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第17話 勇者の死
しおりを挟む勇者を殺してやると……私の心には、次第にそんな気持ちが、生まれていった。
今になって思えば、勇者を殺したところで私の受けた辱めが消えるわけでも、周囲からの評価が覆るわけでもない。
意味の、ないことだった。
でも、あの時は……私には、もうなにが正解か、そうでないかの区別が、つかなくなっていた。
『よぉ神紋の勇者様、俺にもぜひともいい思いをさせてくれませんかねぇ』
『よせよ、そいつは勇者様の仕事じゃないぜ。勇者様の仕事は、もっと尊いものだ』
『けどよぉ、異世界の勇者様をたぶらかした女が尊いって? ぎゃははは』
『失礼だろお前、ぷははは』
……城の中で、私は完全に孤立していた。
兵士たちは私を見て、下品に顔を歪めた。無理やり襲われなかったのが、唯一の救いだった。
出される食事は、これまでと変わらず、他のみんなと同じだった。
『感謝しなさい。勇者様が、あなたなんかにも慈悲をくださったのよ』
勇者のおかげ、勇者はやっぱり素敵……そんなことを言う王女の言葉一つ一つが、私にとっては毒だった。
どうして、私がこんな目にあわなければいけない。
どうして、勇者はみんなから同情されているんだ。悪いのは、全部あいつなのに。
勇者への殺意が膨らんでいくのに、時間はかからなかった。
そして、私は……
『どうしたんだ、こんなところに呼び出して?』
私は、勇者を手紙で呼び出した。
カロ村にいた頃は、文字が書けなくてもたいした不便はなかった。けれど、王都に来てから習ったものだ。
つたなくても、読むことはできるだろうくらいに上達した。
『申し訳ありません、急に呼び出して』
『構わないさ。これまで避けられていたからね、リィンのほうから来てくれて嬉しいよ。
それに、この場所……』
私が勇者を呼び出したのは、私が勇者に襲われた場所だ。
誰も住んでいない、空き家。だから、シーツもあの頃のままだ。
時間の経過ですっかり固まってしまった、私の初めての証が滲みついていた。
『今日は、勇者様にお話があって』
『わざわざこんなところに呼び出してかい?』
『はい。他の人がいる場所は、恥ずかしくて……それにここは、私にとって、勇者様との思い出の場所ですから』
我ながら、なんて浅い台詞を吐くんだと思った。
それに、必要だからってこんな台詞を吐ける自分に、驚いた。
それを聞いた勇者は、ひどく驚いた様子で……
『そうか、やっぱり俺のことが忘れられなかったんだな。
あんなことを言っていたのも、照れ隠しか。はは、かわいいとこあるじゃないか』
なんて、上機嫌に話す。
この話の間にだけでも、何度ぶん殴りに行こうと思ったかわからない。
でも、耐えた。チャンスは一度……失敗すれば、次はないから。
『は、はい。それで……もう一度、勇者様のご寵愛を、いただきたく……』
『はは、仕方ないなぁ。いやぁ、モテる男はつらいね』
参った参った、と勇者は笑いながら、ベッドに向かう。
……私に、背を向けて。
それを確認して、私は近くの戸棚に隠していたナイフを、手に取った。
今日までに、ここに来て……準備しておいたのだ。勇者の隙を作る方法、勇者を殺す方法、武器を隠しておく場所……
想像していたよりもあっさりと、勇者は私に背を向けた。これは、私にとってのチャンスだった。
チャンスは、一度で一瞬……歩く勇者の足音に合わせて、私も足を進める。
ベッドまでの距離は、そんなにない。だから……急いで。でも慎重に。私は……
『……っ』
『ぅ……!?』
勇者の背中に向けて駆け出し、両手でナイフをしっかりと持って……勇者の背中に、ナイフを思い切り、突き刺した。
ドスッ……と、音がした。グチャッ……と、音がした。
手の中に握った、ナイフ越しに伝わる感触……嫌な、感触だ。柔らかいような、硬いような、肉を裂いていく感覚。
『リッ……ィン……!』
『! ひっ……!』
無我夢中だった。振り向いた勇者の目が、私を見つめて……私は、恐怖から手に込める力を、強めた。
ナイフは、途中で止まっていた。私の力では、勢いをつけた程度ではナイフを奥まで差し込むことは、できなかった。
力を込めたことで、途中まで刺さっていたナイフが、さらに奥へと突き刺さっていく。
ズブブ……と、嫌な音を立てて。
その瞬間、ナイフの刺さった箇所からは、ドバッと血が溢れた。
『がっ、は……!』
『う、うぅ……!』
『ごっ、ぽぉ……!』
ナイフを、奥へと奥へと……そして、手首をひねった。
奥まで刺さったナイフは、手首がひねられたことで、刺さった中で回転していく。肉が、裂けていく。
奥まで刺した上で、回転させ傷口を広げていく。大量の血が、流れていく。
いつしか、勇者の口からも……
『お、まえ……よ、くも……』
『うぁああああ!!』
勇者の、恨み節……それを聞いた私は、恐怖と憎悪と悲しみとで、いろんなものがぐちゃぐちゃになった。
硬くて動かない手首を、無理やりひねる。体を前進させて、ナイフをもっと奥へと差し込む。
……勇者は、油断していた。私から呼び出されて、なにかあるのだろうと思っただろう。
でも、所詮は力のない平民だ。"猛獣使い"の能力はあるけど、ここにはモンスターもいない。
私がなにをしようと、なんとでもできる自信があった……だから、こんなに、あっさりと……
『うぁあああああああああああああああああ!!!』
…………どれくらいの時間が、経っただろう。
気づけば勇者は、口と背中から血を流して……死んでいた。
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