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聖女様と教国
460:新たな目的
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「ところで、お前達三人はこれからはどうするつもりだ?」
「これから、か……」
ボイエンに問われて、俺はこれからの予定を考える。
予定って言っても特にないから俺のやりたいことになるな。
でもやりたいことか……とりあえず、王国に残してきた海斗くんと桜ちゃんの洗脳解除方法探しだな。これだけ雑多な種族も仕事も集まる国なら何かしらわかるだろう。
それと、一応王国の動向も調べておきたいな。今回の件で王国が手を貸したのは確実だ。それは何のためかって言ったら、まず間違いなく亜人駆逐のための活動だろうな。今回のも、それぞれの思惑は別だっただろうけど、実際に敵が掲げてたのは反亜人だったし。
獣人国で戦争を起こし、この国でも反乱を支持していた。
最近は勇者達の噂も聞かないし、何か良からぬことを企んで……いるんだろうけど、それがどんなものか、できることならそのカケラだけでも知っておきたい。
それに今回現れた魔族をどうしたのかってのも気になるな。王女からもらったって聞いたけど……ありえないとは思うが、魔族と手を組んだ?
でも魔族を生み出したのは魔王だろ? なら魔王と手を組んだ? どうやって? 魔王は自分の領土の奥に引っ込んでるはずなんだけど、あの王女が魔王と手を組んだとして、どうやってそこまで行った?
……いや、違うか。王女が行ったんじゃなくて、魔王の方から王女に会いに行ったんだ。
その目的が何かまでは分からないけど、可能性としては真面目な侵略活動ではなく、単なる愉快犯か? でないと王女に魔族を与える必要なんてないわけだし、まともに人を滅ぼすつもりならもっと早く、もっと苛烈に動いているはずだ。例えば、世界中の国で魔族を作り続けるとか。王女のところまでバレずに会いに行けるんだから、できないはずがない。
……あのお姫様が人外である魔族を許容するとも思えないが、それでも人間以外の人類種を根絶やしにするために一時的に魔族を受け入れたふりをしてるってのはあるかもしれない。そのあとは魔族も潰しにかかるだろうけど。
ああでも、そうなると王国だけじゃなくて魔族の動向も知っておきたいかな。
前は魔族なんて正直どうでもいいと思ってたけど今回もこうして関わったわけだし、人間の国に干渉するようになったって言うんだったら、それがいつ『干渉』から『襲撃』に変わるか分からない。特に魔王は俺の予想だと、色々と引っ掻き回すのが好きな性格をしてるようだし。
まあ、魔族の動向なんてわからないと思うから何か情報があればいいな、程度のものだけど。
あとは観光だけど、それは適当に街をぶらついたりして、適当に仕入れた情報で何かイベントがあったら参加する程度で十分だろ。
詳細は後でイリンと環と詰めるとして、とりあえずはそんなところか?
「街にいてもいいが、おすすめはしない」
そんな風に考えをまとめていると、ボイエンが厳しい表情を申し訳なさそうに歪めてそう言った。
なんでだ? ボイエンのことだから俺たちを追い出すため、なんてのはないだろうけど、なら何でって話だよな。
だがボイエンの言葉に同意するようにマイアルも頷いた。
「せやな。街を守った英雄。これから大変になるで」
言われるまで気づかなかったけど、その言葉で何となく理解した。
あれだ。要は権力者の取り込みがひどくなったりするってことだと思う。
竜級の冒険者は性格に難があっても国が囲い込むほどの存在だし、それ並みの成果を上げ、なおかつどこの国にも所属してない俺達はおいしい獲物に見えるってことだろうな。
今はそれほど俺たちの情報は知られてないだろうけど、長くこの街に滞在してれば今回の活躍した奴が誰なのかわかるだろうし、俺達の素性もある程度はわかるだろう。流石に異世界からやってきた勇者が二人もいるなんてのは分からないだろうけど、どこにも所属していないフリーの存在だってのはバレると思っておいた方がいい。
「一応ワイらに繋がりがあるゆうんは調べればわかるやろうけど、ワイの商会に所属してないっちゅーんも分かることや。一度目ぇつけられるとしつっこいでほんま」
「……そうか。まだこの街にいるつもりだったんだけどな。ここなら色々情報が集まりそうだし……」
「情報? なんか知りたいことでもあんでっか? なんでもゆうわけにはいかんけど、それでも多少は力になれると思うで」
