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王国との戦争
281─環:みつけた
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「では勇者様方。件の敵が現れたら、よろしくお願いします」
翌日。やはりと言うべきか、昨日現れた異変を起こした人物への対処は私たちがする事になった。
「はい。そのかわり、俺たちは今日はあまり戦いに参加できませんので、そこは了承してください」
けどその異変を起こした人物に対処すために、私たちは前線に出ずに軍の後ろで待機している。
昨日現れた場所に今日も現れるとは限らないから、もし私たちの言った場所と違うところに出たらそれだけで対処が遅れてしまう。
「存じております。皆様はこちらで待機をしていただき、異常のあった場所へ駆けつけて対処していただければそれで十分ですので」
責任者の人は私たちに礼をすると、後は部下に任せて去っていった。
今日も多くの人が死ぬ。それは敵だけじゃなくて私達王国側も同じ事。
正直王国の兵が死ぬのは構わないけど、出来ることなら誰にも死んで欲しくない。
……あれ? 王国の兵が死んでも構わないのに誰にも死んで欲しくないって、ならその『誰にも』って誰のことを指してるのかしら?
ここには王国の兵と敵の兵しかいないんだし、味方である王国の兵じゃないなら敵に死んで欲しくないてこと?
でも私は『王国の勇者』よね。どうして仲間は死んでよくて敵に生きていて欲しいなんて思ったのかしら?
そんな、なんだか不思議な感覚を覚えながら、私は兵士たちの背中を見送った。
「なあ、なんかおかしくないか?」
今日の戦いが始まってしばらくしてから、海斗がそんな風に言った。
「え? 何がおかしいの、海斗くん」
「うーん、なんていうか……静かすぎる?」
「……そうねもう先頭はぶつかっていてもおかしくないのに大人しすぎるかしら?」
そもそも今日の戦いは、始まりからしてなんだかおかしかった。
普通なら両軍のほぼ中央で衝突するはずなのに、何故か敵の陣地にだいぶ近づいてからの接触となった。
しかも最初にぶつかったのは両端だけで、こちら側の中央はそのまま前進していった。
それだけでもおかしいことだけど、そろそろ中央の兵たちもぶつかってもいい頃合いなのに中央からは何故か戦いらしい音が聞こえない。
一応叫び声は聞こえてるんだけど、それもなんだが雄叫びの類じゃなくて悲鳴のような悲壮感を感じられる気がする。
そしてわからないまま注意して待っていると、心なしか中央だけではなく左右から聞こえてくる音まで小さくなったように思える。
「アレは!?」
訝し気に戦場を見ていると、突然視界の先に巨大な岩が現れた。
いえ、岩というよりも、もっと大きなもの。岩なんかじゃなくて、それこそ大地そのものがせり出したとかの方があってるかもしれない。
けど違う。あれは地面から迫り出したんじゃなくて、どこからか突然現れた。
そして突然現れたそれは、地響きをたてながらゆっくりと沈んでいき、私はそれを眺めていることしかできなかった。
「……あ、あれはなんだ! あそこには兵たちがいたはずだろ!?」
「ッ──!」
叫んだ海斗の言葉で私はハッと意識を取り戻す。
そうだ。あそこには何千もの兵たちがいたはず。
そう理解すると同時に、私はあそこに件の敵がいると判断し、素早く火鬼を生み出して送り込む。
「海斗。いつでも出れるように準備しておきなさい」
「俺だけでも先に行ったほうがいいんじゃないか?」
「これが陽動の可能性もあるわ。勇者を中央に釣って、その間に左右が襲われる可能性もある。せめて私が敵の姿を確認するまで待って」
そういって今にも走り出しそうな海斗を止めて私は火鬼を操って前へと進めていく。
「え? なに、これ……?」
そのまま少しすると、ようやく火鬼が異変のあった場所へと辿り着いた。だけど……
「環ちゃん?」
「環、どうしたんだ?」
そんな私の態度に二人は心配そうに声をかけてきた。
けど大丈夫。私に何か問題があったわけじゃない。……問題があるのは私じゃなくて、火鬼の視界を通して目の前に広がる光景の方だから。
「……中央を攻めていた兵士が消えたわ」
「「え?」」
「多分さっきの大岩の下敷きになったのでしょうけれど、それにしては……」
アレほどの術。遠目から見ても分かるほどの大きな術を使用したと言うのに、その痕跡が全くない。
地面が荒れた様子がなければ、そもそも人がいた痕跡すらもない。まるでそこにいた人だけが切り取られたかのように。
「っ──! ……いた」
そしてついに送り込んだ火鬼は、敵のその姿を捉えた。まだ遠目にしかわからないけど、こんな異常な場所を一人でこちらに向かってくるんだからアレが件の人物で間違いないはず。
