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ギルド連合国の騒動

450─裏:暗躍する者達

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「そろそろ時間か」

 私は誰に言うでもなくそう呟くと、壁にかけてあった杖を手にとり、いくつかの装飾品を身につける。その全てが魔術具であり、ただ一つの魔術を使うためだけのものだ。

 私は自身の格好に不備がないことを確認するために鏡の前に立つ。
 鏡に映った自分は、青く長い髪を後ろで縛り豪奢なマントを着け、いくつもの指輪をしたてで杖を持っているいつも通りの姿だ。

 いつも通りと言っても、それは普段通りという意味ではない。
 そんな普段とは違うがいつも通りではあるその姿を確認すると、今度は一つの魔術を使う。

 全身を魔力で包み込んだ私の視界は、それまで見ていたものとは違い混沌とした色だけが写る。
 そして視界の変化だけではなく自身を内側からかき乱すような不快感を感じた後、突然まともな景色へと変わったことで私は自身が発動した転移魔術が成功したことを理解する。

 ……毎度のことだが、この感覚は慣れぬな。

 専用の訓練を積み、いくつもの魔術具で強化しているが、それでも転移魔術をこれ以上安定させることはできない。
 ほぼ失敗することはないと理解しているが、それでも失敗する可能性がゼロではないのがこの転移という魔術だ。実用的な使い手は世界でも百人に満たないのではないかと言われているほどに難しい魔術だが、有用だ。

 現に私は今、先ほどまで自身のいた場所からそれなりに距離の開いている場所まで数秒で来ることができたのだからその効果の程は理解できよう。

「くそっ! ふざけるな!」

 だが、そうして転移魔術できた先では、薄暗い部屋の中で一人の男が無様に物に当たり散らしている。

 そんな男こそが私がここに来た目的であるのだが、目の前で起こる醜態を見ると本当に必要なのかと自身の考えに疑問を抱いてしまう。

 が、そんな思いを軽く首を振って排除すると、持っていた杖でわざとコツンと音を立てながら男に近寄っていく。

「ふざけるなはお前はにかけられるべきではないか?」
「誰だ!?」
「誰だとは言ってくれるな。自身の主人のことも忘れたか?」

 薄暗闇の中でも私の顔を確認することができる距離になり、私の顔を見て私が誰なのかわかった男は目と口を大きく開いて数歩後ずさる。

「あ、貴方様はっ! ど、どうしてこのような場所に?」
「貴様のせいだが、どうせならまとめて聞かせてもらおう」

 説明するのが面倒だったので、そのまま男に近寄ってその首を掴み、再び転移魔術を使用する。
 男は突然のことで混乱しているが、どうせ後で説明するのだ。構うまい。

 そうして転移した先では私と男以外に三人の人物がいた。
 一人は好々爺然とした優しげな笑みを浮かべた老人。
 二人目は傭兵や冒険者の中にいるような頭の軽そうな真っ赤な髪の青年。
 三人目は金色の髪をした物腰の柔らかそうな眼鏡をかけた青年。

 その三名が円形のテーブルの三方に座している。一つ席が空いているが、あそこには私が座るのだからこれで全員揃ったということだ。

 この者らは私と同じ目的に手を貸しあっている者たちだ。
 だが、決して友人や仲間という関係ではない。あくまでも共通の目的があるからお互いに関わりを持っているというだけだ。

「うえええぇぇ……。これ、は……転移魔術?」
「さて本題だが……」

 初めての転移だったのか、視界の変化や身体中に感じる不快感にえずいているが、私にとってはそんなことなどどうでも良いことだ。

「よくああも失敗してくれたな。貴様のせいで我々の計画に狂いが出た。どうするつもりだ?」
「あ、あれはっ……! ですがっ……!」

 そう言って弁明しようとするが、言葉を続けることができずに視線を彷徨わせて狼狽えている。

「だが今回の場合は仕方がないとも言える。流石に勇者の聖剣の本物など持ち出されてはな」

 そう。流石にあれば想定外だった。この男には我々の資金源となるべく様々の魔術具を本物、偽物問わずに売り捌かせていた。
 あの炎の剣もそのうちの一つだ。過去の勇者が使っていた剣の効果を再現させたもの。