そう言われても俺は言ってもいいものかと迷って口をつぐんでしまったが、隣に座っていた環が俺の服を引っ張ったのでそちらを見る。
「いいんじゃないの、話しても」
「環……?」
「私たちだけで調べてての限度があるもの。この人たちなら裏切るなんてことはないでしょうし、話してもいいと思うわよ」
確かに、環の言うように俺たちだけで調べていてもいずれはどこかで壁に突き当たる。
もしかしたら運よく見つかるかもしれないけど、見つからないかもしれない。それに、見つかったとしても何十年後かもしれない。
そんな博打を打つよりは、ここで話して協力を仰いだほうがいいか。
「……実は、洗脳の魔術にかかった知り合いがいるんだが、その解除方法を探してる」
「洗脳の魔術でっか……」
そうして俺は探し物について話したのだが、マイアルはそもそも洗脳の魔術について知らないようだ。それも仕方がないか。あまり有名ではないどころか、ほぼ出回らないような禁呪の類の術だし。
「……随分と面倒なものに絡まれたようだな」
だがボイエンは知っていたようで、小さくボソリと呟いた。
「知ってるのか?」
「以前冒険者が突然豹変した事件があったのだが、その時に調べた」
「なら……」
「解除方法も、絶対ではないがどこにあるかはわかっている」
協力を仰げば解除方法が分かるかもしれないと思ったが、まさかこんなに早く手掛かりに出会うことができるとは思わなかった。
「だが、それを教える前に聞いておきたいことがある。お前達は……誰からその魔術をかけられた?」
そう問いかけてきたボイエンの視線は先ほどまでの厳しい顔にどこか優しさを感じるものとは違い、冒険者ギルドという集団の長として嘘偽りを許さないと言うかのように鋭いものだった。
その視線に、雰囲気に気圧されて体に力が入るが、俺は正面から見つめ返して答える。
「王国だ」
俺がそう言うと、わずかに見つめあったのちにボイエンは纏っていた雰囲気を散らし、そんな様子に俺も強張っていた体の力を抜いて静かに息を吐き出した。
「……そうか。……やはりそうだったか」
「やはりってことは、前回は違ったのか?」
「その可能性は考えてはいたが、確証はなかった。結局のところ、魔族に操られたということで片付いてしまった」
もしかしたら、その前回というのも王国の手回しがあったのかもしれないな。
とはいえ、こう言っては何だがその剣は俺にはどうでもいいことだ。気になるのはその調べたという解除方法を教えてもらえるかどうかということだ。
「なら、それを報酬として聞くことはできるか?」
ここですぐに決めるつもりはないし二人と相談はするが、叶えてもらえることかどうか聞いておきたい。そして、もし教えてもらえるなら俺の願いはそれでいい。他に願うこともないし。
「この程度で報酬だなどとは言わん。聞きたければ話そう」
だがボイエンは首を横に振ってそう言った。
「とはいえ、先ほども言ったが、私が知っている方法は絶対ではない。それでも構わないか?」
「はい」
「聖女だ。教国にいる聖女は特殊な力を振るう天の遣いだと言われている。そして、その力はあらゆる邪悪を祓うとも」
「聖女……ですがそれが本当だとはかぎらないのでは?」
「ああ。だがこちらも当然調べた。だがどうやら噂は本当らしい。洗脳ではないが、精神に異常が出たものを治したと言う話があった。少なくとも何かしらの力を持っているのは本当だろうな」
洗脳を解除できるかは分からないが、それらしきことはできると。
ならそれがわかっただけでも十分だ。教国に行く価値は十分にある。
隣にいつ環とイリンに顔を向けると、二人とも頷いて行くことに賛成してくれた。
だが俺達が教国に行く意思を固めているとマイアルから横槍が入った。
「あー、話がまとまりかけてるところを悪いんやけど……そら無理やで」
「む? なぜだ?」
まさかマイアルに否定されるとは思っていたなかったのか、ボイエンはそんな疑問の声を出す。
「北の王国への道と、西の教国への道は反亜人派の奴らが押さえとった。奴ら自体は倒したゆうてもその下部まで全部倒したかっちゅーと、そら別のことやねん。まだしばらくは完全には終わらんわ。今回の件でアンドーはんらのことが伝わりでもしてたら……」
「止められるかも知れんと言うことか」
「せや。変装すればいけるかもしれへんけど、万が一にでもバレた場合は大変なことになるで」
「ならどうすればいい? 一旦王国に入ってから教国に抜けるか?」
ボイエンはそう言って案を出してくれたが、俺としてはそれは避けたい。
一度王国との国境付近の街をとった時はそこまでひどい感じもしなかった。だから通ろうと思えばと通れると思う。
