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治癒の神獣
255ー裏・イリン:期待していますね
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もうすぐ私の怪我が治る──治ってしまう。
「イリン。もうすぐお前の怪我を治してやれるからな」
「はい。ありがとうございます」
私にとって、怪我なんてどうでもよかった。
この怪我があるから私はここにいられる。
この怪我があるからこそ私は見ていてもらえる。
だから、できることなら怪我なんて治って欲しくなかった。
私はご主人様と出会い旅を始めた時に怪我をしてしまった。
ご主人様を守るために負った怪我だから、この怪我は私にとってはとても誇らしいものだった。
尻尾の怪我は敵に背を向けた者の証ということで獣人の間では蔑みの対象となっているけれど、私にとってそんなことはどうでもいい事でしかない。
私にとっては敵から逃げることは恥でもなんでもない。
逃げる事が恥だなんていうのは、本当の『恐怖』に直面した事がない者だけ。
勝てない相手なら逃げて態勢を立て直して、しっかりと準備を整えてから挑むべきだと思う。
それでも引けない時があるというのも知ってる。だから逃げない人を馬鹿にするつもりはないけど、逃げる人を馬鹿にするつもりもない。
ご主人様にであって心からそう思った。
ご主人様が負けるとは思わないけど、どうしようもない強敵にあった時、ご主人様を逃すために敵から逃げるのになんの躊躇いもない。
私にとってはご主人様が生きて笑っている事が一番大事な事なのだから。そのために私が役に立つのなら、それは私にとってとっても喜ばしい事。
だから私としては尻尾の怪我なんてどうでもよかった。
尻尾を怪我している事で起こる問題なんて、精々が時折私に向けられる視線が煩わしかったり、邪魔をするチリを払うのが面倒というくらい。
後はそれによってご主人様にお時間をとらせてしまうのが心苦しいくらいで、それ以外にこれと言った問題はない。
むしろ、怪我をしていることによってご主人様が私の事を見てくれて、気にかけてくれる。そちらの方が私にとって重要だった。
ご主人様が私の事を見てくれていると思うだけで私は嬉しくなれるのだから。
だから、怪我なんてこのままでいいとすら思っていた。
私はご主人様が好き。愛している。
ううん、違う。私は愛しているという言葉以上にご主人様──アキト様を愛している。
始まりは偶然だったかもしれない。アキト様からすればただの気まぐれ、なんとも思っていない行動だったのかもしれない。
あの時、助けられた後に聞いた私の尻尾にブラシをかけたいって言葉を私に対する好意だと思っていたけど、お母さんから聞いた話だと異世界の人にとって獣人の尻尾や耳にブラシをかけるのは当たり前の挨拶のようなものだという。
それを聞いた時には異世界の獣人のスキンシップの激しさに少し顔を赤くした。
結局は私の勘違い。アキト様は私のことなんてなんとも思ってないかったんだと、今では理解している。それはちょっと悲しいかった……
けど、そうだとしても、私にとってそんな事に意味はない。
私はあの人に好かれているから側にいるんじゃない。私が居たいから側にいるの。
だからたとえ嫌われても、厄介者として扱われても側にいる。
もし私が選ばれなかったとしても、側にいる事を止めることはない。選んでもらえないのなら悲しいけど。それでもあの人が笑あっていられるのならそれでいいと思っている。
……けどやっぱり、できることならあの人の隣にいるのは私でありたい。
だけど、そんな好きで好きで好きで好きで、大好きで堪らない最愛のあの人を、自分の実力で振り向かせる事ができないのが悔しい。
だから私は私の事を見てもらえるようにこの怪我を利用している。
私はずるい。
本当なら自分の実力であの人を振り向かせなくてはならないのに、こんな小細工に頼って縛り付けている。
今までの旅は楽しかった。
もう戻れないと思っていた故郷に帰る事ができて、家族にも会えた。
