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エルフの森の姉妹

482:帰還の迎え

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「ケイノア。手紙の件だが、本当に行かなくても良いのか?」
「ん~。やーよ。今もめんどくさいけど、どうせ行ったら行ったで面倒なことになるんだもの。こういうのは大人しくしとくのが一番よ」

 なぜか自室ではなくソファにて寝転がっているケイノアに対して、先日聞いた両親からの手紙の件を尋ねてみたのだが、ケイノアから帰ってきたのはそんな気怠げな返答だった。

「お前が良いならそれで良い……なら俺たちの頼みを聞いてくれないか?」

 もし親の方を優先させるんだったら俺だって無理にとはいえないし、協力が必要なら手を貸すつもりだ。その後手伝ってもらうけど。

 だが帰ってきた返事は何の用事もないとのこと。
 なので再び協力の要請をしたのだが、ケイノアは少しだけ顔を起こしていやそうな顔をこちらに向けた。

「い~や~。だってめんどくさ──」
「ああ、これ教国に行った時のお土産だ。例の聖女様からよろしくって」

 そう言いながら俺は収納からケイノア用の土産を取り出す。

 取り出したのは山盛りになった苺。

 これは教国の一部に存在している魔物由来のものだ。
 その魔物は拳大にまで成長した苺の実を、常人では視認できないほどの速さで飛ばすということを攻撃手段としていた。
 そして射出された苺の実は何かにぶつかると、破片手榴弾の様に苺の表面についている粒を着弾点の周囲に撒き散らす結構危険な魔物だ。

 幸いというべきか、植物系なのでその場からは動かないので、専門家の手によって収穫される。

 なお、収穫されるのは飛んでくるほど成長した苺ではなく、まだ小さく熟していないものをとる。小さいと言っても普通の苺よりは大きいし、食べる分にはしっかりと熟しているが。

「あ、ほんと? わーい!」

 元々がそんな危険物だと知ってか知らずか……多分知らないだろうが、ケイノアは倒していた体を即座に起こして喜んで食べ始めた。……相変わらずチョロい。

「なんだかんだ言って果物は森のやつが一番だと思ってたけど……なかなかイケるわね」
「あっちに行けば食べ放題だぞ?」
「食べ放題! って、その手には乗らないわよ。馬車での移動なんて時間かかりすぎよ。二ヶ月でしょ? 絶対無理」

 と思ったが、意外と成長しているらしく、小賢しくも首を横に振った。

 そう簡単には行かないかと、小さくため息を吐きながらも、諦めることなく話を続ける。

「馬車の最中ずっと寝てれば良いじゃないか お前の魔術の使い所だ」

 そう。こいつは眠りの魔術を専門としているんだから、馬車での移動なんて寝てればいいだけだ。過去には十年ほど寝続けた実績(?)もっているんだし、できないこともないはず。

「自分にはかかりづらいのよ。そりゃあちゃんと道具を揃えて整備した状態なら問題なく使えるけど、それ以外だと、ね……。術を使った後に来るやつなら眠くなるけど、いちいち寝るたびに適当に近くにいる何かを眠らせても良いの?」
「……なしだな」

 流石に所構わず、魔物も人も関係なしに周囲のものを眠らせるってのはナシに決まってる。

 その答えを聞いて再びため息を吐き出した俺はケイノアを見るが、目の前のこいつは苺を上に放り投げながら口でキャッチしてそのまま食べる、なんてことをしている。
 ……俺もやったことはあるが、寝転がりながらなんて器用なことをする。

「でしょ? どうしてもっていうんなら、私のところに連れてきなさい。それなら見てあげないこともないわ。私はここでだらけ続けるんだから!」
「そういうわけにも行かない様ですよ。お姉さま」
「ほぇ? ──い゛っ!? っ~~~~!」

 突然予想外の人物に声をかけられたことで、そっちを見ようとしたケイノアの目に、放り投げた苺が直撃した。
 そのせいで声にならない声を出してソファから転げ落ちたケイノアは、あ゛~~、と呻きながら目を押さえて転げ回っている。

 一瞬回復薬でもやったほうがいいのかと思ったが、目を押さえている手から魔力を感じたので自分で治しているんだろうと判断して無視することにした。

「お父様より迎えがやってまいりました」

 俺はケイノアを無視してやってきた人物──シアリスに目を向けたのだが、来たのは彼女だけではなかった。
 その人物はケイノアたちと同じくエルフで、見た目は三十程の成人女性に見える。だが、エルフなので外見など、実の年齢とはかけ離れているだろう。

 その女性は一瞬だけ俺の方へ視線を向けたが、それは本当に一瞬だけで、すぐに逸らされた。

 いったい誰なんだと思ってシアリスを見るが、彼女はその女性を家主である俺に紹介することもなく、俺を無視して転げ回っているケイノアを見て話しかけた……いや、宣言した。