だが、あそこの指揮官は以前と変わっていなければ俺が騙したやつだから通れるか分からない。見つかれば普通に教国に向かう途中でばれたよりも酷い状態になるだろう。
それに獣人差別のひどいあの国では、獣人であるイリンにとっては辛い旅になる。それに、一度王国までさらわれたイリンの心情を思うと、積極的に連れて行きたいとは思えなかった。
「それもやめといたほうが無難やな。確かにあっちの封鎖は教国方面に比べてまだマシやけど、それでも押さえられとるんは同じやし」
だがボイエンの提案は、俺が拒否するまでもなくマイアルによって否定された。
「そこでや、ひとつ提案があんねん」
マイアルはそこで言葉を止めると、少し身を乗り出して語りかけてきた。
「船で行くのはどうでっか?」
「船?」
「せや。この国は南が海に面しとって、船がでとんのや。そんで、それはこの国だけやなくて教国も同じや」
「つまり海から教国に入れる?」
……なるほど。北と西の道は使えなくても、南は反亜人派の手が伸びてなかったから封鎖もされていないし普通に通ることができるのか。
「いいと思います。どのみち、ここでの情報は私たちが集めるよりマイアルさんに任せておいた方が捗るでしょうし、その間に聖女について調べてはどうでしょう?」
「そうね。海斗達の洗脳を解くために、って理由はあるけど、元々は観光として旅を始めたんだから船で教国に行くのもいいわよね」
イリンと環もそう言ってくれていることだし、船で行くことにしようかな。というかそれしか教国に入る方法はないし、決まりだな。
「そのための船もワイが用意したる。ああ、心配せんでもええで。元々船は出しとったんや。あんさんらだけのために出すんとちゃう。あれだけの騒ぎやったから、まだ安心はできんねん。せやから、護衛として雇われてくれへんか? もちろん護衛料も出すで」
「そんな、護衛料だなんて……俺としては船に乗せてくれるだけでもありがたいですよ」
実際に船を出しているのは本当だろうし、俺たちのためではないと言っているが、それでも俺たちに便宜を図ろうとしているのが分かる。
色々忙しく、難しい状況だろうにそこまで目をかけてもらって、尚且つ護衛としての報酬を貰うわけにはいかない。
「ただ……あっちも王国ほどではないんやけど亜人蔑視があるさかい、イリンはんはきぃつけなあかんで。何なら奴隷の首輪をするんが安全のためとしてはおすすめやな。効果を発動してへん状態でも、つけとけばそれだけでええ。どうせ他人からはわからへんのやから」
若干言いづらそうにしていたマイアルだが、それは獣人に首輪をつけろと言ったからだろう。普通の人間にいうだけでもだいぶ失礼な話だが、獣人の間では特に拒否反応が強い。
だから獣人であるイリンにそんなことを言って不快にさせなかっただろうかと心配なのだと思う。
だがイリンはそんなマイアルの心配をよそに、笑顔で頷くと収納具から使い込んだ様子のある首輪を取り出した。……お前、まだそれを持ってたのか。
「それでしたらご心配なく。持っていますので」
「おお、せやったか。なら、心配いらへんな」
「はい」
それまで心配そうにしていたマイアルはイリンの取り出した首輪を見て、パチパチと目を瞬かせてから何度か俺とイリンの顔を見比べて笑った。
イリンも笑って頷いているが、待ってほしい。なんか誤解されてる気がするぞ。
「なら船の用意はしとくで」
次の行き先は教国へと決まった。これで海斗くん達の洗脳を解いて保護することができればあとは心置きなくこの世界で過ごすこともできるんだけど……どうなることやら。
「これから、か……」
ボイエンに問われて、俺はこれからの予定を考える。
予定って言っても特にないから俺のやりたいことになるな。
でもやりたいことか……とりあえず、王国に残してきた海斗くんと桜ちゃんの洗脳解除方法探しだな。これだけ雑多な種族も仕事も集まる国なら何かしらわかるだろう。
それと、一応王国の動向も調べておきたいな。今回の件で王国が手を貸したのは確実だ。それは何のためかって言ったら、まず間違いなく亜人駆逐のための活動だろうな。今回のも、それぞれの思惑は別だっただろうけど、実際に敵が掲げてたのは反亜人だったし。
獣人国で戦争を起こし、この国でも反乱を支持していた。
最近は勇者達の噂も聞かないし、何か良からぬことを企んで……いるんだろうけど、それがどんなものか、できることならそのカケラだけでも知っておきたい。
それに今回現れた魔族をどうしたのかってのも気になるな。王女からもらったって聞いたけど……ありえないとは思うが、魔族と手を組んだ?
