのに、突然態度を変えて叫び出したことで俺は怯んで目を丸くしてしまう。

「成り行き? ふざけないで! そんなふざけた理由で私の願いを踏みにじったと言うの? あなたのせいで私がどれだけ大変な思いをしたと思うのよ!?」

 そんな突然のことに俺はなんと言っていいのか、どんな反応をすればいいのかわからずに答えを返すことができずにいたのだが、それでも王女の話は止まらない。

「獣たちを倒すために出した兵は半分以上が消されたうえに、攻め込んできた賠償を要求されました。けれど獣との戦いに出た兵士が負けて帰ってきて、持ち直すために褒賞を与えたくても、労うための勲章や褒美は無く、失った兵士たちの補填をするために金を使って国の運営だってギリギリだったわ」

 獣達ってのは獣人国のことでいいんだよな。半分消えたってのは俺がやったけど、賠償云々はそっちのせいだろうに。嫌ならやらなければよかった。
 それに、要求されたところで払ってないだろ、お前。

「ギルド連合ではあの国との通商に制限がかけられた上に、魔族との関わりがあると周辺の国に言いふらされたわ。なんとかしたくても、万が一の場合の保険である資金は宝物庫の中身とともに消え去ったせいでどうしようもない。なのに、連合との通商を制限されたせいで余計な費用がかかって、方々から不満の声。まとめたはずの貴族たちはどんどん私たちから離れていった」

 ああ、マイアルたちは対処するって言ってたけど、そうだったのか。
 北を魔物の領域、東を獣人国、南をギルド連合と囲まれ、三方向との商売ができない上に残った西の教国やそのさらに向こうの小国群には魔族との繋がりを言いふらされたとなれば、そっち方面でも色々と苦しくなるだろう。と言うかなったんだろう。

「教国からは宝物庫の中にある教会の宝を返せと言われ、できないのならせめてその様子を見せろと言われた」

 ん。その教会の宝、俺の収納の中に入ってたわ。今はミアの手元にあるはずだけど、そんなことを知らない王国はどうしようもないだろうな。
 明確にこの国にあるって言ったわけじゃないらしいけど、それらしいことでマウント取ってきたらしいから、それが無いとバレると大変だろうな。

「なによそれ! なんでそんな事になってるのよ!?」

 王女はそう叫んだが、改めて俺のやったことでのこの国の被害を言葉にされると、本当に自分がやったのか? と思えてどこか人ごとのように王女の話を聞いていた。
 だが、言われてみれば結構邪魔してた……と言うか邪魔しかしてない気がするな。

「それでも教国が手に入ればなんとかなると動いてきたのに、その計画も完成間近でぶち壊された」

 先ほどから感情の起伏も口調も態度も、何もかもが定まらずに不安定な様子を見せた王女はそう言うと、狂ったように笑った。

「なによこれ。私がどんな思いで今まで動いてきたと思ってるの? 使えない父親を動かして、欲が深いだけで無能な貴族をまとめあげ、すぐに流される愚かな民衆を誘導して……どれだけ……」

 そしてその笑いを止めて天井を見上げると、小さく呟くように言葉をこぼしていった。

「それもこれも、すべてはお姉さまを辱めたバケモノどもを排除するため。排除して、国を守るため……」

 もはや誰かに聞かせるつもりはないのだろう。その言葉の後も王女は何かを呟いていたが、それは俺の耳に届くことはなく、かろうじて届いた言葉も意味のわからないものとなっていた。

 だが、お姉さまを辱めたってのはなんだ?
 この王女に姉がいたことは知っていた。しかしそれは事故で死んだと聞いていた。それがバケモノに殺された?

 多分だが、この王女のいうバケモノってのは亜人のことだと思う。こいつは亜人を排除するほど毛嫌いしてるし、今バケモノを排除するためって言ってたしな。

 だがそれは事実なのか? いや事実なんだろうけど……。

「あなたを呼び出すためにどれだけかかったと思っているのですか? 小国程度なら楽に買うことのできるほどの金額ですよ? それを用意するために、どれだけ苦労したと思っているのです」

 王女の話が再び始まったので、俺もそれまでと頭を切り替えて話に戻る。

「まあすまないとは思わなくもないが……だがそれは言ってしまえばお前の自業自得だろ」

 いくら金をかけようと、それを命じたのは俺ではないしむしろ俺は拐われたんだから被害者側だ。

「それに国を守るだなんて言ってたが、それは本当か? この国の状態を見てみろよ。全員洗脳して言うことを聞くだけの人形にし、戦闘経験なんてない市民たちを捨て駒として攻めさせる。それで本当に国を守っていると?」

 こいつのやっていることはどう見ても国を守るためだなんて理念とはかけ離れているように思えてならない。

「ええ。私は初めから今まで、国を、国民を守るために動き続けてきました。洗脳は逆らう貴族やいうことを聞かずに好き勝手する民衆をまとめるためです。ですので、国の状況が好転すれば洗脳は解くつもりです」

