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ギルド連合国の騒動

455:一難去って……

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「ご苦労だった」

 魔物の群れを倒したあと、俺たちはしばらくその場に待機していた。
 だが、俺たちも、俺たちに同行していた冒険者達も魔族の姿を見つけることができず、結局数時間その場で待機していたら冒険者ギルドからの呼び出しがあってギルドへと戻って来ていた。

 今は、もはや恒例となった本部長室にて部屋の主であるボイエン、それとニナとネーレを交えて話し合いの最中だ。

「だが、まだ魔族は見つけられていないぞ。離れて良かったのか?」

 とりあえずあの場では魔族は出てこなかったが、この後も出てこないとは限らない。

 ボイエンの労いに対して俺がそう言うとボイエンは頷いて答えた。

「それについては今も冒険者達が周辺の捜索をしている。が、おそらくはまた攻めてくるだろう。こちらが警戒しているとしても、今が敵にとっての好機であることには変わりないのだからな」

 確かに、竜級とオリハルコン級の冒険者がほとんどいない今が敵にとっては一番狙い目だろうな。
 今回を逃してしまえば、これからは冒険者ギルドだって上位の実力者がみんな一斉にいなくなるってことはどうにかして防ぐだろうし、次からは同じように攻めたとしても、今よりも厳しいものになるだろう。

「今日でなくとも明日かその次か……とにかくまだ来るだろう。その時に備えて休め。部屋はギルド内に用意した。場所は後で職員に聞いてくれ」
「だが、いつまた攻められるともわからないのにそんな呑気にしていて──」
「わかりました。少し休ませてもらいます」

 ボイエンの言葉に反論していたニナの言葉を遮って立ち上がったのはネーレだった。

 俺たちが冒険者ギルドに呼び出された時、ネーレは戻ってきたというよりも、搬送されてきた、って感じだった。
 先ほど何をしたのかネーレに聞いたのだが、ネーレの使った生来魔術である『過剰供給』は、一つの魔術に自身の全魔力を強制的に注ぎ込むための魔術だ。
 だが、以前にも別の場所で、別の形で見たことのあるそれは本人の限界を超え、気絶するまで行なわれる。
 魔力の枯渇による体調不良はほんの少しだけ体験したことがあるが、あれがもっと酷い状態になるというのはかなりきついだろうな。現にネーレは今にも倒れそうな顔色をしている。

 本人も自分の状態がわかっているからこそ素直に休むことを選んだんだろうな。

「ですが……敵が来たら、変に気を使わないですぐに呼んでください」
「そのつもりだ。今この町で頼れるのはお前達しかいないのだからな」
「そうですか。では失礼します」

 ネーレはふらつきながらも一礼してから部屋を出て行った。

「お前達も休んでおけ」

 ネーレが部屋を出て行った後、ボイエンはそう言って俺たちに退室を促し、俺たちはその言葉に頷いてから休息を取るべく本部長室を出て行った。




「すみません! いらっしゃいますか!?」

 数時間後。俺たち三人は用意された部屋で一緒に休んでいると、部屋のドアを激しく叩く音とともに聞き覚えのない声に呼ばれた。

 これほど慌てた様子だということは、何か敵側のアクションがあったということか?

 そう思いながら立ち上がろうとしたのだが、その前にすでにイリンが動き出していた。

「どうされましたか?」
「あ……ほ、本部長から伝令です! 至急本部長室に来るようにと!」

 ボイエンからの呼び出しってことは、やっぱり追加が来たのか。それとも別の何かか?
 ……なんにしても、行ってみないとわからないか。

「わかった。すぐに行く」

 俺がそう頷くと、伝令にきた者は駆け出して行木、そんな姿を見送ってから俺たちは準備を整え始めた。

「来たか」

 話を終えた直後からでも動き出すことができるように武装を整えてから本部長室に向かうと、そこにはすでに冒険者ギルドの本部長であるボイエンと、それからニナとネーレが待っていた。