でも魔族を生み出したのは魔王だろ? なら魔王と手を組んだ? どうやって? 魔王は自分の領土の奥に引っ込んでるはずなんだけど、あの王女が魔王と手を組んだとして、どうやってそこまで行った?
……いや、違うか。王女が行ったんじゃなくて、魔王の方から王女に会いに行ったんだ。
その目的が何かまでは分からないけど、可能性としては真面目な侵略活動ではなく、単なる愉快犯か? でないと王女に魔族を与える必要なんてないわけだし、まともに人を滅ぼすつもりならもっと早く、もっと苛烈に動いているはずだ。例えば、世界中の国で魔族を作り続けるとか。王女のところまでバレずに会いに行けるんだから、できないはずがない。
……あのお姫様が人外である魔族を許容するとも思えないが、それでも人間以外の人類種を根絶やしにするために一時的に魔族を受け入れたふりをしてるってのはあるかもしれない。そのあとは魔族も潰しにかかるだろうけど。
ああでも、そうなると王国だけじゃなくて魔族の動向も知っておきたいかな。
前は魔族なんて正直どうでもいいと思ってたけど今回もこうして関わったわけだし、人間の国に干渉するようになったって言うんだったら、それがいつ『干渉』から『襲撃』に変わるか分からない。特に魔王は俺の予想だと、色々と引っ掻き回すのが好きな性格をしてるようだし。
まあ、魔族の動向なんてわからないと思うから何か情報があればいいな、程度のものだけど。
あとは観光だけど、それは適当に街をぶらついたりして、適当に仕入れた情報で何かイベントがあったら参加する程度で十分だろ。
詳細は後でイリンと環と詰めるとして、とりあえずはそんなところか?
「街にいてもいいが、おすすめはしない」
そんな風に考えをまとめていると、ボイエンが厳しい表情を申し訳なさそうに歪めてそう言った。
なんでだ? ボイエンのことだから俺たちを追い出すため、なんてのはないだろうけど、なら何でって話だよな。
だがボイエンの言葉に同意するようにマイアルも頷いた。
「せやな。街を守った英雄。これから大変になるで」
言われるまで気づかなかったけど、その言葉で何となく理解した。
あれだ。要は権力者の取り込みがひどくなったりするってことだと思う。
竜級の冒険者は性格に難があっても国が囲い込むほどの存在だし、それ並みの成果を上げ、なおかつどこの国にも所属してない俺達はおいしい獲物に見えるってことだろうな。
今はそれほど俺たちの情報は知られてないだろうけど、長くこの街に滞在してれば今回の活躍した奴が誰なのかわかるだろうし、俺達の素性もある程度はわかるだろう。流石に異世界からやってきた勇者が二人もいるなんてのは分からないだろうけど、どこにも所属していないフリーの存在だってのはバレると思っておいた方がいい。
「一応ワイらに繋がりがあるゆうんは調べればわかるやろうけど、ワイの商会に所属してないっちゅーんも分かることや。一度目ぇつけられるとしつっこいでほんま」
「……そうか。まだこの街にいるつもりだったんだけどな。ここなら色々情報が集まりそうだし……」
「情報? なんか知りたいことでもあんでっか? なんでもゆうわけにはいかんけど、それでも多少は力になれると思うで」
そう言われても俺は言ってもいいものかと迷って口をつぐんでしまったが、隣に座っていた環が俺の服を引っ張ったのでそちらを見る。
「いいんじゃないの、話しても」
「環……?」
「私たちだけで調べてての限度があるもの。この人たちなら裏切るなんてことはないでしょうし、話してもいいと思うわよ」
確かに、環の言うように俺たちだけで調べていてもいずれはどこかで壁に突き当たる。
もしかしたら運よく見つかるかもしれないけど、見つからないかもしれない。それに、見つかったとしても何十年後かもしれない。
そんな博打を打つよりは、ここで話して協力を仰いだほうがいいか。