「なら俺がっ!」
敵の姿を捉えた私がつい漏らした言葉を拾った海斗は、自身に身体強化の魔術をかけた。
「桜、頼む!」
「う、うん。わかった!」
海斗が言葉少なに桜にそう頼むと、桜は自身のスキルを使って海斗に守りをかけていく。これならばたとえ敵が強くっても一撃でやられると言うことはないはず。
「俺は行く! 二人はいつも通り任せた!」
「海斗君!」
「気をつけなさい!」
そしてそう言い残すと海斗は勢いよく飛び出し、戦場へと走っていった。
「……大丈夫かな?」
「大丈夫よ。海斗は私たちの中でも一番動きがいいんだから、最悪でも逃げるくらいは出来るはずよ。それに、桜のスキルだってかけたんだから大丈夫よ」
「……そう、だよね」
「そうね。だから安心して──え?」
敵の姿を見かけてから前進させていた火鬼を通して送られてくる光景。そこに映る人物を見た瞬間、私の中で何かが壊れた。
それがなんなのか分からない。けど、私はさっきまでの私と違ってとても身体が軽いような気がする。
けどそんなことはどうでもいい。それよりもそうなった理由。そっちの方が重要だ。
──彰人さん。
今火鬼の視界には死んじゃったはずの彰人さんがいる。
……ううん。死んでなんかいない。私がなんでか分からないけどそう思い込んでしまっていただけで、実際にはちゃんと生きてるはずだった。
その彰人さんが、本当に生きて、予想じゃなくて、生きてここにいる。
……でも、なんでそんな風に思い込んじゃったんだろう? 彰人さんが生きてる可能性を知っていたはずなのに……
いえ、どうでもいい事ね。今大事なのは彰人さんが生きていて、すぐそこにいるって事なんだから。
「行こう……」
「え?」
火鬼は彰人さんに倒されて、そこから送られてきていた視界も当然ながら途切れてしまった。
そこで私は直接会いに行こうと歩き出した。
「た、環ちゃん!? 待って、どこに行くの!」
けど、そうして彰人さんのところに行こうとした私の服の裾を桜が掴んで引き止めた。
「離して」
心配してくれての行動なんだろうとは理解できる。でも、今の私にはそんな桜の行動は不快でしかない。
「海斗くんのところに行くんでしょ? 危ないよ! 行くんだったら私も一緒に──」
「離して」
「た、環ちゃん……?」
桜が困惑した様子で私の名前を呼ぶけど、困惑しながらも私の服を掴むその手は離されなかった。
でも……
「邪魔」
私は服を掴む桜の手を叩き落として歩き出す。
そして無意識のうちに作ったんだろう、いつのまにか居た炎の巨人──『炎鬼』を先に進ませて道を作る。
もうすぐ。もうすぐ彰人さんに会える。
きっと彰人さんも心細かったはず。
突然こんな世界に呼び出されたと思ったら殺されそうになっちゃって、生き残るために一人でどうにかしなきゃいけなかったんだから。
周りは敵ばかりで、誰を信用していいのかわからない状況。それはとても大変な状況のはず。
頼れる人なんていなくて、いつ襲われるのかわからない恐怖を感じ、いつ終わるのかもわからない一人でいなくちゃいけない孤独。
それでも苦しんで足掻いてここまで生き残ってきたんだと思う。
だからきっと、彰人さんには信頼できる人が必要なの。
何があっても裏切らず、どんな時でも一緒にいてあげられる絶対に信じられる誰かが。
私ならその誰かになれる。
誰かを殺せっていうんなら全力で殺すし、私を犯すって言うんだったら喜んで体を差し出す。
絶対に裏切らない。いつだって、何処へだって一緒に居てあげられる。あの人のためなら何だってできる。私の全部をあの人のために渡してあげられる。
だから──
「待っていてくださいね、彰人さん」
私がずっとそばにいてあげます。
やっとみつけた。もう絶対に離れない。──離さない。
翌日。やはりと言うべきか、昨日現れた異変を起こした人物への対処は私たちがする事になった。
「はい。そのかわり、俺たちは今日はあまり戦いに参加できませんので、そこは了承してください」
けどその異変を起こした人物に対処すために、私たちは前線に出ずに軍の後ろで待機している。
昨日現れた場所に今日も現れるとは限らないから、もし私たちの言った場所と違うところに出たらそれだけで対処が遅れてしまう。
「存じております。皆様はこちらで待機をしていただき、異常のあった場所へ駆けつけて対処していただければそれで十分ですので」
責任者の人は私たちに礼をすると、後は部下に任せて去っていった。
今日も多くの人が死ぬ。それは敵だけじゃなくて私達王国側も同じ事。
正直王国の兵が死ぬのは構わないけど、出来ることなら誰にも死んで欲しくない。
……あれ? 王国の兵が死んでも構わないのに誰にも死んで欲しくないって、ならその『誰にも』って誰のことを指してるのかしら?
