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獣人国での冬

188:新たな拠点

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「そんじゃあ、またな!」

 祭りが終わった日から二日後の早朝。今日はガムラが自分の村に戻る日だ。
 どうやら昨日は賞金を貰ってからいろいろと村に持って帰る物資の手配をしていたようで、忙しなく動き回っていた。
 その姿を見た時もだが、今こうして去ろうとする姿を見ると寂しくなるな。

「お前なら魔物にやられるってことはないとは思うが、まあ気をつけろよ」
「おう! そっちも嬢ちゃんの怪我、頑張れよ!」

 俺たちの会話はそれだけだったが、もう昨日のうちに別れは済ませておいた。ついでに餞別も渡しておいた。

 渡したものは、俺が大会中に収納で奪ったガムラの武器だ。
 こいつは返す必要はないって言ってたが、俺だって要らない。こういうのは使いこなせるやつが持っている方が良いと言って無理やり押し付けた。
 それに加えてもう一つ、壊した槍の代わりに、螺旋を描くように捻れた槍も渡しておいた。
 これは俺が王国の宝物庫から貰ってきた宝の一つだ。
 いつか機会があったら宝は返しても良いと思っているが、だからといって確実に返さなくてはならないというわけでもない。

 そんなことよりもガムラが死なない方が大事だ。目の前にいる友人がこの過酷な世界で生き残る助けになるのなら宝の一つや二つぐらいは惜しくない。まあ元々俺のじゃないけど。

「いつでも来な」
「おう」

 ガムラとキリーの会話はそれだけだった。
 だが、それだけだとしても、その言葉にはいろんなものが詰まっている事が理解できた。



 ガムラが街を去り、特にやることもなくなったので、俺たち三人はグラティースから貰った『家』を見に行くことにした。
 俺とイリンは昨日、大会の優勝賞品である『家』をもらいに行った。貰いに行ったと言っても直接渡されるはずもなく、王様直々に案内してもらったわけでもない。ただ書類と鍵を貰っただけだ。

 本当ならそのまま見に行こうかとも思ったんだが、中途半端な時間だったので今日にすることにしたのだった。

「ここがそうか」

 目の前にあるのは、一般の家よりもひと回り大きいうえ庭が付いているものの、屋敷とまではいかないようなものだった。
 よかった。これでもし屋敷みたいなのをを渡されたら文句を言いに行くところだった。
 まあ、その辺は向こうも理解してるんだろう。

「へぇ~、なかなか良いじゃないかい。場所も市場からそんなに離れた場所じゃないし、かと言ってうるさいわけでもない。流石は、と言ったとこかねぇ」
「だな。とは言ってもずっと使うかどうかは分からないんだけどな」
「もったいない話だねぇ」

 門をくぐり程よく手入れされた庭を脇目に家の中に入る。

 中に入ったら埃っぽくて咳き込むなんてことはない。床も壁も照明も、きちんと掃除がしてあった。
 だが、家の中には家具の一つも置いておらず、どこか寂しげな感じがした。

「掃除はしてあるようですね」

 そう言いながらイリンは目を鋭くして隅々を見回している。

「とりあえず一通り見てみるか」



「俺たちが住む分には問題ないな」

 当然のことだな。賞品として渡したものが問題あるようなら今後の信用とかに関わってくるんだから。

 見て回った結果、正直俺たちには大きすぎるんじゃないかと思った。部屋だけで五部屋もあるがそんなに使わない。
 俺とイリンが使って二部屋。誰かが来た時に泊めるんだとしても三部屋もいらない。

 まあ貰ったものだし、多い分には文句なんてなけどさ。

「にしても、なんでこの部屋だけ家具があるんだ?」

 他の部屋には玄関と同じように家具なんて置かれていなかったのに、今俺たちがいる部屋には一通りの家具が置いてあった。一通りと言ってもベッドとソファとテーブル、後は服掛けくらいなものだが。

「どうせよういするなら全部揃えりゃいいだろうに」

 とはいえ、元の願い事には家具まで頼んでいなかったのだから、一室だけでも用意してくれたことにかんしゃするべきなのだろう。

「そりゃああれだろ。あんた達が自分で選べるようにって事だろうね」

 正直よっぽど狂ったものじゃないのなら、別に文句を言ったりはしないんだが……。

 だが、家具がないことには暮らすも何もない。
 仕方ない。明日にでも、いや、掃除の必要はないんだからこれからでいいか。これからちょっと家具を探しに行ってこよう。

「キリーはどうする? 俺達はこれから家具の用意に向かうつもりなんだが」
「ああ、あたしはいいよ。一応あんたの家を見ておきたかったってだけだし、それに、これ以上は邪魔だろ?」

 キリーが肩を竦めながら茶化すようにそう言うと、くるりと振り返り自宅に帰ろうとしたが、途中で止まりまたこっちに振り返った。

「ああっと、そうだ。あんた達、どうせ今日はこっちにはまだ泊まれないだろうし、うちに戻ってくるんだろ?」
「いいのか?」

 拠点を手に入れたのに入り浸ってもいいものなんだろうか?

「いいっていいって。あたしだって好きであんた達を泊めてたんだから」
「そうか。じゃあ悪いが、もう少しだけ厄介になる」
「はいよ」

 俺がそう言うと、キリーは手を振りながら帰っていった。

「じゃあ家具とか用意しに行くか」
「はい!」

 だが、そこで俺はさっきイリンに意見を聞くことなく決めてしまった。
 俺はイリンがついてくるものだろうと疑うことなく「俺達」と言っていたのだが、もしかしたら何かやりたいことがあっただろうか?

「っと、ところで、この後の行動を勝手に決めたけど、よかったか?」
「はい。私も同行させてください!」

 妙に元気がいいけど、まあいいか。落ち込んでるとかよりは断然良いんだから。
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