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第16話 蝕まれた心
しおりを挟むあの日あの時、勇者に連れられ王都を巡っていた私は……知らず知らずのうちに、ひとけのない場所に連れ込まれていた。
そして、空き家に連れ込まれて……
……どれほどの時間、勇者に弄ばれていたのか、わからない。
ただ、王都へ繰り出したのが午前中で……全部終わったときには、日が傾いていたのは、覚えている。
勇者に襲われた私は、ボロボロのベッドの上で目を覚まして……汗と血といろんなもので濡れたシーツを、ぼんやりと見つめた。
周りを見渡しても、勇者はおらず……私は、一人で城に、帰宅した。
そのとき、私はよっぽどひどい顔をしていたんだろう。迎えてくれたメイドさんが、お風呂に案内してくれたのを覚えている。
なんとか衣服は正していたので、なにがあったかまではわからなかったと思う。
それから私は、お風呂であたたまって、部屋に戻って、夕食も取らず……部屋に一人こもって、泣いていた。
『私は、その男に襲われました! 嫌だと拒んでも、その男は無理やり……!
……っ、そんな男、世界を救う勇者では、ありません!』
そう、みんなに訴えたのは、いつだっただろう。
少なくとも、国王たちが帰って来てからだ。
私は、彼にされたことを、ぶちまけた。国王の前で。王女の前で。そして勇者の前で。
私の言うことなんて、誰も取り合ってくれないかもしれない。勇者の言葉が怖かった。でも、私のことを友達だと言ってくれた王女なら、あるいは……
そんな希望を、持っていた。
私の訴えを受けて、王女は驚いた表情を浮かべていた。国王も、その場にいた兵士たちも。
けれど……勇者は、なんてことない表情で、しらじらしく、言ったのだ。
『まさか! 俺がそんなこと、するはずがないだろう! 俺が、嫌がる女の子を無理やり? まさか!
それにリミャ、俺はキミだけを、愛している! わかっているだろう!?
あぁ、なんてことだ! 彼女は、少々被害妄想が、激しいようだ!』
勇者と王女は、恋人同士だった。王女が勇者を好いているのは知っていたけど、いつの間にそんな関係になったのか。
もしかしたら、王女が帰って来てから、正式に付き合い出したのかもしれない。前の時間軸の私に、そのあたりの判断ができるはずもない。
召喚されたばかりの勇者と、あまり人前に出ない王女がどうやって恋に落ちたのか。想像は、いくらでもできるけど。
そんなのはもはや、知りたくもない。
ともかく、王女は勇者を愛している。
彼が勇者であることに加えて、愛する人から「俺は無実だ」などと言われれば、愛する人を信じてしまうのは、当然かもしれない。
……いや……そうではない。
『当然、私は勇者様を信じますわ! けれど、彼女の言うことは……』
『きっと、俺のことを想い続け、おかしな妄想に囚われたんだろう』
『そうですか、残念です……
神紋の勇者とはいえ、異世界からの勇者様を貶めようとするなど、許されたものではありません。
……これだから、"忌み人"は……!』
私を捕らえるよう、兵士に命じた王女の、あの目……
平等で、差別のない世界を謡っていた彼女は。結局は、私を忌むべき者として、見ていたのだ。
平民を、"忌み人"を……!
ただ、許せないのは……その後勇者は、私を捕らえようとした兵士を引かせたのだ。
そして、いけしゃあしゃあと言ったのだ。
『俺は気にしてないから、彼女を捕らえるのはやめよう。
彼女も、少し気持ちが錯乱しただけ……少し時間をおけば、落ち着くはずさ。
神紋に選ばれた勇者同士、諍いはなしにしたい。それに、キミが友人を捕らえるところなんて、見たくないしね』
それを受けた王女は、勇者の慈悲深さに目がハートになっていたのが印象的だった。
『俺は、なにもしていないし……キミは、なにもされていない。そうだろう……リィン?』
あのときの、勇者の顔……王女にも、誰にも見せない、私だけに向けられた顔。あの、不快な笑顔は、忘れたくても忘れられない。
あのままならお前は捕まっていた、それを助けてやった、だから感謝しろよ……そう、言われたような気がして。
『……っ、は、い……申し訳、ありません、でした……!』
屈辱にうつむき、歯を食いしばり……私はただ、したくもない謝罪をするしか、なかった。
部屋を去る私の背中には、冷ややかな視線が突き刺さっていたのがわかった。
勇者の罪は、暴けなかった。それどころか、あの場の発言で、私の地位は墜落した。
元々、神紋の勇者という一点で、高い扱いを受けていた。でも、それすらあの一件で、周囲から敬われる理由ではなくなった。
廊下ですれ違う度、みんなの私を見る目が、冷たかった。
いや、中には熱っぽい視線を向けてくる男もいた……あの場にいた人以外にも、話は広まって……
"異世界の勇者を、その体で誘惑し貶めようとした女"
いつしか、こんなレッテルが貼られるようになった。
それからの私に、居場所なんかなかった。この話が、どこまで広がっているのか、わからなかった。
城にはいたくなかったけど、逆に城だからこそ守られている自覚もあった。
王都に出れば、またあんな目に遭うんじゃないか……そんな気さえ、して。
……私の心は、どんどん蝕まれて……一つの考えに、侵されていった……
『勇者を、殺してやる……』
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