アキト様のかっこいい姿も見る事ができたし、一緒の家で暮らす事ができました。
朝から晩までアキト様のお世話をする事ができて、とても楽しかったです。
今思い返してもあの時間は至福でした。
……一人、ケイノアという余計な人もいますが、アレはアレでいても問題ないのでいいとしましょう。最近ではいい話し相手になっていましたし。
お城でドレスを着て踊りもしました。
その時は勲章をもらうという事で行ったのですが、どうでもいい事です。
そんなことよりもダンスです。里の祝い事の時に踊ったりはしますが、それとは違った踊りでよくわかりませんでしたが、アキト様が手を引いてくれたので問題なく踊る事ができました。
慣れてくると少し速く動きすぎてしまった気もしますが、アキト様は笑ってくださっていたので問題はなかったと思います。
そして、ついにこの里に着て怪我を治す事になりましたが、正直に言うと来たくありませんでした。
怪我が治ってしまえば、もう私の事を見てくれないと思ったから。
ここにくる前、街を出た時にアキト様には「旅を楽しんで」なんて言いましたが、あの言葉は私自身に言い聞かせるものだったのかもしれません。
私がアキト様のお側にいられるのは、ただ単に理由があるから。
怪我をさせてしまったから治すために側に置いているだけ。
一度拾った子供だから最後まで面倒を見ているだけ。
優しいから自身に付き纏う私に笑いかけてくれるだけ。
そう、思っていました。
でも……
「イリンの怪我を治して俺が何の負い目を感じることもなくなり、それでも尚イリンのことが好きでいられたのなら、ずっと一緒にいたいと思えたのなら、その時はハッキリと自分の口から伝えよう。そう思っているんです」
…………え?
「貴方、いい人に出会ったわね」
「……あ。え……は、はい」
チオーナさんに聞かれても、私はそれしか答える事ができませんでした。
だって……え? ……私は、今何を聞いたのでしょうか?
私は自分が何を聞いたのか理解出来ないほどに頭の中が真っ白になりました。
ですが、ふと視線を感じたので前に意識を戻すと、その先には私を見ているアキト様のお顔がありました。
一瞬の空白の後、私は反射的にピンと姿勢を正しくしましたが、次第に先程のアキト様の言葉が頭の中で繰り返されます。
そして、それを私の頭がしっかりと認識すると、おもわず顔を逸らしてしまいました。
自分でも顔が赤くなっている事を感じ取れるほどに体が熱くなっているのが分かります。
でも、直後には私の頭は嬉しさよりも、何が起こっているのか、という疑問と混乱で埋め尽くされました。
……なんで? アキト様は私の怪我に責任を感じてただけだったはずなのにどうして? 夢なの?
その後は、いつものように動く事ができず、ボーッとした頭で案内された部屋に向かいました。
いくら考えようとしても頭が上手く働かず、結局その日はそのまま眠りにつきました。
そして、今日。
「準備はいいかしら?」
「……はい。お願いします」
遂にこれから私の治療が始まります。
どうやら治療が始まるとしばらくの間は眠りにつかなくてはならないようです。その間、アキト様のお世話ができなくなってしまうのは残念ですが、どのみちまだ色々と整理のついていない私ではろくにお役に立つことなんて出来ないので、ちょうどいいといえばちょうどいいのでしょう。
そして眠ってしまった後に私が倒れないようにアキト様が私の事を抱きしめてくださって、昨日から続きなんだかもう……色々と限界です。
ですが、これから眠ってしまうにしても、最後に言っておきたい事があります。
「ご主……アキト様! あの……」
本当なら言うつもりはなかった。
でも、抱きしめられたままアキト様の顔を見上げて言います。
「……起きた時に期待していますね」
きっと、今の私の顔は赤くなっていることでしょう。
でも、直接言われたというわけでもないので昨日の言葉の返事というわけではないですけど、どうしても言いたかったんです。
「──ああ」
返ってきた言葉はとても短いけれど、それで十分です。
「おやすみ」