 最近では、我々が動いた結果この首都の周辺で魔物が多く発見されている。それに対抗するべく、金持ちどもは魔術具を買い集めていた。

 だからこそ、そこに勇者の使っていた聖剣の贋作を放り込めば金になると考え売らせたのだが、まさかそのタイミングで本物を手に入れる者が現れるとは……想定外もいいところだ。
 そもそもあれは王国の宝物庫にあると以前聞いたことがある。だからこそ安心して贋作を売らせたのだ。だというのにどうして……。

 まあいい。疑問が解決したわけではないが、おおかた王国がどこぞのものに下賜した剣が盗まれただとかそんなところだろう。流石にあの宝物庫に侵入して盗み出すのは至難だからな。
 それよりも、今はそんなことより重要なことがある。

 失敗したこの男をどうするか、だ。
 仕方がないとはいえ、失敗したのは事実。目の前で怯えている男であれば、サプライズなど認めないように動くこともできたはずだし、その内容を調べることもできたはずだ。その程度ができなければそもそも使っていない。
 故に、今回の件はこの者が油断して手を抜いていたからに他ならない。

「あ、ありが──」
「しかし、失敗したと言うのは事実。その失態を挽回したいと思うのなら、いずれ来る我々の台頭の時に役立て。その働きいかんによっては今回の失態は不問としよう。……だが、役立たずだと判断されたときは、わかっていような?」
「は、はいっ! もちろんでございます! 此度の失態、私の持てる全てを持って挽回させていただきます!」
「そうか。ならば貴様に一つ指示を出そう」
「はっ! なんなりとお申し付けください!」

 そう言って跪く男を無視して、私は懐から一つの石を取り出す。
 そしてその石に魔力を込めて放り投げると、その石は中空で浮いたまま黒い光を帯状に放ち、己へと纏わりつかせていく。

 そんな様子を眺めていると、次第にその石にまとわりついた黒は大きくなっていき、ついには人間ほどの大きさへと変わった。
 大きさだけではなく形も人間のようになったその黒い塊は、宙に浮いていた体を地面につけ、二本の足でたった。

「お呼びでしょうか、我が主様」

 かと思ったら私の目の前で跪き、口はないはずなのにどのようにしてかそう話した。

「ああ。お前は計画を進めろ」

 私は以前にも一度呼び出したことがあるので驚かずにいられるが、私以外のその場にいたもの達は皆それぞれが驚きの反応をしている。

「計画……ではついに私の活躍をお見せする時が?」
「そうだ。本来出ればもっと遅くになるはずだったが、このままでは我々の準備が整う前に削られていきそうなのでな」
「ですが、計画の準備はまだ完璧ではないのではございませんか?」
「だが、未だ完璧ではないとはいえ、あの計画はあくまでも理想の形だ。もとよりあの計画を完璧に準備できるとは考えてはいない。計画自体は既に実行可能段階にあるのだから、致命的に崩される前に実行に移してしまうべきだろう。その際にこの男を使え。優秀ではないが、使い道はあるはずだ」
「かしこまりました」
「期待しているぞ」
「おおっ! 期待など、もったいないお言葉。私は主様の忠実な僕でありますれば。主様より賜った任、存分に果たしてみせましょう!」
「ゆけ」
「はっ!」

『黒』は私の言葉に頷くと、そばで怯えていた男を連れて消えた。おそらくは転移したのだろう。
 私よりもはるかにスムーズなそれに僅かばかり心がざわめくが、それは当然なのだと割り切って意識の外に追いやる。

 そしてそれを見届け私は空いていた席へと着き、既に席に着いていた三人を見回してから話し出す。

「待たせたな」
「いんや? 俺としちゃあ面白いもんが見れたから別に、って感じだな」
「儂も気にしとらんよ。そも、魔族の召喚なぞ、ここ以外では出来まい。下手に外でやって見つかりでもしたら面倒じゃ」
「そうですね。最近では空を飛ぶ人影を見た、などという噂もあるくらいですから」

 事前にその存在を話していたとはいえ魔族の召喚など見たことはなかったはずだろうに、目の前に集まっているこの者共は特に驚いた様子を見せることなく交わされた会話を経て本題へと移る。