「……実は、洗脳の魔術にかかった知り合いがいるんだが、その解除方法を探してる」
「洗脳の魔術でっか……」
そうして俺は探し物について話したのだが、マイアルはそもそも洗脳の魔術について知らないようだ。それも仕方がないか。あまり有名ではないどころか、ほぼ出回らないような禁呪の類の術だし。
「……随分と面倒なものに絡まれたようだな」
だがボイエンは知っていたようで、小さくボソリと呟いた。
「知ってるのか?」
「以前冒険者が突然豹変した事件があったのだが、その時に調べた」
「なら……」
「解除方法も、絶対ではないがどこにあるかはわかっている」
協力を仰げば解除方法が分かるかもしれないと思ったが、まさかこんなに早く手掛かりに出会うことができるとは思わなかった。
「だが、それを教える前に聞いておきたいことがある。お前達は……誰からその魔術をかけられた?」
そう問いかけてきたボイエンの視線は先ほどまでの厳しい顔にどこか優しさを感じるものとは違い、冒険者ギルドという集団の長として嘘偽りを許さないと言うかのように鋭いものだった。
その視線に、雰囲気に気圧されて体に力が入るが、俺は正面から見つめ返して答える。
「王国だ」
俺がそう言うと、わずかに見つめあったのちにボイエンは纏っていた雰囲気を散らし、そんな様子に俺も強張っていた体の力を抜いて静かに息を吐き出した。
「……そうか。……やはりそうだったか」
「やはりってことは、前回は違ったのか?」
「その可能性は考えてはいたが、確証はなかった。結局のところ、魔族に操られたということで片付いてしまった」
もしかしたら、その前回というのも王国の手回しがあったのかもしれないな。
とはいえ、こう言っては何だがその剣は俺にはどうでもいいことだ。気になるのはその調べたという解除方法を教えてもらえるかどうかということだ。
「なら、それを報酬として聞くことはできるか?」
ここですぐに決めるつもりはないし二人と相談はするが、叶えてもらえることかどうか聞いておきたい。そして、もし教えてもらえるなら俺の願いはそれでいい。他に願うこともないし。
「この程度で報酬だなどとは言わん。聞きたければ話そう」
だがボイエンは首を横に振ってそう言った。
「とはいえ、先ほども言ったが、私が知っている方法は絶対ではない。それでも構わないか?」
「はい」
「聖女だ。教国にいる聖女は特殊な力を振るう天の遣いだと言われている。そして、その力はあらゆる邪悪を祓うとも」
「聖女……ですがそれが本当だとはかぎらないのでは?」
「ああ。だがこちらも当然調べた。だがどうやら噂は本当らしい。洗脳ではないが、精神に異常が出たものを治したと言う話があった。少なくとも何かしらの力を持っているのは本当だろうな」
洗脳を解除できるかは分からないが、それらしきことはできると。
ならそれがわかっただけでも十分だ。教国に行く価値は十分にある。
隣にいつ環とイリンに顔を向けると、二人とも頷いて行くことに賛成してくれた。
だが俺達が教国に行く意思を固めているとマイアルから横槍が入った。
「あー、話がまとまりかけてるところを悪いんやけど……そら無理やで」
「む? なぜだ?」
まさかマイアルに否定されるとは思っていたなかったのか、ボイエンはそんな疑問の声を出す。
「北の王国への道と、西の教国への道は反亜人派の奴らが押さえとった。奴ら自体は倒したゆうてもその下部まで全部倒したかっちゅーと、そら別のことやねん。まだしばらくは完全には終わらんわ。今回の件でアンドーはんらのことが伝わりでもしてたら……」
「止められるかも知れんと言うことか」
「せや。変装すればいけるかもしれへんけど、万が一にでもバレた場合は大変なことになるで」
「ならどうすればいい? 一旦王国に入ってから教国に抜けるか?」
ボイエンはそう言って案を出してくれたが、俺としてはそれは避けたい。