 だがそれでも王女は笑顔で頷いている。そんな様子が不気味でならない。

「なら捨て駒の様に他国を攻めさせていることは?」
「外交でどうにもならないのですから、武力でどうにかするしかないではありませんか。大丈夫です。最終的には他の国を飲み込みこの国は繁栄するのですから、死んでいった者たちも、必要なことであったとわかってくれます」

 家族も友人も自分の命さえも捨てたとしても、それでも国が守れるのならなんの文句はないというだなんて、そんなことがあるはずがな。
 忠誠心の高い騎士や狂信者なんかはそう思ってもおかしくないかもしれないが、それはごくわずかなもの達だけだ。国民の大半は国のための犠牲だなんて求めないだろう。

 それはこいつも分かっているはずだ。だから本気でそんなことを思っているわけではないと思うが、それでも今目の前にいるこの王女はどうにも本気で言っているとしか思えない。

 ……まさかとは思うが、本気か? 本気でそんなことを?
 だとしたら……前から狂ってると思っていたが、今のこいつは──本当に狂ってる。

「まあそれも、すべて夢物語と消えましたが」

 先ほどまでは笑顔だった表情を悲しげに歪め、今度は怒ったような顔をすると俺を睨みつけてきた。

「あなたは自身がなにをしたのか理解しているのですか? あなたがあの魔術具を壊したことで、この国にかけられていた洗脳は解けました。ですが、それは私の計画の破綻を意味し、死んでいった者たちの行動を無意味なことへと変わるということです。あなたはそれを、しっかりと理解しているのですか?」
「それとこれとは話が違うだろ。それはお前の──」
「いいえ、同じことですよ。あなたがいたからこの国はこんなにも苦しい状況になっているのです。あなたがいたから私はこれほど苦労しなければならないのです。あなたがいたからここに至るまでの全ての犠牲が無駄になるのです」

 そう話し終えた王女は目を瞑ると「ああ」と呟いた。
 そして再び目を開けるとその顔にはなんの感情も無く、王女はただ虚ろな表情で俺を見て、再び口を開いた。

「あなたなんて、いなければよかった」

 なんの感情も無い……いや、感情がないわけじゃない。逆だ。ないわけじゃなくて、感情がありすぎるんだ。
 いろんな思いを集めて煮詰めて澱ませたような、そんな極まりすぎて逆に何もないようにすら思えてしまうほどの瞳。

 ああ、なんて────────気持ち悪い。

 その目を見ているだけで呪われたと錯覚するような、呪詛の詰まったその瞳。
 その目で見られただけで、その声で語りかけられただけで全身に怖気が走る。

「なにをふざけたことを言っているのですか? この人がいなければよかった? いなければよかったのはあなたの方でしょう」

 そんな王女の深く、暗く濁ったような視線を、言葉を受けて、無意識のうちに一歩下がってしまった俺だが、そんな俺に対して隣にいたはずのイリンは一歩前に出てはっきりとそう言ってのけた。

「……獣風情に発言を許した覚えはありませんが? この場にいること事態が度し難いことだというのに、礼儀さえなっていないとは」

 それまでよりは多少感情を感じさせる様子でイリンへと視線を向けた。

「なら私なら良いわけね」
「タキヤ、タマキ……」

 そして今度はイリンとは逆側にいた環が一歩前に出て王女に相対する。

「私は、この世界に喚ばれた事に感謝をしていないわけでもないけど、それでも喚ばれなかったら、とも思うわ。私たちを喚んだのはあなたたちで、それなのに彰人がいなければよかった、なんてのは勝手すぎやしないかしら?」
「確かに勝手に喚び出したのはこちらの落ち度でしょう。ですが、それでもこちらはそのことを悪いと思い、あなた方のためにできる限りの支援をしてきたと思っています。その上で、この国を破綻させるのは正しい行いだとでもいうのですか?」
「そもそも、彰人はこの国に対して直接何かをしたわけではなかったはずよ。異世界から人を拐って自分たちの都合のいいように使うなんて、そんなの──」

 しかし、環の言葉は最後まで続くことはなくガンッと何かを叩いたような音によって遮られた。
 それは王女が玉座の肘掛を殴り付けた音だ。

「あ──」

 環の言葉を遮った王女を見てみると、体を丸めるように俯いた状態で玉座を殴った手とは反対の手で頭を押さえている。

「ああ、あああああああ! うるさい! うるさいうるさい!」

 そして子供が癇癪を起こすように叫びながら、何度も何度も先ほどと同じように自身の座っている玉座を殴りつけている。
 そんな様子の王女は見たことがなく、あまりの異様さに俺はtだ見ていることしかできなかった。

