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ギルド連合国の騒動

440:後処理と疑念の種

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 伝心祭という祭りを終えてしばらくが経ち、俺たちはこの街を出発する準備をしていた。

 俺たちがこの街にきてからもうすぐ二ヶ月が経つ。いつまでもここにいても洗脳を解除する方法は分からないし、異世界へと帰る方法も分からない。
 それにここは王国と近い位置にある。いつまでもいたら王国の奴らに見つかるかもしれないので、俺たちは次の街へと移動するつもりだ。
 ……まあ、それだけではなく他にも理由があるのだが。

 ニナに先導してもらって祭りを回り出したあの後、祭りを回っている最中に偶然出会った例の議員の親戚を名乗る豚野郎は俺を見かけて「なぜ生きている!」と叫んでいたが、どうやらベイロンは俺を殺していない事を報告していなかったようだ。

 ベイロン……あいつは快楽主義者って感じがしたし、俺を殺していないことがバレればわめかれて面倒なことになるとでも判断したのだろう。

まああいつ自身、こいつのこと嫌ってるというか、排除したがってたからな。

 ああそうだ。ベイロンといえばもう一つ、例の幻を使う魔術師はいなくなっていたようだ。

 他の襲撃者達はその場で眠っていたところをエルミナが冒険者ギルドの支部長に報告した結果捕まったらしいのだが、幻使いの魔術師はいなくなっていたそうだ。
 それなりに知った仲だったようだし、あの後ベイロンが魔術師を助けでもしたのだろうか?

 ……惜しかったな。俺はあいつを幻使いと呼んでいるし、実際に幻を使って戦っていたが、その実やっていることは精神への干渉を行う魔術だ。
 あいつを捕まえていれば、もしかしたら王国で洗脳されたままの海斗君と桜ちゃんを助けることができたかもしれないのに……はぁ。

 それともう一つ。イリンが握り潰した後その場に投げ捨てたアイテムは、どうやら隷属の首輪だったようだ。

 それはイリンが俺にあった時につけていたモノで、つけられている者は首輪をつけた者の命令に逆らえないというアイテムだ。
 おそらくは元貴族の男に言われ、あれをイリンと環の首につけて操ろうとしたのだろう。

 まあそれはともかく、そんな風に祭りの最中で人目があるにも関わらず騒ぎ出したあいつは、俺に対して「ふざけるな」「それを寄越せ」と騒ぎ出し、部下に俺を襲うように言ったが最終的には自身で剣を抜いて切りかかってきたせいで、祭りの最中であるというのに捕まった。

 本来はこれでも捕まらず、捕まったとしてもすぐに釈放されていたのだろうが、今回ばかりはそうはいかない。

 何せ今回は大勢が見ている中での実行犯であり、ベイロンに渡された書類をもとに調べて証拠を手に入れた冒険者ギルドと、それに協力した各ギルドが動いたのだ。流石にどうしようもない。

 そしてそれはそいつだけではなく、ベイロンの書類に載っていた他の者達も同じだ。祭りの後には捕まって牢に送られたそうだ。

 俺はそこからは……というか最初からほとんど関わっていないけど、なぜかニナやエルミナ、果ては冒険者ギルその支部長であるヒズルから直接ことの顛末の報告を受けていた。

 今まで悪事を見逃されてきた者達が一斉に検挙され、その屋敷などを乗り込んでいくギルドの職員達は市民達から喜ばれ、さながら英雄のようだった。

 もちろん乗り込んで調べたのは冒険者ギルドの職員だけではない。他の鍛治ギルドや商業ギルドなども加わっていたし、なんならこの街にある全部のギルドが動いていたと言ってもいい。