「本部長? その姿はどうしたんですか?」

 だが部屋の中にいたボイエンはなんだかみすぼらしいというか、服の所々に汚れやほつれがある状態になっていた。

「ああ、これは街の中に入り込んでいた反亜人派が騒ぎを起こしたのでな、その処理をしていたのだ。だが、その最中に街の外に魔物の群れを再び発見したという事で戻ってきた」

 どうやらボイエン自ら戦いに行ったらしい。
 だが大丈夫なのだろうか? 激しく動くと痛みがあるみたいなことを聞いていたんだが……

「大丈夫なんですか? 長時間戦えないって……」
「最も危険なところをお前達に任せておいて、自分だけ動かないわけにも行くまい。それに、入り込んだ者達程度であれば大した労力ではない」

 服の汚れはあるものの本人に傷はないようだし、本当に大したことではないのかもしれないが……冒険者ギルドの長が──こちらの指揮官が前線に出てもいいんだろうか?

 だがボイエンはそんなことはどうでもいいとばかりに軽く流すと、本題の方へと移って行った。

「それよりも、新たに発生した魔物の対処についてだ」
「発生した、ですか」
「そうだ。冒険者達が周辺を確認したが、その時には魔物の姿は発見できなかった。だがここにきて突然の魔物の群れ。周辺から連れて来るにしては早すぎるし静かすぎる。魔族が魔物を生み出したと考えるのが自然だろう」

 今までは、もしかしたら魔族がいるかもしれない。というものだった。
 だが、新たに魔物が生まれたので有れば、それは魔族がいることが確定した事になる。
 それは生み出したのではなく召喚したのかもしれないが、それでもそんな大規模な召喚ができるのは魔族くらいなのだから魔族がいる事には変わらない。

 なのでいよいよ魔族の討伐かと思っていたのだが、どうにもボイエンの顔色が優れないように見える。何か問題でもあったのだろうか?

 そう思っていると、ボイエンは口を開き、重々しく話し始めた。

「現状では北と南の二ヶ所に魔物は現れているのだが、今回の魔物は様子がおかしい。数は前回のものと同じくらいだと報告がきているが、魔物そのものは別物だという」
「別物と言っても、魔物である事には変わらないのだろう? ならばこれまで通りの対処でいいのではないのか?」

 ボイエンの言葉にニナが首を傾げながらそう尋ねたが、ボイエンは首を振って答えた。

「いや、今回のは新種だ。今まで通り、といくかはわからない。報告では不自然に肥大化した部位を持つ魔物や、やけに歪な……肉を纏っているかのような魔物がいるらしい。……これが知らせに来た者が書いた魔物の絵だ。肥大した部分などの細部は違うが、それと似たようなものが現れたそうだ」

 ボイエンは一枚の紙を持つと、立ち上がって俺たちの方へと歩いてきた。

 見せられた紙には、まるで失敗作の生命とでもタイトルがつきそうな見た目をしたナニカの姿が描かれていた。

 片方だけ不自然に肥大した引きずるほど大きくなっている腕を持つ、体に肉を貼り付けたと思えるほど肉感溢れる見た目をした二足で立っている化け物。

「これは……本当に新種だな。まるで見たことがない」

 それを見てニナもネーレも眉を寄せて悩み、唸り声を上げたりしているが、俺はその姿を知っている。正確にはこれそのものを見たことがあるわけじゃないけど、似たようなものを見たことが、戦ったことがある。

「チッ……」

 そしてその絵を見て俺は理解してしまった。
 以前マイアルを交えて話していた奴隷の行方。あの時に話に出て来た奴隷達は、アレに使われているんだって。

「……何か知っているのか?」

 思わずしてしまった俺の舌打ちの音を聞いて、ボイエンは目を細めて問うてきた。

 この状況では隠すことでもないので、静かに息を吐き出してから答えた。

「そいつは、元々はただの魔物、もしくは生き物だ。薬と外部からの干渉でそうなっている」
「それは、真実か?」

 俺の言葉にピクリと反応したボイエンの問いただすような声に、俺は頷いた。

「……以前戦ったことがある。少し前に獣人国であった騒ぎ。その原因がそれだ。あの時は…………知り合いがそうなった」
「……治す方法は?」
「ない。時間が経ってなければ治す方法もあるが、それには専門家が必要だ。そいつを連れてきたところで、今からじゃどのみち……」