「私はただ人間にとって幸せな世界を作ろうとしただけ! それだけ! もう誰もお姉さまの様になるものが出ない様に考えてきたのにっ! そのために人間以外に『人』を名乗るバケモノを消そうとしただけなのにっ! なのにどうして邪魔をする!」

 王女はそう叫ぶと立ち上がり、袖の中に隠してあった魔術用の短杖を取り出した。

「お前がいなければ! お前たちがいなければっ──」
「どうやら王女殿下はお疲れの様子、代わりに我らが相手をするとしよう」

 まさか本人が直接戦うのかっ!?
 そう思ったのだが、今まで何も喋ることなくただ王女のそばに立っているだけだったローブをきた老人……俺たちをこの世界に召喚した張本人である魔術師のヒースがそう言いながら王女と俺たちの間に出てきた。

「ヒースッ!」
「殿下。少々落ち着かれた方がよろしいかと思いますぞ。まだ完全に終わったというわけではありますまい。この者らを処理できればどうとでもできます。故に、今はまだ諦めるのは早いかと」

 そんな言葉を受けて崩れ落ちるようにして再び玉座に座った王女を見てヒースは頷くと、俺たちへと視線を戻して話しはじめた。

「さて、こうして向かい合うのは久しぶりであるな」
「……二人に洗脳をかけたのはあんたで良いのか?」
「左様。わしの場合は洗脳してなにをどうする、というわけではなく、単なる技術的な興味の方が強かったがな。この勇者の洗脳や改造もそうだが、国全体に洗脳の魔術をかけるなど、ここ以外ではできまい」

 つまるところ、こいつは国を丸々一つ犠牲にして実験をしたってことか。もしそうなら、それは狂っているとしか言えない

 だが、だとするとあのどこかおかしい様子の王女のこともこいつのせいか?
 あの情緒不安定な様子の王女を見ると、それが素の状態だとは思えない。
 もし操られているのだとしたら、こいつが黒幕──

「ふむ。その顔はわしが殿下を操ったとでも考えているのであろうが、それは違う。わしはなにもしておらん。あれは殿下自身の考えだ。……まあ、外的要因が全くないという訳でもなかろうが、その辺はわしにとってはどうでもいいことだ」

 だがそんな俺の考えを察したヒースは首を振って否定した。
 しかし、ならアレはあの王女の素の状態ってことになる。
 外的要因がないわけでもないとも言っていたが、どういう意味だ? こいつ以外に王女を狂わせた何かがある、もしくはいるってことか? そしてヒースはそれを知っている?

 どこまで信用していいか、そもそも信用していいのかわからないが、もし本当なら一体誰が……。

「ともかく、お前たちの相手はわしと、勇者たち……ああ、それからコレだ」
「ガアアアア!」

 ヒースが指を向けて告げた瞬間、最後に『コレ』と言われて紹介された鎧の何者かは、理性の感じられない叫びをあげながらその手に持っていた剣を上段に構えて走ってきた。

「アアア……アアアアッ!?」

 が、それに対処するべく動き出す前に、その鎧の人物は苦しみのこもった叫びを上げながら倒れた。
 そしてその者が床に倒れた瞬間、その体から不自然に炎が発生し、鎧の人物を包み込んだ。

 俺は咄嗟にそんなことをしたであろう人物である環へと視線を向けるが、環は顔をしかめて燃えた人物を見ているだけだった。

「ほう? ふむ、流石に以前よりも強くなっているか」

 ヒースは若干興味を感じたような声を出すと環へと視線を向けたが、倒れた者へ意識を向けることはなかった。

「まあよい。それは所詮前座。本命はこちらだ」

 そしてヒースがそう言うと、今度は奴らの頭上にいくつもの光り輝く剣が現れた。
 アレは……

「────!」
「俺がっ!」

 イリンと環に向けてそう叫ぶと、俺は目の前に収納魔術の渦を展開して迫りくる光の剣を全て収納していく。

 全て収納し終えた後、渦を消してふぅと息を吐き出したが、その内心は苦々しいものだった。

 当然というべきか、彼もまたスキルが強くなっている。
 以前見た時よりも剣の数は多く、またその速度も速くなっていた。

「ほうほう。なるほどなるほど? それが件の対抗魔術とやらか。……だが、その実は空間系の魔術であるな? 確かお主は収納魔術に適性があったな。だが通常のものとどこか違うことを考えると、その応用か? それとも勇者としての特性か……」

 海斗くんのスキルである光の剣が全て無効化されたというのにヒースは悔しがるどころか興味深そうに俺を見ると、先ほどの現象について自身の考えを口にした。

 やっぱり、予想はしてたが当然のように見抜いてくるか……。

「イリン、環。二人は桜ちゃんの気を逸らしながらヒースの排除を優先してくれ。海斗くんは俺が抑える」
「かしこまりました」
「わかったわ」
「それじゃあ、頼む!」

 二人が頷いたのを確認すると俺は二人に向けて叫び、剣を構えて海斗くんへと向かって走り出した。
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