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王国との戦争

299:……バカ野郎

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『獣』を受け止めた収納魔術は、予め準備しておいたとはいえそれほど大きいものではない。

 その小さな渦で『獣』の巨体を受け止める負荷は尋常ではなく、耐え切ることができずものの数秒で壊れてしまった。

「けどっ……!」

 確かに収納魔術の渦は壊れてしまったけど、十分だ。あれで稼いだ時間のおかげで対策をすることはできた。

「ガアアアアアア!!」

『獣』は離れることなくすぐそばにいた俺へと噛みつこうと大きな口を開いて迫る。だが……

「ガアアアッ!?」

 俺を噛み砕かんとする口は閉じられることはなく、また、その鋭い牙は俺の体を貫くことはなかった。

「これでも、喰らっとけえ!!」

 俺の目の前で大口を開けたままの『獣』の口の中にいくつもの武器と魔術。それと毒を放った。

 外はダメだったが口の中からならいけるんじゃないだろうか。

 そんな考えだったが、どうやら効果はあったようだ。
『獣』は声にならない声を上げながら俺を狙うことなく暴れている。

 俺が『獣』の攻撃を防いだ方法は簡単だ。
 さっきの時間を稼いだ隙に、俺の全身を目以外の場所全て収納魔術で覆った状態となったのだ。
 傍目から見れば真っ黒の人型に見える以前にも使ったことのあるこれは、魔力の消費が多いしかなり疲れるからあまりやりたくはない。
 だが、こいつ相手には出し惜しんでいる状態でどうにかなるとも思えなかった。

 それにこれは防御だけではなく回復にも使えるはずだ。
 収納魔術には裏も表もないのでどちらからも出し入れすることができる。つい今し方咄嗟に思いついたことではあるが、覆った内側を回復薬で満たし常に傷が回復薬に浸かる状態にした。これで今までよりは治る速度が上がるだろう。と思う。
 まあ治らなかったとしても、それはプラスがないだけであってマイナスではない。やるだけやっておけば損はないはずだ。

 で、だ。さっきの攻撃は防いだけど、これであいつはどう動くかな……

「グオオオオオオオン!」

 なんてことを考える間も無く『獣』は大きく吠え、背中から生える無数の手を俺を殺すべく動かした。

 剣と同化した手は俺を斬りかかり槍と同化した手は俺を貫かんと突き出され、何も持っていない手は俺を捕らえるべくその手を広げて掴みかかってくる。

 そんな迫り来る手の速度は先ほどと変わらず、口の中とはいえ怪我を負ったはずだと言うのにその動きにはなんら影響はないようだった。

 だが、俺とてさっきまでの俺と同じではない。
 その迫り来る無数の手を体を覆っている収納魔術で弾き、俺は『獣』へと近づいていく。

 近くにつれ俺を狙う手の動きは複雑になっていき回避も困難になっていくが、それでも俺を仕留めることのできたものは一つもない。
 全ては俺の体に触れた瞬間に弾かれていく。

 ある程度まで『獣』に近づくと、今度は背中から生えている手ではなく、自前の両手を使って俺を叩き潰そうとしてくるが、その動きは動きの読み辛い背中の手とは違って単純だったので難なく避けることができた。
 そうは言っても、その速度は背中の手なんかよりも圧倒的に速かったから動きを先読みしていなければ避ける事はできなかっただろうけど。

 だがそうして懐に潜り込んだ俺は、収納から王国から奪ってきた宝のうち一振りを取り出して『獣』の腹に突き刺した。

 それだけでは何の意味もなかっただろう。いや意味はあったのかもしれないが、『獣』の巨体と再生能力からするとその被害も微々たるものだったはずだ。……それがただの剣であれば、だが。

 俺が『獣』の腹に刺した剣はその剣身を高温に燃やし、『獣』を内から焼いていく。

 炎が弱点だったのか、それとも普通にダメージが通ったのか。どちらにせよそれなりにダメージが入ったようで『獣』は俺をどうにかしようと暴れるが、精細さを欠いたその動きで仕留められるほど俺は甘くない。

 突き刺した剣を引き抜き、今度は違う場所へと刺して再び内側から焼いていく。

「イイイイイイギイイイイイ!」

 そんなことを何度も繰り返して戦っていると、突如『獣』が叫びだし、背中の手を乱暴に振りまわして辺りに何度も叩きつけた。

「っ! 今度はなんだ!」
「アアアアアア!!」

 そんな今までにない行動に警戒し一旦『獣』のそばから離れて様子を見ていると、叫んだ『獣』はその体に負った傷をどんどん再生させていき、仕舞いにはその姿を大きく膨張させていった。

 そして、『獣』が最初の大きさの倍ほどに大きくなった時、その体は唐突に溶けだした。

「は……?」

 背中から生えている腕。その指先が形をなくしドロドロと崩れ落ち地面に落ちる。
 そしてそれは腕だけではなく全身に広がっていき、今まで戦っていたはずの巨体は全身をヘドロのようなもので覆っていった。

「とけ、た……?」

 溶けたとはいっても、それは俺の使った剣の熱によってのものではないように思える。そもそも、これは熱でどうにかなるようなものだとは思えない。
 だが『獣』の体が溶けていくのは止まることはなく、最後にその場に残ったのは巨体を形成していた肉がドロドロに溶けたものと、かろうじて人の形をした肉の塊だけだった。

「……ウース」

 その肉の塊──ウースを見て、先ほどまでこいつに感じていた苛立ちやその他の雑多な感情はどこかへ消えていった。

「……そんなになるくらいだったら、最初から……なくす前から行動しておけば良かったんだよ。……バカ野郎」

 そして、なんとも言えない気持ちだけが残った。
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