 獣人国で起こった騒ぎの時はケイノアがなんとかしたが、あの天才エルフが頭を捻ってもすでに変わり切ってしまった者は元の姿に戻すことができなかった。

 今からあいつを呼びに行ったところで、こっちにくる頃には完全に変異した姿が定着してしまい、元に戻すことはできない。

「そうか。……なら殺すしかないわけか」
「ああ」

 変異させられてしまった被害者を思ってか、ボイエンは数秒瞑目した後、目を開いて指示を出し始めた。

「北はアンドー、イリン、タマキの三名。南はニナとネーレの二名。両方とも魔族の捜索のために冒険者を補助につけるが、主力はお前達だ。この後それぞれの場所に行って魔物を迎撃。魔族を発見時は、可能であれば討伐。最低でも足止めをしろ」

 そんなボイエンの指示に俺たちは頷いたが……足止めをしろ、か。
『して欲しい』じゃなくて『しろ』。お願いではなくて命令。
 今まではして欲しい、とか、頼む、とかこっちを立てていたのに、突然の命令。そんな言葉の変化が、表面には出てこないボイエンの内心の焦りを表しているかのように思えた。

 だがそれも仕方がないとは思う。何せ、ここで俺たち冒険者側が失敗してしまえば、この大陸の……いや、下手をすれば世界中の亜人の運命を決めてしまう事になるかもしれないのだから。

 俺たちが負ければこの街は反亜人派のものとなり、いずれはこの国そのものも反亜人派に飲み込まれるだろう。
 そして同じように亜人を迫害している王国や教国とこの国が手を取れば、あとは親亜人の大国は獣人国だけになる。

 そこで獣人国まで負けてしまえば、この大陸は亜人を迫害する地に変わってしまう。
 そして亜人を迫害する大陸と迫害しない大陸で争いが起こるかもしれない。そうなってしまえばどれほどの命が失われるかわかったものではない

 ……まあここまでいくと妄想、妄言の類だが、可能性としてはないわけではないのだ。それに、俺たちが負ければこの国が反亜人派になるってのは間違っていない。

 だから俺たちはここで負けてはいけないのだ。ボイエンもそう思っているのだと思う。

 状況的にはさっきのもそれなりに危機で、負けてはいけない状況だったと思うのだが、あれはボイエンの中では危機ではなく対処可能な出来事の一つだったのだろう。

 だが今、新たに新種が出てきたことで対処できるかわからない不安が出てきたのかもしれない。
 まあ今は、数時間は休めたとはいえ先程は魔物の群れの一角を担っていたネーレは力を使い果たして完全に回復してるとはいえないしな。焦るのもわからないでもない。

 ただまあ、負ける気なんてない。何せ、俺は魔族特攻の技を持ってるし。
 過信や慢心をするつもりはないけど、なんとかできるという自信はあるし、なんとかしてやるという決心もある。

「わかりました」

 他のものよりも一拍遅れてそう返事をしてから立ち上がったネーレだが、ふらついて倒れてしまった。

「ネーレ!」

 そんなふらついたネーレの名前を呼びながらニナが慌てて立ち上がりその体を支えた。

「大丈夫だよ、ニナ。さっきまで休んでたんだから」
「休んだと言ってもまだふらついてるじゃないかっ。お前はまだ休んでおけ。今回は二方向からだけだから、私たちでなんとかなる」

 ソファに座らせようとするニナの手を、ネーレが掴んだ。

「僕は行くよ、ニナ」
「だが……」

 ネーレはニナの手を掴んだのとは逆の手で、腰のポーチからなんらかの液体を取り出して飲み干す。
 そしてそれは一本だけではなく、続いて二本、三本と飲み干した。

「これで、大丈夫だ。薬が効いてくれば魔力は回復する」
「無茶だ。こんな短期間に何度も過剰回復と枯渇を繰り返すのが体にいいわけがない!」
「でももう遅いよ。薬は飲んじゃったんだから。一回使ってから時間が空いてないから効果は低いかもしれないけど、それでも三本も飲んだんだから普段通り力は使えるはずだ。むしろ、使わなかったら魔力の回復しすぎで倒れるよ」
「だとしても他に──」
「ニナ」

