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イリンと神獣

378:番いの儀式

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「ああ……ああくそ。うあああぁぁぁぁぁ……!」

 俺は日の光が差し込む部屋の中で、一人で頭を抱えて意味もなく声を出していた。

「どうしたアンドー。もう少し落ち着け」

 すると外まで声が聞こえたのか、ウォードが入って来てそう言う。
 だが、落ち着けと言われても容易に落ち着けるわけがない。だって……

「いや落ち着いてられるか。だってあれだぞ。これから儀式が始まんだぞ?」

 そう。今日はイリンと環の二人との結婚式だ。神獣の事についていろいろゴタゴタはあったけど、最終的にウォルフがイリンから受け取った神獣の力のおかげでどうにかなった。

 その結果、予定通りに今日結婚式──誓いの儀式をすることになったのだが、緊張しない方がおかしい。

「わからなくもないが、叫んだところでどうしようもあるまい。まさか今からやめるだなんて言わんだろう?」
「そりゃ、言わないけど……」

 そうして話していると、ウォルフが部屋の中に入ってきた。

「おう。準備できてっか?」

 その様子はあの時の沈んだ姿ではなく、以前の溌剌としたウォルフだった。

「ウォルフ……」
「んだぁ? しけたツラしやがって」
「……緊張してんだよ」
「んなもんしたところでなんも変わんねえんだ。おら、さっさと行くぞ」

 どうやら時間になったようだ。
 緊張で顔色の悪くなっている俺を引っ張って、ウォルフは舞台へと進んでいく。

 ……ヤバイ。儀式のために用意された舞台に上がると集まっている人の多さに緊張が高まり、ついには足が震え始めた。
 だが……

「あ──」

 目を奪われるとはこういうことを言うんだろう。
 俺とは反対側から舞台へと上がってきたイリンと環の姿を見た途端にそれまでの緊張はどこぞへと消えて行き、いつの間にか震えもおさまっていた。

 舞台に上がってきた二人の格好は、地球にいたときに結婚式できるような煌びやかな白いドレスじゃない。一番近いのはトルコだったかの民族衣装だろうか? オレンジ色のそれをきた二人だが、それぞれ服についている刺繍が違った。

 イリンの服につけられている刺繍は狼だ。まあなんでそれを選んだのかは聞くまでもないだろう。
 ここでは狼を使うのは一般的なものだったが、イリンのは狼だけではなく人の姿も描かれており、人と狼が向かい合うような形似たなっていた。

 環のあれは……花と葉っぱか。服を這い上がるような葉と、裾のほうには花の刺繍。あの花は形からして朝顔? 夕顔とか昼顔とかかもしれないけど、そこら辺はわからない。なんかやけに葉の量が多い気がするが……なんか意味があるんだろうか? そもそも朝顔ってあんな葉っぱの形だっけ?

 二人は手に何かを持っているが、あれが男性側に渡す飾りなんだろう。
 多分イーヴィンやエーリー達も手伝ったのだろうが、よく一ヶ月程度でこれほどのものを用意できたな。

 呆けた頭でそんなことを考えて立ち尽くしていると、二人はこちらに向かって歩いてきた。

 俺はそんな二人にゴクリと息を飲み込みながらも、覚悟を決めて近寄っていく。

 前もって二人に会ったらなんて声をかけようか考えていたはずなのに、舞台の中央で二人と合流すると、その途端に俺はなんと言っていいかわからなくなった。だがそれでも必死になって言葉を絞り出す。

「……イリン。環。二人とも、綺麗だよ」

 俺の感情はその程度では表せないほどに暴れていたが、俺はそれ以上は言葉が出てこなかった。

 だが、俺の言葉にイリンと環は本気で笑っているのがわかるほどに満面の笑みを浮かべた。

 ──ああ。本当に俺は二人と結婚するんだな。これからもいろいろあるだろうけど、絶対に三人で幸せになろう。




「──いろいろあったが、とにかく今日はめでたい日だ。ここに新たな番いが誕生した!」

 長であるウォルフの話もほとんど終わり、里の者達から祝いの言葉がいくつも投げかけられた。
 そして……

「祝え!」

 ──アオオオオオオオオン!!

 ウォルフがそう言うと、里の者達は天に向かって遠吠えをあげた。
 すると舞台の前に集まっていた人たちがはけていき、その場には好戦的な顔をした者達だけが残った。全部で三十人くらいだろうか?