「だがこれで問題ないだろう。計画が早まることで第一段階が終わった後は少々予定の変更が必要であろうが、それも多少の手入れでどうとでもなるはずだ」
「ふむ、なれば儂等はその後について備えておいた方が良いか?」
「……そうだな。そうしておいてもらえると助かる。私は襲撃の方から目を離すわけにはいかないからな」

 ほとんど問題はないとはいえ、それでも目を離すわけにはいかない。油断した結果失敗するというのは、先ほどの男が証明したことだ。

「とはいえ、まずは目先の目標からでしょうね。まあ、魔族なんてものまで用意したんのですから、万に一つも失敗などあり得ないでしょうけれど」
「そうよのぉ。あの魔族と、あやつが生み出す無数の魔物。いかにここが冒険者の本拠地といえど、全方位から攻められれば守りきれるわけもない、か」

 魔族は魔物を生み出すことができるという話はあったが、その噂を実際にこの目で確認することができた。
 故に、我々はそれを利用して今回の計画を進めることにしたのだ。

 今回の計画とはすなわち、魔族が生み出した無数の魔物でこの街を襲わせることだ。

「だがよぉ、懸念がないわけでもねえだろ? その他の有象無象は魔物の群れにのまれて死ぬだろうが、ミスリル以上……特に竜はやべえぞ?」
「安心しろ。今この街に竜級冒険者は二人しかいない。一人は本名不明、正体不明の『天墜』。奴はおそらくはこの街にいるだろうと言うことしかわかっていないが、その手の内はわかっている。対処できたとして一つの方面だけだろう」
「もう一人は?」
「そっちは正確には元竜級、だな。『剛腕』……現在の『隻腕』だが、あれだって片腕となったのだから全力で、命をかけて対処したとしても、できて二方向が限度だろう。残りで十分に落とせるし、なんなら落とせなかったとしても魔族は残っているのだからもう一度準備すればいいだけだ」

 星を墜とすと言われている竜級冒険者、『天墜』。
 竜と殴り合いをすることができるほどの力を持つ『剛腕』。

 他の竜級冒険者もこの国には滞在しているが、今は我々の手によって依頼として首都から離れた場所に行っている。異変に気がついたとしても、すぐには戻ってこれまい。

 ならば後の脅威は先ほど上げた二人だが、どちらも脅威ではあるが、二人だけでは全てに対処することなど不可能だ。

「ならさっきのやつが失敗した原因になったって言う過去の勇者の聖剣はどうすんだ? 使うには大量の魔力が必要らしいけど、それだって無能なやつであろうと魔術師の数を揃えればなんとかなるもんだろ? 正直、誰でも使えるんだったら竜級より怖いと思うが?」
「それは確かにある。だが、既に聖剣を買い取った者の家には手の者を潜り込ませている。聖剣を使用する段階になったら奪えばいい。仮にそのものが失敗しても、一度使えばそれがどこにあるかわかるはずだ。それからそこを襲って奪えばいい」
「なら奪うのは俺の役目でもいいか? そんで奪った剣は俺がもらってもいいか?」
「……私は構わぬ」
「他の皆様方はどうよ? 俺がもらってもいいか?」
「ふむ。まあ戦闘部隊であるお主が使うのであれば、合理的ではあるか。……良い。儂は認めよう」
「私も構いませんよ。ただ、その分の分け前はもらいたいですね」

 私を含めた三人が承諾すると、聖剣を求めた赤い髪の男は椅子から立ち上がり、喜びを示しているのか腕を頭上に上げて叫んでいる。
 必要だから組んでいるが、品のない野蛮人め……騒々しい。

「やりい! 聖剣かぁ。コレクションがまた増えるぜ!」
「失敗はするなよ」
「するわけないじゃん! 今回は俺もコレクションを全部使ってでもやってやんよ!」

 騒がしく喜んでいる男を無視して、眼鏡をかけた青年が手を挙げる。

「ちょっといいですか? 以前言っていた東の村を襲わせた者達を倒した冒険者というのはどうなったのでしょう? 一応あれも警戒多少だったはずですが?」
「あれは結局『隻腕』が片付けたと言うことになったはずではなかったか?」
「そうじゃな。まあ警戒が全く意味がないとは言わんが、それでも竜級には及ばんだろう」