ここには王国の兵と敵の兵しかいないんだし、味方である王国の兵じゃないなら敵に死んで欲しくないてこと?
でも私は『王国の勇者』よね。どうして仲間は死んでよくて敵に生きていて欲しいなんて思ったのかしら?
そんな、なんだか不思議な感覚を覚えながら、私は兵士たちの背中を見送った。
「なあ、なんかおかしくないか?」
今日の戦いが始まってしばらくしてから、海斗がそんな風に言った。
「え? 何がおかしいの、海斗くん」
「うーん、なんていうか……静かすぎる?」
「……そうねもう先頭はぶつかっていてもおかしくないのに大人しすぎるかしら?」
そもそも今日の戦いは、始まりからしてなんだかおかしかった。
普通なら両軍のほぼ中央で衝突するはずなのに、何故か敵の陣地にだいぶ近づいてからの接触となった。
しかも最初にぶつかったのは両端だけで、こちら側の中央はそのまま前進していった。
それだけでもおかしいことだけど、そろそろ中央の兵たちもぶつかってもいい頃合いなのに中央からは何故か戦いらしい音が聞こえない。
一応叫び声は聞こえてるんだけど、それもなんだが雄叫びの類じゃなくて悲鳴のような悲壮感を感じられる気がする。
そしてわからないまま注意して待っていると、心なしか中央だけではなく左右から聞こえてくる音まで小さくなったように思える。
「アレは!?」
訝し気に戦場を見ていると、突然視界の先に巨大な岩が現れた。
いえ、岩というよりも、もっと大きなもの。岩なんかじゃなくて、それこそ大地そのものがせり出したとかの方があってるかもしれない。
けど違う。あれは地面から迫り出したんじゃなくて、どこからか突然現れた。
そして突然現れたそれは、地響きをたてながらゆっくりと沈んでいき、私はそれを眺めていることしかできなかった。
「……あ、あれはなんだ! あそこには兵たちがいたはずだろ!?」
「ッ──!」
叫んだ海斗の言葉で私はハッと意識を取り戻す。
そうだ。あそこには何千もの兵たちがいたはず。
そう理解すると同時に、私はあそこに件の敵がいると判断し、素早く火鬼を生み出して送り込む。
「海斗。いつでも出れるように準備しておきなさい」
「俺だけでも先に行ったほうがいいんじゃないか?」
「これが陽動の可能性もあるわ。勇者を中央に釣って、その間に左右が襲われる可能性もある。せめて私が敵の姿を確認するまで待って」
そういって今にも走り出しそうな海斗を止めて私は火鬼を操って前へと進めていく。
「え? なに、これ……?」
そのまま少しすると、ようやく火鬼が異変のあった場所へと辿り着いた。だけど……
「環ちゃん?」
「環、どうしたんだ?」
そんな私の態度に二人は心配そうに声をかけてきた。
けど大丈夫。私に何か問題があったわけじゃない。……問題があるのは私じゃなくて、火鬼の視界を通して目の前に広がる光景の方だから。
「……中央を攻めていた兵士が消えたわ」
「「え?」」
「多分さっきの大岩の下敷きになったのでしょうけれど、それにしては……」
アレほどの術。遠目から見ても分かるほどの大きな術を使用したと言うのに、その痕跡が全くない。
地面が荒れた様子がなければ、そもそも人がいた痕跡すらもない。まるでそこにいた人だけが切り取られたかのように。
「っ──! ……いた」
そしてついに送り込んだ火鬼は、敵のその姿を捉えた。まだ遠目にしかわからないけど、こんな異常な場所を一人でこちらに向かってくるんだからアレが件の人物で間違いないはず。
「なら俺がっ!」
敵の姿を捉えた私がつい漏らした言葉を拾った海斗は、自身に身体強化の魔術をかけた。
「桜、頼む!」
「う、うん。わかった!」
