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王国との戦争

340:いつかまた

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「ケイノア、シアリス、ちょっといいか?」

 俺は食後に、いつものようにリビングのソファでだらけていたケイノアと、そんなケイノアと話しているシアリスに声をかけた。

「ん~? ぁによぉ~?」
「なんでしょうか?」

 シアリスは持っていたカップをテーブルの上において姿勢を正し俺の方を見た。流石はエルフのお嬢様なだけあってしっかりしている。
 だが、その姉であるケイノアの方はシアリスと話していた時のようにソファに寝そべったまま顔だけをこちらに向けた。それでいいのか、お嬢様。妹に完全に負けてるぞ。

「ちょっと話しておくことがあってな」

 グラティース以外にもこの街でできた知人には挨拶をしたし、後はこの二人だけだ。
 本当はケイノアなんかは同じ家に住んでるんだし最初に話してもおかしくないのだが、どうせなら二人が揃った時に話をしておいた方がいいだろうと思い、ちょうどいい機会を待ってたら一番最後になってしまった。

 まあ、時間はまだまだあるわけだし、多少遅れたところで問題はないからいいんだけど。

「実は俺達、一月後にここを出て旅に出るんだ。一生帰らないってわけじゃないけど、結構長い間離れると思うから、その間のことで話しておこうと思ってな」
「旅、ですか」
「は? なに? あんたまたどっか行くの?」

 俺が旅のことを言うと、シアリスは若干の呆れと困惑を混ぜたような表情になり、ケイノアは純粋な疑問の表情を浮かべていた。
 ケイノアの疑問はわかるが、シアリスの表情はなんでだろうか?

「イリンの故郷にな。それとまあ世界を見て見たいと思ってな」
「せかい~? そんな事するなんて変わってるわねぇ~」

 俺の答えを聞くと、ケイノアは馬鹿馬鹿しいとでもいうかのように呆れを声ににじませてそう言った後、大きくあくびをした。

「そうか? 変わってるってほどでもないだろ」

 冒険者や商人は国境を越えて旅をするものだ。
 俺は一応冒険者だし、やろうと思えば商人もできる。そのことはケイノアだって知ってるはずだからそう呆れるようなことでもないだろうに。
 まあこいつの場合は、ただ単に自分にとっては旅なんてする気がないから呆れているのかもしれないが。

 だがそう考えていると、今度はシアリスが話し始めた。

「アンドーさんはどう思っているかわかりませんが、この世界で話して旅は危険なものですよ。魔物や賊の脅威から無事に生き延びることができたとしても、それが楽しめる事なのかは別です」

 ……ああそうか。確かに商人とかなら街を移動するし、冒険者なんかもいろんなところに行く。だが、それは『旅を楽しむ』と言う目的ではない。中にはそう言う目的の奴もいるだろうが、大抵は依頼をこなすために必要だからしているだけだ。
 そうでなければわざわざ危険を冒してまで長距離の移動なんてしない。

 そんな中で俺は娯楽のために旅をすると言ったのだから、呆れられても仕方がないのかもしれないな。

「ま、あんたの場合は問題ないでしょうけどね~。……で? それだけじゃないんでしょ?」
「ああ。それで、俺たちがここから離れている間、お前はどうするのかと思ってな」
「んー、どうするって言ってもねぇ。あ、でも、私はここから離れるつもりはないわよ!」
「あの、アンドーさん。お姉さまをここに止めていただけるよう、私からもお願いできませんか?」
「……まあいいけど」

 どうせここを追い出したらこいつの事だ。また借金して大変な目に合うことになるだろう。シアリスがいるから最悪のことにはならないだろうけど、それでも大変なのは変わりない。

 俺としても知り合いにそんな目にあって欲しいわけじゃないし、とりあえずこいつは恩人でもある。泊めておいて問題があるわけでもないんだから、追い出すつもりはない。

「いよっし!」
「だが代わりに、この家の管理を任せるぞ」

 ケイノアは拳を握って喜んでいる。だが、追い出すつもりはないが、ただで泊まらせるつもりもない。

「ええ~。管理なんて嫌よ~」

 管理を任せると言った瞬間にいやそうな声をあげて拒否するケイノア。だが、それくらいはやってもらいたい。

「管理って言っても、ここを守るだけだ。できないならでてけ」
「お姉さま、ここは受けておいた方がよろしいかと。でないと本当に出ていくことになってしまいますよ?」
「う~、あ~……もうわかったわよ!」

