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王国との戦争

334:ガムラとキリー

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「なんだい、ガムラ。言いたい事があるってんなら自分で言えばいいじゃないかい」

 イリン達と談笑していたところをグラティースに呼ばれてこちらにやってきたキリー。
 彼女は、用があると言いながらも本人ではなく、さっきまで緊張してまともに話すこともできなかった相手に頼んで自分を呼んだのかわかっていない。

「いや、それは、その……」
「珍しくはっきりしないねえ」

 ガムラはどうすればいいのかと混乱していて、キリーはその様子を訝しげに見ているが、それも仕方がないことだろう。

 今のはガムラが自分から頼んでわけではなく、グラティースが好意で勝手にやったことだ。ガムラには何を話せばいいのかなんて考えていなかったし、考えついたところでそれを話す覚悟なんて決まっていなかった。

 こいつの気持ちはよくわかる。もし俺がなんの準備も覚悟もなく同じ状況になったら、こいつと同じように混乱するだろう。

 ……ここは一つ手助けしてやるか。

「……キリーを自分の村に呼びたいんだと」
「は? 村?」
「おいっ!」

 ガムラは立ち上がって叫び、俺を睨みつける。

 だが、俺はこれが間違いだとは思わない。このまま俺が言わなければこいつはごまかして終わらせてしまったかもしれない。そうなればもう機会はなくなってしまう。
 目の前で友人の手助けが出来る状況なのに、放っておくことはできない。

「あんたの村って……まあいつかはいってみたいって話した気もするけど、それがなんだってんだい?」

 俺の言葉に反応したガムラの態度を無視してキリーはガムラに問いかける。
 ここまでくれば察しのいいやつならわかりそうなもんだけど、キリーはどうして気がつかない? 普段の様子を見るに察しが悪いわけじゃないと思うんだが……。
 いや違うか。キリーは気づかないんじゃなくて、気づかないふりをしているだけなんだ。

「~~~~! あーもう。くそっ!」

 キリーに見つめられて混乱が極まったのか、ガムラは乱暴に頭を掻くと勢いよくキリーの両肩を掴んだ。
 そしてキリーのことを正面から見つめ、深呼吸をした後に口を開いた。

「キリー! 俺と一緒に村に来てくれ!」
「そうだねぇ……まあ今なら店もないし、大体は街も元どおりになってきたからね。友人の家に遊びに行くってのも、まあいい経験かね」
「違うそうじゃない。遊びにじゃない。ずっとだ」
「……は?」
「俺はお前が好きだ! だから一緒に村で暮らしたい」

 ガムラがそう叫んだ後、家の中がシンと静まった。すぐそばにいた俺やグラティースだけではなく、キリーが立っても話を続けていたイリン達でさえも話すのをやめてガムラとキリーの二人を見ている。

 そして見られている二人は時が止まってしまったかのように動かない。

「…………ちょ、ちょっとまちな。は? え? なん……あんた自分が何言ってるかわかってるのかい?」

 それからしばらくしてキリーは絞り出すように声をだすと、混乱した様子で狼狽えながらガムラに問いかける。

「もちろんだ」

 だが、ガムラは一瞬の躊躇をすることなくはっきりと頷く。

「……あたしはこんな見た目をしてるんだよ? 父親とも母親とも違う。なんなら祖父母とも親戚達ともだって違う。既存のどの種族でもない混じり合った不気味な化け物。そんな奴相手に、正気かい?」

 この世界ではキリーと同じような虫と人が半端に混ざったような見た目をしている種族は存在していない。少なくとも現在確認されている中には。

 それ故にキリーは虐げられることがあったと聞いている。だからだろう。キリーは誰かに好かれることを疑って、そして誰かを好きになることを恐れているんだと思う。
 今まで会ってきた自分のことを虐げてきた者達のように、好きになった相手に裏切られたら、悲しいから。だから、どれほど仲良くなろうとも、一定以上には仲良くならずにいた。

 だが、キリーはわかっていない。ガムラがその程度の拒絶で引きさがるわけがない。

「俺は本気だ。見た目なんてどうでもいい。俺はお前の見た目がなんであろうとどうでもいい。お前の声が好きだ。お前の仕草が好きだ。お前の作る料理が好きだ。俺はお前のことが好きなんだ。だから。ずっと俺と一緒にいてくれ!」
「…………まって。いや、うそだ。まってよ、違う。……だっては……」

 ガムラから見つめられて告げられる言葉にキリーは視線を彷徨わせ、自身の肩を掴んでいたが村の手を振り払うと、狼狽えながら数歩下がっていく。
 それは無意識の行動なのかもしれないけど、そんなキリーの様子は俺には逃げようとしているように見える。

「キリー」

 だが、それを許すまいとガムラがキリーの名を呼ぶと、自身の名を呼ばれたキリーはびくりと体を震わせ後ろへと動いていた足を止めた。

 逃げられないと悟ったのか、キリーは視線を彷徨わせた後、幾つもの感情を複雑に混ぜたような顔をしてガムラを見た。

 そしていつもの彼女であれば考えられないような小さく、弱気な声で話しだす。

「……あんたが良くても、他の奴は気にするだろう? 村の重役やってるあんたが、あたしみたいなのと一緒になったら、文句を言う奴だっているだろうし、空気が悪くなるに決まってる。やめときな。あんたなら、あたしなんか目じゃない程のあんたにふさわしい女といられるよ」
「知るかそんなの! 俺は『俺にふさわしい誰』かと居たいわけじゃねえ! 俺は、お前と一緒に居たいんだ! 文句を言う奴だと? 空気が悪くなるだと? そんなもの、知ったことか! 全部俺がどうにかしてやる!」

 なおも拒絶しようとするキリー。
 だがガムラはそんなキリーに近寄り、再びその肩を掴んで叫んだ。

「キリー。お前はどう思ってるんだ。周りからどう思われるとかじゃなくて、お前自身は俺のことをどう思ってる。嫌いか?」
「……そりゃぁ、嫌いじゃないさ。そんなわけ、ないじゃないか。あたしにとって、初めてまともにできた友人だ。嫌いになるはずがない。……けど、あたしは……あたし自身、あんたのことをどう思ってるかなんて、分からないよ」

 キリーは肩を掴まれたまま俯いてそう答えた。
 その言葉を聞いたガムラは一度大きく頷き、そして言い放つ。

「なら結婚しよう」
「……あんたが好きかわからないって、今言ったばかりだと思うんだけど?」
「わかってる。結婚して、それで俺のことがやっぱり好きじゃねえって分かれば、好きに出ていきゃあいい。そん時は俺も受け入れるし、今まで通り友人でいい。お試しでもなんでもいい。だから、俺と一緒に村に来てくれ、キリー」

 何度キリーが拒絶しても、それを振り払って思いを告げるガムラ。

「…………あー……うー」

 とうとう拒絶する言葉が無くなったのか、キリーは何も言う事ができずに呻き声を出しながら下がろうとする。
 だが、それは自分の肩を掴んでいるガムラの手が許さない。

「……なんかあっても、保証しないよ」

 そしてついにキリーは俯きながら小さくそう呟いた。

「大丈夫だ。俺が全部どうにかしてやるから!」
「……そうかい。なら…………よろしく」
「ああ!」

 これで、こっちの世界でできた不器用な友人達が幸せになってくれればいいんだけどな。

 俺はそんなことを願いながら二人を眺めて笑った。
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