海斗が言葉少なに桜にそう頼むと、桜は自身のスキルを使って海斗に守りをかけていく。これならばたとえ敵が強くっても一撃でやられると言うことはないはず。
「俺は行く! 二人はいつも通り任せた!」
「海斗君!」
「気をつけなさい!」
そしてそう言い残すと海斗は勢いよく飛び出し、戦場へと走っていった。
「……大丈夫かな?」
「大丈夫よ。海斗は私たちの中でも一番動きがいいんだから、最悪でも逃げるくらいは出来るはずよ。それに、桜のスキルだってかけたんだから大丈夫よ」
「……そう、だよね」
「そうね。だから安心して──え?」
敵の姿を見かけてから前進させていた火鬼を通して送られてくる光景。そこに映る人物を見た瞬間、私の中で何かが壊れた。
それがなんなのか分からない。けど、私はさっきまでの私と違ってとても身体が軽いような気がする。
けどそんなことはどうでもいい。それよりもそうなった理由。そっちの方が重要だ。
──彰人さん。
今火鬼の視界には死んじゃったはずの彰人さんがいる。
……ううん。死んでなんかいない。私がなんでか分からないけどそう思い込んでしまっていただけで、実際にはちゃんと生きてるはずだった。
その彰人さんが、本当に生きて、予想じゃなくて、生きてここにいる。
……でも、なんでそんな風に思い込んじゃったんだろう? 彰人さんが生きてる可能性を知っていたはずなのに……
いえ、どうでもいい事ね。今大事なのは彰人さんが生きていて、すぐそこにいるって事なんだから。
「行こう……」
「え?」
火鬼は彰人さんに倒されて、そこから送られてきていた視界も当然ながら途切れてしまった。
そこで私は直接会いに行こうと歩き出した。
「た、環ちゃん!? 待って、どこに行くの!」
けど、そうして彰人さんのところに行こうとした私の服の裾を桜が掴んで引き止めた。
「離して」
心配してくれての行動なんだろうとは理解できる。でも、今の私にはそんな桜の行動は不快でしかない。
「海斗くんのところに行くんでしょ? 危ないよ! 行くんだったら私も一緒に──」
「離して」
「た、環ちゃん……?」
桜が困惑した様子で私の名前を呼ぶけど、困惑しながらも私の服を掴むその手は離されなかった。
でも……
「邪魔」
私は服を掴む桜の手を叩き落として歩き出す。
そして無意識のうちに作ったんだろう、いつのまにか居た炎の巨人──『炎鬼』を先に進ませて道を作る。
もうすぐ。もうすぐ彰人さんに会える。
きっと彰人さんも心細かったはず。
突然こんな世界に呼び出されたと思ったら殺されそうになっちゃって、生き残るために一人でどうにかしなきゃいけなかったんだから。
周りは敵ばかりで、誰を信用していいのかわからない状況。それはとても大変な状況のはず。
頼れる人なんていなくて、いつ襲われるのかわからない恐怖を感じ、いつ終わるのかもわからない一人でいなくちゃいけない孤独。
それでも苦しんで足掻いてここまで生き残ってきたんだと思う。
だからきっと、彰人さんには信頼できる人が必要なの。
何があっても裏切らず、どんな時でも一緒にいてあげられる絶対に信じられる誰かが。
私ならその誰かになれる。
誰かを殺せっていうんなら全力で殺すし、私を犯すって言うんだったら喜んで体を差し出す。
絶対に裏切らない。いつだって、何処へだって一緒に居てあげられる。あの人のためなら何だってできる。私の全部をあの人のために渡してあげられる。
だから──
「待っていてくださいね、彰人さん」
私がずっとそばにいてあげます。
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