上 下
337 / 499
イリンと神獣

378:番いの儀式

しおりを挟む
「ああ……ああくそ。うあああぁぁぁぁぁ……!」

 俺は日の光が差し込む部屋の中で、一人で頭を抱えて意味もなく声を出していた。

「どうしたアンドー。もう少し落ち着け」

 すると外まで声が聞こえたのか、ウォードが入って来てそう言う。
 だが、落ち着けと言われても容易に落ち着けるわけがない。だって……

「いや落ち着いてられるか。だってあれだぞ。これから儀式が始まんだぞ?」

 そう。今日はイリンと環の二人との結婚式だ。神獣の事についていろいろゴタゴタはあったけど、最終的にウォルフがイリンから受け取った神獣の力のおかげでどうにかなった。

 その結果、予定通りに今日結婚式──誓いの儀式をすることになったのだが、緊張しない方がおかしい。

「わからなくもないが、叫んだところでどうしようもあるまい。まさか今からやめるだなんて言わんだろう?」
「そりゃ、言わないけど……」

 そうして話していると、ウォルフが部屋の中に入ってきた。

「おう。準備できてっか?」

 その様子はあの時の沈んだ姿ではなく、以前の溌剌としたウォルフだった。

「ウォルフ……」
「んだぁ? しけたツラしやがって」
「……緊張してんだよ」
「んなもんしたところでなんも変わんねえんだ。おら、さっさと行くぞ」

 どうやら時間になったようだ。
 緊張で顔色の悪くなっている俺を引っ張って、ウォルフは舞台へと進んでいく。

 ……ヤバイ。儀式のために用意された舞台に上がると集まっている人の多さに緊張が高まり、ついには足が震え始めた。
 だが……

「あ──」

 目を奪われるとはこういうことを言うんだろう。
 俺とは反対側から舞台へと上がってきたイリンと環の姿を見た途端にそれまでの緊張はどこぞへと消えて行き、いつの間にか震えもおさまっていた。

 舞台に上がってきた二人の格好は、地球にいたときに結婚式できるような煌びやかな白いドレスじゃない。一番近いのはトルコだったかの民族衣装だろうか? オレンジ色のそれをきた二人だが、それぞれ服についている刺繍が違った。

 イリンの服につけられている刺繍は狼だ。まあなんでそれを選んだのかは聞くまでもないだろう。
 ここでは狼を使うのは一般的なものだったが、イリンのは狼だけではなく人の姿も描かれており、人と狼が向かい合うような形似たなっていた。

 環のあれは……花と葉っぱか。服を這い上がるような葉と、裾のほうには花の刺繍。あの花は形からして朝顔? 夕顔とか昼顔とかかもしれないけど、そこら辺はわからない。なんかやけに葉の量が多い気がするが……なんか意味があるんだろうか? そもそも朝顔ってあんな葉っぱの形だっけ?

 二人は手に何かを持っているが、あれが男性側に渡す飾りなんだろう。
 多分イーヴィンやエーリー達も手伝ったのだろうが、よく一ヶ月程度でこれほどのものを用意できたな。

 呆けた頭でそんなことを考えて立ち尽くしていると、二人はこちらに向かって歩いてきた。

 俺はそんな二人にゴクリと息を飲み込みながらも、覚悟を決めて近寄っていく。

 前もって二人に会ったらなんて声をかけようか考えていたはずなのに、舞台の中央で二人と合流すると、その途端に俺はなんと言っていいかわからなくなった。だがそれでも必死になって言葉を絞り出す。

「……イリン。環。二人とも、綺麗だよ」

 俺の感情はその程度では表せないほどに暴れていたが、俺はそれ以上は言葉が出てこなかった。

 だが、俺の言葉にイリンと環は本気で笑っているのがわかるほどに満面の笑みを浮かべた。

 ──ああ。本当に俺は二人と結婚するんだな。これからもいろいろあるだろうけど、絶対に三人で幸せになろう。




「──いろいろあったが、とにかく今日はめでたい日だ。ここに新たな番いが誕生した!」

 長であるウォルフの話もほとんど終わり、里の者達から祝いの言葉がいくつも投げかけられた。
 そして……

「祝え!」

 ──アオオオオオオオオン!!

 ウォルフがそう言うと、里の者達は天に向かって遠吠えをあげた。
 すると舞台の前に集まっていた人たちがはけていき、その場には好戦的な顔をした者達だけが残った。全部で三十人くらいだろうか?

 これから殴り合いが始まるのだろう。そしてその後は勝ち残ればそのまま祝って、倒れたら新婦に介抱されることになる。そしてその後、夜の宴の時に新婦側が作った飾りを新郎側に贈ることになっている。
 この儀式を朝にやるのにもここに理由がある。この後の殴り合いで気絶してしまうと飾りを贈ることができないので、時間を開けることにしたらしい。

「おら、いってこい」

 殴り合いに参加する人達を見ていると、ウォルフに背中を押された。

 正直言って勝ち残れるとは思わないが、無様なところは見せられない。と言うか見せたくない。精々全力を出すとしよう。

 だがそう思って警戒していたのだが、参加者たちも本気ではないのだろう。思ったよりもその攻撃はぬるいものだった。

「ッシャアアアアア! 死になさい!」

 そんな中で一人だけガチでこっちを狙ってくる奴がいる。言わずとも分かるだろうが、イリンの姉であるイーラだ。
 イーラは合法的に俺を殴ることのできる今日に全力をかけているようだ。

