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王国との戦争

290:終戦の一撃

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 次の日の朝。
 俺は目が覚め寝ぼけた頭で不意に横を見ると、そこにはイリンの姿があって──

「──っ!」

 だがそこにいたのは見慣れない女性であり、俺は咄嗟にその場を飛び退き眠る女性を注視する。

「……ああ、そうか」

 そこにいたのは確かに見慣れない女性ではあったが、全くの見覚えがないというわけではなかった。

「……環ちゃん」

 隣で寝ていた女性は俺と同じくこの世界に召喚された者であり、俺が王国から逃げ出す時に置き去りにして行った勇者の滝谷環だ。

 そうか、昨日はこの子を倒して連れてきたのか。

 暴力で少女を気絶させ連れ去るというのはまるで人攫いみたいだな、なんて事を未だに若干寝ぼけている頭で考えてから、ゆっくりと息を吐き出して立ち上がる。

「ふぅ。今日はどうなるかな。昨日あれだけやったんだし、素直に退いてくれると良いんだけど」

 昨日の時点で撤退していないんだからそんなことはないだろうと思いながらも、そうであって欲しいと若干の願いを込めて呟く。

 こっちは環ちゃんの相手をしなくちゃいけないから出来るだけここから離れたくはない。
 一応頼まれた役割は終わったといっても良いだろうし出来ることならすぐにでも帰りたいんだけど、もしかしたらまた海斗くんと桜ちゃんが出てくるかもしれないから帰ることはできない。

 とりあえず今日の予定を聞こうとして、少しだけ環ちゃんに視線を向けた後にテントを出た。

「ああ、ツェルニード。おはよう」

 外に出てツェルニードのテントに行く途中で、その目的の人物であるツェルニードがやってきた。

「おはようございます、アンドー様。どうかされましたか?」
「ん、今日の予定はどうなってるのかと思ってな」

 そう尋ねると、表情からは察することができないがツェルニードからはどこか楽しげというか、気楽な感じがした。

「ああ、それでしたら今日は残党狩りとなるでしょうから、休んでいてくださって構いませんよ」
「残党狩り? でもまだかなり残ってたはずだろ?」

 俺が敵を削ったって言ってもそれは敵軍の一部でしかなく、未だに王国軍の数はこちらの数よりも多い筈だ。
 戦力的には同じようなもの、もしくはこちらがほんのわずかに有利かもしれないが、まだまだ残党狩りというには数が多すぎる。

「はい。ですがアンドー殿が眠りに就れた後、姫様がこちらに参りまして」
「姫様? ああ、そういえば昨日何だか騒がしかったから聞いてみたらそんな事を言われたな」
「ご存知でしたか。普段であればこの国境を越えてきた敵は姫様が対処に当たられるのですが、ここしばらくは寝込んでしまっていたので来られなかったのです。ですが、どうやらようやく治られたようで、ここの現状を知るとすぐに駆けつけたそうなのです。ですので、この戦いももう終わりとなることでしょう」

 なるほど。ツェルニードから感じる雰囲気が明るいのはそれが理由だったか。

 でも、その姫様一人が来ただけでそこまで言うとは、勇者でもないこの世界の奴がそれほどの力を持ってるものなのか?

「その姫様一人でいつもここの対処をしてるって事は、広範囲に効果のある技か何かを持ってるのか?」

 そうでなければ軍の対処を任されるなんてないだろう。

「はい。姫様は生まれつき『過剰供給』という魔術を使えるのです。冒険者の方にも同じ魔術を使える方がいるみたいですですし、それと似たようなことができると思っていただければ」

『過剰供給』ねぇ……ああ、自身の全魔力を搾り尽くすのか。

 召喚時に与えられた知識の中にそんな魔術があった。確かにそれを使えば勇者並みの一撃を出す事は可能だろう。

 だが、全部の魔力を絞り出すってのはかなりキツいらしいが、それを理解しているんだろうか?
 もちろん使う本人である姫様というのは理解しているんだろうけど、この国は魔術師が少ないし魔力を使い果たすってのがどういうことなのか、理解していない奴がほとんどだと思う。
 でなければ目の前にいるツェルニードがここまで素直に喜ぶ事はないと思うから。

 まあそれはいいだろう。何度も任されているってことは、姫様本人は納得してやってるんだろうから。

 だからそれはともかくとして、冒険者にそんな奴がいたのか?

「冒険者にそんな奴が?」
「ご存知ありませんか? 確か『天墜』と呼ばれている方なのですが……」
「ああ、その名前だったら聞いたことがある」

 確か魔術で隕石を落とすんだとか?
 本気に慣れば万の軍さえも単独でどうにか出来るというらしいから、それと同じというのなら、なるほど、もうこの戦いは終わりになるのかもしれないな。



 そうしてツェルニードから話を聞き終えると、陣を歩き回りその様子を見ていたのだが、どこか気の抜けた雰囲気を感じた。
 これも姫様に任せておけば大丈夫という安心感があるんだろう。

 特にいかなくてはならないところがあるというわけではないので、俺は環ちゃんの眠るテントに戻り『終わり』が来るのをじっと待ていた。

 そして二時間ほどだろうか。テントの中にいると、外から歓声が聞こえてきた。

 なんだと思って外に出てみると、軍はすでに整列を終えており、その視線は一ヶ所へと向かっていた。
 そしてそれは後方で待機している者たちも同じで、手を止めて一際高く作られた櫓の上へと視線を向けている。

 俺もつられてその視線の先にある櫓を見ていると、そこには何人かの武装した者がいた。

 その中でも一人だけやけに軽装のイリンと同じような犬っぽい耳をした女性がいる。アレが姫様なんだろう。
 ということはあれは犬耳じゃなくて狐耳か?

 そうなんとなしに考えていると、突然、あまりの強大さに目を剥いてしまうほどの魔力を感じた。

 そしてその魔力は形を変えて幾百もの炎の塊となり、王国の軍の上空へと進んでいき──着弾。

 流星のように空を駆けた炎は大地に落ちると弾け、王国の軍を炎で包み込んだ。

 そうして国境周辺を巡る戦いは終わった。
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