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ギルド連合国の騒動

442:話し合い・前

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何だか今回は恋愛パートになりましたので、興味のない方は流し読みで構いません。

_________

 自身の行ないを思い知らされた俺とイリンたちは、少ししんみりとしながらこの国の首都へと到着した。

 俺は自己嫌悪で顔をしかめながら、環は口元に手を当てて何かを考えながら、そしてチラリと見えた御者席のイリンは何を考えているのかわからない微笑みを浮かべながら、誰も言葉を発することなく俺たちを乗せた馬車は進んでいく。

「はぁ。いつまでそんな状態でいるつもりだ。さっきの話で思うところがあるのなら、宿をとってからゆっくりと話し合えばいい」

 ニナが街に入る手続きをしてから、呆れたようにしながらそう言った。

「……そう、だな」
「ああそうだ。だから今はしっかりしろ」

 ニナはそう言うと、馬車の御者席へと移動して、イリンに代わって馬車の操縦をし始めた。

「とりあえず、宿は私が選んでおいた。ここは私が泊まる予定の宿とは違うが、今は私のような知り合いが近くにいない方がいいだろう」

 ニナが操っていた馬車はとある建物の前で停まった。

「明日にはまた会いに来るが、それまでにお互いに言いたいことを言ってしっかり話し合っておくんだ。いいな」

 そしてニナは御者席と馬車内を繋ぐ扉から馬車内を覗き込んでそう言うと、そのあとは何を言うでもするでもなく馬車を降りて去っていった。

「心配してくれてるんだな……」

 そんな俺の呟きにはイリンも環も反応する事なく、ただ虚しく響いただけだった。

 少し前までは二人のちょっとした仕草や、二人とのちょっとした会話だけでも楽しかったが、自分の不甲斐なさを理解させられた今の俺は、二人のことを直視しづらかった。

 だからだろう。俺は一瞬二人の方へ視線を向けたもののすぐに逸らしてしまった。

「……中に入るか」
「はい」

 今度は俺の呟きにイリンは返事をしてくれたが、環は俺を見つめていたが何にも言うことなく、無言のままだった。

「いらっしゃ──」

 宿の中に入ると受付の女性が俺たちを迎えたが、その言葉は何故か途中で止まった。

「いらっしゃいませ。お、お泊まりでしょうか?」

 そして少し間が開いてから、顔をひくつかせながら今度は最後までしっかりと問いかけてきた。

「ええ。それと、そとに馬車を置いてあるのですが」
「ああはい。こちらで移動させておきますね」

 受付の女性はそう言うと、カウンターの上にあったベルを鳴らした。
 そしてその音を聞きつけてやってきた男性を短く言葉を交わすと、男性は頷いて外へと出ていった。

「それで、お部屋の方はどうされますか?」
「一人部屋を三つ──」
「三人部屋を一つでお願いします」

 俺が本当は二人を信頼などしていなかったことがバレ、今日は各自で考えることもあるかもしれないと思い部屋を分けようと考えた。何より、俺が少し一人で考えたいと思った。

 だから三人それぞれの部屋で休んだ方が良いだろうと一人部屋を三つ頼もうとしたのだが、それは今まで黙っていた環によって止められた。

 振り返ると、その顔は怒っているようだった。

「環……」

 いや、怒っているよう『だった』ではなく、実際に怒っていた。

「何やってるのよ。今距離を置くなんてのは、ダメでしょ。今回は一人で考えたってろくな考えなんて出ないわ。そんなふうに距離を置くなんてことをするよりも、しっかり話し合わないと」
「でも……」

 反射的にそう言ったがその言葉の後に何を言っていいのかわからない俺は、そのまま何も言えずに口をつぐんでしまう。

 そして目の前で怒っている環とは違い人形のように微笑んでいるイリンへと視線を向けるが、俺はそれが嫌で、そんな顔を見ていたくなくて視線を逸らす。

「こういうのは時間をおいて、下手に考える時間なんて作るほど変な方向にこじらせるわよ。ニナも言っていたでしょ? お互いの気持ちをぶつけろって。何も考えず、思ったことを話し合えばいいのよ」
「……」
「大丈夫よ。あなたが何を言ったところで、私はあなたから離れないから」

 環は俺の手を取ると、両手で包み込んでそう言いながら笑いかけてきた。
 いつも見ていた笑顔、それが自分に向けられていると理解しただけで、俺の心は多少上向きになった。

