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イリンと神獣

379:帰る場所

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「本当にもういくのか?」

 俺たちは今日、再び旅へと出発するのだが、朝食の時にウォードがそう尋ねてきた。

 だがイリンと環との結婚式を迎えてから今日で二週間が経った。もう頃合いだろう。

「もうっていっても、一ヶ月近くいたよな?」
「番ったのだから一生いても良いのだがな」
「一応、俺たちにもやることがあるから」

 旅をしていろんなところを見るというのもそうだが、海斗君達を助ける方法も探さないといけないのだから、ここに止まるわけにはいかない。

 ……まあ、その目的を忘れるつもりはないが、気分的には新婚旅行だ。これじゃいけないと思っているのだが、誓いの儀という結婚式を行ってから、なんだか頭がゆるくなってる気がする。二人との新しい関係に慣れるまでのしばらくは、まともに動く気にはなれないと思う。

「これから先ずっと戻ってこないわけじゃないんだから、しばらくすればまた来るさ」
「その時には孫の姿が見れるといいんだがな」
「……前にも同じようなことを他の奴から言われたことがあるが……まあそのうちな」

 スーラにも言われたが………………いつかは、としか言えない。

 二人は子供についてはどう思っているのだろうか?

 イリンと環の方へと目を向けると、何やら二人はイーヴィンとエーリーの二人と楽しげに話している。

「イリン、それとタマキ。いい? 渡した本には色々必要になる事を書いておいたわ。しっかりと覚えるのよ」
「エーリー。あなたがそれほど気にいるだなんて思わなかったですね」
「あらそう? イリンはあなたの娘だから当然だけど、タマキも私たちに似てるじゃない? 上手くいってほしいもの。あなたもそう思うでしょ?」
「……そうですね。イリンが認めた方ですから、上手くいかないだなんてあり得ないと思いますけど」
「でもそれと努力しないというのは別でしょう?」
「まあ……ええ、そうですね」

 意外だったのが、環はこの二人にかなり気に入られたようだ。それこそ本当の娘であるイリンと同じくらいに。
 まあ本当の娘と言っても、エーリーからしてみればイリンも環も血は繋がっていないのだから同じように扱ってもおかしくはないか。

 だが話を聞いていて少し気になったことがある。

「……あの二人はイリンと環に何を教えたんだ?」

 本を渡したと言っていたが、必要なことってなんだ? その本の存在自体は知っていたが、前に頼んでも見せてはもらえなかった。イリンと環に頼んでみると二人も少し慌てながら見せてくれなかったし、なんだろう。結構気になるんだよな。

「さあな。ただ言えるとしたら、役には立つということだな。……それがどの方面で役に立つかはわからないが」

 ……不安になることを言うなよ。



「おう。行くのか」

 朝食を終えて、馬車の準備をしていると、背後からウォルフがやってきた。

「ああ。出るなら早いうちのほうがいいだろ。それに先延ばしにするといつまでもいそうだからな」

 それくらいここは心地がいい。獣人の国にある自宅もいいが、こっちもひさしく感じていなかった家族という感じがして良い。

「ま、俺が引き止めることじゃねえわな。……改めて礼を言っておく。ありがとう」
「恩だと感じているんだったら、しっかりと長をやれよ」
「わぁーってるよ。──またこいよ」

 それだけ言うと、ウォルフは去っていった。

 俺はその背中を見送ってから準備の最終確認をする。まあ確認と言ったところで馬車と馬がしっかりとつなげているか見るだけだ。それだってウォルフ達が準備してくれたし、イリンも確認してたから本当にただ見るだけの意味しかないものだ。
 荷物類はそれぞれの収納の中に入っているし、予備の馬車の部品だって俺の収納の中に入っているから、他の人に見られた場合に誤魔化す程度の荷物しか乗ってない。

 ……さて、二人は準備できたかな?

 ウォードの家の方を見てみるとイリンと環、それとイーヴィンとエーリーの四人が立って別れの挨拶をしていた。

 本来なら同じ家に住んでいるイーラもいても良さそうなものだが、こういう時に暴れてでもイリンを引き止めそうなイーラは現在部屋に縛り付けているそうだ。

「はい。それじゃあ行ってきます。お母さ──あ……えっと、エ、エーリーさん。イーヴィンさん……」

 イーラのことを若干遠い目をしながら考えていると、どうやら環はエーリー達のことを『お母さん』と呼んでしまったようで恥ずかしがっている。

 それは子供が学校で先生のことをお母さんと呼んでしまうのと同じようなものでもあるのだろうが、故郷への恋しさからと言うのもあるだろう。

 正直言って、俺は日本にはなんの未練もない。こちらの世界は多少の不便はあるものの、向こうには親族はいないのに対してこっちにはイリンがいるし、金も力もある。だから今は幸せだ。
 だが、環は違う。日本には親がいて友達だっていた。いくらこっちで暮らす覚悟をしたとしても、恋しいと思うのを止めることはできないんだろう。

 いつか、海斗君と桜ちゃんを助け出した時のために、あっちに戻ることができる方法も探す必要があるか。まあ俺は元の世界に戻るつもりはないけど。

 ……でも、家族がいて友達もいる日本と、俺が残るこっち。もし変える方法が見つかった時、環はどうするんだろうか……

「あなたは私の子供じゃない。けど、私はあなたのことを自分の子供のように思ってるわ。辛いことがあったら、逃げたいことがあったらいつでもここに来なさい」

 エーリーはそう言うと微笑みながら優しく環のことを抱きしめた。本人が言うように、本当の子供にするかのように。

「そうですね。アンドーさんなら大丈夫でしょうけれど、本当に辛いことがあったらいつでもきてくださいね。辛いことを押し込めて、ただ従順なだけでは幸せになれませんから」

 イーヴィンは言葉の後に俺の方へと視線をよこした。一瞬ではあったが、その視線はスッと細められ威圧感さえ感じるものだった。これは俺への警告を兼ねているんだろう。二人を悲しませたら許さない、と。
 だが、そんなこと言われるまでもない。イーヴィンに向かって頷きを返すと、イーヴィンは小さく口元を緩めたのでこちらの想いは通じたのだろう。

「あなたの本当の親は異世界にいるけれど、こちらの世界の母親は私だと思ってくれると嬉しいわ。……また、戻ってきなさい」
「──はい……はいっ! 必ず、必ずまた来ますっ!」

 うっすらと目に涙を溜めながら環は返事をする。

「「行ってらっしゃい」」
「「行ってきます!」」

 イーヴィンとエーリーの二人に見送られてイリンと環はこちらへとやってきて、二人とも俺の座っている馭者台にやってきた。

「アンドーも気を付けろよ。二人を泣かせたら承知しないぞ」
「わかってるよ。──また来る」
「ああ」

 最後にウォードにそう言うと俺は馬車を走らせ、『家族』に見送られながら故郷を後にした。
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