その言葉を最後に私の意識は暗闇に沈んでいきました。
……起きた時には……あなたの隣で、ずっと一緒に……
「イリン。もうすぐお前の怪我を治してやれるからな」
「はい。ありがとうございます」
私にとって、怪我なんてどうでもよかった。
この怪我があるから私はここにいられる。
この怪我があるからこそ私は見ていてもらえる。
だから、できることなら怪我なんて治って欲しくなかった。
私はご主人様と出会い旅を始めた時に怪我をしてしまった。
ご主人様を守るために負った怪我だから、この怪我は私にとってはとても誇らしいものだった。
尻尾の怪我は敵に背を向けた者の証ということで獣人の間では蔑みの対象となっているけれど、私にとってそんなことはどうでもいい事でしかない。
私にとっては敵から逃げることは恥でもなんでもない。
逃げる事が恥だなんていうのは、本当の『恐怖』に直面した事がない者だけ。
勝てない相手なら逃げて態勢を立て直して、しっかりと準備を整えてから挑むべきだと思う。
それでも引けない時があるというのも知ってる。だから逃げない人を馬鹿にするつもりはないけど、逃げる人を馬鹿にするつもりもない。
ご主人様にであって心からそう思った。
ご主人様が負けるとは思わないけど、どうしようもない強敵にあった時、ご主人様を逃すために敵から逃げるのになんの躊躇いもない。
私にとってはご主人様が生きて笑っている事が一番大事な事なのだから。そのために私が役に立つのなら、それは私にとってとっても喜ばしい事。
だから私としては尻尾の怪我なんてどうでもよかった。
尻尾を怪我している事で起こる問題なんて、精々が時折私に向けられる視線が煩わしかったり、邪魔をするチリを払うのが面倒というくらい。
後はそれによってご主人様にお時間をとらせてしまうのが心苦しいくらいで、それ以外にこれと言った問題はない。
むしろ、怪我をしていることによってご主人様が私の事を見てくれて、気にかけてくれる。そちらの方が私にとって重要だった。
ご主人様が私の事を見てくれていると思うだけで私は嬉しくなれるのだから。
だから、怪我なんてこのままでいいとすら思っていた。
私はご主人様が好き。愛している。
ううん、違う。私は愛しているという言葉以上にご主人様──アキト様を愛している。
始まりは偶然だったかもしれない。アキト様からすればただの気まぐれ、なんとも思っていない行動だったのかもしれない。
あの時、助けられた後に聞いた私の尻尾にブラシをかけたいって言葉を私に対する好意だと思っていたけど、お母さんから聞いた話だと異世界の人にとって獣人の尻尾や耳にブラシをかけるのは当たり前の挨拶のようなものだという。
それを聞いた時には異世界の獣人のスキンシップの激しさに少し顔を赤くした。
結局は私の勘違い。アキト様は私のことなんてなんとも思ってないかったんだと、今では理解している。それはちょっと悲しいかった……
けど、そうだとしても、私にとってそんな事に意味はない。
私はあの人に好かれているから側にいるんじゃない。私が居たいから側にいるの。
だからたとえ嫌われても、厄介者として扱われても側にいる。
もし私が選ばれなかったとしても、側にいる事を止めることはない。選んでもらえないのなら悲しいけど。それでもあの人が笑あっていられるのならそれでいいと思っている。
……けどやっぱり、できることならあの人の隣にいるのは私でありたい。
だけど、そんな好きで好きで好きで好きで、大好きで堪らない最愛のあの人を、自分の実力で振り向かせる事ができないのが悔しい。
だから私は私の事を見てもらえるようにこの怪我を利用している。
私はずるい。
本当なら自分の実力であの人を振り向かせなくてはならないのに、こんな小細工に頼って縛り付けている。
今までの旅は楽しかった。
もう戻れないと思っていた故郷に帰る事ができて、家族にも会えた。
アキト様のかっこいい姿も見る事ができたし、一緒の家で暮らす事ができました。
朝から晩までアキト様のお世話をする事ができて、とても楽しかったです。
今思い返してもあの時間は至福でした。