「で、では三人部屋を一部屋でよろしいですね? 朝と夕のお食事と期間はどうなされますか?」

 俺と環が話していると、横から女性の声が聞こえた。

 ……ああ、そういえばまだ宿の受付の最中だったな。

 誰かが見ている前でこんなやりとりをすれば普段の俺なら恥ずかしさを感じるところだが、なぜかいつものような恥ずかしさを感じることはなかった。

 だが目の前で俺たちのやりとりを見せられていた受付の女性は、少し顔を赤らめて慌てたようにしている。

「期間は一週間で、食事は朝と夕で願いします」

 話すにしてもさっさと受付を済ませてしまおうと、俺は止まっていた手続きを再開する。

「はい。かしこまりました。……皆さま冒険者ギルドのギルド証をお持ちでしょうか?」
「ええ。持ってます」

 受付の女性の言葉に従って、俺達はギルド証を取り出して提示する。

「皆さん三人とも銀級ですか。優秀なんですね」

 それを受け取って確認した女性は少し驚いた様子を見せたが、それは俺たちがまともに戦えるように見えなかったからだろう。現に、銀級などそれほど珍しくないのだと思うが女性はすぐに手続きを進めていった。

「ではこちらがお部屋の鍵となります。お食事は一階の……そちらの部屋が食堂となってますので、朝と夕の鐘が鳴った後からしばらくの間であればいつでもどうぞ。その際にお部屋の鍵を見せてくだされば、すでに料金はいただいておりますので新たにお金をいただくことなくお食事を提供させていただいております」
「わかりました。では失礼します」
「は、はい。ごゆっくりどうぞ……」

 吃りながら案内をする受付の女性に見送られて、俺たちは部屋へと進んでいく。

「「「……」」」

 その際に誰も言葉を発することはなく、ただ三人の足音が響くだけだった。

「イリン……」
「っ──!」

 部屋に着くとイリンはいつもの部屋の確認のために動き出したのだが、俺から離れようとするその動きを、俺はイリンの手を掴んで止めた。
 本当なら抱きしめて止めるべきだったのかもしれないけど、今の俺はそれをすることを戸惑ってしまった。

「……ごめんな」

 だがそうしてイリンの手を掴んだまま何も話すことができずにいた俺は、なんとかそう絞り出した。

 そして、そんな短い一言であったとしても、一度言葉にしてしまえば止まらない。
 ここにくるまでに考えていたいろんな想いが、どんどんと口から溢れていく。

「ごめん。本当にごめん。……俺は、お前達をっ……。ああそうだ。心の底ではお前たちを信頼していなかった」

 俺は二人が強いとわかっていた。力を持っていると知っていた。

 だけど、それでも心配だった。怪我をするんじゃないかって。怪我だけならまだしも、最悪の場合は死んでしまうんじゃないかって。

 だって俺は二人に勝てるから。不意を突かれれば確かに負けるだろう。単純な身体能力ではイリンに圧倒され、魔術を用いた汎用性や殲滅力は環の方が上だ。

 だが、本気になってなんの制限もかけない戦闘では俺の方が強い。
 二人よりも強い俺がいるんだから、俺以外にもいても二人に勝てるような強者がおかしくない。

 そんな強者に出会う危険性がある事を二人に任せるには、力が足りないと思っていた。
 任せることができると、信じていなかった。

 もし二人のうちどちらかが死んでしまえば、俺は立ち上がれる自信がない。

 それほどまでに二人は俺にとってとても大切な、何よりも大切な宝物のような存在なのだ。
 はっきり言って、俺は二人に依存している。

 だから、そんななくてはならない宝物が傷つく恐れがあるんだったら、初めから危険から遠ざけて安全な宝箱に入れて守っていた方がいい。
 そうすれば二人は傷つくことなく、笑っていられる……そんなことを、思っていた。

 だが、そんな自分勝手な幸せの押し付けが二人を傷つけ、悲しませていた。

「いえ……。信頼とは勝ち取るものですから。信頼していただけないのは、私がいけないのです。
 私が弱いから。だからあなたを不安にさせてしまう。だから寄りかかってもらえない。下手に背中を預ければ、弱い私たちは簡単に折れてしまうと知っているから」

 俺に手を掴まれたままこちらを向かないイリン。

 それは違う! そう言いたかったが、俺の口は動かず、声を出すことすらできなかった。
 だって、実際にそう行動してきたんだから。

「私はもっと強くなります。強くなって、もう誰が相手でも負けません。そうすればその時は、あなたも安心して私を頼ってくれるはずですから」

 イリンはそう言いながら、何を考えているのかわからない微笑みで振り返った。
 まるで人形のような感情の見えない無表情の微笑みを浮かべながら、イリンは言葉を吐き出し続ける。