 かなり大事になっている気もするが、それくらい各ギルドも鬱憤がたまっていたのだろう。

「でもこれ、小物ばかりなんですよね」

 とは冒険者ギルドの支部長であるヒズルの言葉だ。流石に例の村の襲撃を計画、指示するような大物の存在は載ってなかったか。

 そして、俺はヒズルに一つ相談をした。それは祭りの後、ニナとエルミナと話していて気になったこと──反乱の可能性についてだ。

 それを言った時のヒズルの反応は、少し驚いていたものの、よくわかったなとでも言いたげな顔をしていた。

「よくわかりましたね」

 というか実際に言われた。
 そして、直後に何か思案するような様子を見せた後、こちらへと視線を合わせてにこりと笑った。

「では一つお願いしたいことがあるのですが……よろしいですか?」

 よろしいですか? と聞いているが、俺に断ることはできないのだろう。
 そう思って話を聞いたのだが、それが今回この街を出ることの決め手となった。

 ベイロンの書類とそれによって捕まえた奴らからの情報で、最低限必要な情報は集まったと判断したニナはこの街を離れてこのギルド連合という国の首都へと行く事を決めたようだ。

 そして、せっかくだからとそれに合わせて俺たちも一緒にこの国の首都に行くことになった。

「もうすぐこの街ともお別れか……」

 なんとなしに窓に近寄り、そこから宿の外の風景を見ながらそんな事を呟く。
 特に誰かに聞かせる事を意識した言葉ではなかったが、環にはその言葉が聞こえたようで、一つの提案をしてきた。

「ねえ、最後にこの街を見て回らない?」

 そうだな……これで街を出たらもう二度と戻ってこないってわけでもないけど、それでもしばらくは戻ってこないだろうし、いいかもな。

「ああ。行こうか」

 俺がそう言うと、環は小さく笑いながら楽しげに出かける準備に取り掛かった。

「イリンは訓練場だと思うか?」

 俺が尋ねると、環は出掛けるために準備していた手を止めて、困ったような顔で振り向いた。

 これは何も、環がイリンのことを疎んでいるわけではない。

 せっかく出掛けるのだから二人で、とそういう気持ちも確かにあるのだろう。
 だが今環の表情が曇ったのはそういう理由からではない事を俺は知っている。

「ええ、多分……」

 イリンは今この部屋にいない。最近は暇があればもっぱら訓練場へと向かったり冒険者ギルドで依頼を受けて街の外に行ったりしているが、宿を離れるときは一言声をかけてから行くので、それがない今は訓練場にいるだろう。

「ちょっと聞いてくる」
「わかったわ」

 環の返事を聞くと、俺は部屋を出てイリンがいるであろう宿に備え付けられている訓練場へとやってきた。

「──そういうわけだが、イリン。お前はどうする?」

 以前ならすぐに自分も行くと返事をしただろう。だが……

「では私も……いえ、私は構いません」

 イリンは一度頷きかけたものの、直後にグッと拳を握りしめて首を振った。

 イリンは今までも自己研鑽をしてきたが、あの伝心祭でのレースで幻にかけられて不覚をとった後からはより一層その時間を取るようになっていた。
 その本気度合いは、良く観察するまでもなく見ればわかった。

 以前は暇があればストーカーのように俺のことを陰から見ていたりしていた。
 結婚してからは陰からではなく隣とか背後からとかのすぐそばからだったが、基本的にやることは変わらず、暇を見つけては俺の世話や観察をしていた。

 だが、あの日不覚を取ってからは必要なことはそれまでと変わらずにやっているのだが、その必要以外の時間を削り強くなることに当てていた。

 それが一ヶ月。
 最初はイリンの気が済むまでやらせてやろうと環とも話していたのだが、一週間、二週間と経ってもその様子は変わることはなく、ついには一ヶ月だ。

 そんなに無理をして頑張らなくても、今のままで十分役に立っている。俺なんか、もうお前がいないとダメだと思うくらいには依存しているのが自分でも分かる。

 今はもう出会った頃のように離れようだなんて考えていないのだし、結婚までしたんだ。だから、多少の失敗があったところで離れるわけがない。

 だがそれでも、イリンは強くなるために研鑽を続けた。

「彰人……」

 環も今の状態のイリンを良しとしないのだろう。部屋で出かける準備に取り掛かっていたはずなのに、イリンのことを心配したのか後を追ってきた環は俺の隣に立ち、服を掴んでくいっと引っ張った。

 自分で言うのもなんだが、環は俺の関心をイリンから奪うためにイリンをライバル視している。イリンがいなければ俺の関心を奪うことだって多少はたやすくなるはずだ。
 それでも環がイリンを心配するのは、彼女が正々堂々勝って見せるという彼女信念の現れだろう。