「……ええ?」

 痛みから回復したのか、まだ目を押さえているものの、ケイノアはゆっくりと体を起こしてシアリスへと視線を向けた。

「お久しぶりです。姫様」
「………………え?」

 片目を抑えていたケイノアは、エルフの女性を見るとをの動きを止めて固まり、目を押さえていた手をだらりと下ろした。

「…………いやいや。ないって。うそよ。うそうそ……ええ?」

 そして小刻みに震える様に首を振りながらそんなことを呆然と呟いている。

「……な、何であなたがここにいるのよ?」
「姫様をお迎えに来たに決まっているではありませんか。何度も手紙を出したはずなのに、一向に返事が返ってこない。ならば、直接来るしかないでしょう?」

 そうして話は進んでいくが、相変わらずエルフの女性の紹介がなく、どんな状況なのかよくわからない。

「ケイノア。こちらの方は?」
「……私の、付き人の一人よ」
「これは申し遅れました。私はユーリアと申します。今まで姫様のお相手をしていただき、ありがとうございました」
「ああどうも。私はアンドーと申します」

 そう挨拶したのだが、どうにもその瞳には侮蔑……とまでは行かないが、嘲りの色が見える。
 お相手をしていただき、ね。なんかその言葉、遊び相手になってくれてありがとう。もっというなら、遊ばれてくれてありがとう、って言ってる様に感じるな。
 これが俺の思い過ごしならいいんだけど、違うならめんどくさい相手だぞ……。

「そもそもなんでこんなに急なのよ! 前もって一年くらい前に連絡しなさいよね!」

 一年前に連絡って……相変わらず無茶を言うな、お前は。

 だがそんな考えはエルフにとっては普通のことなのか、ユーリアと名乗ったエルフ女性は頷いた。

「本来であれば前もってのご連絡というのはその通りなのですが……」
「でしょ!?」
「先日の騒ぎを受けて、氏族長はあなたを預けておくには相応しくないと判断されました」
「……つまり?」
「この国は、我々との友好関係として 信頼をなくしたということです」
「…………からの?」
「ご実家にお戻りいただき、次期氏族長として準備をしてもらいます」
「………………と言いつつも?」
「帰りますよ」
「い……いーーーやーーーー!!」

 コントみたいなノリで返事をしていたケイノアだが、ユーリアの言葉を聞いて悲鳴を上げた。

 そして自分が先ほどまで寝ていたソファにしがみつき叫ぶ。

「帰らない! 絶対に帰らないわ! 私の家はここだもの。終の住処に決めたんだから!」

 ここが誰の家だって? お前のじゃないだろ。俺の家を勝手に終の住処に決めるんじゃない。

「この家は姫様のものではなく、そちらの方のものとお聞きしておりますが?」
「わ、私のよ! だってずっとここにいて良いって言ってくれたもの!」

 言ってない。
 確かに俺が旅に出ている間は守護役というか警備員的な者としていても良いとは言ったが、死ぬまでいてもいいとは言った覚えがないぞ。

「ほう? それはこの方と結婚するということでよろしいですか」

 首を傾げて表面上は純粋な疑問を感じている風を装いつつも、嘲りの雰囲気が見え隠れしているユーリア。

「え……えっと、それは……」

 だがケイノアはそんなことに気付いていないんだろう。視線をキッチンや庭の方へと向けて困惑した様子を見せている。

 そして何を思ったのか、方々へ向けていた視線を正面に戻すと、静かに頷き口を開いた。

「……よろしいです!」
「よろしくねえよ!」

 覚悟を決めてキリッとした表情で言ってのけたケイノアだが、俺はそんな目の前のバカに、手元にあったクッションを投げつけて叫んだ。

 そして俺は気づいた。さっきいろんなところを見てたのはイリンと環を確認するためか、と。

「お前は何を言ってんだ!」

 なに結婚するなんて宣言してんだよ! そんなのするわけがないだろうがっ!
 ついこの間だって俺は聖女様姉妹の告白を断ってきたんだぞ? お前と結婚するくらいだったらあっちを受けてるわ!