 ケイノアはしばらく唸り声を上げて悩んだ後、勢いよく体を起こして立ち上がった。そして俺に向かって指を突きつけてきた。

「いいわ。守ってあげる! その代わり!」

 その代わりって……家を守るのはここに泊めてやる『代わり』なんだけどな……

「なんだよ」
「お金ください!」

 ……まあ、これから守ってもらうんだから報酬を出すのは構わない。構わないんだが、どうにもこいつの様子が必死すぎるように見える。

「……以前渡した報酬はどうなった? 俺も渡したし、グラティースからも街を守って報酬としてもらっただろ?」
「ふっ……そんなもの、とっくに使い切ったわ!」

 笑いながら自信満々に言っているが、そう堂々と言い切ることではないだろ。

「……ちなみに、なにに使ったんだ?」
「え? えっとそうねぇ……まず結界の魔術具の材料でしょ? あとは杖とか装備も一応揃えて……そ、それくらいね! それで使い切ったわ!」

 確かに良い装備を用意しようとすれば金がかかるが、そもそもの話、こいつがそんなに装備に金をかけるものだろうか?
 それになんだか様子がおかしい気もする。

「ケイノア。あなたがいつも食べているお菓子の類が計算に入っていないのではありませんか?」

 両手に洗濯物を持っているイリンが不意に訪れてそう言った。どうやら家事の途中らしい。

 今までなんの気配もなかったところに突然現れてびっくりしたが、言ってしまえばそれはいつもの事だ。
 それよりも、言われてみればこいつはいつも何かしら食べてたな。それも、干し肉とかそんなんじゃなくてケーキとかの甘味だ。
 この世界では甘いものは高い。それなのにケイノアは毎日のように食べていた。
 それはつまり、装備だなんだに金を使ったのではなく、お菓子を食べるために無駄遣いしまくったと、そういうことか?

「い、いや、それはほら、なんというか……ね?」

 どうやら正解らしい。ケイノアは必死に隠そうとしているが、言葉が思いつかないのか言い訳にならない言葉を口にした。

「そういえば、お前例の依頼達成証はどうなったんだ? 最近はしっかりとこなしているのか?」
「え? それは当然じゃない。せっかくお菓子がもらえる機会を逃すわけないでしょ?」
「それで稼いだ金は……」
「もちろん使い切ったわよ」

 こいつはイリンの作った依頼達成証のご褒美としてお菓子を作ってもらっていたはずだ。それを食べた上で自分でも買ってたのか。それも所持金全部を使い切る程に。

 ……こいつには金を渡さない方がいいんじゃないだろうか?

 だが報酬を出さないというわけにはいかない。

「でしたらギルドに預けておいたらどうでしょうか? 毎月の使用料に制限をかけるのです」
「ギルドに? ……そうだな。それなら金がなくなって生活できなくなるということもないか」

 どうしたものかと悩んでいると、イリンがそう提案してきた。
 毎月使える額が決まっていれば一気に使って足りなくなるってことはない、か。
 そうだな。ギルドには手数料というか手間賃なんかを払う必要があるけど、たいした額じゃないからいいだろう。金がなくなっても稼ぐ方法はあるし。

「ならそれでいいか」
「ちょっと! それじゃあ好きにできないじゃない!」

 ケイノアはそう叫んだが、好きにさせないためのことなんだよ。

「シアリス。そういうわけだから、悪いけどケイノアの監督を頼めるか?」
「もちろんです。もとより、私はお姉さまの補助をするつもりですので」

 これ以上ケイノアに言っても無駄だろうと思い、俺は妹のシアリスに視線を向けて頼むと、彼女からはそう返事が来た。

 妹がしっかりしているし、これならまあ、俺が帰ってくるまでにこいつがやばい状況になるってのはないだろう。……と思う。

「頼んだよ」

 最後にそう呟くと、俺は立ち上がってその場を後にした。

 これで俺たちが帰ってくる場所は確保できた。
 ……でもそうなると、もうこれで本当にこの街ともお別れだな。まだ時間はあるって言っても、そんなものはあっという間だ。
 いろいろあったけど、いい場所だったな。イリンの怪我を治すっていう目的も果たすことができたし、友人も帰ってくる場所もできた。

 いつか、海斗君と桜ちゃんを助けることができたら、その時はまたここに帰ってきて、みんなで一緒に笑ってられるといいな。
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