「わかってる」

 俺は環の言葉に頷くと、目の前で申し訳なさそうに顔を俯かせているイリンへとスタスタと近づいていき、彼女の腕を掴んだ。

「イリン。行くぞ」
「え? あ、あの……」
「いいから。今のお前の意見なんか聞かないよ。一緒にこい」

 そう言いながらイリンの腕を引っ張ったが、最初は体を固くして少し困ったような表情をしていたが、宿を出る頃にはうっすらとはにかみ、小さくだが楽しげに尻尾を揺らしていた。

 やっぱり、お前は笑ってる方がいいよ。

 ……だから、もし本当に危険なことがあったのなら、俺が後先なんて考えず、周りとの関係なんて放り捨ててでも全力で守ってやる。



「そういえば、花の加工はどうするの? まだ私の収納に入れたままだけど」

 無理やりイリンを連れ出した俺たちは、三人で手を繋いで街を歩いていた。
 すると途中で花屋を見かけた環が、ふと思い出したかのようにそう言った。

「花? ……ああ。そういえばまだだったな」

 環の言っている花とは、俺たちが祭りの時に採取した伝心花のことだろう。
 俺たちは伝心花を手に入れたとはいえ、まだそれを花の状態のまま持っていた。

 なんでさっさと魔術具に加工しないのかっていうと、伝心花に限らず植物を魔術具として仕立て上げるには特殊な加工が必要だから時間がかかるらしい。
 その上、伝心花の加工はさらに特殊で、かなりの技術と知識を持っている者でないとできないらしく、そこら辺の工房に頼むこともできない。
 しかもだ、加工を施すのはレースの時に到着した順番とのことだったので、俺たちの番になるまではかなり時間がかかる。実際、一ヶ月経ったいまでも俺たちまで回ってきていない。

 無制限でなおかつ盗聴の心配のない通信の魔術具。
 できればすぐにでも欲しいが、いつ加工が始まり、そして終わるのか分からないのでは加工を頼むこともできない。

「……仕方ないからしばらくは花のまま持っておくしかないな」
「そう……残念ね」

 いつになるか分からないが、次にここに来た時には大丈夫だろうしその時にでも頼めばいいし、旅先でできるって人がいるなら頼んでもいい。

 もちろんこの町で頼むより失敗する可能性が高いわけだから、もし頼むとしたら本当に信頼できる相手だけのつもりだ。

 その後も適当に話していたのだが、それは環だけであって、イリンはついてきて入るものの話に入ろうとはしない。

 それは帰りたいとか、嫌だとか思っているのではなく、まるで何かを恐れているかのようだ。

「もしまたあいつらが襲ってきても大丈夫だ。お前なら一度やったミスは次の時には対処するだろ?」
「アキト様……」

 俺の言葉を聞いて少し俯きながら歩いていたイリンはその顔を上げ、俺を見上げながら俺の名前を呼んだ。
 どうやらまだ完全とはいえないものの、イリンは多少ながら気持ちを上向きにすることができただろうか?

「それに、お前たちが危なくなっても、俺がお前たちを守るからさ。だからそんなに思い詰めるな」

 俺がそう言うと、イリンは突然足を止めて顔を俯かせて体を微かに震わせた。

 どうしたんだ、と思って手を伸ばすが、そのてがイリンに触れる前にイリンは顔を上げて笑った。

「はい。ですが、私も守られているだけではいられませんから。ご心配してくださりありがとうございました」

 イリンはそう言っていつもと変わらない様子で明るく笑った。

 ……でも、なんだろうな。イリンは確かに笑っているのだが、どことなく無理をしているようで、でもそれがなぜなのか分からなくて無性に胸が苦しくなった。

 ……俺は、何か間違えたんだろうか? だとしたら、何を間違えたんだろうか?

 だがその後は話に混ざるようになったイリンを見て、俺はさっきの感覚は気のせいだったのか、と不思議に思いながらも軽く頭を振ってから今回のこの街での最後の日を楽しむことにした。

 まるで、俺の不安は気のせいだったんだと、そう自分に言い聞かせるかのように……。
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