 それにそんなのイリンか環に聞かれてみろ、大変なことになるぞ。お前も、俺も。
 ……そう思って今の二人の位置を把握しようと一瞬だけ探知を広げたのだが、キッチンに通じる扉の裏や庭に通じてる窓のそばに二人の姿を確認した。

 状況的に出てこない方がいいと判断したのか出てきていないが、そんな場所で待っていることから察するに、話は聞かれている様だ。

 だがケイノアはそんなことを知らない様で、テーブルに身を乗り出し、対面に座っていた俺へと縋り付いてきた。

「だってぇ……ここ離れたくないのよおおおぉぉぉ! 私がここを手に入れるまでどれだけ頑張ったと思ってるのよ!」
「ここを手に入れるのを頑張ったのは俺で、お前はほとんど寝てるだけだっただろうが!」
「結界とか整備したのは私よ!」

 そんな言い合いをしていると、シアリスが顔を動かしてユーリアに合図を送った。

「どうやら違う様なので……帰りますよ」

 そんなシアリスの合図に頷いたユーリアはケイノアを掴んで引き剥がした。

 ……だが、ちょっとおかしくないか?
 連れて行くこと自体はいいのだが、それをシアリスが止めようとしたりしないというのに、違和感を感じた。
 俺の知ってる彼女なら、手紙の件で両親の元にケイノアを連れて行くかもしれないが、それでももう少し穏便というか、色々と配慮した動き方をするはずだ。

 それがどうして……そんなに無感情でいるんだ?

「い、いや! 絶対にいやよ!」

 ユーリアに掴まれて抱き抱えられながらも、ケイノアは手足を振り回して暴れている。
 そして何かに気がついた様に俺へと視線を止めてこちらに手を伸ばした。

「あっ、そうだ! ねえ。ねえ! アレよ、アレ! ほら、あんたの言ってたアレ手伝ってあげるから、何とかして!」
「……アレって洗脳解除の協力か?」
「そうよ! 必要でしょ?」
「それは確かに必要だが……でも、どうにかって……どうすんだよ」
「知らないわよ。そこを考えるのも含めて何とかしなさいよ!」

 それを出されたら助けないわけにはいかないが、どうにかって……そうだ!

「なあ。次期氏族長ってこいつじゃないとダメなのか? シアリスはどうだ? こんなやる気のないだらしない怠け者のぐーたら娘をトップになんてしたら、ひどいことになるぞ?」

 目の前から、そこまでいうことないんじゃない? なんて聞こえるが、間違ってないんだし無視でいいだろう。

「我々は魔術至上主義ですので」
「……魔術至上主義? 初めて聞いたな」

 そう言ったユーリアの鼻で笑う様な仕草と視線が少し頭にくるが、わからない言葉が出てきたので騒ぐことなく状況判断に務めていく。

「エルフは他の種族に比べて魔術の適性が高くあります。ですので、その者の魅力というのは、どれほど魔術を上手く、そして強く使えるかによります」

 俺の疑問に対してシアリスが答えたが、その視線は相変わらず俺へと向けられていない。それどころか、俺だけではなくどこにも、誰にも向けられていない。
 ただ正面を見ながらもなにも映さない瞳をしながら、シアリスは声を吐き出している。

「姫様は歴代のどの氏族長よりも強力な魔術を使用することができ、また、新たな魔術を生み出すという素晴らしい頭脳もお持ちです。シアリス様も私や他のエルフなどに比べれば優秀ではありますが、残念ながら──姫様には劣ります」

 シアリスの言葉を引き継いで補足するかの様にシアリスの言葉を引きユーリアが話したが、それを聞いた瞬間、なにも感情を映していなかったシアリスの瞳に感情が見えた。
 それは一瞬後には消えてしまったが、確かにあの一瞬だけは彼女はしっかりと

 ……おおよそ、とまではいかないが、漠然と状況が見えてきた気がする。
 少なくとも、今起こっていることの流れは見えた。

「故に、シアリス様が氏族長となられたとすれば、納得しないものが出てくるでしょう」

 ユーリアはそう言っているが、ここで一つ疑問がある。

「だが、こいつに政治が務まるか?」

 ぶっちゃけ無理だと思うってのが俺の感想だ。こいつ、やろうと思えばできるんだろうけど、まず間違いなくまともに仕事をするはずがない。

「姫様はいてくださるだけで構わないのです。どれほど怠け者で使い物にならなかったとしても、それは周りが動けば良いだけですから」

 お飾りでいいから神輿に担がれろと。
 なるほどな。でもそれはわかったが、なら、それはそれで疑問があるな。

「ひとつ気になったんだが、ケイノアは何で嫌がってるんだ? 周りが動けば良いなら、お前は寝てていいんじゃないか?」
「そんなわけないじゃない。使い物にならなかったとしても、それならそれで本人に合わせた仕事を押し付けてくるのよ? 寝てられるわけないじゃない!」

 どんなにできない奴でも、仕事をしているという体裁は必要だからできそうな仕事を押し付けると。

 こいつの場合はやればできるんだから結構な量の仕事を押し付けられそうだな。そりゃあ確かに嫌がるか。

 ……仕方がない。ここでケイノアを連れて行かれるのは俺としても困ることになりそうだし、助けるとしようか。
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