 実力者だったとしても、この国にいるミスリル以上の居場所は漏らすことなく把握しているのだから、精々が金級程度でしかない。
 そう結論づけると、話は別のものへと移る。

「……それにしても、お前さん。よう魔族など手懐けられたもんだ」
「ああ、そういえばその話は聞いてなかったですね。いや、聞いたけど教えてくれなかった、ですかね」

 そう言った二人の目は私のことを疑うような目つきだ。が、その理由もわかる。何せ我々は利害の一致で協力しているだけ。いつ裏切られないとも限らないのだから、魔族の召喚など探るのも当然だろう。
 他にも魔族は呼び出せるのか、できるのであれば新たに呼び出すまでにかかる時間、何体まで同時に呼べるのか。そんなことが知りたいはずだ。

「本来は計画が終わるまで秘密にするべきなのだろうが……いいだろう。下手に疑いを持たれても面倒だ」

 そう言って私はあの魔族について話すが、正直なところ、私に話せることなど無いも同じだ。

「あれは私が手懐けたわけではない」
「ふむ? じゃが懐いているように見えたが? と言うよりも、お前さん以外には懐いていないようにすら見えるのぅ」
「あれはもらったのだ」
「ああん? もらっただあ? 魔族をかよ」
「ああ」
「誰にですか? ……まさか、魔王?」
「いや、王国の王女だ」

 以前呼び出しを喰らったときに、自分たちに協力して亜人の排斥を行うのであれば王国が俺たちの活動を支援すると言われ、その手を取った。
 その際に、あの王女が計画にこれを使えと差し出してきたのだ。
 だからそれがどこから持ってきたのか、それとも自分たちで作り出したしたのかすらわからない。

「王女? ……それは魔王とは別の意味で平気なのか?」
「さてな」

 何かしら目的があることは確かだろう。
 亜人の排斥というそれだけで協力するとは思えないから、どうせ私たちに亜人の駆除をさせて、その後自分たちが乗っ取ろうだとかそんな考えだろう。あの王女の亜人嫌いは酷いものだからな。

 あの王女がそうなった理由もわからないでは無いが、会ってみた感想としてはどことなく違和感を感じている。
 なんだか王女ではない何かの意思の元に動かされていたようなそんな……。

「おい!」

 だがそんな思考は怒鳴り声で中断させられた。

「平気でなかったとして、どうする? 今更後に退けるとでも? これが魔王でも王女でも、誰かの掌の上であったとして、抜け出せると思うか? 抜け出して、許すと思うか?」

 王女と同じで我々が誰かの意思で動かされているとして、その存在を気付かせないような奴が、俺たちがそいつの掌から逃げ出すことを良しとすると思うかと言ったら、まず間違いなくそうはならないだろう。機嫌を損ねて潰されるのがオチだ。

「掌の上だと言うならそれでもいいではないか。ひとまずのところは我々と目的を同じにしているのだ。問題があるようなら、その時に考えればいい」
「……ま、そうよな。掌の上であることに気付けなければ、それがすなわち世界のすべてじゃからな」
「そう言うことだ。それに、都合がいいのは否定しないだろう?」
「……まあな」

 怒鳴った赤い髪の男も、私たちの言葉に納得をすると渋々席につき直した。

「それで、計画の変更点についてだが──」

 その後は予定よりも早まった計画について変更点を話していくが、もともと準備自体はいつでもできるくらいには整っていたので、その話し合いもすぐに終わった。

「では本日はこれで終了となる。次は──」
「作戦開始の前日、だな」
「ああそうだ」

 そうして俺はそこにいる他の三人の顔を見回すと、私たちの掲げている謳い文句を口にした。

「人間に栄光を」
「「「人間に栄光を」」」

 この場にいる誰一人として『人間の栄光』など望んではいない。
 人間が栄えること自体はいいことだと思っているが、同時にどうでもいいことだとも思っている。
 この者らも私も、真に栄光を求めているのは人間に対してではなく、自分に対してのみだ。

 それを理解しながらも私たちはその無意味な言葉を掲げ、口にする。それぞれの目的を果たすために。
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