 ネーレはニナの言葉を遮り、静かに彼女の名を呼んだ。
 名前を呼ばれた本人であるニナは、なおも言い募ろうとしていた言葉を止めてネーレを見つめた。

「……僕が使う力は、到底自分の力だとは言えない。僕は実力で竜級だって認められたわけじゃない。なのにこの力のおかげで僕は『特別』になれてる。それが、僕はすごく嫌いだ」

 ネーレは悔しそうに顔を歪めながらそう言う。

「でも、僕は自分の力が嫌いだけど、その力で特別になってる自分が嫌いだけど……力があるのは確かなんだ」

 そう言いながら首を横に振ったネーレは悔しそうな顔から一転、覚悟を決めた、決意の籠もった視線でニナを射抜く。

「僕には力がある。誰かを助ける力がある。敵を倒すための力がある。ここでちょっと辛いからって動かないようじゃ、僕は前を向いて君の隣に立つことができない。だって、君は行くんだろ? 好きな人が戦いに行くのに、それを助ける力があるのに、守ってもらって見てるだけだなんて、情けなさすぎる。だから行くよ。誰になんと言われようと、僕は行く」

 だがそれでもニナは納得していないようで、だがネーレの言葉を否定することもできないようで視線を彷徨わせ、どうすればいいのかと狼狽えている。

「どうしても心配だっていうんなら……僕が君を守るから、君は僕を守ってくれ」

 そんなニナの姿を見てネーレはそう言うと、それまでの真剣な表情を消してへにゃりと笑った。

「わがままでごめんね。実力もないくせに偉そうなことを言ってるのはわかってる。僕が守るだなんて言ったところで、一度力を使えばあとは足手まといだ。君に迷惑をかけるし、守ってもらう事になる。それでも、君を守らせてほしい。君を……それからこの街を、僕に守らせてくれないかな?」

 ニナはネーレから視線を逸らして俯き、ネーレからも俺たちからも顔を背けると体を震わせた。

 そしてそのまま数秒経つとニナは俺たちから顔を背けたまま動き出し、足早に部屋の入り口へと進んでいった。

「早く支度しろ。私を守ってくれるんだろ?」

 そしドアの前にたどり着くと、ニナはそこで足を止めて背中越しにネーレにそう語りかけた。

「ニナ……いいの?」
「言っても止まる気はないんだろ? なら、ここで無駄に時間を使うだけ無駄ではないか。だから……ほら」

 そう言ったニナは振り返り、優しげに笑いながらネーレへと手を差し伸ばした。

「行くぞ」
「うん。行こうか」

 差し出されたニナの手を取ってネーレが頷くと、二人はそのまま部屋を出て行った。

 俺はドアが閉まった後も、さっきまでそこにいた二人の姿を思い浮かべていた。

「やりたい事をやってる時が一番かっこいい、か」

 以前イリンが俺に言ってくれた言葉。
 その元となった言葉はニナが言ったものだ。その言葉はネーレを指して言ったものだろうが、ニナがそう言った理由もわかるな。

 ああそうだな。確かにその通りだ。今のネーレはかっこよかった。

 俺は以前、ネーレに俺たちは似てるって言ったが、とんだ間違いだ。侮辱だと言ってもいい。
 確かに表層部分は似ているかもしれない。だが、悩んで迷って逃げて、その結果好きな人を悲しませた俺なんかよりも、ひたむきに進み続けようとしているあいつの方がよっぽどかっこいい。

 イリンと環は俺のことをかっこいいと言ってくれたが、今のネーレには及ばない。

「俺たちも行こうか」

 ……だけど、このままで負けたままでいられるか。
 あんなかっこいい姿を見せられたんだ。俺だってやってやるさ。だって、イリンと環曰く、俺はかっこいいんだから。
 だから、自分の考えは間違ってなかったんだって、二人に見せつけてやらないとな。
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