……一人、ケイノアという余計な人もいますが、アレはアレでいても問題ないのでいいとしましょう。最近ではいい話し相手になっていましたし。
お城でドレスを着て踊りもしました。
その時は勲章をもらうという事で行ったのですが、どうでもいい事です。
そんなことよりもダンスです。里の祝い事の時に踊ったりはしますが、それとは違った踊りでよくわかりませんでしたが、アキト様が手を引いてくれたので問題なく踊る事ができました。
慣れてくると少し速く動きすぎてしまった気もしますが、アキト様は笑ってくださっていたので問題はなかったと思います。
そして、ついにこの里に着て怪我を治す事になりましたが、正直に言うと来たくありませんでした。
怪我が治ってしまえば、もう私の事を見てくれないと思ったから。
ここにくる前、街を出た時にアキト様には「旅を楽しんで」なんて言いましたが、あの言葉は私自身に言い聞かせるものだったのかもしれません。
私がアキト様のお側にいられるのは、ただ単に理由があるから。
怪我をさせてしまったから治すために側に置いているだけ。
一度拾った子供だから最後まで面倒を見ているだけ。
優しいから自身に付き纏う私に笑いかけてくれるだけ。
そう、思っていました。
でも……
「イリンの怪我を治して俺が何の負い目を感じることもなくなり、それでも尚イリンのことが好きでいられたのなら、ずっと一緒にいたいと思えたのなら、その時はハッキリと自分の口から伝えよう。そう思っているんです」
…………え?
「貴方、いい人に出会ったわね」
「……あ。え……は、はい」
チオーナさんに聞かれても、私はそれしか答える事ができませんでした。
だって……え? ……私は、今何を聞いたのでしょうか?
私は自分が何を聞いたのか理解出来ないほどに頭の中が真っ白になりました。
ですが、ふと視線を感じたので前に意識を戻すと、その先には私を見ているアキト様のお顔がありました。
一瞬の空白の後、私は反射的にピンと姿勢を正しくしましたが、次第に先程のアキト様の言葉が頭の中で繰り返されます。
そして、それを私の頭がしっかりと認識すると、おもわず顔を逸らしてしまいました。
自分でも顔が赤くなっている事を感じ取れるほどに体が熱くなっているのが分かります。
でも、直後には私の頭は嬉しさよりも、何が起こっているのか、という疑問と混乱で埋め尽くされました。
……なんで? アキト様は私の怪我に責任を感じてただけだったはずなのにどうして? 夢なの?
その後は、いつものように動く事ができず、ボーッとした頭で案内された部屋に向かいました。
いくら考えようとしても頭が上手く働かず、結局その日はそのまま眠りにつきました。
そして、今日。
「準備はいいかしら?」
「……はい。お願いします」
遂にこれから私の治療が始まります。
どうやら治療が始まるとしばらくの間は眠りにつかなくてはならないようです。その間、アキト様のお世話ができなくなってしまうのは残念ですが、どのみちまだ色々と整理のついていない私ではろくにお役に立つことなんて出来ないので、ちょうどいいといえばちょうどいいのでしょう。
そして眠ってしまった後に私が倒れないようにアキト様が私の事を抱きしめてくださって、昨日から続きなんだかもう……色々と限界です。
ですが、これから眠ってしまうにしても、最後に言っておきたい事があります。
「ご主……アキト様! あの……」
本当なら言うつもりはなかった。
でも、抱きしめられたままアキト様の顔を見上げて言います。
「……起きた時に期待していますね」
きっと、今の私の顔は赤くなっていることでしょう。
でも、直接言われたというわけでもないので昨日の言葉の返事というわけではないですけど、どうしても言いたかったんです。
「──ああ」
返ってきた言葉はとても短いけれど、それで十分です。
「おやすみ」
その言葉を最後に私の意識は暗闇に沈んでいきました。
……起きた時には……あなたの隣で、ずっと一緒に……
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