一度王国との国境付近の街をとった時はそこまでひどい感じもしなかった。だから通ろうと思えばと通れると思う。
だが、あそこの指揮官は以前と変わっていなければ俺が騙したやつだから通れるか分からない。見つかれば普通に教国に向かう途中でばれたよりも酷い状態になるだろう。
それに獣人差別のひどいあの国では、獣人であるイリンにとっては辛い旅になる。それに、一度王国までさらわれたイリンの心情を思うと、積極的に連れて行きたいとは思えなかった。
「それもやめといたほうが無難やな。確かにあっちの封鎖は教国方面に比べてまだマシやけど、それでも押さえられとるんは同じやし」
だがボイエンの提案は、俺が拒否するまでもなくマイアルによって否定された。
「そこでや、ひとつ提案があんねん」
マイアルはそこで言葉を止めると、少し身を乗り出して語りかけてきた。
「船で行くのはどうでっか?」
「船?」
「せや。この国は南が海に面しとって、船がでとんのや。そんで、それはこの国だけやなくて教国も同じや」
「つまり海から教国に入れる?」
……なるほど。北と西の道は使えなくても、南は反亜人派の手が伸びてなかったから封鎖もされていないし普通に通ることができるのか。
「いいと思います。どのみち、ここでの情報は私たちが集めるよりマイアルさんに任せておいた方が捗るでしょうし、その間に聖女について調べてはどうでしょう?」
「そうね。海斗達の洗脳を解くために、って理由はあるけど、元々は観光として旅を始めたんだから船で教国に行くのもいいわよね」
イリンと環もそう言ってくれていることだし、船で行くことにしようかな。というかそれしか教国に入る方法はないし、決まりだな。
「そのための船もワイが用意したる。ああ、心配せんでもええで。元々船は出しとったんや。あんさんらだけのために出すんとちゃう。あれだけの騒ぎやったから、まだ安心はできんねん。せやから、護衛として雇われてくれへんか? もちろん護衛料も出すで」
「そんな、護衛料だなんて……俺としては船に乗せてくれるだけでもありがたいですよ」
実際に船を出しているのは本当だろうし、俺たちのためではないと言っているが、それでも俺たちに便宜を図ろうとしているのが分かる。
色々忙しく、難しい状況だろうにそこまで目をかけてもらって、尚且つ護衛としての報酬を貰うわけにはいかない。
「ただ……あっちも王国ほどではないんやけど亜人蔑視があるさかい、イリンはんはきぃつけなあかんで。何なら奴隷の首輪をするんが安全のためとしてはおすすめやな。効果を発動してへん状態でも、つけとけばそれだけでええ。どうせ他人からはわからへんのやから」
若干言いづらそうにしていたマイアルだが、それは獣人に首輪をつけろと言ったからだろう。普通の人間にいうだけでもだいぶ失礼な話だが、獣人の間では特に拒否反応が強い。
だから獣人であるイリンにそんなことを言って不快にさせなかっただろうかと心配なのだと思う。
だがイリンはそんなマイアルの心配をよそに、笑顔で頷くと収納具から使い込んだ様子のある首輪を取り出した。……お前、まだそれを持ってたのか。
「それでしたらご心配なく。持っていますので」
「おお、せやったか。なら、心配いらへんな」
「はい」
それまで心配そうにしていたマイアルはイリンの取り出した首輪を見て、パチパチと目を瞬かせてから何度か俺とイリンの顔を見比べて笑った。
イリンも笑って頷いているが、待ってほしい。なんか誤解されてる気がするぞ。
「なら船の用意はしとくで」
次の行き先は教国へと決まった。これで海斗くん達の洗脳を解いて保護することができればあとは心置きなくこの世界で過ごすこともできるんだけど……どうなることやら。
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