 これから殴り合いが始まるのだろう。そしてその後は勝ち残ればそのまま祝って、倒れたら新婦に介抱されることになる。そしてその後、夜の宴の時に新婦側が作った飾りを新郎側に贈ることになっている。
 この儀式を朝にやるのにもここに理由がある。この後の殴り合いで気絶してしまうと飾りを贈ることができないので、時間を開けることにしたらしい。

「おら、いってこい」

 殴り合いに参加する人達を見ていると、ウォルフに背中を押された。

 正直言って勝ち残れるとは思わないが、無様なところは見せられない。と言うか見せたくない。精々全力を出すとしよう。

 だがそう思って警戒していたのだが、参加者たちも本気ではないのだろう。思ったよりもその攻撃はぬるいものだった。

「ッシャアアアアア! 死になさい!」

 そんな中で一人だけガチでこっちを狙ってくる奴がいる。言わずとも分かるだろうが、イリンの姉であるイーラだ。
 イーラは合法的に俺を殴ることのできる今日に全力をかけているようだ。

「ぐおっ!」

 流石に今までのぬるい参加者たちの攻撃とは違い、本気のイーラの攻撃は速く、重い。
 避けたと思ったのに腹にくらってしまった。

「もらったあああああっ!」

 そう言いながら怯んだ俺の顔面向かって殴り込んできたイーラ。このまま食らえばノックダウンだろう。
 視界の端にはイリンと環が不安そうにこっちを見ているのがわかった。
 いくらスキルも魔術も使えないからとは言っても、二人の前で無様に負けるわけにはいかない。
 そう思った俺は覚悟を決めてイーラの拳に頭突きをする。

 イーラは俺のことを舐めていたのだろう。その頭突きはイーラの拳とぶつかり……

「うぐううぅぅ……!」
「っづあっ、ああああああ!」

 殴られた頭はかなりの痛みを感じるが、代わりにイーラは拳を使えなくなったようだ。
 攻める! ここを逃したら勝ち目はない!

「甘いわ!」

 振りかぶった俺の拳を、イーラは反対の手で受け止めるが、そんなのは予想どおりだ。

「っらああああ!」

 イーラに拳を受け止められた俺は痛みのひかない頭でもう一度頭突きをする。

「な──ぶっ!」

 イーラは避けようとしたが、俺は手を掴まれると同時に、掴まれた手とは逆の手でイーラの手を掴んでいた。そのせいで避けることも防ぐこともできずに、俺の頭突きはまともに顎に入った。

「うおおおおおおっ!」

 イーラを倒して思わず雄叫びを上げるが、俺の周りにはまだ何人も残っている。
 どうやらイーラと俺の戦いに手を出さずにいてくれたようだ。

「かかってこい!」

 そんな周りにいた奴らに向かって、挑発をする。
 だが、その後は五人ほど倒したが、俺の意識はそこで途絶えた。





「あっ、アキト様!」
「彰人!」

 目を覚ますと俺の視界にはイリンと環、二人の顔が映っていた。
 二人の位置と、頭の裏から感じる感触から、俺はイリンに膝枕をされているのだろう。

「……あー、おはよう。二人とも」

 体を起こそうとするがイリンに押さえられ、仕方なくそのまま辺りを見回すとここは部屋の中のようだ。

「負けたか……。ごめんな、かっこ悪くって」

 初めからできるとは思っていなかったが、それでも最後まで勝ち抜きたかった。

「そんなことないわ!」
「そうです! とってもかっこよかったです!」

 二人からの慰めをもらった俺は、その後、今度は環に膝枕をしてもらいながら話していた。

「あ、そうだ! ちょっと早いけど……」
「こちらをどうぞ」

 だが、環が突然思い出したように何かを取り出して俺の左手へとつけた。どうやら腕輪のようだ。
 イリンもそれに倣って同じように反対の右手に腕輪をつけた。

 ちょっと早いと言うことは、これが宴で渡すはずだった『飾り』なのだろう。
 木彫りでできたそれは、それぞれ二人の着ている服の刺繍と同じような紋様が彫られている。

「──ありがとう」

 結婚指輪の代わりとなるものをもらい結婚する実感が湧いてきた俺は、体を起こしてから二人がそばにいない隙を見て作った指輪を収納から取り出す。

 普段とは違い収納スキルを使わずに手彫りで作ったその指輪には、薔薇の彫刻を施してある。作る過程でいくつも失敗作ができたし、お世辞にもうまいとは言えない出来だが、それが一番いいものなんだ。
 彫刻のモチーフにひねりがないのは許してほしい。いろいろ考えたが下手に捻りを加えるよりはこの子の方がいいと思い、結局この形に落ち着いたのだ。

 男側が指輪を贈る習慣はこの里にはないけど、もらうだけで俺から何も贈らないのはどうなんだと思ったので密かに用意しておいた。
 俺にとってもけじめというか区切りをはっきりさせるという意味でも必要だったし、何より結婚といえば指輪だ。ろくなものではないが、これくらいは用意してやりたかった。

 ……本当は、こんな手作りの木彫りじゃなくてしっかりとしたものの方がいいんだろうとは思う。
 収納スキルを使って金属から指輪の形に切り取ってしまえばそれで想像通りの完璧な指輪ができるのだし、収納の中には宝物の類はまだまだあるんだから、贈り物としてはそっちの方がいいはずだ。

 だが、この指輪はなんとなくスキルに頼らず自分の力で作りたかった。

「幸せにする。だから、これからもよろしく」
「「はい!」」

 そして俺は二人の左手の薬指に指輪をはめた。
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