「私には足りなかった。まだ強さだけではなく何もかもが足りなかった。私はあなたのそばにいるには相応しくなかった。ですが、いずれは強くなります。掃除も洗濯も料理ももっと上手くなります。権力を持つ者の対応の仕方も学びます。鍛えて、学んで、備えて、そしてあなたにふさわしい完璧な女になってみせます。……でも、今は相応しくない。だから……」

 イリンはそう言うと、感情の見えない微笑みの中で一瞬だけ悲しげに顔を歪めた。

 そして俺の手を振り解いて、両手を胸の前に持っていくと、自身の左手の薬指につけられている指輪を摘んだ。

「だから……今はこれをお返ししま──」

 そしてイリンが指輪を摘んだ右手を動かし、そして指輪が完全に左手から離れた瞬間……

 パシンッ!

 俺の横を何かが通り、そして何かが弾けた音がした。

 それと同時にドスンと言う何か重いものと、コツンと言う何か軽い者が落ちる音も聞こえた。

 見ると、俺の目の前には腕を振り抜いた状態の環と、尻餅をついて倒れた状態のイリンがいた。
 そして少し離れた場所には俺が渡した木彫りの指輪。なんの変哲もない不格好な手作りの指輪は、俺がイリンに結婚指輪として渡したものだった。

「何バカなことを言ってるのよ。ふざけないで!」

 環は怒りの形相を浮かべながら息を荒くしてイリンに怒鳴りかかる。

「あなたにとって、それはそんなにもどうでも良いものだったの!?」

 環の言葉に反応して、イリンは自分の左手を見るが、その手を見たイリンはくしゃりと顔を歪めて左手を握りしめた。

「……どうでもいいわけ、ないっ……!」

 そして吐き出される言葉とともに、イリンの目からは涙がこぼれ落ちる。

「どうでもいいわけがないっ! これはっ、これはとても大事なっ、大事なものです! どうでもいいものな訳が、ないでしょう!?」

 イリンは頭を振り乱し、左手の薬指……先ほどまで指輪のはまっていた場所を大事そうに掴みながら叫ぶ。

「なら、なんであなたは今それを取ったのよ。それを取って、どうするつもりだったの? 何を言うつもりだったの? 大事なら、なんですぐに拾いに行かないのよ」

 環の言葉を受けてイリンは転がった指輪を探すように視線を巡らせると、見つけたその指輪を拾うためか手を伸ばそうとしたが、その伸ばしかけた手は途中で止まった。

 そしてその手は自身の胸元へと引き寄せられ、固く握りしめられた。

「あなたは……あなたは悔しくないのですか? ただ与えられた場所で力になることもできず、ただ待っているだけの自分が悔しくないのですか? 助けてあげたい。寄りかかって欲しい。そう思いながらも何もしてあげられない無力感をっ! あなたは感じずにいられるのですか!?」

 静かに話し始めたイリンだが、話しているうちにその声は徐々に大きくなっていき、それが叫びへと変わると今度は勢いよく立ち上がり、環へ掴みかかった。

「私は悔しい……悔しいんですっ! 信じてほしい。頼ってほしい。私がそばにいてもいいんだって教えて欲しいっ! でも私はっ……いつも見てるだけ」

イリンの悲痛な叫びはまるで俺を責めているかのようであり、事実、本人が意識しているかどうかはわからないが、イリンは内心では俺の行動を責めているのだろう。

彼女にそんな事を思わせてしまった事が、そう言わせてしまった事が悔しくて、苦しくて、俺は唇を噛み締める。

「……私は都合の良い女でいなければいけないんです。引き止めてはいけないんです。離れないといけないんです。だってそうじゃないと……」

 ──嫌われてしまうから

 環をつかみながら俯いたイリンは、大量の涙をこぼしながら消え入りそうな声でそう呟いた。

「あなたは悔しくないんですか?」

 しばらくして顔をあげたイリンはそう言って環に尋ねたが、その顔は力なく、とても痛々しい笑顔だった。

「……」

 そんなイリンの問いに、環は何も答えない。ただ自分の事を掴むイリンを見つめているだけ。

「……ああ、そうですか。あなたはそんなお花畑な頭でいいですね。私も、あなたのように悔しいと思わないような頭だったら──」

 何も言わない環に、イリンは普段は言わないようなことを言いながら掴んでいた腕を下ろして離れた。

 だが、今度は環が自身から離れていくイリンの胸元を掴むと力任せで乱暴に自分の方へと引き寄せた。

「ふざけないでよ。……悔しくないわけないじゃない。バカにしないで」

__________

長くなりそうなので二話に分けました。もう一話どうぞ!

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