「ぐおっ!」

 流石に今までのぬるい参加者たちの攻撃とは違い、本気のイーラの攻撃は速く、重い。
 避けたと思ったのに腹にくらってしまった。

「もらったあああああっ!」

 そう言いながら怯んだ俺の顔面向かって殴り込んできたイーラ。このまま食らえばノックダウンだろう。
 視界の端にはイリンと環が不安そうにこっちを見ているのがわかった。
 いくらスキルも魔術も使えないからとは言っても、二人の前で無様に負けるわけにはいかない。
 そう思った俺は覚悟を決めてイーラの拳に頭突きをする。

 イーラは俺のことを舐めていたのだろう。その頭突きはイーラの拳とぶつかり……

「うぐううぅぅ……!」
「っづあっ、ああああああ!」

 殴られた頭はかなりの痛みを感じるが、代わりにイーラは拳を使えなくなったようだ。
 攻める! ここを逃したら勝ち目はない!

「甘いわ!」

 振りかぶった俺の拳を、イーラは反対の手で受け止めるが、そんなのは予想どおりだ。

「っらああああ!」

 イーラに拳を受け止められた俺は痛みのひかない頭でもう一度頭突きをする。

「な──ぶっ!」

 イーラは避けようとしたが、俺は手を掴まれると同時に、掴まれた手とは逆の手でイーラの手を掴んでいた。そのせいで避けることも防ぐこともできずに、俺の頭突きはまともに顎に入った。

「うおおおおおおっ!」

 イーラを倒して思わず雄叫びを上げるが、俺の周りにはまだ何人も残っている。
 どうやらイーラと俺の戦いに手を出さずにいてくれたようだ。

「かかってこい!」

 そんな周りにいた奴らに向かって、挑発をする。
 だが、その後は五人ほど倒したが、俺の意識はそこで途絶えた。





「あっ、アキト様!」
「彰人!」

 目を覚ますと俺の視界にはイリンと環、二人の顔が映っていた。
 二人の位置と、頭の裏から感じる感触から、俺はイリンに膝枕をされているのだろう。

「……あー、おはよう。二人とも」

 体を起こそうとするがイリンに押さえられ、仕方なくそのまま辺りを見回すとここは部屋の中のようだ。

「負けたか……。ごめんな、かっこ悪くって」

 初めからできるとは思っていなかったが、それでも最後まで勝ち抜きたかった。

「そんなことないわ!」
「そうです! とってもかっこよかったです!」

 二人からの慰めをもらった俺は、その後、今度は環に膝枕をしてもらいながら話していた。

「あ、そうだ! ちょっと早いけど……」
「こちらをどうぞ」

 だが、環が突然思い出したように何かを取り出して俺の左手へとつけた。どうやら腕輪のようだ。
 イリンもそれに倣って同じように反対の右手に腕輪をつけた。

 ちょっと早いと言うことは、これが宴で渡すはずだった『飾り』なのだろう。
 木彫りでできたそれは、それぞれ二人の着ている服の刺繍と同じような紋様が彫られている。

「──ありがとう」

 結婚指輪の代わりとなるものをもらい結婚する実感が湧いてきた俺は、体を起こしてから二人がそばにいない隙を見て作った指輪を収納から取り出す。

 普段とは違い収納スキルを使わずに手彫りで作ったその指輪には、薔薇の彫刻を施してある。作る過程でいくつも失敗作ができたし、お世辞にもうまいとは言えない出来だが、それが一番いいものなんだ。
 彫刻のモチーフにひねりがないのは許してほしい。いろいろ考えたが下手に捻りを加えるよりはこの子の方がいいと思い、結局この形に落ち着いたのだ。

 男側が指輪を贈る習慣はこの里にはないけど、もらうだけで俺から何も贈らないのはどうなんだと思ったので密かに用意しておいた。
 俺にとってもけじめというか区切りをはっきりさせるという意味でも必要だったし、何より結婚といえば指輪だ。ろくなものではないが、これくらいは用意してやりたかった。

 ……本当は、こんな手作りの木彫りじゃなくてしっかりとしたものの方がいいんだろうとは思う。
 収納スキルを使って金属から指輪の形に切り取ってしまえばそれで想像通りの完璧な指輪ができるのだし、収納の中には宝物の類はまだまだあるんだから、贈り物としてはそっちの方がいいはずだ。

 だが、この指輪はなんとなくスキルに頼らず自分の力で作りたかった。

「幸せにする。だから、これからもよろしく」
「「はい!」」

 そして俺は二人の左手の薬指に指輪をはめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

召喚アラサー女~ 自由に生きています!

マツユキ
ファンタジー
異世界に召喚された海藤美奈子32才。召喚されたものの、牢屋行きとなってしまう。 牢から出た美奈子は、冒険者となる。助け、助けられながら信頼できる仲間を得て行く美奈子。地球で大好きだった事もしつつ、異世界でも自由に生きる美奈子 信頼できる仲間と共に、異世界で奮闘する。 初めは一人だった美奈子のの周りには、いつの間にか仲間が集まって行き、家が村に、村が街にとどんどんと大きくなっていくのだった *** 異世界でも元の世界で出来ていた事をやっています。苦手、または気に入らないと言うかたは読まれない方が良いかと思います かなりの無茶振りと、作者の妄想で出来たあり得ない魔法や設定が出てきます。こちらも抵抗のある方は読まれない方が良いかと思います

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。